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短編集  作者: 雨咲はな
16/26

トラブルメーカー(非日常限定)



 日曜日、九時に起きた私は、朝食も摂らずにお隣を訪ねた。

 インターフォンが、ピーンポーン、という間延びした音を立てる。しかし応答はない。私は気にしないで、何度もピンポンピンポンピンポンと続けて連打した。

 この時間、お隣には、私の同い年の幼馴染、一平しかいないということは判っている。

 おじさんは早朝からゴルフだと言っていたし、おばさんはデパートの北海道物産展でイチ押しの人気商品をゲットするために早くから出かけて列に並ぶと言っていた。一平の姉は最近できた彼氏と遊園地に行って、絶叫マシンに乗りまくる予定のはず。

 昔からお隣とは非常に友好な関係を築き、ほとんど家族の一員として見なされている私は、そのあたり一平よりもずっと詳細に把握しているのである。


「うるっせえな、澪子!」


 二十回ほど鳴らしたところで、あまりのしつこさに耐えられなくなったのか、一平がドアを開けて怒鳴った。

 きっと昨日存分に夜更かしして、今朝は昼近くまで寝坊を決め込むつもりだったのだろう。いかにも寝起き、という機嫌の悪さを露わにして玄関先に出てきた一平は、Tシャツとジャージ、足にはサンダルという格好で、ボサボサの髪の毛の中に手を突っ込んでかき回していた。

 そして、門の向こうにいる私を見て、ぴたりと動きを止めた。

 いや正確には、私の後ろにいる人物を見て、石になった。

「じゃあ、またな!」

 薄情なことに、一平は石化から解けると、すぐに踵を返して再び家の中に引っ込み、バタンと乱暴にドアを閉じてしまった。

「わーん! ひどいよ、一平ちゃん!」

 私は泣きそうになりながら、門を開けて玄関ドアへとダッシュで駆け寄る。その勢いで飛び込んで文句を言おうとしたが、ドアはすでにカギがかかっていて、びくともしない。これが幼馴染に対してする仕打ちか、と頭に血の昇った私は、「開ーけーてー!!」と拳と足を使って暴力的に訴えた。

「やめろドアが壊れる!」

 一平はドアの向こうにへばりついて、カギをかけただけでは飽き足らず手でも押さえているらしい。なんたる非道。可愛い女の子が涙目で、おうちに入れて、と頼んでいるのだぞ。それって、モテない男子高校生が夢にまで見てしまうという、極上のシチュエーションではないか。

「一平ちゃん、ちょっと相談が」

「いやだ聞きたくない」

「なんだか困ったことになっちゃったんだもん!」

「んなこたー見りゃわかるんだよ! そこに俺を巻き込むな!」

「一平ちゃんを巻き込まずに誰を巻き込めって言うのよ?!」

「逆ギレか! とっとと帰れバカ澪子!」

 扉一枚を挟んで不毛な怒鳴り合いをしていたが、そこで私の後ろにいた長身の人物が、すっと優雅な動作で私の前に立った。

「俺の女に向かってバカ呼ばわりとは聞き捨てならん。この戸もろとも、中にいる男をたたっ斬ってやってもいいか」

「はい、どうぞ! やっちゃってください!」

「どうぞじゃねえよ! なに勝手に人んちの破壊と殺人を許容してやがんだ! ってあんたも危ねえからそんなもん振り回してんじゃねえっ!!」

 慌ててドアを開けた一平は、すぐ前に立つ男がすらりと日本刀を鞘から抜いたのを見て仰天したように大声で叫び、私と彼の身体を掴んで家の中へと引っ張り込んだ。



          ***



 そのまま勝手知ったる一平の部屋へとほぼ強制的に乱入して、私たち三人は円になって床に座った。

「……で、今回はなんなんだよ」

 一平は肩を落とし、顔まで伏せて、悄然とした風情で、ようやく事情を問う台詞を口から絞り出した。背中を丸めて、はあーと深いため息を吐くその姿は、もはや諦念の塊と化している。

