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大暮秋広

「……ここは?」


 知らない場所。知らない空間。


 気がつけば大暮秋広はそこに立っていた。


 学校の廊下のような場所。

 等間隔に教室らしき部屋とそのドアが並んで、それは先が見えなくなるまで、延々と続いている。 


 振り返っても景色は同じで、どこかぼやけたような、不鮮明で不確実のような不思議な感覚。

 手をふらふらとかざしてみる。

 それは間違いなく自分の手。

 だけど、どこか客観視しているような、目の前にあるのが自分以外の物のような変な感じを覚える。

 辺りを見回すと、窓から夕焼けに染まる校庭が見えた。

 周囲に人の気配はない。


「……学校?」


 秋広はぽつりとつぶやく。

 際限なく広がっている廊下。どうやら通っている高校ではないようだ。

 ずっと突っ立ってる訳にもいかないので、とりあえず、秋広は歩くことにした。


 耳が痛いほどの静寂が秋広を包む。

 コツコツと自分の足音のみが響き、どこまでもどこまでも続く廊下を歩く。

 不気味で奇妙な感覚に自然と足が早まる。

 走り出したい衝動にかられるが、走ったら何かに追い回されるような、そんな気がして必死にそれをこらえた。


 しばらく歩き、秋広は一つの教室の前でふと立ち止まった。


 なんだろうか……。妙な感覚。

 多分僕はこの教室に入らなくてはならない、秋広は直感でそう感じた。

 そして教室の戸に手を掛ける。


 だが、手を掛けた瞬間、突然電気が走ったように体が硬直する。

 全身から汗が噴き出、心臓の鼓動が速くなる。

 一瞬で追憶に眠る記憶が掘り起こされ、脳内でぐるぐると回り、やがて一つの形を形成した。


「――思い出した。ここは……」


 思い出したくもない。

 それは誰にだってあるであろう、嫌な記憶。嫌な思い出。

 それは大暮秋広の場合、この教室であり、悲惨凄惨な中学時代を思い出させるには十分過ぎるものだった。

 ここはかつて秋広が通っていた中学校。

 秋広の心を、身体を、秋広の全てを引き裂き、踏みにじった忌まわしき空間。

 戸に掛けた手は離そうにも離れようとせず、秋広の意志とは別に戸を開こうとする。


 やめろ……、やめろ! 嫌だ、ここを開ければまた――


 戸が開く。

 思わず秋広は身構えた。

 反射的に顔を伏せ、自分の足元を見る。

 誰とも視線がからまないように、中学時代に染みついた動き。

 これには効果なんてないのだけれど、それでも秋広にとってはせめてもの防衛術だった。


 しばらく硬直して、そして秋広は顔を上げる。

 シンと静まり返った教室があるだけだった。

 秋広は拍子抜けしつつ、安堵の息をついた。


 そこで秋広は黒板の前に誰かが立っていることに気がつく。

 学生服に身を包み、癖っ毛で頭がモジャモジャの少年がぼうっと黒板に向か立っていた。

 秋広はこの後姿を知っている。


「春幸?」


 秋広の声にハッとした様子でその少年は振り返る。

 視線がからむ。秋広はふと笑みをこぼした。

 少年は状況が理解できていないのか、動きを止め、そして視線をおとし苦笑いをした。

 秋広はどこか不鮮明な、質感のない並べられた机を縫うように少年に近づく。 


「こんなところで何してるの? ……って春幸、聞いてる?」


 立っていたのは桜坂春幸だった。

 秋広にとって唯一の心を許せる友人であり、秋広にとってのヒーローだ。


「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」


 どこか懐かしい、いつもと変わらない親友に心が洗われ、すっと暖かく優しさに包まれていくように感じる。


「ホント春幸ってぼけーっとしてるよね」


「それほどでもない」


「んー、褒めてないんだけどね。っていうかさ、ここ……」


 そこまで言い掛けてハッとする。

 なぜ春幸がこんなところにいるのだろうか?

 ここは春幸がいていい場所ではない。

 少なくとも、秋広にとって春幸には、春幸だけにはいて欲しくない場所だった。

 

「ここ? 教室みたいだけど……俺らのじゃないな、どこだここ?」


 春幸はこの場所を知らない。

 だから中学時代の秋広のことを知らない。

 だから秋広が負ってきた理不尽も不条理も知らない。

 だから春幸はそれを知ってはいけない。 

 知らないほうがいいこともあるのだから。

 知って欲しくないことだって、あるのだから。


「……え? 教室ってなにが?」


 秋広はとぼけた。

 それが一時しのぎにしかならないことを頭では分かっている。

 

「何がって、ここだろ。ここ」


「んー、ここって言われても……」


 秋広の住んでいる地域では小学校から中学校へはエスカレーター式で上がっていく。

 だが、小学校五年のときに春幸は隣町に引っ越した。

 幼稚園からずっと一緒で、別れ際の悲しさは今でも覚えている。

 秋広には幼馴染が四人いた。

 当時はよくみんなで探検などをして遊んだ記憶がある。


 初めて春幸に出会ったのはいつだっただろうか。

 秋広は思考をめぐらし、過去を、思い出をなぞる。


 それは忘れもしない――


 ゴミ山に埋もれた記憶の奥、そのさらに奥。


 キラキラと輝く大切な、秋広にとって一番大切な思い出――


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