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3 三年後、親友シンディー

「あの子が死んだと聞いたときは、信じられなかったわ。だって、あの子はいつだって笑っていたんだもの。何があっても自分の意思を曲げない強さも持ってたわ。だから、あの子はきっと、せめてセイラちゃんがお嫁に行くまでは、死なないと思ってた。


 もう三年になるのね。あっという間だったわ。今でもまだ、あの子がうちの子の面倒を見に来てくれそうな気がするの。うちの子はあの子によく懐いていたし、いたずらばっかりする子なのに、あの子の言うことは聞くの。だからあの子に面倒を頼むことが多くて……。嫌な顔一つせずにやってくれたものだから、ついつい甘えちゃってたわ。


 あの子……カタリナと出会ったのは、私がこの町に越してきたのがきっかけだった。周りに知り合いがいなくて心細かったけど、頑張って挨拶回りをしていたの。そのときに、どう見ても人がいるのに一件だけ戸を叩いても出てこない家があって、そこがカタリナの家だった。

 全然出てこないからむきになっちゃって、十分くらい叩き続けたかしら。居留守にしては大胆だったのよ、空いてる窓から机に向かっているのが見えていて。最初の方は声もかけていたんだけど、戸を叩く方に集中したわ。


 それで、ようやく出てきたカタリナは、不機嫌な顔でこう言ったわ。『あなたのその粘着質なところ、すごく好感が持てます』。


 予想外な一言よねえ。びっくりしちゃったわ。思わずありがとうございます、なんて返しちゃったの。我ながら、もうちょっと怒るなりすればよかったって、今でも後悔しちゃうわ。

 そんな出会いだったし、印象も悪くなるわよね。ちょっぴりむかついちゃって、一年くらい目も合わせなかったわ。その頃はセイラちゃんもうちの子も生まれてなかったし、接点がなかったっていうのもあるけれど。


 そう、カタリナと仲良くなったのは、私とカタリナが同じ時期に子供を授かったからだった。近所の人たちはみんないい人たちでね、何かあればすぐお祝いの駆けつけてくれるの。特に誰かが子供を授かったって聞いたら、子育てのありがたいお話をしてくれる奥さんたちが集まっちゃって。


 私たちは時期が一緒だったから、一緒にお話をするってことになって、近所で一番大きな家のカタリナのところに集まるように言われたの。カタリナの許可は取ってあるからって。

 たぶん、みんな私とカタリナの仲が良くないことを心配してたのね。理由はつけてあったけど、わざわざそこを選ぶあたり、そのときはちょっと迷惑だったわ。


 でも、結果的にそれがあったから仲良くなれた。後々聞いてみると、あのときは執筆中で手が離せなくて、ついイライラしちゃってたんだって。私も大人げなくむきになっちゃってたから、二人して謝って、それで仲直り。


 それからはよくお話するようになったわ。何せ二人とも子供を産むのは初めてなんだもの。こういうときどうしてるのかとか、お互いの夫への愚痴とかね。特に愚痴は盛り上がったわ。だって、最初は文句ばっかり言ってるのに、段々愚痴じゃなくて惚気になっちゃうんだもの。カタリナなんか、文句を言っていても、でもあの人も、なんて言っちゃうのよ? 可愛らしくて可愛らしくて、姉妹だったらよかったのにって何度も思った。カタリナもそう思ってくれていたみたいで、誕生日にはお揃いのアクセサリーをくれたわ。


 自分で言うのもなんだけど、私は昔から顔が良かったから、男性によく好かれたの。だから女の子から意地悪をされたこともあって、あんまり同性のお友達はいなかった。その上、本当に好きな男性には好かれなくて、ちょっとひねくれてた。


 夫を捕まえられたのは奇跡だと思ったわ。結婚してすぐに引っ越さないかと言われたのは流石に驚いたけれど、未練なんかなかった。夫についていけるなら、どこへだって行けるもの。それに、前にいた町には、お友達なんていなかったから。新しい場所では絶対お友達を作ろうって意気込んで来たの。


 それで、カタリナと出会えたのよ? これはもう運命だと思ったわ。夫には内緒だけど、夫と出会ったときよりも運命を感じたくらいなの。うちの子とカタリナの子が異性で、結婚でもしちゃったら素敵ねって言い合ったわ。


