いってみよう!
「お前は誰なんじゃい!」
「あたしか? わたしの名は嵐山だ。忘れたとはむかつくな」
「がっかりしました。嵐山先輩がパンティを被ったスケベニンゲンだったとは」
「そっちこそエロマンガの読みすぎではないのか? 今度マルデアホなことを言ったらシリアナにチンコ突っ込むからな」
「アホはおまえだ。そっちこそシリフケ。だいたい女の子がチンボテなんですか。ヤリキレナイ」
「キンタマーニ股毛が付いてるぞ。いくらちんこじま、んでも、それではトロントロンのまんこを目にしても女体入口でストップだ」
「……バカですか? もっとボインシティにオナラスカ……………………あー! もうダメです。参りました」
ぼくは机に突っ伏した。
「もうギブアップか? 情けない」
向かいあって座る嵐山先輩は憐れっぽく、ぼくを見下ろしていた。
背中に届く長い黒髪にすらりとした容姿。凛とした凄みを感じさせる瞳は男子生徒のみならず女子生徒にも大変に人気がある。じっと見つめられればそのかっこよさに大抵の人は魅了されてしまう。
黙っていれば、だけど。
今は放課後。クイズなぞなぞ研究会(通称クズ部)の活動中だ。小さな空き教室を利用した部室には現在ぼくと嵐山先輩の二人しかいない。他にも部員はいるのだが……まあ、羞恥プレイを強要されるのに恐れをなして先に帰ってしまった。
無論、さっきからの会話はただ喋っていただけで嵐山先輩はパンティなどかぶっていない。
「そんなこと言われても……だいたい珍地名を覚えるにしたって、会話に混ぜる理由はなんですか?」
「さっき説明しただろう?」
何度も言わせるなと、ぼくを呆れたように見つめる。
いわく、声に出したほうが覚えやすい。いわく、会話の中に溶け込めるくらいに自然に出せるようになればクイズでもとっさに答えを引き出せるとのことだが……。
あまりにもヒドイ。
「何も大声で言うことはないんじゃ?」
また苦情が来ますから――と付け足そうとした時だった。
ガラガラッと勢いよく部室の扉が開かれる。ああ、やっぱり。噂をすれば、だ。
「ちょっと!」
ノックもせずに勢い込んで入って来たのは生徒会執行役員の一人、染井先輩。誰に対しても優しく人当たりのいい彼女はその肉感的な容姿と相まって生徒からの人気も高い。次期会長は間違いないとの噂だ。
ただ嵐山先輩とは事あるごとに対立している。幼稚園からの腐れ縁だそうで、生徒会の方で嵐山対策担当役員(A対)に抜擢されているらしい。何と言うか、まあ、お気の毒。冷静に見れば嵐山先輩の方に問題があり、クズ部と陰口叩かれてるのもそのせいなんだけど。
「ここで卑猥な言葉を大声で叫んでいるとの通報があったわ!」
ぼくの方は見向きもせずに染井先輩はツカツカと嵐山先輩の前まで来るとバンッと机を叩く。『犯人はお前だ!』と言わんばかり。まあ犯人だけど。
「ほう、そうか。だがここにはそんなヤツはいない。そうだな、木之下?」
「は、はい。えーと、地名、ですから」
ぼくに話が振られる。とっさに言い訳が口をつく。
嵐山先輩はうんうんと頷く。どうやら正解だったらしい。
「地名、ですって?」
唖然とする染井先輩にぼくは一枚のプリントを渡す。嵐山先輩が作った日本と世界の珍地名一覧だ。
それを見てさらに染井先輩は困惑した様子。
「聞いての通りだ。我々は現在部活動の真っ最中である。クイズの勉強をしているのに何か問題でも?」
嵐山先輩はしれっとした態度で答える。いつ見てもある種の潔さと終わってる感を抱く。
「だ、だからって大声で叫ぶことはないでしょう!」
「染井……お前は演劇部が発声練習やセリフの練習をしていてもそう言えるのか?」
「え? いえ、それは……」
「だろう? 同じことだ。クイズで回答する時には、はっきりと、誤解のないように、誰にでも聞き分けられるように、発声しなければならない。大声で言うことはその練習を兼ねている」
「それなら、他の問題でやればいいでしょう! なんだってこんな……その……ひ、卑猥な単語で……」
懲りずに染井先輩は食い下がる。後半は恥ずかしいのか、顔を赤らめて消え入りそうな声だった。
でも、いつものパターンなんだよなあ。この後の展開が容易に予想できる。
ちらりと嵐山先輩を横目で見ると、心なしか口の端が上がったような気がした。ああ、やっぱり。
染井先輩に心のうちで合掌する。お仕事乙です。
「卑猥な単語だと? お前はこれらの地名に住んでいる人間が自分たちの地名を口にする時、恥ずかしさを感じると思うか?」
「え? そ、それは……」
「ならば何も恥ずかしくないはずだ。お前も声を大にして言ってみろ、彼らの郷土愛への敬意を込めて! さあ!」
珍地名の一覧に添えられている例文を指さす。
「ち……珍小島んのキン……タマーニ村むらと股毛が生えてパンティ山の奥にトロントロンのまん……」
