表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

開戦は唐突に

新学期初日。


 いつものように帰宅した筈の少年、水瀬みなせ森羅しんらだったが、気が付くと彼は見知らぬ場所にいた。閉塞感漂うそこは、四方が壁で囲まれている。

 壁や床、更には天井までも真っ白で、完全なる無音。長時間居ると精神がおかしくなりそうだ。

 机や椅子など、『部屋』に通常あって然るべき物はない。それどころか扉や窓すらない空間だ。そのなかにあってただ一つ、前方の床に設置された骨董品のようなテレビが、奇妙な存在感を主張している。

 

 森羅は、だがこういった奇妙な光景には慣れていた。二年前、カノンという少女との出会いによって異能の世界に触れた彼は、以来様々な超常的現象や事件に巻き込まれまくっている。

 学校でも、超能力者や魔術者達が集められた特別な学科に所属しているし、何よりも有名になり過ぎた。力を隠している筈なのに、様々なめぐり合わせでクラスでも目立つ存在となってしまっている。


 今回も、大方どこぞのケチな魔術者や超能力者の襲撃を受けたのだろう。この感触は精神操作系の能力か異空間隔離魔術か。


――何をしても、自分を本当の意味で傷つけることなど誰にも出来はしないのに。


 そう思いつつ、冷静に周囲を観察していた森羅だったが、目の前に、いつの間に居たのだろう、テレビに腰かけている人影を認め、注意を向けた。


 それは、不思議な雰囲気の少年だった。

 

 森羅が気付いたことで、少年は「よいしょっ」と言って立ち上がり、恭しく一礼をした。


「初めまして、水瀬森羅。僕は〝アイ〟。今回のゲームを担当する案内人だよ」


 どこか超然的な少年が言った。


「…………」


 先ほどから森羅は、この隔絶空間を解除デコードするために空間の綻びや隙を探しているが、見当たらない。異能の力には必ず使用者の癖や綻びがあり、そこさえ突けば簡単に破れるはずだが。 


 ここに来てから、何らかの力が発動した痕跡もなければ空間が揺らいだ形跡すらない。

 ならば目の前の少年は一体いつ現れたのか。


「――七剣抜刀」


 相手の出方を伺うべく、森羅は右袖に隠していた端末を素早く手にし、画面を見ることなく幾度かタップした。その動作により、異なる属性が付加された七振りの剣が空中に現れ、アイと名乗る少年に連続で射出される。


 それは、森羅の持つ魔導書(魔術を行使するための電子機器(デバイス))に組み込まれた簡易術式アプリケーションのなかでも最も展開が速い、優秀な牽制術式だった。だが、


「七属性同時とはすごいね。でも無駄だよ。いくら君が〝忌血指定〟の魔術者でも、僕やこの空間を傷つけることは出来ないし、理解もできない。今から君にとって必要なルールを説明するからさ。もう少しだけ、大人しく待ってて欲しいな」

 

 術式を一瞬で写し取り森羅と全く同じ術で相殺して見せた後、アイは苦笑いを浮かべて言う。

 

 やはり只者ではない。


「……ルールとやらを聞こう」


 森羅は一旦相手の言葉に従う。

 アイは森羅の様子に満足すると、テレビの画面の横、金庫に備えられているようなダイヤルに手を掛けた。どうもダイヤルはチャンネルの役目らしく、回すごとに画面が切り替わる。


 そこに次々と映し出されるのは、杖を掲げて海を割るモーセや、円卓を囲むアーサー王と騎士達、そしてガラスの靴を手掛かりに王子がシンデレラと再会する場面など、誰もが知る物語の印象的なシーンばかりだった。


「世界はね、彼らのような特別な人間、物語の主人公となる人物が、ある時点で現れては人々を導くことで歴史を刻んでる。それは有史以来ずっと続いているんだ」


 映像を流しながら、真剣な口調で少年は続けた。


「人々も無意識下でそれを望んでいるんだよ。これは、いわば人類の集合意識、〝総体〟ともいえる全体の意思なんだ」

「だから、時代の節目には必ずそういった英雄とも言うべき者が生まれる。そう言いたいのか?」


 ここまで黙って聞いていた森羅は、退屈そうに口にした。


「流石はクラス一位のシンラ。優等生だね」


 人を小馬鹿にしたようなアイの物言いだったが、森羅は感情を波立たせることはせず、次の言葉を待つ。


「そう。確かに人類は英雄を求めている。でも、同時に自分がその英雄になることもまた心のどこかで望んでいる。ここが人の『感情』という芸術性の妙とも言えるけど……。特に現代の、それも君達の年代の子達はその傾向が強いんだよね」