「一平ちゃん、いつも言ってるけど、その姿じじむさいよ?」

「誰が俺を老けさせてんだよ! 毎回俺のところに厄介事を持ち込みやがって、このトラブルメーカーが!」

「違うもん! 私がトラブルを作ってるわけじゃなくて、頼みもしないのに向こうからやって来るんだもん!」

「そのトラブルを抱えて、いつもいつも頼みもしないのに俺のところに来るな! 俺はお前の保護者じゃない!」

「ひどいよ、私たち幼馴染なのに!」

「幼馴染って言葉だけで何もかもが許されると思うなよ! 幼稚園の頃からお前のその変なトラブル引き寄せ能力の尻拭いをさせられ続けて、俺は未だに彼女も出来ないんだからな!」

「それとこれとは関係ないじゃん! ただ単に一平ちゃんがモテないってだけの話じゃん! 可哀想にあの子このまま大学生になっても童貞かしらねーって嘆くおばさんに、その時は気の毒だから私が一平ちゃんの最初の相手になってもいいよって言ってあげた優しい幼馴染に向かってなんてことを!」

「てめえそれ以上言ったら殺すぞこのヤローー!!」

 私の頭をがしっと掴もうと伸びてきた一平の手は、そこに行き着く手前で、すらりと音もなく抜かれた輝く刃によって阻まれた。

 一平はひくっと強張った表情で、自分の指を切り落とす寸前で止められた日本刀の長い刀身を見つめ、次いで、その先の柄を握って物騒な空気を醸し出している、鋭い眼つきの青年に視線を移した。

「……で、あんたは誰」

 はあーーーっと、さっきよりも深いため息を吐き出して、嫌々ながら問いかける。

 ようやく現実逃避するのを止めて、本題に取り掛かることにしたらしい。なんだかんだいって、一平はこういう非日常的な現実に出くわすのは慣れているのだ。他でもない、私のおかげで。


「俺は織田信長だ」

「…………」


 ちん、と白刃を鞘に収めながら、青年がなんでもなく寄越した答えに、一平はものすごく苦々しい顔つきになった。たぶん、道を歩いていて、足許にいたミミズだとか芋虫だとかを、知らずに踏んづけてしまったら、こんな顔になるんだろうなと思うような顔だった。そうか、そんなにイヤか、一平ちゃん。

「……どこから突っ込んでいいのかわからんが、とりあえず、どうしてそんな格好してるんだ」

「何かおかしいか」

「普通、戦国時代の武将はそんな頭はしてねえだろ」

 ここで、相手の正気を疑ったり、戦国時代の武将、ましてや織田信長がこの現代にいるかバーカ、という普通の言葉が真っ先に出てこなかったりするあたり、さすが一平というべきだろう。

 そういう常識的な疑問は、とりあえずすっ飛ばす。そうしないと、話が一歩も前に進まない。私との長い付き合いで得た、彼の貴重な教訓である。

「頭?」

 信長君は、不思議そうに首を傾げて、自分のサラサラの茶髪に手をやった。手足も長いが、指も長い。そんな仕草のひとつひとつでさえ、思わずうっとりするほど絵になっている。肩のあたりまで伸ばした少し癖のある髪の毛は、セットもしているわけではないのにサイドが緩く流れて、絶妙な形でビシッと決まっていた。

「なんで月代も剃ってねえんだ」

「月代とはなんだ」

「それにどうしてそんな鎧でもなけりゃ着物でもねえ、中途半端な衣装なんだよ」

「何を言っている、どこが中途半端だ」

 信長君は今度は視線を下げ、自分を見下ろした。客観的に言えば、一平の意見も、正しいわけではない。着ているのは確かに着物であって、鎧だ。ただそのデザインが、私たちが歴史の教科書とかで見知っている通常の地味なものとは甚だしく異なっている、というだけに過ぎない。鎧の下に着ている着物は、鮮やかな緋色で花柄という、戦国武将としてはちょっと信じがたいセンスでまとめられていて、おまけに胸元が必要以上にはだけてとってもセクシー。