 出産は私の方が先だった。男の子だったから、カタリナには絶対女の子を産んでねって言ったの。そうしたらカタリナがね、『うちの子はセイラって名前にするって決めた。だから女の子が産まれるんだよ』って。よくわからない根拠だったけど、産まれた子は女の子だった。


 あの子の想いの強さはすごいなって、いつも思ってた。だってするって決めたことは全部最後までやり遂げちゃうし、本気で叶えたい願いのために何でもするんだもの。特に言葉にしたことは大体叶えちゃう。少しだけ羨ましかったわ。


 カタリナがあの場所で死んだのも、カタリナ自身が望んだからなのかもしれないわね。あの場所に埋めて欲しいって言ってたの。他の人には理由は話していないみたいだけど、私には教えてくれたわ。もう、時効かしら。それとも、あなたには話していいって、カタリナが言っているのかしら。なんだか話したくてたまらないの。誰にも言わないでって言われたのにね。


 あの場所がいいって言った理由はね、あの場所に、天使がいるからなんですって。カタリナを産んで、カタリナの前からいなくなった天使が……。


 ええ、そう、カタリナの母親がその墓地に眠っているんですって。とても美しい人だったから、カタリナは母親のことを天使と呼んでいるらしいの。カタリナを産んですぐにいなくなっちゃったらしいから、絵でしか見たことがなかったらしいけど、それでも本当に美しい人だったんですって。


 まるで物語のような話らしいわ。カタリナの母親は美しい人だったけれど、娼婦だった。それなりの身分だったカタリナの父親が足繁く通ってくるくらいで、とても人気があった。そこで恋に落ちていたら素敵だったけど、残念だけどそうじゃなくて、ただ娼婦と客の関係だった。


 カタリナの父親との子供を授かった母親は、産むことを決心して、ひっそりと産み落とした。でも、産まれてきた子供は病弱で、母親一人では育てられなかった。そんなときに、妻と子供が作れなかった父親が、カタリナを渡したら救ってやると言ってきた。その代り、町から出て行けって。酷い男よね。

 どうしても助けたかった母親は、すぐにカタリナを父親に渡して町を出たらしいわ。それで、カタリナは本当の母親を知らないまま生きてきた。


 本当の母親の存在を知って、その影を追ってこの町に来たけれど、すでに母親は死んでいた。でも、この町で恋人ができて、ここに残ったんですって。


 淡々と話すカタリナは、ちょっと怖かったわ。だって、詳しくは教えてくれなかったけれど、結構険しい人生じゃない? 泣いてもいいくらいなのに、泣かないんだもの。けれど、きっとあの子ならこういうわね。『過ぎたことは仕方ない』って。


 あの子が死んだのは、本当に信じられなかった。でも、ああ、やっぱりって思ったのも事実。

 ショックで一週間も家から出られなかったの。毎日セイラちゃんが来てくれていたわ。きっとあの子が一番つらかったはずなのに、ほんと、私って駄目ね。

 あの子はあまりにも大きい存在だったのよ。世間もざわついたわ。後追いも、たくさん。

 それだけあの子は周囲に影響を与えて生きてきた。私には想像もできないわ。……それがどれだけ、大変な生き方だったのか。


 どうして死んじゃったのか、今でもわからないけれど、これだけは断言できるわ。カタリナは、生きることが苦しかったから死んだわけじゃないの。きっと誰かに殺されたんだわ。だって、あの子は生きることに執着すらしていたんだもの。病に罹っているような素振りも見せなかった。毒でも飲まされたのよ。あの子、いい子だったけど、悪い面だってたくさんあったんだから。他人から妬まれても仕方がないくらいに、あの子の本は売れていたし、殺されてもおかしくはないでしょう。


 でも……でも、もし殺されたんだとしたら、私はその犯人を責められないし、憎めもしない。

 友人だって自称しているのに薄情だと思う? あなたもあの死に顔を見たら、きっと私と同じことを思うわ。


 あの子……笑っていたの。まるで恋する女の子みたいに、綺麗に、幸せそうに、笑っていたのよ――」


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