桜坂春幸 3
周りが少し薄暗くなってきた。
タコは赤みを増し、揺れるブランコにはどこか哀愁が漂っている。
商店街のほうではそろそろといった時間なのかふらふらと歩く人も減り、その正体を保てなくなった街並みはところどころ薄ぼけてモヤの掛かった空間になっていた。
人の深い深い記憶に反応し具現化され作られた街は、今日もまた終わりを迎えようとしている。
俺はこの夕焼けが嫌いだ。
ベンチに腰掛けあくびを漏らす、夢の中であくびってのも変な話だが。
アキの目もどこか虚ろだ。
くしくしと目を擦り、ぼやっとした感じでどこか遠くを見ている。
公園の周囲が少しずつ、きらきらと崩れるように消えていく。
夢についての議論は平行線、っても今日に限らず何度もこの話はあったが結局は分からないで終わってしまっていた。
俺はいつになったら現実に戻れるのだろうか、もうかれこれ一ヶ月はここにいる気がする。
「わあー」
突如、タコ滑り台のほうから棒読みの電子的な悲鳴が聞こえた。
何事かと声のほうに目をやると、アキの卵が丸太ほどもある箸のような物を持った何者かに追われ、こちらに向かって必死に逃げてくるではないか。
よくよく見ると卵を追っている者には見覚えがある。
「あれって……」
「鈴木じゃん!」
そーいえば今日はまだジャックと遊んでいなかった。
こんな夜更けにご苦労なこって。
「呼んでもいないのになんでいるんだよ」
「んー、毎晩ハルが殺しちゃってるから日課になっちゃってるとか?」
勝手に日課にされても困る。重度のマゾか昇天フェチなのか?
まあ、鬱屈な気分を晴らすには丁度いい。
「ジャーック! こりねえなてめえも! そんなちょこっとでっかい箸持ったところで結果は同じだ、俺とてめーとの間にはマナリア海溝より深い差があるってことを、今、ここで教えてやる!」
俺は颯爽とベンチから立ち、ジャックの進行方向に出ると役者ぶった口調で即興の啖呵をきった。
ジャックは燦然と眼前に参上した宿敵を前に驚いたのか、砂場上で卵を追う足を止めた。
「んー、マナリアじゃなくてマリアナだね」
どっちだっていいじゃないか。
そう言ってる間に卵は飼い主の元に無事に生還。
割れちゃえばよかったのに。
両雄対峙。
じりじりと互いの出方を伺い、一瞬の隙も逃すまいと俺を凝視するジャック。
緊張感あふれるシーンなんだろうが、今日はなんか疲れた。
さっさと終わらそう。
俺はどこからかリモコンスイッチを取り出す。
それはハンドサイズの本体からぴょんと生えたアンテナがチャーミングで、本体中心には赤いボタンがあり、よくギャグ漫画で見かけるようにありきたりな『ああ、これはスイッチですな』と誰もが思うであろう形状のあれ。
それをいつでも押せるように、親指を掛けジャックのほうに掲げた。
ジャックは咄嗟に身構え、後ずさる。
……こいつ超びびってんじゃねえか。
まあ、でもそれは仕方のないことかもしれない。
毎晩あの手この手で俺に完膚無きまでに打ちのめされているのだから。
あれ? ってことはこいつ無意識でもここでの記憶があるってことか?
…………まあいいや。
「ポチッとな」
ためらわず押した。
すると冗談のような軽い音とともに、突如としてジャックの足元がドアを開けるようにパカッと効果音付きで開き、砂もろともジャックを飲み込む。
ジャックはなすすべもなく落下。かと思いきやジャックの巨大な箸が引っかかった。
落ちまいと箸に必死にしがみつくそのさまはさながらチンパンジーの赤子のようだ。
辛うじて落下はまぬがれたジャックだが絶体絶命の状態には変わらず、もし箸をちょっとでも蹴られようものなら今度こそ間違いなく底知れぬ闇の中へと落ちてしまうだろう。
人は圧倒的に不利な状態の人間を見ると手を差し伸べてやりたくなる。勿論自分にリスクが無いことが前提で。
良心とも呼べるであろうそれは人間の素晴らしさの本質であると俺は思う。
それと同じように良心の塊である俺は、絶体絶命の状態であるジャックを助けてあげたい衝動にかられるが――
「てい」
やっぱり蹴った。
「うごおおおおおおおおお」
落ちた。
響く叫び声から深さが想像出来る、これは相当深いぞ。
哀れジャック、君のことは忘れない。
誰かが落ちたら危ないのでこの穴は閉じておこう。
「ポチッとな」
ボタンをもう一度押すと空いた穴がポップな音とともに閉じた。
自分でやっといてなんだが、これはどういった仕組みなのだろうか。
そう思考しているとクスクスと笑い声が聞こえた。
ベンチに腰掛けたアキだ。
虚ろだった目はその面影もなくきりっとしていた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
俺なんか変なことしたか?
「さっき言ったことはこれだよ、春幸の行動は全く予想出来ない。たとえ深層心理で適当に作っていたとしても、ここまで無茶苦茶だとこれは春幸だって容認せざるを得ないよね」
容認って。褒められているんだか、けなされているんだか。
「それほどでもない」
「いや、褒めてないんだけどね」
けなされていたようです。
なぜ夢の中にいるのか、なぜ夢を二人共有できるのか。
同時に事故ったのが原因か、はたまた神様のいたずらか。
とりあえず『分かんないものは、考えてもしょうがない』ってことで。
この世界のことはなにも分からないけど、この世界で間違いなく俺たちは存在している。
いまはそれでいいじゃないか。
茜色に染まり要所々々がくり抜かれたような公園、夕日は今にも落ちそうだ。
そろそろか、とそれを眺める。
明日は何をしようか。そう考えたらふと、俺に明日はちゃんとあるんだろうか? と不安になった。
夕焼けは人をセンチな気分に変える魔力があると思う。いつも俺を不安にさせる。
だから夕焼けは嫌いだ。
いやいや、そんなネガティブでどうする。そんな未来を想像するな。
もっとポジティブに、明るい未来を期待しようじゃないか。
明日は何をしようか。
楽しいことがしたいな。
その考えもまとまらないまま、俺の意識は夕闇に消えた。
読んでいただきまして感謝の極みであります。
感激のあまり鼻からよからぬ物が吹き出そうです。
嘘です。
前置きはさておき、次話からやっとこ話が進むかと思います。
早くヒロインを書きたくて仕方がない今日この頃……。
書くの遅いですが、次も見ていただけたら幸いです。
それではまた。