 

 映像が終わり、再び空虚さを取り戻した室内に、アイの言葉がこだまする。


「まさか俺にそれを望んでいると? そんな笑えない冗談を言うために、こんな手の込んだ真似をしたのか?」

「物わかりが良くて嬉しいよ。確かに、この時代の担い手として、君にはその資格がある」


 アイが言ったところで、再びテレビがノイズを吐き出した。


「でもね。実は君が住む土地には他にも候補者が居てさ。同じ時代、同じ場所で、君達のような特別な存在が集中しているとね、互いの世界観が干渉し合って上手く回らないんだよ。折角物語の主人公がそこに居るのに、肝心の物語が始まらないんだ、困ったことにね」

 

 一旦言葉を切り、意味深な表情を浮かべる。


「そこで――」


 段々とテレビが吐き出すノイズが小さく、画面は鮮明になっていく。そしてアイの言葉を合図に現れたのは無機質な、それでいて大きな文字だった。


〝主役狩り〟


「……悪趣味な演出だ。一体――」


 言いかけて森羅は部屋に居る人間が増えている事に気付く。


「な、いつの間に!?」


 突然現れた人物は、森羅を見て驚きの声を上げた。

が、その人物は偽装ぎそう術式でも使っているのか、まるで霧がかったように姿がぼやけている。声もまるで人間の声とはかけ離れたひび割れた音で、容姿はおろか性別、年齢さえ判別できない。


「どういうつもり、です? 何故全身黒タイツ姿です? お前が私をここへ連れてきたです? 一体どういうトリック、です?」


 耳障りな音でまくし立てる相手。その口調やしぐさから、やはり相手の持つ情報も自分とそう差はないのだろうと森羅は考えた。が、相手の発言に、気になるワードが合ったような。


「君からは、俺がそんな風に見えるのか。だが全身黒タイツとは、まるで某推理アニメの犯人だな。君は、そんな趣味の悪い格好で歩き回る人間がこの世に居ると、本気で思っているのか?」


 霧の向こうの人物にあえて挑発的に問い、森羅は様子を伺う。


「面白いことを言うです。確かに『名探偵ドイル』の犯人役は、そんな見た目をしているです」


 その人物は、少し落ち着きを取り戻したのか、軽口を返して笑った。


「しかし、そうです。黒タイツの君も私と同じ。気が付くとこの場所に居たですね」


 あくまでも黒タイツ呼びで通すつもりらしい。森羅は話を進めることにした。


「そしてそれは他の連中も同じらしい」

「……そのよう、です」

 

 森羅の言葉に、相手も頷いた。

 成程、中々大した人物らしい。この状況下で、森羅と会話をしながら、さらに周りの状況にも注意を払っていたとは。森羅とて、今展開している走査術式がなければ、すぐには気付けなかったかもしれないのに。


 いつの間にか、森羅達がいる閉鎖空間には結構な人数が居た。やはりその姿までは確認できないが、どうやら状況は皆同じらしい。初めは静まり返っていたが、周囲を見渡し、互いの姿を確認すると、徐々にざわめきが生じ始める。

 辛うじてわかるのは、ここには同じ状況の人間が自分を含め7人いるという事。


「さあさあ、顔合わせは終わったね、今回選ばれた7人の主人公候補たち。『異能者』、『探偵者』、『恋愛者』、『青春者』、『電脳者』、『日常者』、そして『復讐者』!」


 混乱する空間に響くアイの声。それは先ほどまでの少年の声とはまるで違う、低く落ち着いた声だった。その言葉に、その場の皆が耳を傾ける。


「『難事件の解決』や『ゆるい部活の日常』。果ては『異能バトル』に『ネットゲーム』。君達は今日までにそれぞれの物語を紡いできたところだろうね」


 聞きなれない単語を聞いて、更に動揺が広がる。それでも森羅を含め何人かは、もたらされる情報を一つ漏らさず聞き取るために、あくまで平静を保っている。


「が、今日を以て物語は一旦凍結される。魔法使いの隠された真実は霧の向こうに閉ざされて、ネットゲームは大規模なメンテナンスが始まり、恋愛フラグは立つこともない」


 訳の分からない言葉に生じるざわめき。そんな中、場を支配するアイへ声を上げる人物が。


「……適当言ってんじゃねェぞ! 大規模メンテなんてアナウンスはなかった。つーか、俺にはこんなことしてる時間ねェんだよ。とっととここから出せ! 喰い尽くすぞァ!!」


