第七話 絶対強者の気まぐれ
「ん?」
ぶらぶらと街中を散歩していた俺はとある一角に目がいく。
傍目には立ち止まって話し合っている二人にしか見えないが、その人物が問題だった。
見るところによると一方が何かを伝え、もう一方がその内容を吟味しているといったところか。
話を吟味しているのは、普段と違って深刻そうな顔をしているキッカ。
遠目でも思い詰めている様子から話の内容は相当なものなのだろう。
ただ、俺としてはキッカよりも話しているもう一方の方が気になった。
背が高く、緑色の髪を伸ばしたメイド。
間違いない、始めてこの世界に来た際に出会ったエルファと名乗る者だった。
この二人が接する点なんてほとんどないことから、一体何を話しているのか気になる。
だから俺は雑踏を掻き分けて二人の下へ辿り着こうとするが。
「それでは、良い返事を期待しています」
残念なことに俺が辿り着く前で話が終わってしまった。
「ユウキ様ですか」
踵を返して去るエルファは俺を見つけ、怜悧な声音でそう呟く。
「えーと、エルファさんだったっけ?」
「左様で」
エルファは表情を全く崩すことなく答え、そして。
「ユウキ様、ご健闘を」
「は?」
呆気に取られる俺を残し、意味深な言葉を残して去っていった。
「一体何の話だったのか」
俺は頭を掻きながら振り返る。
エルファが駄目ならキッカがいる。
ゆえにキッカから詳しく話の内容を尋ねようとしたのだが。
「あれ?」
驚いたことにキッカの姿もなかった。
キッカなら俺を残してどこかに行くはずがない。
もしかしてキッカにそっくりな別人だと一瞬頭に過ぎったがすぐに否定する。
あれは間違いなくキッカだった。
「おい、坊主! 早くど――あ、カザクラ様でしたか。申し訳ありませんでした」
気の荒い人間から急かされたと思った瞬間、俺の顔を見て態度を改めてくる。
この世界はまだ力が全てか。
人によって態度を変えるその卑怯さに俺はため息を吐き。
「まあ、それは良いとして」
そして俺は頭を切り替える。
「しかし、あれは本当になんだったんだ?」
キッカなのか、それとも赤の他人なのか。
謎は深まるばかりだった。
結論から言うとあれはキッカだった。
そして話の内容も相当深刻なものだった。
どうしてその結論に至ったのか。
答えは簡単。
「全員いなくなったか」
アイラやユキ、そしてクロスの持ち物がそっくりそのまま消えていたからだ。
俺に何も言わずに去ったことから何か特別な事情があるのだろう。
キッカ達は落ちぶれたとはいえ元騎士の家系であり、ユキ達はその従者。
ぽっと出の俺とは埋めようもない大きな隔たりがあった。
「さて、俺はどうするべきか」
たった一人しかいない部屋で俺は今後の予定を考える。
道は二つ。
追いかけるか諦めるか。
今すぐに王宮へ赴いてエルファさんに話を伺いに行くか、それともすっぱりと忘れて俺一人で生きていくか。
今の俺はちょっとした有名人。
踏み倒される心配などなくなったので安心して商売に打ち込むことも出来た。
「うーん」
俺は頭を捻る。
エルファさんを含め、キッカ達と俺は別世界の人間。
これ以上英雄達と関わるのは凡人たる俺には荷が重い様に感じる。
なので俺としては早い所金を貯め、千年後でも都市として健在なジグサールに移住でもしようかと考える。
俺は単なる通行人A。
キッカ達が活躍する時期を安全な所で観戦するのがお似合いかもしれない。
そして酒場で自慢するんだ。
あいつらとは昔出会い、寝食を共にしていたんだぞ、と。
「うーん」
俺は考えに考え。
頭から火花が出そうな程フル回転させて出た答えは――
「申し訳ありません。例えあなた様であろうとも許可なしには入れません」
「やはりそうだよなぁ」
案の定。
王宮へと続く道を守る騎士によってけんもほろほろに追い返されてしまった。
俺が出した結論はこうだ。
キッカ達を追いかけた所で失うものは何もない。
だったらお金が溜まるまでキッカ達を探索してみることにした。
「仕方ない、街中でエルファに出会うのを待つとするか」
その他にも冒険者や販売員からキッカ達の行方を尋ねてみるのもいい。
とにかく、時間の許す限りキッカ達を探すことに決めた。
「さて、頑張るか」
俺はそう気合いを入れて明日から頑張ろうとした時。
「カザクラ様、このような噂はご存知ですか」
俺を止めた騎士がそう切り出す。
「王家が竜を従えたメタロスの娘とその従者にとんでもない命令を出したそうです」
「どういう命令ですか?」
十中八九、キッカのことだろう。
思わぬ所からの手掛かりに俺は聞き耳を立てるが、次の言葉に怖気が走った。
「何でも一人あたり百人春を売れば家を復活させると約束されたそうです」
……は?
