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第二話 この世界の情勢

 『祝  バルティア皇国との同盟締結』

 あちこちに垂れ下がっている垂れ幕に書かれている文字をようやくするとそんな内容になる。

 エルファと名乗るメイドと別れた俺は、彼女から貰った数枚の金貨を手に街を散策している最中。

 ユーカリア大陸において統治者はミドルネームに都市または国の名を付けることから、王家がいるのでこの都市はシマール国の王都だということは分かる。

 そして、人通りが賑わっているのはこの渦中の同盟団が凱旋するからこその騒々しさだろう。

 噂話を拾う限りフォルターという名の第一王子がその同盟団の団長らしい。

 王家の者という血統を差し引いても僅か二十五歳で国の命運を左右する要職を任されていることから能力は高いのだろう。

 容姿端麗で柔らかい物腰から市民貴族問わずフォルターにぞっこんな女性が多いとも聞いている。

「う~ん」

 フォルターの評判を聞いた俺は首を傾げてしまう。

 バルティア皇国、シマール国、そしてフォルター。

 その三つの単語が“ユーカリア大陸物語”において登場する頻度は低い。

 俺の知っている情報に限ると、それらが登場するのは神話に関するクエストだけである。

 そして、シマール国のカリギュラスといえば、一つのクエストにおいて登場した都市の名前である。

 ただ、そこは人が住むような場所ではなかった。

「廃墟、元シマール国王都――カリギュラスにある死者の秘宝を見つけろというクエストがあったんだよな」

 そこは死霊やゾンビ溢れる魔都であり、おどろおどろしい演出とBGMによって初見者はしばらく一生もののトラウマになったとか。

 特に夜が最恐と聞いている。

 俺も少しだけ足を踏み入れた程度だが、毒の沼地とカラスの鳴き声、悲しみを醸し出すBGMが何ともいえない不気味さを醸し出していたのを覚えている。

「ん? 確かそこでフォルターという名が登場した気がするな」

 シマール国とカリギュラスの関連性からか、フォルターの素性も記憶から浮かび上がってくる。

「確かそのクエストのボスであるゾンビマスターの名前がフォルターだった」

 ゾンビを束ねる王――フォルター。

 痛みきり、原形の留めていない装いと光り輝く宝石とのギャップが痛々しく、擦り切れた頭巾から除く骸骨の、奥から放つ毒々しい光が印象的のボスだった。

 ここは本当に“ユーカリア大陸物語”のゲームの世界かもしれないという予想は外れていないように思える。

 そして、その仮定が正しければいつまでもこのカリギュラスに留まっているのは得策でない。

 早いところ脱出しないと自分も戦乱に巻き込まれ、ゾンビの一員となってしまう可能性があった。

 なので俺としては一刻も早くこの都市から脱出しようと考えるがすぐに無意味な想像だと気付く。

「……仮にそうなるとしても今の俺に何ができる?」

 今の俺は一山いくらの浮浪児。

 力も金もコネさえない俺が訴えたところであの騎士達にされた様に嘲笑され、蹴られて終わりだ。

 それを回避するためには。

「まずは地位を手に入れるか」

 俺は当面の目標を立てる。

 少し歩き回って情報を得たところ、身分を持たない者は何をされても文句が言えないだとか。

 つまりあの警備隊から受けた暴行は正当化されるということ。

 これ以上人間以下の扱いを受けるのは嫌だと考えている俺は身分が大至急必要だと痛感した。

「よし、とにかく役場へと足を運んでみようか」

 こういったことはそれを扱っている場所へ赴いたほうが早い。

 そう判断した俺は道を教えてくれそうな人に聞きながら役場へと足を向ける。

「ああ、そうそう」

