夏*実り
リコとアセナが出会ってから数か月後。季節はすっかり夏へと変わり、暑い暑い日差しが照り混んでいます。
リコはあれから、数日に1回狼のアセナの元へ通い、お茶をしたり薬草を一緒に摘みに行ったりして、友情を深めていました。
今日は、いつもは午後に訪れるはずのリコが、朝早くにアセナの家へとやってきました。
「おはよう、アセナ! 起きてる?」
「おう、リコか。今日は随分と早いな」
キッチンの奥から、セロリをかじりながら皿洗いをするアセナが顔を出しました。
「だって、最近暑いでしょ? 午後に出掛けたら暑さで倒れちゃうわ」
まだ朝だとは言えど、真夏真っ盛り。リコは帽子を脱いで、ふぅっと息を吐くとアセナに水を一杯貰えるように頼みました。
「それに、アセナの畑の野菜が丁度食べ頃だって言ってたじゃない。早く来て収穫を手伝ってあげようかなって」
リコはアセナからコップを受けとると、感謝しなさいよと言って水を飲み干しました。
「そりゃ、助かるな。しかし、妙に優しいんだな? 早起き嫌いのくせに」
するとリコは苦笑しました。
「ふふ、実は新鮮な野菜が貰いたいなってのが本音かな」
アセナは「やっぱり」と言うと、作業道具を取り出しました。
「じゃあたくさん手伝って貰おうか。やる気満々のようだし」
「あら、少しは手加減してよね? これでもレディーなんだから」
「スカートはいてるくせに平気で木登りしたような奴がレディーだなんて、滑稽だな」
リコは「失礼ね!」と言うと、アセナと一緒に裏の畑に向かいました。
畑には、色とりどりの野菜と果物、薬草がびっしりと植わっていました。
「やっぱり、ここの畑のは村の畑より活きが良いわ」
「まあな。泉の水が良いからな」
「へぇ~。それはそうと、早く収穫して、お茶にしましょ!」
リコとアセナは、次々と収穫していきました。お日様がてっぺんに上った頃、急に雲行きが怪しくなり、空から大粒の雨が降り始めました。二人は急いで家へと避難しました。
「あちゃー。降ってきちゃったわね」
「しょうがないな……続きは、明日にするか」
リコは「明日も早起きしなくちゃいけないのか……眠い」と呟くと、テーブルに突っ伏しました。
「まあ、別に午後に来ても野菜は逃げないぞ? 無理して朝に来なくても」
アセナがキッチンでハーブティーを淹れながら言いました。すると、リコは「それは嫌」と言うと、こう続けました。
「だって……昼だと、アセナ……毛皮で……暑いでしょう?」
か細いリコの言葉を背中で聞きながら、アセナは目を見開きました。まさか、そんなことを考えていたとは、アセナには思い付きもしなかったからです。きっと、「野菜が貰いたいから」という理由も、照れ隠しの口実だったのでしょう(半分は本当かもしれませんが)。
アセナはリコに「ありがとうな」と言いました。しかし、リコからの返事はありません。アセナが振り向くと、リコはテーブルに伏せて寝ていました。慣れない早起きをしたせいなのでしょう。
アセナはハーブティーの入ったカップをテーブルに置くと、滅多に触らないリコの頭をポンポンと撫でました。普段は、爪がひっかかったりして怪我をさせたらどうしようと思い、あまりリコには触ろうとはしません。狂暴ではありませんが、外見は普通の狼なのですから。しかし、アセナは友人の優しさに、どうしても撫でたいと思ったのでした。
アセナはリコの向かい側に座りました。リコの寝顔を見たり、ボーッとしているうちに、自分も寝てしまいました。いつのまにか、あんなに激しかった雨も止み、空には鮮やかな虹がかかっていました。
ある夏の1日は、穏やかに過ぎていきました。