プリントを持つ染井先輩の身体がブルブルと震えている。顔は真っ赤に上気して言葉に詰まる。
揺れる大きな胸に一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ぼくの目が釘づけになる。
視線を外して嵐山先輩の方に目を向けると、先輩は満足げにニヤついている。
「どうした? 声が小さいぞ。これはただの地名だ。恥ずかしさを感じるとするならば、それはお前の心が卑猥なのだ。それはこれらの地で生まれ育った人に対する侮辱だぞ?」
「い、いいかげんにして! どれもこれも日本語で卑猥な意味になる言葉でしょうが。意図的にそういう言葉ばかり言わせるほうが侮辱してるわよ!」
正論だ。まったくもって同意する。けれど口に出して賛意を表明したりはしない。どうなるかがわかっているから。
「ふん、そうか。ならば『貧乏だから福岡でかつおを食べる』と言ってみろ」
「え? そ、それなら……『貧乏だから福岡でかつおを食べる』これがどうかしたの?」
「聞いたか、木之下。染井は『貧乏だから福岡でかつおを食べる』そうだ! ハーッーハッハ!」
「ハハハ……」
何が可笑しいんだかわからないけれど嵐山先輩は爆笑している。とりあえずぼくも愛想笑い。染井先輩がただ一人キョトンとしている。
「な……何がおかしいのよ?」
その言葉で嵐山先輩はピタッと笑うのをやめる。キリッとした真面目な顔つきになって染井先輩に向き直る。
「何がおかしいのか、だと? 何もおかしくはない。少なくとも日本語ではな。しかし違う言語で解釈すればどうだろう? まず『貧乏』だが英語で『bimbo』とは『美人だが頭のからっぽの女』の意味だ。次に『福岡』これは英語で『Fukuoka』『ファックオーケー』と聞こえる。最後に『かつお』これはイタリア語で『cazzo』俗語で『男性器』の意味だ。つまり染井は『美人だが頭のからっぽの女だからファックオーケーで男性器を食べる』と言っていたのだ!」
勝ち誇るように嵐山先輩は染井先輩に向かってビッと指を突きつけた。たじろぐ染井先輩。
「な! ふ、ふざけないで! そんなのこじつけじゃない!」
うん、こじつけだよね。
「そうとも。だが知らずに知らずのうちに、他の言語からしてみれば卑猥な言葉を我々が一日どれだけ連発しているかわかるか? あえて言おう。全ての言葉は解釈次第でどうとでも取れると!」
「あ、あなたねえ……だからって他の生徒に迷惑かけていいってわけじゃ……」
「ふふん、聞いたぞ? 今の言葉はヨダイカ語では……」
「う……うわーん! 嵐山のバカーっ!」
何を言っても卑猥な語に翻訳されるもんなあ。号泣して、染井先輩は部室を出て行く。その可憐な後ろ姿がぼくの心の中にちょっぴりだけあるエスっ気を刺激してくれる。うん、癒される。
ちなみにヨダイカ語とは反対にすればゴカイダヨってことだ。
「フハハハハ、また来るがいい、染井! いやー面白かった! それじゃ帰るか。駅前にアイスクリーム食いに行こう」
「はい、先輩」
今日の部活動も何事もなく平穏無事に終わる。帰り支度をして廊下に出る。
「にしても、この中ならどこに行ってみたい?」
「そうですね。ボインシティでしょうか」
渡されたプリントを見て、なんの気なしにそう答えると、
「こんの……バカったれ!」
間髪入れずに怒鳴られて後頭部を張り飛ばされる。
うずくまるぼくを置いて、嵐山先輩はスタスタと一人で歩いて行く。
あ……もしかして。
「先輩! 先輩のちっぱいは素敵だと思います! 誇りを持ってください!」
「うっさい、このセクハラ野郎! 付いてくんな!」
ぼくはこの後、アイスクリームをおごる羽目になった。
冒頭の会話の解答編。
セリフ一回ごとに入れる地名を一つ増やすというルールです。
南蛇井‐群馬県富岡市
新鹿‐三重県熊野市 向津具‐山口県長門市
がっかり島 - 岩手県宮古市 パンティ山‐マレーシア スケベニンゲン‐オランダ
エロマンガ島-バヌアツ マル・デ・アホ‐アルゼンチン シリアナ県‐チュニジア チンコ川‐中央アフリカ共和国
アホ-アメリカ・アリゾナ州 小前田‐埼玉県深谷市 シリフケ‐トルコ チンボテ‐ペルー ヤリキレナイ川 - 北海道由仁町
キンタマーニ村‐インドネシア共和国 股毛-三重県松阪市 珍小島‐北海道洞爺湖町 トロントロン-宮崎県川南町 漫湖‐沖縄県那覇市 女体入口(バス停らしい)‐長野県駒ヶ根市
バカ山‐インドネシア共和国 ボインシティ‐アメリカ・ミシガン州 オナラスカ‐アメリカ・ウィスコンシン州(他にも同地名)
出典・参考 ウィキペディア‐珍地名。
ウィキった以外にもシャックリ川(三重県)とかおっぱい岩(熊本県)などいろいろあったのですが……面倒になりました。