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桜坂春幸 2

――覚醒。


 何度体験しても馴れないものだ。

 気がつけば俺はいつも夕暮れの、この公園の入口にぽつんと立っている。

 後ろには街路地。人影に振り向くと街路地をふらふらと朧気に歩く男の人が見えた。

 スーツ姿で小太り、年の瀬は三十くらいだろうか。ハゲ散らかった頭には汗がにじんでいた。

 夢の中でまで汗をかかなくていいのに。多汗症なのだろうか? 

 意識が持てないとみんなあんな感じに、夢に逆らえず流されるまま、奇想天外な物語に身をゆだねることになる。

 おっさんの行く末を見届けたい衝動に駆られたが、俺にはそんな余裕はなかった。


 早くアキに会いたい。

 ……何度も言うが、変な意味じゃないぞ。


 俺には現実世界での意識がない。ものの見事に全くない。

 だから今の俺にとってはこっちの世界、夢の世界こそが現実なのだ。

 考えてもみてほしい、世界で自分一人だけが自我を持って動いている孤独感を。

 加えて俺の記憶はいつもコンセントを引っこ抜かれたテレビのように、不鮮明な言い方になるが不意に消え、そして気がつけば毎回見慣れた景色が目の前に広がっている。

 自分がいつ始まっているのかわからなくなる。突然消える意識がもしかしたらもう二度と戻らないんじゃないか、と不安が胸を締めつける。

 とにかく俺は不安だった。

 だから一刻も早く、唯一同じ夢の住人であるアキに会いたかった。


 いつもアキはこの公園で俺を待っててくれる。

 街路地に背を向けると眼前にはタコを象った滑り台が見えた。口を大きく開け、それに沿わせるように二本足を前に突きだし、その足の終着点には砂場が広がっている。

 この公園のシンボルであるタコ滑り台の内部は子供心をくすぐる秘密基地よろしく空洞になっており、無造作にうねった六本の足の吸盤を思わせる無数の穴から中に入れば、ちょっとしたスペースがある。

 内部中央にはしごが掛かっていて、そのはしごを登れば滑り台の出発点であるタコの口に出る。

 タコ滑り台は結構な傾斜があり、口に沿わされた二本足を無抵抗に滑走すると砂場という大海原に放り出されるので注意が必要だ。現に俺も何度も痛い思いをしている。

 他にもシーソー、鉄棒、今時じゃ珍しいボール型の回転遊具。勿論ブランコだってある。


「やあ春幸、おはよう。いや、こんばんわが正解かな?」


 茜色に染まった公園のブランコに揺られながら、アキはいつもの微笑みを投げかけてくれた。

 ほっと安堵する反面、少し惨めな気分。


「ようアキ、おはこんばにちは」


「なにそれ」


「あいさつだよ、汎用性高いだろ?」


 アキが笑う。おとなしさの中に無邪気が見え隠れするような、こんな笑い方は俺にはできないと思った。


「あ、そうだ春幸」そう言ってアキはブランコを軽快に飛び降り「今日は見てもらいたいものがあるんだ」と続けた。


 見てもらいたいもの? なんだろうか。


 二人ブランコ前に置かれたベンチに腰を掛ける。

 アキはどこからかハンドボールほどもある白い卵を取り出した。

 その卵にはアンテナみたいなのが一本、反対側に足みたいなのが二本生えていて中央にはクレヨンで書いたような黒い縦線が二本。金属っぽく卵というよりは卵型のプラモデルのほうが近いか。


「なにそれ?」


 率直に聞いてみた。

 アキは俺の質問をよそに「まあまあ、とりあえずこれを見てよ」と卵のアンテナのような物の先についた球体をピンっと触る。

 すると球体がオレンジに発光するやいなや中央の縦線がキョロキョロと動き始め、足と思われるそれをまるで生きているかのようにばたつかせた。

 どうだい? ビックリしたかい? とでも言いたげな表情のアキ。いわゆるドヤ顔である。

 ふむ。確かに現実でこんなことがあれば少々驚くかもしれない、だがここは夢の中だ。この程度のことで驚いていてはきりがない。というかその顔むかつく。


「これがどうかしたのか?」


 平然としている俺が気に食わないのか、むっとした表情を浮かべるアキ。


「もう少し驚いてくれてもいいんじゃないかな」


「わーお、なんということでしょう。わたしはたいへんおどろきました!」


 アキはむーっとうなり、からかわれてご立腹を全身で表現。

「もういい」と卵を少々乱暴に地面に置き、少々乱暴に卵後部を押した。

 なんだか卵に申し訳ないことをした。

 押されて間もなく卵の目のように見えるキョロキョロとしていた縦線から光線が出て数メートル先の空間にスクリーンもないのに映像を映し出した。しかも無駄に立体映像。

 不覚にも思わず歓声をあげてしまった、それを見たアキの表情はいうまでもなく。


 空間に映し出されたものはこうだった。


 明晰夢(めいせきむ、英語:Lucid Dream)とは、睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことである。