 歩を進めながら俺は自分の様相に気付く。

 ボロボロの服に擦り切れた靴のまま行っても追い返されるのがオチだろう。

 そうならないために俺はまず両替屋に寄って金貨を崩した後、衣服屋の中に入った。


 この時代の特徴というべきか、公共の施設は床の一つを見ても民間の施設と格が違う。

 どうやってこんなにつるつると磨き上げることができたのだと俺は驚いた。

「確か身分関係は奥から二番目だな」

 案内板を見た俺はそう理解する。

 そしてそこに向かう途中、俺は素朴な疑問が浮かぶ。

「あれ? 何で普通に読めたんだ?」

 大して違和感なく理解できてしまったが何故だろう。

 あんな文字なんて俺は習った覚えが無かった。

 もっとその事柄を考えようとしたが。

「まあ、良いか。細かいことを気にしても仕方ないし」

 そうしている内に目的の場所へ着いたので俺は思考を打ち切った。

「ええと、すいません」

「……」

 冷やかしだと思われたのだろう。

 受け付けの気の荒そうな壮年は白い目を向けるだけで終わる。

「……こういうのも精神的に来るよな」

 警備している騎士から怒鳴られたことも嫌だったが、人から自分の存在を認めてもらえないというのも辛い。

 しかし、今回は対処法を用意してあったのでダメージが少なくて済む。

「身分がほしいのですが」

 俺は両替屋で崩し、手に入れた銀貨を一枚を取り出してもう一度尋ねると。

「一年間有効の期間身分証明書だが、下級は銀貨十枚、中級は金貨一枚、そして上級は金貨十枚だ」

 ぶっきらぼうな口調なものの、今度は答えてくれた。

 ちょうど良い。

 ここで下級や中級等の違いについて聞いておこうか。

「下級って何?」

「一言で言えば滞在許可証だ。持っていない者は不法滞在と認定され、然るべき施設で買えるまで労働してもらうぜ」

「なるほど、中級は?」

「裁判を起こすことが可能になり、図書館や病院など公共のサービスを受けられるようになる。他にも採用条件に中級市民以上と銘打っている会社もあるな」

「ほお……じゃあ上級は?」

「上級だとある程度の罪が金で免除となる。そして何より国政に関われる様になるんだ」

「随分と扱いが違うんだな」

 少しばかりの差別は覚悟していたものの、ここまで明確になっているとは思わなかった。

 俺は顔を顰めながら呟くと。

「おいおい何言ってんだよ。坊主も国の立場で考えると、税金を払う者と払わない者がいるとすればどちらを優遇しようと思う?」

 なるほど。

 俺も多く払う方を選ぶ。

 自然界の理を鑑みても、受け付けのおじさんが正しいことを言っているように見えるが。

「坊主、何か言いたそうな口だな?」

 俺の心が「それは違う」と叫んでいた。

 金によって待遇が違うのは仕方のないことだと言えるが、だからと言って人の尊厳まで金で決めるわけにはいかないだろう。

 その様な旨の内容を口に出してみようとした時に。

「まあ、そういった話はどうでも良いや。さて、坊主。お前の身なりからすると中級のほうが良いんじゃねえかなあ?」

「何故?」

「そりゃあお前、見た所長い所滞在しそうだから中級の方がいいんじゃねえのか?」

「それなら下級でも十分な気がするけど」

「それでも良いが、例え物を盗まれたとしても下級だと実力で取り戻すしかなくなるぜ?」

「う……」

 確かに。

 子供の体である今だと何をされても、それを取り戻すための力が全くない。

「そういうわけだ。中級市民だと騎士団や裁判所にかけ込むことも出来るからそっちの方の証明書を発行するぜ。坊主の名は何だ?」

「ユウキ=カザクラだ」

「ユウキ=カザクラっと。よし、じゃあ魔力を調べるからこの紙を指で摘んでくれ」

 ん? 今おじさんは何て言った?

