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短編集  作者: 雨咲はな
10/26

隣のシリアルキラー



 夜遅い時刻になって、あかりがアパートに帰ってくると、自分の部屋のドアの手前で、同じく今しがた帰ってきたところらしい隣人の桐原とばったり遭遇した。

「あ、こんばんは」

 ほろ酔い気分で口ずさんでいた鼻歌を止め、あかりは慌てて挨拶してぺこりと頭を下げる。

「こんばんは。ご機嫌ですね、鈴木さん」

 やっぱり鼻歌を聞かれていたか。アパートの薄暗い廊下でも、桐原の整った顔に小さな笑みが乗っているのは見て取れて、あかりはもともと赤かった顔をさらに赤くした。

「会社の飲み会だったんです」

 言い訳くさい言葉が口をついて出る。酔っぱらってご機嫌だったのは事実でも、桐原に「酒好きの女」として見られるのは、なるべく避けたい。

「あー、いいですねえ、飲み会」

 あかりの思惑とは別に、桐原は素直に羨ましそうな顔をした。「僕も、たまには酒を飲んで騒ぎたいですよ」と嘆くように続ける。

「最近、お忙しそうですもんね」

 言ってしまってから、しまったなと思った。これじゃ、まるで隣人の行動を監視しているみたいだ。

 けっこう築年数の経過したアパートは、廊下を歩く足音とか、隣のドアが開け閉めされる音とかがよく響く。その音で、最近の桐原が、しょっちゅう深夜に帰ってくることを知っているからつい口が滑ったのだけど、プライバシーに踏み込まれているようで、相手にしたらいい気分はしないだろう。決して、毎日毎日、耳をそばだてて隣を気にしているわけではないのだが。

「そうなんです。仕事がね、いろいろと立て込んでて」

 桐原は人のいい性質なのか、あかりの不躾な言い方にはまるで頓着しなかった。しかしその顔が、本当にげっそり疲れているように見えて、気の毒になる。

「お身体を壊さないといいですね」

 ただの隣人のあかりとしては、それくらいしか言いようがないのがもどかしい。食事とか、ちゃんとしているのかな、と心配になっても、そこまで口に出す権利がないことくらいは弁えている。

 ……まさか、私が作りましょうか、なんて言えるわけもないし。

「はい、気をつけます。一人暮らしですからね、自己管理しないと。こんな時、彼女か奥さんが、あれこれ世話を焼いてくれたらなあ、って憧れるんですけど」

 桐原が、ほんの少し微笑んでそんなことを言い、ちらっとこちらを見たような気がしたので、あかりはうろたえた。まるで、自分の心を見透かされているように思えて恥ずかしくなり、また顔を赤くする。

「あ、あの、じゃあ、おやすみなさい」

 こんな顔を桐原に見られたら困る。上擦った声を出して、あたふたと自分の部屋に逃げ込もうとしたら、「鈴木さん」と呼びかけられて、飛び上がりそうになった。

「はっ、はい?」

「鈴木さんも、気をつけてくださいね」

「……え」

 かけられる声の調子が、今までのものと若干変わっていることに気づき、半分ドアの中に身を隠したまま、あかりはぽかんとした。

 ぼんやりとした淡い照明の下、桐原はやけに真面目な表情をしている──ように、見える。

「最近、物騒ですから。夜道の一人歩きはしないほうがいいですよ」

 え? と聞き返す間もなく、桐原はまたすぐに微笑を取り戻し、「じゃあ、おやすみなさい」と告げて、自分の部屋に入っていった。



 あかりがこのアパートに越してきてから二年ほどになるが、最初のうち、隣人とはまったく付き合いがなかった。

 隣人ばかりでなく、他の住人達についてだって、あかりは未だにほとんどまったく知らない。居住者の全員が独身者というアパートでは、お互いに干渉もしなければ、必要以上に接触したりもしないものだ。