この騎士は今なんて言った?
売春だと?
頼むから嘘であってくれと願う俺だが、もう一方の騎士が頷いている様子から聞き間違いでないことが分かる。
「この話はまだ続きがあります。売春をさせるのはキッカ様達女だけでなく、男であるクロス様もゲイ相手に行うそうです」
「……そんな命令、普通断るはずだが」
「断ればメタロス家を国の歴史から抹消すると脅したそうです。何せ名誉を重んじる者にとって国史抹消は死よりも恐ろしいことですから」
「キッカの馬鹿野郎」
俺は地面を蹴り付ける。
どうしてそんなふざけた約束を受けようとしたのか。
アイラやユキを差し出してまで名誉が大事なのか?
「一応聞いておくが、一人あたり百人って達成出来るか?」」
「無理です、必ず途中で性病でも移されて不可能になりますし、仮に達成しても『そんな約束なんて知らない』で終わりです」
手が震える。
頭がクラクラする。
何だその命令は?
進んでも地獄、引いても地獄。
しかも反故確実の約束。
そんなのをキッカは受けたのか。
想像するだけで怖気が走る様な内容を王家は命令したのか。
あまりの邪悪さに吐き気を催す中、騎士はこう続けた。
「店の名はスラム街にある変態御用達“ラード”です。一刻も早く迎えに行ってあげるべきでしょう」
言われるまでもない。
俺はその騎士にお礼を言うのも忘れ、スラム街方面へと全速力で向かった。
「うっ……」
俺はスラム街の入り口で立ち止まる。
比較的治安が良く、通行人も身なりが良い表通りとは違いここから先は人の皮を被った獣または鬼が跋扈する区域。
すでに陽は斜に差し掛かっており、真っ赤に照らされたゴミや鳥の死骸が不気味さを増長させていた。
あの時入ったのはまだお昼ごろ。
しかもキッカやユキという案内人もいたが、今は俺一人しかいない。
まるで虎口に自ら飛び込んでいく錯覚に襲われる。
一瞬引き返そうかという疑念が頭をよぎる。
何も一人で向かう必要はなく、用心棒を雇ってキッカ達を探しに行けば良いのではといった考えが浮かんだが。
「ニャア」
猫の泣き声がしたので振り返ると俺が歩いてきた道に黒猫が佇み、そして俺をじっと見ている。
「戻るなということか」
俺は苦笑する。
不吉の象徴である黒猫が俺の後ろに座っている。
つまりこれは引き返すと俺を含めたキッカ達に災難が降りかかるという暗示。
「それに用心棒を探すような悠長なことをしている時間はないよな」
スラム街に足を運ぶ人も増えてきた。
まごまごしていればキッカ達の救出に間に合わない。
「よし、行こう」
俺はそう覚悟を決め、二度と来ないと誓っていたスラム街へと足を踏み出した。
治安の悪い場所を歩く際に気を付けなければならないことは、絶対に隙を見せないこと。
あ、こいつはカモだなと思われた瞬間ピラニアの如く寄ってくるので、苦虫を百匹ほど噛み潰した表情で歩くと効果的なのだが。
「こういうことは日本だと絶対にできないよな」
俺はプラスし、護身用として隠し持っていた脇差を片手に道を歩いていた。
傍目には厳しい顔つきをしながら見慣れぬ凶器を持った子供。
普通の感覚を持っている者なら絶対に近寄っては来ないだろう。
そう、普通の感覚を持っているものならばだ。
だから。
「少年んんんん! また会えたぞおおおお!」
「何でお前とまた会うのかなあ?」
生憎とジジイは常識など持ち合わせていなかった。
ジジイは目を血走らせて疾走しているが俺とジジイとの間には相当距離があり、十分撒けるだろうと考えるが、俺は逃げる様な真似をしない。
あの時は無我夢中でここに向かったせいか“ラード”とかいう店の所在地を聞くのを忘れていた。
非合法であるスラム街の店というのは日本と違って絶対に看板などを出さず、売り子や呼び込み人によって客引きをしている。
見た目上は古びた家屋や建物。
いつ刃物を振り回すか判らない俺に近づく者など皆無だったゆえに、正直ジジイの存在は有難かった。
