きっかけは本当にくだらないこと
「ねぇ、ヴァーン。なんであんたは傭兵になった?」
瓦礫の地平線に沈む夕日を目の端に捉え、ライラックは目を細めながら呟くように尋ねた。返事はない。返すつもりがないだろう事はわかったが、暫くの間を置いて彼は再度口を開く。
「ねぇ、ヴァーン。なんであんたは」
「聞こえてる、同じ事を繰り返すな」
「なら返事してくれればいいのに」
「話す気はない」
無愛想にヴァーンが返したところで、そうそう引き下がるほど大人しい性格ではない。瓦礫から腰を上げ、彼を覆うように影が出来る。
視線を上げないまま、ヴァーンが銃をゆっくりとホルスターから引き抜いた。と同時に、影が傾いで彼の隣に落ちる。
沈黙。それを破ったのは撃鉄をキリリと絞る音。
「で、なんで?」
きっかけのように、ライラックがまた口を開いた。内容に全く変わりがない事にヴァーンは盛大にも溜め息を落とした。
引き金を引く。
ガキン、と虚しく撃鉄が空洞を穿つ。
「小さい頃」
キリリ、ガギッ。
「…兵士と、銃に憧れてた」
キリリ、ガ、キン。
キリリ、ガキン
「…そんだけ?」
「ああ」
「なんだ、つまんない」
キリリ。
「おもしろくてたまるか」
ガ、キン。
キリ…
それから少し、また沈黙が落ちた。ライラックの好奇心は既に満たされていたし、ヴァーンの興味は至極薄いものだったのだ。
橙の光を鈍くその身に映していた銃が色を失った。まだ空は橙だが、目の眩むほどの光はいつしか消えていた。
急激に世界が灰色へ近付いていく。それでも野営地に戻ろうという気は起きなかった。言いにくいというわけでもない。
銃身を持ち直せば、金属が擦れて冷たい音が上がる。
「お前は」
「ん?」
「お前の理由は何だ?」
唐突な問い掛けに、ライラックは目を瞬かせた。まさか問いを返されるとは思っていなかったのだろう。間を置いて、眉を寄せながら小さく唸る。
世界は灰色を越して黒になり、徐々に青さを増していく。雲のない空に、星が一つ落ちた。
「……いつの間にか、かな」
「……」
「いやいや、冗談じゃないんだって!」
無言の内に銃口を向けられ、ライラックは慌てて両手を上げた。六回目の撃鉄は引かれたが、六回目の引き金は引かれていない。
小さな溜め息と共に銃は地面を向き、真似るように溜め息がもう一つ落ちる。
「だから、何て言うのかなぁ…んー……必要とされたかった、って言うか…」
「こんな所でか」
「こんな所だから」
戦争に人は山程いる。それを考えれば、確かに必要とされているのかもしれない。
確かに、とヴァーンが笑う。でしょ、とライラックが笑う。
空に明かりが走った。太陽とは違う柔らかな光が、瓦礫の山にきつく影を映す。
刺激が欲しかった。仕方なかった。守る側に回りたかった。憧れだった。必要とされたかった。理由なんて様々で、あまり多過ぎるから聞いても理解なんて出来ない。
それでも当人にとってはそれしかなくて、否定をされたら、自分を否定された事と同じで。
「ねぇ、あんたって」
「なぁ、お前って」
「「本当に、バカみたいだ」」
どれだけくだらない事かなんて、他でもない自分が一番知っているけれど。
わかってる。でも。
色を失った瓦礫の上に、笑い声が染み渡る。