 だから半年前、夜のコンビニで、酔っ払いに絡まれて困っていたあかりを助けてくれた男性が、自分のアパートの隣人であることなんて、その時はまったく知らなかった。

 お礼を言って、ちょっとお喋りをして、危ないから家の近くまで送ります、と言ってくれた親切なその人が、あかりが道を進むにつれて徐々に奇妙な顔をしていったのも納得だ。結局、隣同士のドアの前で顔を見合わせ、驚くよりも前に、二人で大笑いしてしまった。

 そんなおかしな偶然の出来事から、あかりと桐原は、会えば立ち話をするような関係になった。しかしもちろんそれだけであって、あかりは彼が、現在二十六歳の独身であるということくらいしか知らない。それよりも立ち入ったことを聞くのは憚られて、どんな仕事をしているのかも、勤め先がどこにあるのかも、まったく知らないままである。

(なんとなく、不規則そうなお仕事みたいなことは判るんだけど)

 と、部屋の電気を点けながら、あかりは内心でひとりごちる。

 特に動向を探るつもりはなくても、隣に住んでいると、それくらいのことは推測できる。桐原と知り合う前から、真夜中とかに出入りする気配は感じていて、お隣の人は泥棒稼業でもしてるのかしら、とあかりは冗談半分で思っていたくらいなのだ。

 しかし一旦桐原を個人的に知ってしまうと、その無責任な感想は、だんだん心配へと形を変えていった。いつも忙しそうで、帰ってこない日もあれば、朝方になってぐったりした風情で無精ひげを生やして帰宅するところも見たことがある。

 もしかしたら、いわゆるブラック企業に勤めているのかもしれないな、とあかりは思う。ほとんど休みももらえていないようだし。

 食事はおもに外食かコンビニ弁当だ、と本人が言っていた。そんな不摂生な生活を続けて、大丈夫なのだろうか。

(彼女……とか、いないのかしら)

 さっきの言葉を鵜呑みにしたら、そういうことになるのだけど。ううん、でも、ただの隣人に正直なことを言う必要もないわけだし。浮かれたら駄目よね。駄目だってば。

 桐原は外見もいいが、中身はもっといい。とても気さくだけれど、優しくて、穏やかで、いつだって紳士的な態度で接してくれる。酔っ払いから助けてくれた時なんて、男らしく堂々としていて、すごく素敵だった。あんな人、モテないはずがない。

(変な期待はしないでおかなくちゃ)

 気をつけて、という言葉も、きっと単なる社交辞令以上のものではないのだろう。そもそも、酔っ払いに絡まれていたのが知り合うきっかけだったのだから、桐原はあかりのことを、異性としてではなく、頼りない子供のように見ているのかもしれない。

(私がもっと積極的な性格だったらなあ)

 あーあ、と思って、パタンとベッドに寝転んだ。

 お隣は、物音一つなくしいんと沈黙している。もう眠ったのだろうか。



 不気味な情報をあかりが得たのは、それから数日経ってからのことだ。

 以前から、若い女性が夜間、通り魔に襲われる、という事件が起こっていることは知っていた。でもそれは、あかりの住む場所からは離れた区域での出来事であったため、怖いなとは思っていたものの、どこか他人事のように受け止めてもいた。

 それが、つい先日、わりと近所で同様のことがあったというではないか。

 そのことを教えてくれたのは、あかりの髪をカットしていた美容師だった。会社の休みに、アパートの近くの美容院に行ったら、このあたりはその話でもちきりなんですよ、と聞かされ驚いた。

「そうなの、怖いね」

 とあかりが眉を寄せると、女性美容師は大きく頷いた。二十代半ばくらいの、つまりあかりとそうは年齢が違わないくらいだから、彼女も自分の身に置き換えて考えているのだろう。

「今まで同じ手口の事件が、十件近く起こってるらしいんですけどね、最初は刃物で手や足を軽く切りつけられるくらいだったのが、一件ごとにエスカレートしていってるんですって。顔を切られたり、傷が深くなってたり」

「まあ……」

 それを聞いただけでも顔をしかめずにはいられない。若い女にとって、顔に傷をつけられるという行為は、恐怖以外の何物でもなかった。

「それでね、その犯行場所がどんどん移動していて、これまでのを辿っていくと、一本の線になっているそうなんです。それが今、明らかにこっちの方向に向かってきてるらしいんですよ。怖いですよねえ」