 抗議の声は徐々に悲鳴にも似た響きを伴っていく。よほど切羽詰まった事情でも抱えているのか、その様子は狂気じみていた。

 

 だが、アイはまるで怯んだ様子もなく、小馬鹿にしたように返答する。


「まあそう慌てないで。さっきも言ったけど、君たちはこのチュートリアルが終わるまで元の世界には帰れないんだからさ。でも、退屈させたことは謝るよ」


 その物言いに毒気を抜かれたのか、抗議した人物のシルエットが急にしぼんで見えた。


「それじゃあここで、楽しい楽しい映像を見てもらうよ」


 言って、アイはポケットからリモコンを取り出し、旧式のテレビに向けた。それを見て、「リモコンあるんだ」と、誰かが呟いたが、アイは無視して映像を再生した。


 映像は、退屈な毎日を送っているのだろう高校生の少年が、学校の屋上で魔術奏者を名乗る少女に出会い、魔導の道に誘われているものだった。いや、誘われる筈だった、が正しい。なぜなら出会って僅か数十分で、少女は何者かに狙撃され、命を散らせたからだ。


 遠距離からの銃火器による狙撃のようだったが、たった一発で絶命したことが、少女にとってせめてもの救いなのかもしれない。

 

 映像の中の少年の、絶望と悲しみがないまぜになった表情に、さすがの森羅もそんな感情を抱かずにはいられなかった。


 どこかで息を飲む気配がした。あまりに凄惨な映像に、皆絶句しているのだ。アイは一体どういうつもりでこんな悪趣味な映像を見せたというのか。


「これが、君達がこれから参加することになる『主役狩り』の戦闘例さ。画面に写る少年は、このゲームに『異能者』として参戦してたんだ。本来ならすごい能力者になって、いずれは世界を救う英雄になる筈だったんだけどね」

「……私たちに」

「ん、どうしたの、『探偵者』?」


 先ほど森羅と会話をした人物が、身を震わせながら口を開いた。それが恐怖によるものではないことは明らかだ。


「私たちに、殺し合いをしろと、そう言っているです?!」


 探偵者と呼ばれた人物がアイに詰め寄り手を伸ばす。

 が、探偵者の手がアイを掴んだと思ったその時、まるでアイの体は雲のように霧散したかと思うと、探偵者の目の前に再び現れた。


「最後まで聞きなよ。狩りの勝利条件はただ一つ。それは『相手の物語を殺すこと』さ」


 聞きなれない言葉。意味がよく分からない。更にアイの言葉は続く。


「フラグを潰したり、主人公らしくない行いをさせたり、相手の世界観を自分の世界観で塗り潰す事で、相手の物語を破綻させるんだよ。さっきの映像で言うと、これから少年はあの『ヒロイン』の元で修行することで、物語が進行するはずだった。まあ巻き込まれ型の〝能力+ハーレム〟の超能力バトルものだね。でも他の参加者が『彼の物語の進行フラグであるヒロインを殺した』事で、異能者は能力に目覚めるきっかけを失った。結果、彼の物語は終了。いわゆるゲームオーバーさ」

「何だそりゃ?! フラグとか物語とか。どこのクソゲーの話だよァ!」


 そこで、別の人間が口を挟む。


「そんな話、俺は信じねェ! いいから――」


 と乱暴な言葉が吐き出されたが、それを封じたのは、目の前で巻き起こった爆発だった。


「これで君にも信じられるよね、『電脳者』? 今のは君の世界にはない概念、魔術だよ。それもゲームの中のものじゃない。本物リアルの、だ」

 

