黄昏の追憶 3
雪奈の家から真っすぐ、道なりに住宅街を進むと行き止まりにあたった。
行き止まりと言っても狭っ苦しい感じではなく、桜の木を中心に道路が円形に作られており、車もUターン出来る親切設計。午後には奥様の談笑の場となるであろう円の中央にはテーブルとベンチが設置されている。
雪奈宅には両親がいるようなので腰を下ろして話せる場所に移動することにした。
幼馴染とはいってもやはり年頃の女の子。その女の子の部屋に入るってのは純情な俺にはちょっと抵抗があるし、それは雪奈も同じだろう。
雪奈はテーブルに肘をついて前かがみにベンチに腰掛け悶々としていた。
視線の先には愉快に踊る卵がいる。
「……ねえハル。ここってやっぱり変だと思うの」
考え込んでいた雪奈が言った。
「へんですかーそうですかー」
卵はくるくると回りながら頭から生えた触手のような物の先の球体をカラフルに点滅させている。
「ところでへんってなんですか?」
身体をかしげる卵に雪奈はデコピンを食らわし、卵はこてんとひっくり返った。
「はうー」
こいつは卵……じゃなくて元はアキの携帯? 名はチビユキ(アキ命名)という。
俺も詳しくは知らないが、立体映像を映し出したり、バイクに変形出来たりと何でもアリな不思議物体である。
「んー? 辺ってか、どっちかと言えば楕円じゃないか? どうでもいいけど、なんで"楕"円なんだろうね。長方円とかのほうが分かりやすくて良いと俺は思うけど」
「おおー、かっこいいひびき」
テーブル上で卵は一本の触手と二本足をバタつかせて賛同の意を示している。
「だろ? なかなか分かってんな卵のくせに」
こほん、と雪奈はわざとらしい咳ばらいをした。
一呼吸置いて雪奈は話し出す。
「それの由来は、もともと中国語で“楕”には切り株って意味があって、その形から取られて楕円って名付けられたそうだよ。昔は平卵形とか呼ばれてたみたいだけど、いつの間にか楕円って呼ばれるようになったみたい」
「おおー」
「へえー、さすが雪奈。博学ですな」
「さすがゆきなはくがくですなー」
「えへへ。そんな、別にたいしたことじゃないよ」
とか言いつつまんざらでもない様子の雪奈。
そして沈黙。
「……いや、その“へん”じゃなくてね?」
「え? なにが?」
「いや、だから“へん”だって」
「だから楕円だろ?」
「違う、ハルの馬鹿! この世界のことを言ってるの!」
馬鹿って言われた、馬鹿って言ったもんが馬鹿なんです。ばーか。
「変っても今更だな。この世界は最初からずっと変だぞ。お前が来る前からずーっとな」
「それだって変なものは変なんだもん、仕方ないじゃん! この子もそうだし、他の人だってそう! 見てよあれ!」
そう言って雪奈は民家の屋根のほうへ指を差した。
見てみるとおばちゃんが屋根の上で三角座りしていた。口を金魚のようにパクパクさせて、時折バッと腕を広げそれを翼のようにはためかせ、そして静止。しばらくすると行儀の良い小学生よろしく三角座りに戻り、口をパクパク。以下ループ。
「うわあ、なにあれ怖い」
「鈴木のおばちゃん。いつもはあんなんじゃないのに。呼びかけても返事しないし、ママだって台所で包丁をひたすらまな板に叩きつけ続けてるだけで話しかけても反応もしないし」
ヒステリック雪奈はテーブルをバンバン叩く。
さっき雪奈ん家で聞こえた音はそれか。
「とりあえずだな、そういう奴等にはあんま関わらないほうがいいぞ。巻き込まれると割と面倒なことになる」
「私を巻き込んだのはハルでしょ! ハルは変だと思わないの? 変っていうより、なんか怖いよ、ここ」
「俺は……なんつーか、馴れたかな」
「でましたー。ハルってばいっつもそう! 能天気というか楽観的っていうか、危機感足りないんじゃないの? そんなんだからいっつもぼけーっとしてるって言われるんだよ」
雪奈はテーブルバンバンバンバン叩く。
「あーそうですか! 悪かったな、いっつもぼけーっとしてて! 俺だって好きでぼけーっとしてる訳じゃねーんだよ! 普通にしてんのに周りからぼけーっとしてるだのなんだの言われる人の気持ちわかんのかよ!!」
俺もテーブルバンバンバンバン。
「なんなの逆ギレ!? 訳わかんないですけど!」
訳わかんないのはこっちなんですけど。
「ちわげんかですか?」
「「違う!!」」