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黄昏の追憶

 ちょっとした変化が訪れた。

 最初は「あれ? なんか違和感」程度だったが、その見落とした"何か"に

気がついたのは、雪奈の家へと向かう道中だった。


 毎度おなじみのタコ。開幕タコ。

 踵を返し公園を後に商店街に出る。今日は調べたいことがあった。

 目的地に向かい商店街を歩いているそのときにハッとした。


「――夕暮れじゃない?」


 ここに来てからこの世界は決まって夕刻、真っ赤な夕焼けが西に傾き、もうすぐにでも沈み夜を迎えんとする。そんな風景以外、俺は一度として見たことがなかった。

 それがどうだろうか、見上げる空には太陽がさんさんと輝き、商店街を真っ白に照らしている。

 見慣れた町並みはその姿を伏せ、目が痛くなるほど眩しくそのままの色を俺に見せつける。

 そこでまた気がつくことがあった。


「――誰もいない!?」


 こんなことも初めてだった。

 商店街には、ぽつりぽつりといたはずの迷い人は一切見当たらず、そこを歩くのは俺一人だけ。

 少なくとも一人くらいはふらふらと道を行く迷い人がいるのが当たり前だったのだが、今は周囲を見回しても人影はない。

 ふと、商店街のウインドウガラスに目がいき、そして驚愕する。


「――俺が制服を着ているッ!?」


 そう、俺が制服を着ていたのだ。

 癖っ毛よろしくモジャモジャ頭がシャツに袖を通し真っ黒なズボンを履いているのだ。ご丁寧なこって皮靴まで。

 誰がどう見ても学生服を着た俺である。


「おお……!」

 

 思わず感激の声をあげる。

 スタイル良し、顔もまあまあ。ネックの癖っ毛も無造作ヘアーでなんとかなるほど、整った自分に見惚れてしまった。

 なんか美化されてる気がする、俺ってこんなにカッコ良かったっけ? 困っちゃうなあ。うふふ。

 誰が見てる訳でもないが上体を反らし、腕を交差させ真剣な眼差しでガラスを見つめキメポーズ。


「………………」


 あれ? それって普通じゃね? てか俺、今まで何着てたっけ?

 流石に裸って訳ではないだろうし、私服? わかんね。


「……まあいいや」


 この世界において気にすることは無駄だ。考えるだけ無駄で無駄なのだ。

 なぜなら夢なんてものは不確実で不鮮明な幻想的想像物であり、ちょっと顔を突っ込むと延々、だらだら、ちんたら、からーのズバーンでババーンな超展開に巻き込まれかねない。

 そんなことを考えつつ、新たなポーズをキメる。


「ハル、なにしてんの……?」


 声に驚き、背筋に嫌な緊張が走った。

 しまった。自分が余りにもイケメンだったからつい調子に乗ってしまった。

 くぅ、俺の馬鹿! アホ! イケメン!


 醜態を晒し、汗ばむ身体を恐る恐る声のほうへと向ける。

 そこには華奢で清楚な、日がな一日窓辺で読書でもしていそうな、そんな雰囲気の少女がいた。

 同じく制服に身を包み、腰まであるサラサラの髪、赤いリボンをつけた真っ白なシャツと透通るような白い肌。ちょっとアヒル口でぷるるんな唇とぱっちりくりくりな目。

 腕を組む形で片腕だけ上げ、指を顔の横に置きかしげ顔で少女は俺に問う。

 その目は憐れむような、軽蔑するような、そんな眼差しで俺を見ている。

 ある種の人間にはご褒美かもしれない。そんな俺にもご褒美かもれない。

 

「……あー、うん。 おはよう、雪奈」


「こんにちは、ハル。 んで、なにしてるの?」


 流そうよ、そこは流そうよマジで。

 

 バツ悪そうな俺を見て無邪気に笑う雪奈。

 アキに代わって、この世界で意思を持って行動できる新たな夢の住人だ。

 



 ×××××



 