「少年よ、また会え――」
「お久しぶりバンホーテンさん。こちらも会えて嬉しいよ」
刃渡り一尺、反り刃そして細い刀身といった奇妙と映る日本刀を喉元に突き付けると、さすがのジジイも黙る。
俺は笑いながら続けて。
「ラードという店を探しているんだ。出来れば案内してくれると助かるんだけどなあ」
そして切っ先をほんの少しだけ皮膚にめり込ませるとジジイは一も二もなく頷いてくれた。
「少年よ、わしはお主のことを甘く見ておった」
ジジイがそんなことをか細く呟いた気がするが、おそらく気のせいだな。
「ここじゃ」
ジジイの案内によって辿り着いた店は表向き普通の長屋に見える。
「売春の類の店は大抵このような作りになっているのじゃ」
なるほどな。
事が行われるのは大抵部屋だから、このような選択も間違っていない。
通りすがりの通行人にチップを渡して聞いてみても、ここがラードという店だと異口同音に教えてくれた。
「ありがとう、助かったよバンホーテンさん」
俺は脇差をしまいながらジジイにお礼を言う。
「これは謝礼だよ」
そう言って銀貨を二枚ほど渡す。
「おお、こんなにもか?」
ここまで貰えるとは予想していなかったのだろう。
ジジイは手のひらに置かれた銀貨をまじまじと見つめる。
「さてと、俺は行くか」
俺はジジイから店へと目を向ける。
この先にキッカ達がいる。
もうすでに営業時間であることから悠長なことをしている暇はない。
一刻も早く救い出そう。
そう決心して俺は足を踏み出したのだが。
「のう少年」
ジジイが俺の肩をガシッと掴んで離してくれなかった。
「少し投資をしてみんかの? 後八枚銀貨があれば二倍にして返してくれようぞ」
俺は急いでいる。
俺としてはジジイを殴り飛ばして向かいたかったのだが、このジジイが元金貸しであったことを思い出した。
銀貨八枚分ぐらいの余裕ならあるし、金輪際ジジイと会う機会もないだろう。
良くも悪くもお世話になったジジイだ。
手切れ金として渡してやるか。
「ほら」
俺は財布から銀貨八枚を取り出してジジイの手に乗っけてやる。
「ほ、本当にくれるのか?」
「……」
これ以上ジジイに付き合う暇はない。
俺はジジイの問いに答えずサッサとラードへ向かった。
店の中は薄暗く、そして匂いのキツイ香水によって俺は顔を顰めてしまう。
もう少し趣味の良い香水を使えよ。
カウンターに行くまでの間俺はそんなことを考えた。
受け付けは俺の姿を認めた途端に態度を豹変させる。
「いらっしゃいませ」
つい二秒前までは、煙草を吸いながら下らない雑誌に目を通していたと思えない変わり身の早さに俺は人間版劇的ビフォー・アフターを見ている気分になった。
さすがプロだな。
俺は感心した。
「本日は何のご用件でしょうか」
営業スマイルを浮かべてそう尋ねてくるボーイに俺は落ち着き払った声を意識して。
「今日、新たに入った四人がいただろう」
「耳聡いですね、その通りです」
よし、俺は心拍が一段上がる。
「その四人の名はキッカ、アイラ、ユキそしてクロスだったかな?」
「……」
「チップだ」
さらに銅貨を渡すがボーイは身じろぎ一つしない。
ならば。
「追加だ」
銀貨を一枚出すとようやく頷いてくれた。
よし。
俺は内心ガッツポーズを浮かべる。
お目当ての四人を割り出すことが出来た。
俺は逸る気持ちを抑えながらゆっくりとした口調で。
「その四人を指名したい」
「生憎ですがその四人はすでに埋まっていまして」
「チップさらに追加」
今度は金貨を載せる。
するとボーイはどう対応しようか迷い、そして人差し指と中指を立てる。
「……ほらよ」
要求通り、俺は金貨二枚をボーイの掌に置いた。
案内された部屋は俺が宿屋で借りている部屋もよりも一回り大きかった。
これは俺が四人を指名したからだな。
ベッドの規模も俺の様な少年の体の者なら五人は楽に横へなることが出来た。