 しゃきしゃきと軽快な音を立てて鋏を動かしながら、美容師は同時に口も動かし続けている。

「幸い、まだ死人は出ていないですけど、ついこの間被害にあった女の子は、虫の息だったそうですよ。今も目が離せない状態らしくって、心配ですよね。でもね、そうなると、今度こそ事件が起きたら、その時の被害者は生きていられない可能性が高いじゃないですか。理不尽ですよねえ。たまたまその場所を通ったっていう理由で、殺されちゃうなんて」

「本当ね……」

 まるでババ抜きだ。どれにしようかな、と犯人が数あるトランプの中から一枚を引き当てる。

 一方的にジョーカー役を割り振られた女の子は、自分の命を取られてしまう。

「──犯人は、どんな人なのかしらね」

 ぽつりと言うと、美容師は鏡に映るあかりに向かって顔を寄せ、声音を落とした。

「若い男、ってことはハッキリしてるんですって。しかも、けっこういい男みたいなんですよ。どの被害者も、口を揃えて、カッコイイ男の人だから最初はあまり怖いと思わなかった、って言うそうだから。顔がいいと、それだけでなんとなく警戒心が薄まりますもんね。でも、だとすると、モテない男が、腹いせに女の子を手当たり次第傷つけよう、ってわけではないんでしょうねえ」

「カッコイイ男の人……」

 ぼんやりと呟き、ふと桐原の顔を浮かべ、急いで振り払う。通り魔の話をしている時に、私ったら、なんて失礼な。

「きっとね、昼間はニコニコして愛想のいい男なんじゃないですかね。優しそうで、礼儀正しくて、どうしてこんな人が、って思うような。ニュースでも、そんなことよく言いますもんね。表の顔と、裏の顔が、ぜんぜん違うってことですよ。……意外と、そういうのが、すぐ身近にいたりするかもしれませんよね」

 美容師は、そう言って、しゃきんと鋏の音をさせた。

 ──普段見せている顔が、その人のすべてであるとは限らない。

 鋭く尖る鋏の放つ光に、あかりは急に怖くなった。



 翌日、暗い夜道を、あかりは足早に歩いていた。

 いやだな、とひたすら前だけを見てびくびくと思う。よりにもよってあんな話を聞いた次の日に残業なんて。駅からアパートまでの道のりには、途中、公園の脇を通らねばならない。人家も少なく、車の通りもなく、街灯もあまり明るくないところだ。しんとした闇の中、自分が立てるコツコツというヒールの音だけが響いて、余計に怖かった。

 もう少しでアパートが見える。ホッとして角を曲がったところで、すぐ前に立っている黒い人影に気がついた。

「っ!」

 ぎくりとして足を止める。咄嗟に悲鳴を上げそうになったが、なんとかこらえた。

「──今、帰りですか。鈴木さん」

 暗がりからかけられた声に、強張った顔から力が抜けた。細く息を吐きだし、胸に手を当てると、はっきりと感じられるくらいに、心臓が早鐘を打っていた。

「び──びっくりした。桐原さんですよね?」

 闇の中から、街灯のぼんやりとした光の下に姿を現した桐原は、いつものように穏やかな笑みを浮かべてはいなかった。どこか掴みどころのない無表情で、周りにひんやりとしたものをまとっている気がする。