 役場に不似合いな単語が出てきて首を傾げる俺におじさんは多少硬直した後に口を開く。

「坊主? お前もしかして魔力の概念がわかってねえのかい?」

 その通りなので素直に頷いた俺におじさんは。

「……坊主、お前この金貨をどこから盗んできた?」

「盗んでなんかいない! エルファと名乗るメイドから貰ったんだ」

 剣呑な目つきで睨んできたので俺は早口にそう捲くし立てる。

「エルファか……坊主、そのエルファを従えているのは第一王子のフォルター様だったよな?」

「フォルター? いやベアトリクス王女だった気がするけど」

「おい坊主。役場での嘘は即牢獄行きだぜ」

 おじさんはそう凄んでくるが俺の答えは変わらない。

 エルファがベアトリクス以外の誰かに仕えることなどありえない。なぜならエルファは生涯を通してベアトリクスのみ忠誠を誓っていたと記されているのだから。

 しばらく俺とおじさんでは無言で睨み合い、火花を散らし合っていた。

「く……はははははははは!」

 先に折れたのはおじさんの方。

 眼を背け、先ほどの威圧感など微塵も感じさせない雰囲気で大笑いした。

「悪いな坊主。カマをかけてみた」

 と、あっけらかんと言い放った。

 もし違うと答えていれば俺は今頃騎士団に取り押さえられていたわけか。

 危ない危ない。

 自分が危険な立場に立たされていたことを知り、今更ながら冷や汗が出てくる。

「しかし、本当に坊主は不思議だぜ。一般的な浮浪児みたく目が荒んでいないし、かといって市民以上なら誰でも知っている常識を知らねえ」

「まあ、それは置いてほしいな」

 まさか異世界から来たと言っても信じてはくれまい。

「ところで魔力って何かな?」

 これ以上の面倒事は御免だったので俺はさっさとその話題を打ち切らせてもらう。

 おじさんは疑ってしまった負い目なのか心なしか丁寧な口調で。

「魔力ってのは個人が持つ見えない力の総称だ。それを消費することによって魔法や技を使用するが、何といっても魔力は個人によって質や量などが違うから個人判別に役立っている」

 つまり指紋みたいなものか。

 それって便利だな。

 俺は一つ頷いた後に出された紙を摘んだ。

「あれ?」

 おじさんが差し出したのは何の変哲もない白い紙。

 それを摘まむと色やら形やら変化が現れると踏んでいたのだが、何の変化も現れない。

 もしかして出す紙を間違えてしまったのかな。

 俺はそんな意味を込めておじさんを見上げるのだが、何故か深刻そうな表情を作っている。

「……坊主、お前は何者だ?」

「え?」

 おじさんの質問の意味が分からず、俺は間抜けな声を上げる。

「混じり気のない色を出す奴は大抵大物だ。そしてその中でも混じり気のない白なんて始めて見たぜ」

「ええと……それは凄いのか?」

 質問の意図が掴めず、俺はそう聞き返すと。

「まあな、もしかすると坊主はどこかの国の王様にでもなってしまうかもしれねえな」

「いや……それはまあ嬉しいかな」

 褒められたのが照れくさいと感じた俺は頭をかくことで誤魔化した。

「しかし、魔力が現れる中級だと坊主を利用しようとする輩に食われてしまう可能性も否定できねえ。だから少々危険だが下級の方が良いかもしれねえな」

「ふうん、じゃあそれでお願い」

 確かに変な奴らと関わるのは俺も御免だ。

 だから俺は素直に頷く。

 おじさんは置いてあった羊皮紙に俺の名前と判子、そして期間を書いただけで渡す。

「これでOK。この証明書が使えるのは一年で、再発行は出来ねえから気を付けろよ」

「え? こんな簡単で良いの?」

 あまりの早さに俺は目を丸くするが、おじさんは苦笑しながら。

「これは観光客や旅人用だからな。どうしても簡略化してしまうんだ」

 なるほどな。

 それならコストの安いもので済ませた方が双方に利があるだろう。

 そしておじさんは紙を俺に渡した後に顔を寄せて。

「本来なら混じり気のない色を出した者は王宮に報告しなければらねえんだが、白を出した坊主だとロクな目に逢わねえから黙っておくぜ」

「そうなの?」

「当り前よ。支配者にとっては己の地位を脅かす者の存在を認めたくねえだろう?」

「俺は革命を起こそうとか考えていないのだけどな」

 そんなことをしている暇があれば金を貯めて逃げるし。

「いやいや、例え坊主がそのつもりが無くとも周りが放っておかねえ。危険分子はどこまでいっても危険分子なんだ」

「ふうん……」

 よく分からないが、これはおじさんの好意として受け取っておくべきだろう。

「ところでなんでおじさんは俺を庇ってくれるの?」

 しかし、役人のはしくれであるおじさんが俺を守る理由が見当たらかったため、ここは確認しておきたい。

 するとおじさんは少し遠い眼をして。

「何でんだろうなあ、俺も良く分かんねえ。ただ、坊主の存在を王宮に報せるなと何かが訴えているんだよな」

「ありがとう」

 と、要領を得ない回答が来たので俺は諦め、そしてとりあえずお礼を言っておく。

「良いってことよ」

 するとおじさんは俺の髪をくしゃくしゃに撫でてくれた。

「ああ、そうそう坊主。坊主の出したベアトリクス王女のことなんだけどな」

 これで終わりかと思った矢先、おじさんがそう話を続ける。

「気を付けた方が良いぜ。何せ噂によるとベアトリクス王女は黒を出したそうだ。それもただの黒じゃない。何とも言えない禍々しい黒を出したせいかベアトリクス王女は周りはおろか親兄弟から恐怖されているってよ」