備え付けの水差しから喉を潤して数分後。
コンコンとドアがノックされた。
「入れ。キッカ、アイラ、ユキそしてクロス」
扉の向こうで息を呑んだのだろう。
一瞬遅れてドアが大きく開いたと思った瞬間、弾丸と見間違う何かが俺に向かって突進してくる。
「もう大丈夫だ」
腹の辺りに痛烈な衝撃を感じながらも俺は笑顔でそれを受け入れた。
「……怖かった」
ユキはその小さな体を震わせながら俺の胸に体を預ける。
「よしよし、もう大丈夫だよ」
俺はそんなユキを優しく包み込んであやした。
ユキは俺にとって妹みたいだな。
無口で自由奔放で時折何をしでかすか分からない危なっかしいが、憎む気にならない。
それどころか何かをしでかす度に仕方ないなあと笑って許してしまう。
そんな存在だった。
「ユウキ……」
「クロスも無事で良かった」
クロスの姿を認めた俺は安堵の息を吐く。
クロスはあのジジイから助けてくれたものもあり、個人的に恩がある。
だから俺としてはその恩に報いることが出来て良かった。
「これで貸し借り無しだぞ」
俺はわざと唇を吊り上げて傲慢に映るよう笑うが。
「ハハハ、そうかもね」
クロスはどう返して良いのか分からないのか、困った様にはにかんだ。
そして続けて入室してきたのはアイラ。
彼女は俺を一瞥した後、無言で服に手をかける。
「って、おい!?」
とっぴな行動に俺は慌てて制止するとアイラはすまし顔で。
「ユウキ様がご所望だったので」
と、のたまってきた。
そのセリフに俺はじと目でアイラを見つめながら。
「アイラ……俺の何を見てそう判断した?」
「ユキを見る目がおかしいことから」
「……」
「もちろん冗談です」
「アイラの冗談は全然笑えないんだよ」
止めなければ本気で服を脱ぎ捨てていただろう。
ユキとは別の意味で目が離せないのがアイラである。
「言っておくが俺はノーマルだ、十二歳の子供に欲情はせんぞ」
体はお前らと同じ十二歳だが、心は十七歳なんでね。
「つまりもう少し成長すれば問題ないと?」
「……」
ここで詰まってしまった俺を蔑まないでくれ。
「フフフ、そのときを楽しみにしてくださいね。ユウキ様」
「え?」
俺の勘違いだろうか。
黒頭巾のせいで表情は判らないがその時アイラは満面の笑みを浮かべていた気がした。
「さてと……」
俺はユキをクロスに任せて立ち上がる。
すでにアイラは空気を読んで外に出て行った。
つまりここから先は割って入ることはないという意思表示。
ユキを抱えたクロスもそこにアイラに続いて部屋を後にしたことから、ここから先は俺と最後の一人とのサシだろう。
「入って来い、キッカ」
「……」
俺の声に呼ばれたキッカは普段浮かべている色が違う。
それは虚無。
あのアイラよりも深く、底知れない闇を宿したキッカは無言で俺の前に立った。
「お前は何をしようとしている?」
俺の前に跪き、そしてズボンに手をかけようとするキッカに俺は冷たく言い放つ。
「……」
だがキッカは答えることなく、手の動きも緩めない。
「はぁ……」
今のキッカに言葉は通用しまい。
そう判断した俺はキッカの手を払い、そして膝をついて視線を合わす。
「もう一度聞こうか。一体何をしようとしている?」
「……」
俺は再度キッカに問うが、それでも彼女は無言を貫く。
そしてそれどころか今度は己の着ているブラウスを脱ごうした。
「ちっ」
俺は舌打ちする。
プライドが高い者ほど手を付けられないことは知っていたが、まさかここまでとは。
今のキッカに言葉が届くとは到底思えない。
まあ、良いだろう。
ならば俺もそれなりの態度を取らせてもらおうか。
俺はそう決意し、キッカの顎を掴んでこちらに引き寄せた。
俺とキッカとの距離が限りなく接近する。
どれだけ近いのかというと、キッカの瞳に俺の顔が視認できる程。
額そして鼻。
お互いのその二つがくっ付いていた。
「「……」」