「夜道の一人歩きはやめたほうがいいと、この間言ったばかりだと思うんですけどね」

 桐原の声は、妙に一本調子だった。感情を抑えているような平坦さ。

「ご、ごめんなさい。今日はあの、残業で」

 つい謝ってしまってから、内心で首を捻る。どうして私、桐原さんに叱られないといけないのかしら。

「……桐原さん、ここで何してるんですか?」

「…………」

 そう訊ねると、桐原はしばらく無言になった。

「鈴木さんがなかなか帰らないようだから、心配になって、見に来たんです」

「え、あの、そうですか」

 と返事をしたものの、あかりはいまいち釈然としない。この言い方、まるで、桐原があかりのことを待っていたみたいだ。もしくは──見張っていた、みたいな。

「また、酔っ払いにでも絡まれてるんじゃないかと思って」

 取ってつけたように、桐原が続ける。よっぽど私はこの人に子供扱いされているのかな、とあかりは思うことにした。

「ありがとうございます。私もちょっと怖かったので、桐原さんを見て安心しました」

「…………」

 桐原がまた黙る。どうしたんだろう。どうして、こんな風に、固い表情で、笑いもしないで黙っているのだろう。

 いつもの桐原ではないみたいだ。

「──鈴木さん」

 低い声で名を呼んで、桐原が一歩、あかりに近づいた。びくっと後ずさりしそうになるのを抑える。そういう自分自身に狼狽してしまい、何かを考える前に、言葉が口をついて出てきた。

「あの、あの、最近は物騒だって、桐原さんも言ってたでしょう? あれ、通り魔のことなんですよね?」

 桐原が、ぴたりと動きを止めた。

「……それ、どこで聞きました?」

 まるで窺うような、鋭い目つきをしている。声に緊張が滲んでいる。困惑して、あかりのほうがへどもどした。

「あ、の、美容院で。連続通り魔の起こす事件が、段々こっちのほうに近づいてきてる、って」

「…………」

「そういう噂、らしいですけど」

 だから、桐原さんもそれを聞いて、私に忠告してくれたんでしょう?

「もう噂になってるのか……」

 桐原がぼそりと呟く。

 それから、独り言のような小さな声の言葉が、あかりの耳にかすかに届いた。

「……だったら、急がないと」

「…………」

 急ぐ? 急ぐって?

 なにを?

「そ、そういう人って、どうしてそんなことをするんでしょうね?」

 声が震えそうになるのを懸命にこらえて、あかりはわざと明るく訊ねた。何か考え事をしているらしい桐原は、そんなあかりの様子に気づかない。

「そうですね……まあ、最初は、ストレスが大きな理由だったかもしれないですね」

「ストレス?」

「眠るヒマもないほど仕事が忙しすぎたとか、営業成績が上がらなくて上司にプレッシャーをかけられたとか、いろいろあったんですよ。疲労が溜まっても、家族も恋人も友人もいないと、愚痴という形でそういうものを吐き出す場所がない。表向きは人当たりのいい顔をして、鬱屈を発散させることも出来ないとね、人間は、内側からどんどん歪んでいくんです」

「…………」

 桐原の言い方は、推定ではなく、ほぼ断定だった。

 どうして?


 ──そんなこと、「本人」しか、知りようがないことなのに。


「……で、でも、だからって、無差別に通行人を狙うなんて」

「いや、無差別ではないかもしれませんよ」

 桐原がまっすぐこちらを見た。向けられる瞳が、周囲の闇よりも黒々として見えて、あかりは背中が冷たくなった。

「狙う相手は、要するに、『好みのタイプ』なんです」

「好み……?」

「はじめは普通の好意だったのにね……ストレスとプレッシャーに押し潰されて、それが、おかしな方向に捻じ曲がってしまったのかもしれない」

「こ、好意だったものが?」

「相手を傷つけて、苦しめる。女性を好きになるということが、そういう行動に直結してしまう、というのは正常ではないですよね? いつしか、そんな風に、内部で何かが変質してしまったんでしょう。多分、そんな形でしか、自分の気持ちを表せないんです。自分の中の闇に押し潰されて、そうなってしまった。……もとは、優しい人間であったかもしれないのにね。本人も、つらくてつらくて、こんなことはやめたいと願っているかもしれないのに」

 彼はもう、狂ってしまっているんですよ。

 ぽつりとそう言って、桐原は遠いところを見るように視線を投げた。

「きっと、次は間違いなく、相手を殺してしまうでしょうね。ここまできたら、もう、自分でも、止めようがない。一度殺人を犯してしまえば、枷が外れて、さらに止まらなくなる。……そうして、殺して、殺して、手を真っ赤な血で染めて、連続殺人犯として、同じことを繰り返していくしかない」