 そして腰には、黒光りしているのにどこか派手で煌びやかな、日本刀。

 恰好だけなら現代人のコスプレ、という言い訳で通るかもしれないが、その日本刀は人だって殺せちゃうまぎれもない本物なので、お巡りさんに見つかれば、銃刀法違反で捕まること請け合いだ。

「……その上、その顔……」

「顔?」

 とうとう自分の顔を片手で覆って、呻くような声を出しはじめた一平に、信長君はますます不可解そうにきょとんとした。

 そんな少しあどけない表情でさえ、きゅんとしてしまうその顔は、どこもかしこも異様に整っている。

 ……まあ、一言で言うと、「現実にはあり得ないほどの超絶美形」、というやつなのだった。


「こんなモデルかホストみたいな織田信長がいるかーー!!」


 ここにちゃぶ台があったら間違いなくひっくり返しているだろう勢いでキレる一平に、信長君はむっと憤慨したらしい。

「なにおう! 俺はもちろん織田信長だ!」

「澪子っ、お前一体どこでこんなもん拾ってきやがった!」

「拾ったんじゃないよ! 朝起きたらベッドのそばにいたんだよ!」

「それでそのまま俺のところに押しつけにきたってか!」

「だって他にどこに持ち込めばいいかわかんないじゃん! 私だって困ってるんだよ!」

「てめえこの状況でなに堂々と被害者ヅラしてやがんだ?!」

「きさま、さっきから俺の女に馴れ馴れしい!」

 阿鼻叫喚の怒号が飛び交う中、いちばん最初に冷静さを取り戻して、話の舵を切り直したのは、やっぱり一平だった。

 ぜいぜいと乱れた息をなんとか整え、ふーっと深呼吸する。

 それから、じろっと私を睨みつけた。


「……いくらお前でも、寝ただけでいきなりトラブルが降ってくるこたねえだろ。大体いつも、きっかけってもんがあるだろうが。眠る前に、なにかやってたんじゃねえのか」


 うーん。状況判断から事実確認に至るまでの流れの、なんとスムーズなこと。こういう事態にイヤでも慣れざるを得なかった、これまでの一平の苦難の人生を想起させて、涙を誘われる。原因の百パーセントは私だけど。

 しかしそうか。やっぱりそれについて、白状せねばいけないのか。私はぽっと赤くなって、もごもごと言葉を濁した。

「あのね……夜になっても、あんまり眠くなかったからね、ちょっとスマホのゲームをね……」

「はあ? どんなゲームだよ」

「イ……」

 思わず目を逸らし、もじもじと指を組み合わせる。

 小さな声で、ぼそっと、そのゲームのタイトルを出した。

「……『イケメン武将の正室になって下剋上! 花の戦国ラブバトル』……」

「お前はまたそんなくだらないもんを!」

「くだらなくない! 自分だって、ツンデレからヤンデレまでいろんなタイプの揃った架空のガールフレンドと放課後の恋と青春を楽しもう! なんていう虚しいゲームが好きなくせにー!」

「虚しくなどない! 俺のガールフレンドたちをバカにするな!」

 私と一平は、しばらく互いの好みのゲームのしょうもなさをあげつらい、ぎゃんぎゃんといがみ合っていたが、それだけでは今のこの現実に何ひとつとして変化は訪れない、ということに気づいて口を噤んだ。そうなのだ、問題はそのゲームの中身云々ではない。いや違った、問題の中心にあって、今目の前にいるのは、まさにその中身なのだった。


「……それで、ゲームして、寝て、目覚めたら、そのゲームのキャラであるコイツがいたと」


 一平が脱線した話を元に戻す。私はこっくりと頷いた。

「意味がわかんねえんだけど」

「ホントだよね。私も意味がわかんない」

「あんたはなんでここにいるのか、自分でわかってんのか?」

「俺は俺の女を幸せにしてやるためにここにいる」

「ダメだ、話が通じねえ……!」

 唸る一平の苦悩ももっともだ。

 当然ながら、私も最初から、この現実をすんなり受け止めていたわけではない。

 朝の起き抜け直後に、ベッド脇にスタンバイしていたゲームの顔と衣装そのままの信長君が、「お寝坊だな……そろそろ起きて俺にその可愛らしい笑顔を見せろよ」と掠れた声を耳元で囁いてきた時には、ぎゃああああ! と大音響の悲鳴を上げてしまったし、自分なりに、こんな状態に至った理由を突き止め、解決の道を模索しようとも試みた。そうなのだ、努力はした。