「へえ……」

 まあ、あの伝説のベアトリクスなら黒を出しても当然だろうな。

「少なくとも坊主はベアトリクス王女と接点を持っている。もし目を付けられてしまったのなら早い所街を出た方が良いぜ」

「分かった、ありがとう」

 俺もベアトリクスと関わりたくない。

 何せ能力最高人格最低と評されるベアトリクスの傍にいたら大変な目に会うからな。

「それじゃあ坊主。このシマール国の王都――カリギュラスを満喫してくれ」

 おじさんが手を上げて挨拶してくれたので俺も手を上げて応え、そして俺は役場から出て行った。


 役所を出た俺は腹が減ったので、近くにあったパン屋からパンを買う。

 問題なのが、売っているパンは黒パンのみであり、味が薄いに加えてボソボソしており、ニ、三口で口の中の水分が無くなってしまった。

「水とマーガリン、ジャムは銅貨一枚です」

 そんな俺にすかさず声をかける店の売り子。

 ……しっかりしているよ。

 俺はそう苦笑ながら銅貨を二枚支払った。

「情報が欲しい」

 ベンチに腰掛けている俺は先ほど発行して貰った権利書を眺めながらそう呟く。

 この世界は今俺が嵌っているゲームーー“ユーカリア大陸物語”のゲーム開始から千年前の時代だと予測しているが、確証はない。

 だから俺はそれを知るツールが欲しかった。

 この場合、最も無難なのは。

「図書館にでも行こうか」

 ゲームならそこら辺の通行人に尋ねるのが一番手っ取り早いんだけどな。

 そんなことを現実にすれば鬱陶しがられるだろうし、最悪騎士から受けた様に蹴られる。

 だから図書館が最良だった。

「さて、行くか」

 俺は最後のパンの欠片を口に含み、それを水で流して立ち上がった。


「ようこそ。カザクラ様ですか、その証だと本の閲覧のみという事をご了承下さい」

「はい」

 受け付けの役人からの注意事項に頷いた俺は図書館の中に入る。

 大理石を基本とした四階建ての建物の内部を見た感想は。

「おお……」

 思わず身を引いてしまうほど圧倒された。

 さすが王立図書館。

 古びた建物にある市立の図書館とは天と地ほどの差がある。

「普通は歴史だよな」

 目立つ場所に置いてある文学や宗教類の本群を通り抜ける。

 歴史が置いてある場所は三階の誰も入らない奥の方に足を向ける。

「ここで何か面白いことをやっていないかな?」

 エロゲーだとここはイベントが起きるに相応しい場所なのだが。

「……馬鹿なことを言っていないで早い所調べ物でもしよう」

 強烈な自己嫌悪に陥ってしまい、俺は顔を顰めながらも近くにある本を手に取った。

 

「出来れば元の世界に戻る手掛かりもあればいいのだけど」

 一人で探すのは無謀だよなぁ。

 俺は心の中でため息を吐く。

 今の俺の身長より二倍もある無数の本棚から年表を引っ張り出して一から探すとすれば一体何年かかる?