部屋中が鎮まりかえる。
聞こえるのはお互いの吐息のみ。
己の心拍数が痛いほど鳴っていた。
何というか、これは辛いな。
こちらがいくら眼に力を入れようとも、キッカは全く応えようとしない。
砂漠に水を撒いている様な徒労を感じてしまう。
しかし、だからと言って諦めるつもりは毛頭無いけどな。
元のキッカに戻るまで。
何か言葉を発するまで。
俺はキッカを離すつもりは無かったし、視線を逸らすつもりも無かった。
「……笑いなさいよ」
心拍が千も越えた頃だろうか。
キッカがか細い声で呟く。
「嘲りなさいよ、蔑みなさいよ、軽蔑しなさいよ。あれだけ大層なことを宣言しておきながらここにいる私を見下しなさいよ」
よし。
俺は内心笑みを浮かべる。
ようやく反応を返してくれた。
しかし、ここで手を抜いてはならない。
今、やっと心の鍵を開けてくれたばかり。
ここからその心へ足を踏み入れ、蹲っているキッカを救い出さなければならなかった。
「さぞかし気分が良いでしょうね。自分を平伏せさせた相手を跪かさせるなんて最高の快楽よ」
泣きながらキッカは言葉を紡ぐ。
「さあ、その手を離しなさい。そして私に命令しなさい。あんたにはその権利があるわ」
「キッカ、俺がそんなことを望むと思うのか?」
唇を引き締めるキッカに俺は続けて。
「俺が人を跪かせて喜ぶ性質ではないことはよく知っているはずだがな」
「はん、どうだか。そう言いながら内心喜んでいるんじゃないの?」
キッカの挑発じみた物言いに俺は黙って首を振る。
「キッカ、俺に限って喜ぶことはありえない」
キッカの眼を真っ直ぐ射抜きながら俺は繰り返す。
「少なくとも、今のキッカを跪かせても哀し――」
「信じられないのよ!」
俺の言葉を遮ってキッカは叫ぶ。
「出会った瞬間から異質だった! 私達とは決定的に違う何かを持つあんた! それが私には恐ろしくて怖いのに離れられないのよ!」
ありのままの思いをぶちまけるキッカに俺は目を瞑る。
キッカは俺のことをそんな風に思っていたのか。
全然分からなかった。
確かに俺は異質だろう。
近代文明の発達した現代と封建制度が幅を効かせているこの世界を同一と考える方がおかしい。
郷に入りては郷に従えとの言葉がある通り、本来なら俺が折れるべきなんだろうが。
「悪いが俺は己を変えるつもりは毛頭無い」
俺は続けて。
「だから俺は今のキッカ達を見下すことなんてあり得ない」
悪いが俺は日本人なんだ。
俺の知っている日本というのは他人の痛みを自分の痛みとして考えること。
最後の拠り所であるその信条を折る訳にはいかないんだよな。
「何か言いたいことはあるか?」
意見を聞こう。
批評でも良い。
腹を割った話し合いなら俺はとことん付き合ってやろう。
俺はそんな意志を込めて待つが、キッカは身動き一つしない。
長期戦になると覚悟した俺はキッカの横を通り過ぎる。
「何処へ行こうとするの?」
俺が部屋から出て行こうとするとキッカが呼び止める。
「あんた、もしかして逃げる気?」
「……オーナーと交渉しに行くだけだ」
キッカ達は借金をかたにここへ流れ着いた訳では無いから、多少お金を積めば手放してくれるだろう。
そして俺の家で改めて話し合う。
外で待っているユキ達のことを考えるとそれが最善だった。
「王家とした約束をご存知のはずよね? 私はまたこういう店に通うかもしれないわよ?」
「その時はまた連れ戻すだけだ」
俺は振り返らずに言い放つ。
「何度でも何度でも。キッカが音をあげるまで繰り返す」
こう見えて俺は結構我慢比べは得意だぞ。
何せ俺はレアモンスターからレアアイテムをドロップさせるために二日間徹夜した経験があるからな。
それに比べれば今のなんて単なる暇つぶしにすぎないな。
「外で待っていろ」
俺はそう言い残してドアを閉める。
「うっ……」
その際にキッカが己の体を抱き締めて俯いているのを確認出来た。