「……そ、そんなの、悲しい、ですね……」

 ぎこちない声を喉から引っ張り出す。桐原はまたあかりのほうを向き、ゆっくりと頷いた。

「──そうですね。悲しいです。本当に心から好きになった相手を殺してしまったら、その後で、彼は一体、何を思うんでしょうね」

 本当に切なげな声に、あかりは泣きたくなった。




 ──そして現在。

 あかりは真面目に心の底から悩んでいる。

 どうすれば、桐原を救えるのだろう。どうしたら、事件を起こすことをやめさせられるのだろう。それとも、警察に捕まるまで、止めることは出来ないのだろうか。

 この時になって、はっきりと自覚した。あかりは、桐原のことが好きなのだ。そう、好きだ。内部に闇を抱えていても、何人もの女の子を傷つけていても。

 とにかく、なんとかこれ以上罪を重ねることをやめさせなければ。そして精一杯説得して、自首するように勧めてみよう。ナイフを出されたって、怯んだりしない。殺されたりしない。一人を殺してしまえば、あとは連続殺人者としての道を一直線だ。

 桐原を、そんなことにさせたりしない。

 心を開いてもらうことは出来なくても、話を聞くくらいなら、自分にも出来るかもしれない。

 あかりは決意を胸に秘め、うんと力強く頷いた。




         ***



「おい、そろそろだからな、桐原。性根を据えてかかれよ」

 だみ声の上司に言われて、桐原はぴりっと表情を引き締めた。

「いよいよですか」

「おう。逮捕状も請求したからよ。出たらすぐにやつの家に乗り込んで、お縄にかけてやる」

「長かったですよね」

 しみじみ言うと、上司は忌々しそうに、ふんと鼻息を出した。

「まったくだ。いくつも事件を起こしやがるわりに、なかなかシッポを出さねえからな。身許も居場所も割れてんのに、じれったいったらなかったぜ。でももう証拠固めも済んだし、捕まえて、ぎゅうぎゅう締め上げてやる」

 上司の取り調べは、どんな凶悪犯でも泣き出すというほど厳しいことで評判だ。


 ──これでようやく通り魔事件も解決か、と桐原は息をついた。


 誰かを殺してしまう前に、捕まえられそうでよかったな、と思う。

 連続殺人犯になる手前で、あの男は救われたのだ。

「このヤマが済んだら少しは休めるぞ。このところずっと張り込みやら徹夜やらばっかりだったからな。お前も、いい加減、疲れただろ。またどうせ忙しくなるからよ、その前に、なんつったっけ、ホラ、隣の可愛い子ちゃんを口説いとけ」

 ガサツな言い方に、純朴な桐原は赤くなった。

「僕、そういうの得意じゃないんですよ」

「そんで半年もずーっと片思い、ってか。女学生じゃあるまいし、お前は見かけのわりにだらしねえ野郎だなあ」

「性格なんで。でも、やつの行動範囲がうちの近所にまで来た時には生きた心地がしませんでしたね。いつ彼女が狙われるかと、毎日ヒヤヒヤしてましたよ。あの子、今までの被害者とタイプが似通ってるし、なんていうか、ちょっと無防備なところもあるし」

「おまけに、ニブそうだしな」

 まったくです、と同意して、桐原はガックリ肩を落とした。

「それでもね、昨日、アパートで会った時に、勇気を振り絞って、『今やっている仕事の目途がついたら、一緒に食事でもどうですか』って誘ったんです」

「おっ、そりゃ前進だ。で、オッケーもらったか」

 面白そうに冷やかして笑う上司に、桐原は複雑な表情になった。

 一応、了承は得たんですけど……と、曖昧に首を傾げる。

「でも、なんか彼女、やたらと思い詰めた顔してるんですよ。『ちゃんとお聞きします。私では力になれないかもしれませんけど、行く時には必ず一緒に行きますから』なんて真剣な口ぶりで言うし。そりゃ食事に誘ってるんだから、一緒に行ってもらわないと話にならないんですけどね。なんか、今ひとつ、話が噛み合ってない、ような……」



 もちろん桐原は、なんだかいろいろと勘違いをしているあかりが、自分の勤務先である警察に一緒に行く、という意味で言っているとは、思いもしないのだった。




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