 人気の無い商店街を抜け大きな橋を渡ると、いかにも交通量の多そうな大通りに出る。

 橋の下には川が流れていて、梅雨が明け夏休みが近くなると大きな釣り竿を持った鮎釣りのおっちゃんで賑わっている。

 勿論のこと河川敷には誰もいない。大通りにも車の一台も走ってはいない。

 このチャンスを逃す俺ではない、とその道路の真ん中で大の字に寝たら雪奈にこっぴどく怒られた。

 しょんぼりしつつ、首根っこ掴まれて引きずられるように歩く。

 投げつけられるガールズトークを適当な相槌で受け流し、それが飽きた頃に住宅街に出た。


 まず目に映るのは整備された道、手入れされた木々、そして洒落た街頭。道端に並ぶ家々はどれも上流階級という言葉が似合いそうな洋風庭付き一戸建て。

 ここを歩くと、どこか外国にでも迷い込んだような、そんな錯覚すら覚える。

 うーむ、将来はこんな家に住みたいですな。


「懐かしいなー、最後にここを一緒に歩いたのっていつだっけ」


 前を歩く雪奈が振りかえることなく、独り言のようにいった。

 一定のリズムで揺れる雪奈の髪を見ながら思い出してみる。


 うん、全く覚えていない。


 昔のことは覚えているんだけど、雪奈との思い出に限らず俺の頭には最近の記憶ってのが全く残っていない。


「んー、どうだろ。全然覚えてない」


「そっか。どのくらいだろうね、ハルが事故に会う前だから――」


 テンポよく揺れていた髪が止まった。俺も釣られて立ち止まる。

 しまった。そんな雰囲気を出して雪奈は口をつぐんだ。


「……ごめん」 


「気にしてないよ。むしろそうやって謝られるほうが堪えるかも」


 少しの沈黙の後、雪奈は歩きだした。

 その歩幅に合わせ俺も足を進める。

 辺りにぽつぽつと人が歩く姿が見えた。道中一人もいなかった迷い人がこんなところに?


「ハル、この道覚えてる?」


「ん、この道?」


 確か数日前に人間対原チャの壮絶な追跡劇を展開した道でしたっけ? と口から出かけたけど、そんなこと言える空気ではない。

 そもそも雪奈は覚えてもいないだろう。

  

「ハルが小学校のころ隣町に引っ越す前に、よくみんなで一緒に遊んだよね。今じゃキレイに舗装されて面影なんかほどんどないけど」


「あー、あったあった。俺とアキと雪奈、それにタクとなっちゃんとでつるんで遊んでたなー。なつかしい」


 子供の頃の記憶が脳裏によぎった。

 毎日がきらきらしてて、一日一日が凄く長かったような気がする。


「そういえば、タクって今なにしてんの? 高校行ってないんだよね?」


「働いてるよ。タクのお父さんが自動車の卸売やってるから、そのコネで整備のお仕事してる。なんか最近資格取るって通信教育始めたみたいで、いま必死になって勉強してるみたい。びっくりだよね、勉強嫌いだから高校行かなかったあのタクが勉強って」


「タクが勉強……ダメだ。なんか笑える」


「だよね、しかもタクの作業服が本当にダサくて……」


 二人して笑った。タクには全く失礼な話だろうけど。

 でもおかげで重苦しかった空気は消え、和やかな雰囲気が周囲を包んだ。

 タクのだっせえ作業服姿みたいなー。そんで指さして笑いたいなー。

 早く現実に戻りたいなー。


「なっちゃんは? 相変わらずソフト一筋?」


「うん。県大負けちゃって、いまは新人戦に向けて頑張ってるよ。『打倒開明東、先輩のカタキは私が打つ!』ってね」

 

 俺たちの通っている開明高校の運動部において、開明東高校はライバルなのである。

 開明は進学校で東は商業高校、東はほぼ男子校だったのだが隣町の商業高校と合併して新しく福祉科ができ、俺たちの代から女子も多く入り始めた。

 作られて間もない女子ソフトボール部なのだが、敏腕な監督でもいるのだろう。みるみるその力を上げ、今では地域一強だった開明に食らいつくまでに急成長した。らしい。

 まあ、帰宅部の俺にはどうでもいい話。


「みんな頑張ってんだな。それに比べて俺ときたら……」


「ちっさい頃から、ちっともハルは変わらないね」


「それはどういう意味で」


 くるっと振り返り「そういう意味で」と雪奈は前かがみになり、からかうように言った。

 その拍子に制服の隙間から胸元……否、胸板がチラッと見えて本当に不本意ながらドキッとした。

 非常に残念なことに、この雪奈には胸と呼べるものがない。

 ささやかな、ほんの僅かな膨らみがある程度。バストのカップとかの基準は知らないけど、間違いなくこいつはAだと断言できる。


「そんな雪奈もちっとも変わらないな」


 俺は目を落とし、視線を雪奈の胸元へと送る。

 憐れむような表情を作り、雪奈が意図を悟ったのを確認すると視線を反らし、わざとらしく鼻で笑う。

 そしてお決まりの右ストレート。


「バカハル! 最ッ低!!」


 夏服万歳。腋チラ万歳。

 冗談みたいに吹っ飛ぶ俺。地面に落ちるまでの一瞬に見えた雪奈の赤らむ顔は可愛らしかった。

 

「ぶべらっ!」


 数メートル吹っ飛び、地面に叩きつけられたら変な声が出た。良かったー、夢で。これリアルだったら死んでるぞ。

 そんなことより、早く立ち上がらなければ。雪奈が目を光らせ、鬼神の形相で迫ってきている。

 地面に手を掛け、立ち上がろうとする。その時に視界の隅に動くものを捉え反射的に道端に目をやると、植えられた木とゴミ箱の間に見覚えのある白い卵状のモノと目が合った。


「ひー、おたすけー」


 よし。とりあえず、逃げようとするこの卵は目の前にる洗濯板鬼神雪奈への貢物にでもするしようか。

 

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