 が、忘れてはいけない。ここにいる信長君は、戦国時代からタイムスリップしてきた織田信長ではなく、その名前と設定をちょっぴり拝借しただけの、「ゲームのために作られたキャラの織田信長」なのだ。


 なんで実体化しちゃってるのと聞けば、お前に会いたかったのさ決まってるじゃないか、と平然として答え。

 どうやったらスマホの中に戻るのと聞けば、死ぬまで俺と一緒だと誓い合っただろう……? と哀切な声で訴え。

 これからどうするつもりなのと胸倉掴んで問いただせば、もちろんお前以外のことは考えられないさベイビー、みたいなことをのたまう。


 一向に、話が噛み合わない。


 どうも彼は、ヒロイン(私)を口説く以外のことには、頭も意識も廻らないらしいのだった。

 この世に現れ出たからには、今後のこととかこの世界のこととか、もうちょっと考えることがあるだろうにと思わずにはいられないのだが、文字通り、彼の目には私しか入っていない。ゲームの中で語られるうすら寒い台詞は、実際に聞くとダメージが大きくて、こちらのHPまで削られる。あと少しで、信長君を攻略完了、というところで寝オチしてしまったのがいけなかったのだろうか。

 とにかく、いくらイケメンとはいえ、もともと二次元の住人に、このままここに居座られても困ってしまうのである。家にも置いとけないし、かといって病院に連れて行くのも憚られる。それにこの腰につけた刀をどうにかしてもらわないことには、おちおち街中も歩けない。

 それでいつものように、幼馴染の一平を頼って、隣のインターフォンを鳴らす仕儀となったわけなのだ。


「幽霊とかだと、望みを叶えてやったりすれば成仏して消えるよな」

 果たして、ゲームキャラを幽霊と同一視していいものかどうか判らないのだが、一平はそう言うと、くるりと信長君のほうを振り向いた。

「あんたの望みは?」

「無論、俺の愛しい女と末永く幸せに……」

「そこはウソでも天下統一って言えよ!」

「天下など、恋の前では取るに足りぬもの」

「その野望がなかったらお前の存在意義はどこにあるんだよ!」

「人生五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻のごとくなり……よって俺は恋に生きる」

「言っとくけど、それはそういう流れで出す台詞じゃねえからな?! まったく違うのにほんのちょっとだけ信長風味でイラつく!」

 さすが恋愛ゲームのキャラだけあって、彼はどこからどこまでも迷いなくきっぱりと、恋愛脳の持ち主なのだった。野望を捨てて恋に生きることは可能でも、恋を捨てて天下を取る、という発想はないらしい。

 だったら一体、何をどうすれば彼は、元のゲーム世界へと帰ってくれるのか。

「うううーん……」

 一平は難しい表情で腕組みをして考え込んだ。いつも何かしら解決案を提示してくれる幼馴染のその顔に不安になって、つい情けない声が出てしまう。

「一平ちゃあん……」

「心配すんな。考えるから、ちょっと待ってろ」

「うん……」

 頼もしい返事に、私はこくんと頷いて、大人しく待つことにした。


 トラブルメーカー、と一平ちゃんは私を呼ぶ。

 ゴタゴタを引き起こす人のこと、または自分から揉め事を作り出す人のことを言う。けど、違う。違うと断言させてもらおう。だって、私自身はとっても平凡。容姿も性格も成績も普通。日常生活において、しょっちゅう物を壊すだとか、フェロモンで男を惹きつけ刃傷沙汰を起こすとか、そんなことも一切ない。

 ──ただ、なぜか生まれた時から、常識からぶっ飛んだようなトラブルにのみ、見舞われ続けるだけなのだ。

 私は何もしていないのに、どうしてかおかしな出来事が降りかかる。普通ではまったく考えられないような奇妙なことばかりが、どういうわけか、私のところに寄りついてきてしまうのである。

