黄昏の夢 2
その日以来――秋広が学校に行くことは、なくなった。
家で、自室に引きこもり、布団の上で、一日を過ごす。
毎朝鳴る家の電話は、うるさいのでハサミで回線を切って、鳴らなくしておいた。
恐らくは、学校の教員だろう。
昨日は担任の鈴木が、無断で欠席する秋広を心配し、自宅まで来た。
秋広は特に出る理由もなかったので、居留守を使い、その場をしのいだ。
どうしてこうなってしまったのだろう――
どうして僕はいま不幸なのだろう――
布団をかぶり、秋広は考えた。
きっかけは、ささいなことだった。
とある夏の某日。
春が終わり、夏を迎えようとする、セミが鳴き始める季節。
すべては、そこで狂い始めた。
秋広は親友を傷つけ、結果的に重体にまで追いやってしまった。
――正確には、秋広が追いやった訳ではない。そこには悪意もなにもない。
しかし、秋広は自分のせいだと、思いこむ。
自分が悪いと思いこみ、悪として認識することで、親友への罪滅ぼしになると、心のどこかで思っていた。
「僕が轢かれればよかったんだ……」
秋広は布団の中でぼやいた。夢の中で親友に会えなくなって、すでに二週間の時が過ぎていた。
ほんの二ヶ月前までは、みんなと楽しく過ごしていたのに……。
後悔と苦脳しながら、秋広は夢の中へ入ろうと、昼夜問わず布団の中にいる。
しかし、やっとの思いで夢の中に入っても、親友と出会うことはなかった。
空腹で目を覚まし、耐えがたいお腹の痛みを、水を飲んでやり過ごす。
秋広は一人暮らしなので、食事を作ってくれる人間はいない。
買い出しに行こうにも、気だるさが増して、唇は割れ、視界も虚ろになっても、秋広は布団からろくに出ることはなかった。
秋広は、自分はこのまま死んでもいいとさえ、思っていた。
――そんな生活を続け、さすがにまずいと思った秋広は、ある日、家を出る。
久しぶりの外の眩しさに、目がくらんだ。
コンビニで適当なものでも買って、また寝よう。そう思って、秋広は重い足を運ぶ。
いつもなら、五分で着くはずの行き馴れたコンビニ。しかし、衰弱した秋広にとって、その距離は絶望するほどに遠い。
息を切らし、前かがみになりながら、やっとの思いで辿り着いた。
コンビニに入り、当面の食事にと、大量の食品をカゴに入れた。主にカップラーメンや、健康補助食品だ。
「……結局僕は、いつまでも自分なんだな……」
自分は、まだ生きることに、しがみついている。
カゴの中を見ながら、秋広はそう思った。そんな自分に嫌気がさしながらも、秋広はカゴをレジへと運ぶ。
そこで、ふと気がついた。
カウンターにカゴを置いて、いつまでたっても店員がこないことに。
唇が割れていて、喉も声がでないほど、水分がとび、かれていた。
ひしゃげた声で呼ぶが、それでも一向にやってくる気配はない。いや、人の気配が、ないのだ。
店内には、だれもいない―― 客はおろか、店員まで――
周囲を見回し、秋広は小さく、笑った。
「……夢と現実の、区別もつかなくなっちゃったのか……」
そう一人、つぶやき、秋広は店を出た。
明るい世界に違和感を覚える。いつもは、夕暮れのはずなのに。なぜ?
しかし、疑問にそう気をとめず、秋広は歩きだした。
夢の中と分かったとたん、体は軽くなり、足もちゃんと動くようになった。
この世界で、秋広は常に公園にいた。
以前、親友と待ち合わせていた場所。タコ公園。
秋広は夢の世界では常に、惰性で、その公園に居続けていた。
またいつかくるかもしれない親友を、一人ずっと待っていたのだ。
いつきてもいいように、現実では、秋広は寝続けることに専念してきた。
部屋の窓は黒く塗り、二重に厚いカーテンを引き、隙間から漏れる光も許さなかった。
そして布団にこもった。
夢の中で親友を待つために。
そうして、気がつけば真っ暗な部屋の中、また目覚める。
そしてまた、秋広は目を閉じ、夢へと潜ろうとする。
また、親友と、会うために。




