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彼のサーブは、魔術の域に到達しているようです。

 森羅が通う桜陽学園高等部。広大な敷地の中央に位置するのが総合体育館である。バスケットコートやバレーボールのコートは勿論、トレーニングルームや剣道場等、室内の運動競技を網羅した総合施設。桜陽学園は体育会系の部活に力を入れているだけあり、どの部活も真剣に取り組んでいることを伺わせる。


 室内に響くのは練習の掛け声やシューズが床を踏み鳴らす音。張りつめた空気が見る者の神経をも研ぎ澄ます。

 そのなかにあって、ただ一つ静まり返っている空間。まるでそこだけが時間に取り残されたかのようだ。そんな強化ガラスで仕切られた狭い空間で対峙する二人。まるで彼らは決闘前の戦士然としている。


「一般人の前で能力を使うとは……一体どういうつもりだ?」

「えっと……何を言っているのか、ちょっと分からないです」


 森羅が怒気を孕ませて問う相手はきょとんとしながらも、視線を反らすことなく問い返した。


「とぼけるな。君は彼に対し火炎魔術を放ったろう。彼は一般人だぞ。君は彼を殺す気だったのか? それに、そもそも魔術の秘匿法令に反している」


 森羅はコートの隅で尻餅をついている男子生徒を差して再度問う。


 事は数分前。森羅が何らかの能力行使の気配を感じてこのラケットボールコートに来た時、まさに目の前の相手が、男子生徒に向かって火炎属性の魔術で攻撃しているところだった。

 森羅は咄嗟に防壁魔術『花精の祝福(エーテ・フラウ)』を展開して乱入したが、火球は防壁にひびを入れる程の威力だった。あれを生身で受けていたら、致命傷は避けられなかったろう。

 

 バイザーのような物で目を保護しているところから判断するに、男は魔眼持ちの強力な魔術者かもしれない。


「さっきから訳が分かりません。いきなり試合中に乱入して来て、そっちこそ一体どういうつもりです?」

「何……試合?」


 目の前の男、そして周りの状況に注意を払う。


 他校のジャージを身に纏い、ピンと跳ねたくせ毛に、つかみどころのない雰囲気が、どこか猫を思わせる、少年のような小柄な男だった。一年生だろうか。

 

 何故か体格以上に大きく圧倒されそうな印象を覚える。手にしている武器はテニスのラケットのようだが、微妙に形が違う。あれが魔術の触媒だろうか。


「それは……ラケット、か?」

「当たり前です。これはラケットボールなんですから。それに、さっきのは魔術とかじゃなくて、僕のスマッシュです」


 冷静になってみると、男が手にしているのはただのゴムボールだ。そして室外には学園の生徒、そして男の学校の生徒で満員御礼状態だ。


「だが待て。先ほどお前が放ったのは、確かに異能の類だった。俺の目を誤魔化せると思うな」

「ですから、異能とかじゃないです。というか本気でスマッシュを打てば火ぐらいつきますよ」

「な……何だと?」


 男は無自覚のうちに能力を行使しているのだ。が、それにしても妙なのは、観客が誰一人この異常性に気付いていないという事だ。


「まさかこの場の人間は、試合中にボールが発火したり人が分身したりすることがあり得ると、本気で思っているのか」

 

 観客の思考停止に森羅が動揺していると、思い出したように男が口を開いた。


「……そうか。あなた、アイ君が言っていた主人公候補の一人。『異能者』ですね?」

「――!!」


 今度こそ、森羅は動揺を隠せずに目を見開いた。まさか、相手も候補者だと言うのか。

 

 すると男はまるで身構えることなく、ラケットを片手で弄びながら飄々と話す。


「僕は森宮高校一年、木戸きど宗一郎そういちろうです。『青春者』として、僕もあの何もない部屋に居ました」


 そう言って、宗一郎はポケットをごそごそと探ると、カードのようなものを取り出し、森羅に掲げて見せた。そこには獅子とそれを従える女性が描かれている。それは、あの奇妙な出来事の後、気が付くと森羅の手元にあったカードと、絵柄こそ違うが同種のもの。


『主役証明書』。


 まさかこれほど早くに他の候補者と対峙することになるとは思ってなかった。

 これが魔術者同士ならば、互いの魔術を交えて雌雄を決するところだ。

 だがこれはそれとは全く異質な状況だ。

 

 森羅は慎重に相手の出方を伺っていると、青春者・木戸宗一郎は薄い笑みを浮かべ、ラケットのヒモに手首を通し、森羅の眼前に突き付けた。


「僕は狩りとやらに興味はありません。ですが、あなたは僕のスマッシュを打ち返した。僕はあなたを『異能者』としてでなく、ラケットボールの一選手として対戦を申し込みたい」

「……ただの戦闘狂、か?」

「勘違いしないでください。僕はただ、強くなりたいんです。僕の学校のラケットボール部は今年で廃部が決まっています。ですから、もう後がない。だから最後の年に何としてもインターハイで優勝したい。ですが、うちの学校で僕の相手が務まる人が居なくて、実戦経験が積めなくて困っていたんです。そして、今日の対戦相手もそれは叶いませんでした」

 

 先ほど浮かべた笑みの意味は、青春者としてではなく一ラケットボールプレイヤーとしてのものだったのだ。


「そして今日、あなたが現れた」


 挑戦的に笑う宗一郎。明らかに誘っている。


「おい、木戸! 何を自惚れたことを言ってる!」

「部長――」


 強化ガラスの扉が震えるほどの怒声を上げたのは、やたら老けた大男だった。が、部長というからには森羅達と同じ高校生なんだろう。監督にしか見えないが。


「いいか。大口叩いたからには負けは許さん!」


 大音声で叱咤激励を行う相手校の部長。

 

 森羅にとっては試合とやらには関心はない。ただあるのは、ここで無計画に無自覚に、異能の力を使い放題されては困るということだった。


 このままだとやがてはカノンが、そして機構が学園に介入してきかねない。そうすれば、自身の正体が露見する恐れがある。


「という訳で、俺が代わってもいいでしょうか」


 森羅は置いてけぼりになっていた、元々の青春者の対戦相手に声を掛けた。


「……俺達じゃあいつには敵わない。悔しいが、頼む」


 ラケットを託された森羅は、黙ってうなずきラケットのヒモに手を通した。


「それでは――」


 青春者・木戸宗一郎はサービスゾーンに立ち、ゆらりとラケットを傾ける。


「待て」

「何です? まさか、今更僕の世界で勝負するのが恐くなりましたか?」

「……ルールを教えて欲しいのだが」


 森羅の言葉で、観客を含め全員がずっこけた。


「いや、え? ルールも知らずに乱入したんですか? ……変わった人ですね」


 半ば呆れたように問う宗一郎。直後、毒気を抜かれたのか、ふふっと笑った。


「あなたは初心者のようですので、細かいルールは今回はなし。相手の打ったボールを床にワンバウンド以内で前の壁に返してください。そして打つときに相手の邪魔をしない。これだけで良いです」

「床以外の壁、例えば、天井に当てても良いのか?」

「はい。床以外はバウンドに数えません。後ろの壁に当ててでも、とにかく床にツーバウンドする前に、前の壁に返せば良いんです」


 宗一郎の言葉に森羅は納得したとばかりに頷きを返す。


 二人だけに感じられる、決闘者特有の空気が狭い室内に張りつめる。

 見る者が思わず息を飲むほどの緊張感。

 もはや観客の誰もが、異能者・水瀬森羅がラケットボール初心者であることを忘れるほど、二人の纏う空気は、拮抗していた。


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