 部屋がいきなり異世界に繋がったこともある。

 人間語でお喋りをする猫を拾ったこともある。

 全身黒ずくめの怪しい組織に狙われたこともある。

 どうしてそんなことがあるのかと、理由を考えてみたってはじまらない。とにかく不可解なことが、私を中心にして起こってしまう。かといって平々凡々たる私には、そんなことには到底一人で対処できるはずもない。小さな頃から、変なことや変なものにまとわりつかれるたび、困って、泣きべそをかいて、隣のインターフォンを押しては、「一平ちゃあん」と助けを求めた。


 ……そして、厄介事に巻き込まれ、怒り、文句を言いながら、それでも必ず最後には、私を助けてくれる一平は、この時もやっぱり、そうしてくれた。

 ぱっと顔を上げると、私に向かってちょいちょいと指で招く。

「澪子、耳貸せ」

 耳許に口を近づけ、ひそひそと囁かれた内容に、私は眉を寄せて疑問の声を上げた。

「ええー、そんなので上手くいくかな?」

「こういう時は、片っ端からあれこれ試してみるんだよ。いいからやれ」

「う、うん……」

 私はつつつと信長君に歩み寄ると、正面切って彼を見据え、深々と頭を下げた。

 それから、はっきりとした声音で言った。


「ごめんなさい。私、あなたとは一緒になれません」


「…………」

 イケメン信長君は、その言葉に驚いたように目を見開いた。

 そのまましばらく黙り込んでいたけれど、やがて悲しそうな瞳を私に向け、ふっと微笑んだ。

「そう……か。ならば俺は、お前を忘れるために、また戦いの中に身を投じよう。いつまでも、お前が幸せに笑っていられる世を、この手で作り上げるために……な」

 と、背中がぞわぞわするような低音のいい声で、「別れの言葉」を告げると。

 その姿が、すうっと薄まり、静かに消えていった。




「──ああいうゲームってのはさ、攻略の一歩手前で、オトすかオトさないかの分岐があるだろ? お前、そこまで行かずに寝ちまったんだよ」

 と、一平が肩を竦めて言った。

 要するに、「最後の選択肢」、というやつだ。

 ルートにおける最後の最後、愛の告白やプロポーズを、受けるか断るか。

 恋愛ゲームだから普通は素直に「はい! 喜んで!」を選んで、そのままエンディングに突入する。しかしその選択肢には必ず、「ごめんなさい……」というやつも混じっているのだ。

 昨夜の私は、そのどちらかを選ぶ前に、うっかりと寝てしまった。だからゲームから出てきた信長君は、延々と私を口説かなければならない羽目に陥っていたわけだ。その答えを貰わない限り、彼はゲームを終われない。なるほど、悪いことをしてしまった。

「さすが一平ちゃん。やっぱり頼りになるねえ。ありがとう」

 ニコニコしながら持ち上げて、一平の腕に両手を廻してぴったりくっつく。

 いつの間にか身長も成績も追い抜かれ、時々私を寂しい気分にさせたりもする幼馴染は、けれど子供の頃とまったく同じように、頬っぺたを赤くしてそっぽを向いた。

「……ま、しょーがねえから、これからも面倒見てやるよ」

 ぶっきらぼうだけど優しい言葉に、私もうふふと頬を緩める。

「じゃあお礼に、一平ちゃんの童貞喪失の際には私が……」

「うるせえな!」

 ぽかんと頭を殴られた。



          ***



 さて、その二週間後の日曜日。

 ピンポーンとインターフォンを押して隣家を訪ねた私と、その後ろにいる人物を見て、一平は引き攣った顔で、開いていた玄関ドアをすぐさまバタンと閉じた。

「わーん、一平ちゃん、助けてーー!」

「うっせえ、帰れ!」


 ──私の 「非日常トラブル引き寄せ能力」は、今もって健在だ。




実在のゲームとはまったく関係ありません。

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