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冬*和解


 リコは夢を見ていました。


 まだ自分が小さかった頃。優しくて大きかった……暖かい存在。

 気づいたら側にいてくれて、見守ってくれて……。ふと目を開けると、目の前には人影が揺れていました。この人影は、リコが時々夢で見るものでした。


 ああそうか、時々夢にみるこの人は──





「んっ……」


 目を開けると、見慣れた天井が目に入りました。リコは自分の部屋に寝かされていることに気づくと、体を起こしました。


「……あれから、倒れちゃったのか……なんで、ここにいるの?」


 ふと窓を見ると、夜は明けていて吹雪も止んでいました。キラキラと積もった雪が光輝いています。


「……! ……アセナ」


 ドアの隣に、椅子に座ってうたた寝をしているアセナがいました。リコを看病していたのでしょう、床には食べかけの大根が転がっていました。もちろん、生の。ああ、いつも通りだ……リコは前までの日常に、頬を緩ませました。アセナはいつでも、生野菜(たまに蒸かしてありますが)を頬張っていたものですから。


「ここまで運んで、看病してくれたんだ……ありがとう」


 リコはアセナの頭を撫でました。するとイビキをかいて寝ていたアセナが体をビクリとさせ、目を開けました。


「リコ……? リコか? 熱下がったのか?」

「ええ。お陰様で。ごめんなさい。あんなに酷いこと、お父さんが言っちゃったのに。私だって、あれからアセナの所に行かなかったのに……どうしてこんなに優しいの?」


 リコがしょんぼりと頭を下げると、アセナがその頭にチョップを入れました。ゴツッと鈍い音が響き渡ると、リコは「痛いわね!」と言って睨み付けました。


「そうそう、お前はそうじゃなくちゃな。図太くなくちゃ。それに、大切な友人を助けるのは当たり前だっての。病人を追い返すほど俺は非道じゃないぞ」


 リコは少し頬を赤めると、そっぽを向きました。「……私は控えめよ」と呟きながら。アセナの耳にはその声が聞こえず、聞き返そうとしたとき、ドアの外から大きな音が聞こえてきました。


「リコォ! ここにいるのか!?」

「……お父さん」


 バタンとドアが荒っぽく開けられると、慌ただしく入ってきたお父さんは猟銃をアセナに向けていました。お父さんの後ろには、震えているお母さんもいました。


「まったく狼ってのは、なんて凶暴なんだ! 村人が弱っているときの隙を狙いやがって……!」


 リコはアセナの前に立ちはだかると、「やめて!」と大声で叫びました。


「リコ、なんで狼なんて庇うんだ! 狼は俺の息子……お前の兄を食い殺したんだぞ!」


 リコが立ちはだかってもなお、アセナ──いや、一匹の狼に憎しみに満ちた瞳をお父さんは向けていました。その様子をみたリコは、うつむいてこう言いました。


「……確かに、私が小さい頃にお兄ちゃんは死んだって聞いたけど。でも、アセナはほかの狼と違うわ。だって、肉だって食べないし生野菜をかじるし、私と最初会ったときは怯えてガクブルだったし、妙に料理がうまくて女々しいし、ヘタレで意気地無しだし……」

「……おい、最後けなしてないか」

「でも」

「……聞けよ」


 リコはアセナの手を握ると、微笑みました。


「……こんなにも優しくて、あたたかいの。私にとっては、そう……お兄ちゃんみたいな」


 リコはそこで、夢で時々見るあの人影は、死んでしまった兄だったんだと気づきました。リコの笑顔にびっくりしたのか、お父さんはいつのまにか猟銃をおろしていました。それでも、「でも狼は……」と呟いています。──リコもお父さんの気持ちはよくわかります。お兄ちゃんが殺されたと知った日のお父さんは、まるでこの世界が海になってしまうぐらい、泣きじゃくっていたことを覚えているからです。リコはお父さんに近寄ると、額に手を当てました。


「……熱、下がってる。ほら、この病だってアセナが看病してくれたのよ? 私だって寝込んでたんだから。こんな優しい狼が、私を食べようとすると思う?」


 お父さんはふるふると首をふると、リコを静かに抱き締めました。隣ではお母さんが涙を流しています。アセナが居心地悪くなり、「それじゃ俺はこれで……」と立ち上がると、玄関の辺りが騒がしくなりました。

 お母さんが扉を開けると──昨日まで、寝込んでいた人々皆が、リコの家に押し掛けていたのです。


「皆、なんで治ってるの……?」


 リコがそう呟くと、小さな男の子が村人を掻き分けてリコの元に来ました。


「いえのげんかんのところに、"おくすりです。のんでください。 リコ"ってかいたおてがみがあったんだよ!」

「それって……」

「これ!」


 男の子が差し出したのは、あの日アセナが作っていたジャムでした。リコと一緒に採ったシュークレ草は加工され、ジャムに入れられていたのです。


「ありがとう、リコちゃん。あなたのお陰で村は救われたわ」

「そうだな! ありがとう」


 次々とお礼を言ってくる村人に、リコは「私じゃないわ!」と言うと、部屋で隠れていたアセナを引っ張りだしました。


「アセナのお陰よ」


 リコはアセナのことを、丁寧に村人に説明しました。村人は半信半疑でしたが、リコの差し出した大根──もちろん、生──をかじるアセナを見て、疑いの眼差しは消えていきました。


 それからアセナは村人に歓迎され、村で薬草を煎じてくれないかとせがまれました。しかし、アセナは丁重に断ると、自分の家に戻っていきました。





「アセナ! おっはよー!」


 ガチャッと扉が開かれると、リコが顔をだしました。


「おう、おはよ」


 アセナはいつも通り、今日は白菜をかじりながら出迎えました。


「さて、今日はどんな薬を作ろうか?」

「そう慌てるな。まずは、薬草を採りにいこう」


 アセナは村での流行り病の一件があってから、すっかり薬草を煎じるのが得意になり、家で"おおかみ印の薬屋さん"を始めたのです。リコは、毎日通いつめ薬を作るのを手伝っていました。アセナの薬屋は巷で有名となり、村人以外の人々も噂を聞いては駆けつけるようになっていました。


 リコとアセナは肩を並べて、仲良く家を出ていきました。



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