 部屋を軋ませるほどの轟音に、場の全員が呆然自失で立ち尽くす。が、その中で『異能者』である森羅だけは理解していた。

 今の爆発、異能者・森羅の目が捉えた術式構成から判断して初級魔術、『リンカ』だ。

 だが、リンカは授業で最初に学ぶレベルの魔術であり、プログラム二十行程度の、本来は蛍の光程の微かな炎を灯すだけの魔術だ。それをあそこまでの高火力で、かつ魔導書もなしに発動させるなど、あまりに現実離れしている。


「あ、あの……」


 ノイズ混じりでも分かる程に自信の無さそうに問う声。


「なんだい、『恋愛者』?」


 アイは言葉を発する許可を意味する笑顔を浮かべた。


「えっと……すみません。アイさんが言ってたことを総合して考えると、ここに居る人全員が、それぞれゲームのさ、参加者……? ってことです、よね?」


 恋愛者と呼ばれた人物は口元に手を当てて、自信無さげに問う。

 対してアイは興味深げに頷きながら、続きを促した。


「7つの候補者うち、『異能者』っていうのがありました。その人って、今みたいな、魔法が

使えるってこと、ですか?」


 最後にすみません、と付け足して恋愛者は問う。その言葉で場が再び混乱する。

 話題に上った『異能者』森羅は、あえて何も言わずに静観を決めた。


「つーか、そんなもん、チートじゃねェかァ! 魔法使いと闘って勝てる訳ねェだろォがよ!」


 口火を切ったのは荒っぽい口調から、恐らくは電脳者と呼ばれた奴だろう。


「……それで相手の世界観を塗り潰せ、ですか」


 そこで別の人間が口を挟んだ。


「さすがは『探偵者』。何か掴んだんだね。助手が居なくてもやるもんだ♪」

「どういう事ですか?」


 と、アイが感心して拍手をする横で、また別の人物が問う。口調からこの場で初めて発言した人物。消去法でいくと青春者、日常者、もしくは復讐者だろうか。


「つまり、異能者相手に正面切って戦いを挑んでも勝てる訳がないということ、です」

「いや、だからさっき俺が言っただろ!」

「まあ聞き給え、です。電脳者君」


 と、探偵者が制した。その言葉には何か見えない力でも働いているのか、この場の全員が口を挟んではいけないような気になった。まるで、探偵が犯人を追いつめる場面のように。


「このゲーム、単純な殺し合いではないということ、です」

「……あァ?」


 電脳者は未だに探偵者の真意を測りかねて首を傾げる。


「私は探偵、です。こと推理においては誰が相手でも絶対に負けない。だから異能者相手に勝つには、推理勝負に持ち込めば良い。そういう事です?」

「そう。相手を自分の世界に引きずり込むのがこのゲームのポイントだ。あ、電脳者はこう

思っているんだね? 『推理バトルで勝ったからって意味ねェだろァ!』って♪」

「ぐっ……」


 図星を突かれたのか、苦いものを噛んだように声を詰まらせる気配がした。


「僕はこう回答する。相手の世界観で敗北した時、敗北者は相手の世界観に喰われ、主人公性を失う、と」


 アイはゆっくりと説明する。まるで二度と同じ説明はしない、と断言するように。


「つまり推理バトルで探偵者に負けた場合、その候補者は探偵者の世界に取り込まれ、なんと探偵世界の一般人(モブ)に成り下がる。その候補者の物語はもう二度と取り戻せないし、運が悪いと探偵者世界で『被害者』になっちゃうかも♪」


 それが敗北ゲームオーバーの条件だ、と最後にアイは言った。

 

 それ以上誰も何も言わなかった。

 

 集められた七人はというと、明らかに狼狽えている者も居れば、唇に指を当て何やら思案する様子の者、果ては明らかに興味がなさそうにぐーぐー眠っている者など様々だ。


 成程。彼らがアイの言う主人公候補達だとするのなら、皆個性キャラの強い者ばかりのようだった。


「色々と言いたいこともあるだろうけど。まずは開幕宣言だ」

 

 そこで一度言葉を切る。


 次の瞬間、アイという少年が浮かべた表情は、これまで森羅が見たどんな人間のどんな表情よりも酷薄で、醜悪なほどに純粋な、


「さあ、今晩零時を以て、狩りのはじまりだ。候補者諸君、互いの世界を喰らい合え。残った者がこの止まった世界に新たな物語を紡ぐ、真の主人公だ」

 

 笑顔だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