それぞれの戦い
総合体育館のラケットボールコートには、大勢の観客が押し寄せていた。そしてその中には暇を持て余していたお料理部のメンバーの姿もあった。
「いきなり割って入ったあの人、結構イケメンかも……確か、同じ学年の水瀬君だっけ」
顔面の魔術師・リコは早くもコートに立った森羅にロックオンしたらしい。
見ると、他の部員達も固唾をのんで試合を見守っている。
その中でメイだけは、お気楽女子高生としてではなく主人公候補・『日常者』として試合展開を見守っていた。
メイは狩りの説明を聞いた時から序盤の方針を決めていた。
まずはひたすら穴熊を決め込み、焦って勝負を始める候補者達の最初の戦いを静観すること。
そこで互いが共倒れすれば一番、どちらかが潰れても、このゲームの戦略を立てる事ができるし、敵の手の内を知ることも出来る。
そこまで考えていたメイだったが、目の前の試合展開に少々退屈を覚えていた。
異能者と青春者の戦い。てっきり異能者が魔法か何かを出して終わりかと思えば、ただ普通にパコパコと交互に壁打ちをしているだけではないか。
「というか、ルールが分からないわ。一体どうすれば点が入ってどうすれば勝ちなの?」
メイはお料理部の皆に尋ねるも、皆首を傾げるばかり。あれだけ盛り上がっていた割に、皆ノリで見に来ただけらしい。
「君達、困っているようだね」
「うわっ!? ビックリした。……監督の方ですか?」
いきなりメイの後ろから声を掛けた男は、明らかにメイの言葉にヘコんだようで
「俺、そんなに老けてるのか。一応まだ高校3年なんだがな」
「高校生?! 私、あの選手のお父さんだと思った」
リコが止めを刺した。お蔭で森宮高校の部長は「制服着てるのになあ……」とブツブツ呟いて、うなだれたまま立ち去ろうとしていた。仕草と見た目のギャップがすさまじい。
「あの、私たち全くルールが分からず、試合がどうなっているのか今一つついていけないのですが。良ければ解説して欲しいですな~」
と、そこでお料理部の部長がフォローに入る。
「そうか! 仕方ないな。ならばここは俺が解説しよう!」
何とか復活したようだ。
ラケットボールは、基本はサーブを打つプレーヤーがサーブを決めるか、もしくはラリーの応酬に勝った場合に点が入る。ゲームは15点先取した者が勝利。2ゲーム取った方が勝利だ。ラケットはテニスのものと似ているが、柄がほとんどなく、安全のためにラケットについたヒモを手首に巻かなければならない。そして四方4面の壁に囲まれた室内でボールを前方の壁に交互に打ち合うという、スカッシュに似たスポーツだが、スカッシュと比較すると非常にボールが弾みやすく、選手は安全のため、目を保護するアイガードの装着が義務付けられる。
そしてボールを打ち返す際は
1.床に2バウンドする前に打つ(ノーバウンドでもよい)
2.打った球を床にバウンドさせずに正面の壁に当てる。
3.正面の壁に当てるために、左右の壁・天井・後ろの壁の跳ね返りを利用してもよい。(バウンドとは数えない)
「簡単に言うと、以上だな。あとはサーブの位置やらラインなどの細かいルールがあるが……」
「ありがとうございます。解説お疲れ様です」
長くなりそうなので、リコがにこりと笑って先を封じた。
それにしても、とメイは思う。
練習試合にも関わらずほぼ満員に近い観客。そして高校生離れしたやたらと老けた部長、タイミングの良い解説。乱入という明らかな反則に対し、何も言わない審判。
いずれも冷静に考えてみると、明らかに出来過ぎている。
「これが〝世界観が浸食される〟って事かしら。……話には聞いてたけどね」
お料理部はいつの間にか目の前の打ち合いに声援を送っているし、油断していると、自分の世界が浸食し尽くされかねない。
改めて、『日常者』・メイは〝主役狩り〟という言葉の意味を考えるのだった。