 脳内において思考・意識・長期記憶などに関わる前頭葉などが、海馬などと連携して、覚醒時に入力された情報を整理する前段階(夢)において、前頭葉が半覚醒状態のために起こると考えられ、明晰夢の内容は見ている本人がある程度コントロールしたり、悪夢を自分に都合の良い内容(厳密に言えば無意識的な夢と意識的な想像の中間的な状態)に変えたり、思い描いた通りのことを(実現可能な範囲内で)覚醒時に体験したりすることが可能である。



「ほうほう、ウィキ先生ですな」


 アキが持ってきた卵状の物体から空間に映し出されたテロップを見ながらコクリと頷く。

 言わんとすることは分かる、確かにこの世界は明晰夢とやらに近い。

 しかし違うと断言できる決定的なことがひとつある。その前に聞くこともひとつある。


「とりあえず、なんでテロップ? 大画面なのに見にくいんだけど」


「んー、なんとなく?」


「そんでこれなに? 映写機?」


 テロップを流し役目を終えた卵を指差す。


「これ? 携帯だけど」


 意外! それは携帯! ってそんな訳あるか。


「どこにそんなダチョウの卵みたいな携帯が――」


「もーいーですか?」


 しゃべりやがった!?


「ん、ごめんごめん。ありがとう助かったよ」


「おおーもったいなきおことば。これくらいあさめしまえです」


 感激を表現しぴょんぴょんと跳ね回る卵。


「あまりの出来事に私は大変驚きました……」


「ふふふ、そうでしょう春幸君。びっくりしたでしょう、ふふふ」


 してやったり顔がいつもの二倍悪く見えた。さっきの根に持ってるなこいつ。

 そんなことより、携帯を現実からこの夢の世界へと持ち込んだことに疑問を覚えたが「それでどう思う?」と切り返されてしまったのでこれは後から聞くとしよう。

 少し考えて、切り出す。


「近いけど、違うな。これは言い切れる。いや違うってのは語弊があるか、むしろ発展と言っていい」


「ん、どういうこと?」


 顔をかしげ前髪を触り出す、アキの考えているサイン。


「ほとんど明晰夢に近い。けど決定的に違うことは夢の中で、いま俺とアキがしているように交流出来ることだ。勝手に夢見て作ったり作り替えたりってなら分かる。ここで意識をもってコミュニケーションを取れている以上、明晰夢だとは言えない。むしろその上、夢が拡張され共有化された世界に飛ばされているってほうがしっくりくる。」


「ん、それは説明出来るよ」


 間髪いれずに即答された。


「コミュニケーションって言ったけど、いま春幸が見ている僕は本当に僕なのか説明出来る? もしかしたらこの僕は、春幸がこの世界で無意識に作り出した虚像なのかもしれない。もちろん逆もしかりで、いま僕が見ている春幸は本当に本物の春幸なのか僕には説明出来ない。これはじゅうぶん明晰夢の範疇にあると思うよ」


 さらっと怖いこと言う。でも確かに。

 ――いや、まだだ。


「それだったら、アキが俺の知らないことを知っていたら違うって言えるんじゃないか?」


「ん、たとえば?」


「ごしゅじん。ぼくあそんできてもいいでしょうか?」


「うわっ、ビックリした。そういえばいたなお前」


 空気を読まない卵がぴょんと跳ねて俺達を見上げる。


「おい卵、いま大事な話してるんだからちょっと黙ってろ」


「…………」


 えっ? 無視!?


「ん、でも遠くへ行っちゃダメだからね?」


「勝手に遊んでこいよ、めんどくせえ」


「おおー! あそんできますー!」


 短い足をぱたぱたとタコ滑り台へと走らせる卵。

 卵に無視された。

 んんっと咳払いし話を戻す。


「たとえばーそう、たとえばアキのエロ本の隠し場所とか?」


「僕持ってない。っていうか知らないことを聞いて仮に答えたとしても、それが本当かどうかの判別は? 適当な答えを深層心理が作り出すかもしれないじゃないか。だから明晰夢である可能性は否定出来ないと思うよ」


「ぐう……」


『私は嘘つきです』ってのを思い出した。嘘つきなら自分を嘘つきとは言わない、けど本当のことを言ってる訳でもないから正直モノでもない。つまりはパラドックス。答えは出ない。


「ん、でも。ちょっとムキになって言っちゃったけど僕も春幸の言うほうが近いと思うよ」


 やっぱ根にもってたのか。


「んー、うまくは言えないけど……なんとなく?」


「言ってることめちゃくちゃだな」


 目を見合わせて笑った。

 俺もなんとなくだけど、わかる気がする。



 半月以上も空けてしまった……。

 仕事が忙しくて書く暇がががが

 次はなるべく早めにあげれたらいいなあ(遠い目)

 

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