 少なくとも今の時点では無理だな。

「まあ、それ以前にいきなり異世界へ転生させられる物語において、何もせずに元の世界へ戻る事などありえないしな」

 必ず何かしらの事件に巻き込まれるのが相場だ。

 と、ここまで思索を深めた所で俺は肩を落とす。

「……勘弁してくれ」

 ベアトリクスの一件で俺は十分すぎるほど事件に巻き込まれた。

 正直な話、あの騎士による暴行だけでお腹一杯である。

 歴史に名を残すベアトリクスの命を救ったのだから一度元の世界に返して欲しいと願うが。

「何か起きる訳がないよな」

 戻れるのならエルファさんに手掛かりを伝えた時点に起きているはずだ。

 そう考えると俺はまだ役目を果たしていないことになる。

「まあ、それは後々に考えるとして」

 俺はそう呟いて思考を切り替え、世界情勢なるものの本に手を伸ばす。

 難しいといえば難しかったが、ファンタジー世界について書かれた本だったので楽しんで読めた。

「この楽しさを社会でも適用出来ればなあ」

 少なくとも九十点越えは確実だっただろうに。

 と、そんなことを考えながら読み進め、要約していった結果。

「何何……この世界はユーカリア大陸と呼ばれ、多種類の国、言語そして文化があるのか」

 その中で特筆しているのがシマール、バルティア、リーザリオの三国。

 この三国の国力を合わせるだけで大陸の六割を越えるとか。

 そのため大陸中の有能な者はその三国に集まり、益々他国との差が開くシステムが出来上がっていた。

 ……まあ、ある程度の線に達すると戦争を起こすらしいからそんなに突出することはないという。

 世の中は上手く出来ているなぁと感心してしまった。

「へえ、魔法が存在しているのか」

 次の本は魔法に関してだった。

 魔法とは目に見えない精霊に魔力を与えることによって発動する力の総称とか。

「俺も使えるかな?」

 カマイタチや氷の槍を発生させるのも

 そんなことを考えたが続く文に。

「魔法は精霊との交信が重要であり、まず精霊が見えないと話にならない……か」

 今の俺には精霊の“せ“も見えない。

「まあ、本によると六十を過ぎた者が突然魔法が使えるようになった事例もあるらしいから、気長に待とうか」

 俺はそう言い聞かせるが、心の何処かでは生涯魔法など使えないだろうなあと考えていた。

 

「やはり千年前か」

 歴史書に書いてある通りだとそうなってしまう。

 現在マルティレス歴二百五十六年。

 ゲームの開始時期は千二百五十六年だからちょうど千年前となる。

「この時代は平和なんだな」

 何と千年の前のユーカリア大陸には魔物がいない。

 正確に述べると存在はしているが人の目につく場所に魔物がいなかった。

「ゴブリン如きの大発生で記録に残るとは」

 ゴブリンは一言で言えば何処にでもいる存在。

 土と草と水さえがあればゴブリンが生息していると言われており、知能も低くてワンパターンの行動しか取らないことから初心者の肩慣らしには最適な相手として認識されている。

 その程度でしかないゴブリンなど数が集まったところで大して脅威でもない。

 魔法使いが数人いれば十分対処できるはずなのに、中規模の街一つが半壊になるなど信じられなかった。

「ならトロールの行軍や死霊による侵攻なんてどうなる?」

 普通に国が滅びそうだな。

「しかし、何で千年前は魔物がいないんだ?」

 俺は首を傾げる。

「ベアトリクス達が有名になった最大の功績は、迫り来る魔物の進行から世界を守り抜いたことだったはずだが」

 伝聞からすると魔物の存在が必要不可欠。

 しかし、実際には魔物の“ま”さえ見当たらない状態。

「やはり千年前のせいか知っている情報が少なすぎる」

 プレイヤー時代でベアトリクス達の名が登場するのは土地の言い伝えや武器や防具の由来、そして魔物大侵攻が起きることのみであり、その他に起こった事象など知るはずもなかった。

 もっと過去に関するクエストを受けていれば良かったと後悔するが。

「まあ、悔いても仕方ないか」

 もう終わってしまったことなのだから嘆くだけ無駄だ。

 少なくとも魔物大侵攻は起こり、この王都は廃墟となることが確定しているのだから早い所ここから去った方が良い。

 良いのだが。

「エルファさんから言われたことが頭にこびりついて離れないんだよなあ」

 力が無ければどこに移動しても意味が無い。

 だったらすぐさまここを離れる必要はない様に思える。

「まあ、ここは施設も人口も多いわけだからお金を稼ぐには問題ないな」

 俺は当面の目標を定める。

「住居と安定した収入源の二つの確保しよう」

 日本に戻りたい気持ちが無いといえば嘘になるが、少なくとも今はそれどころではなかった。

 そんなことを考えるのは落ち着いてからで良い。

 今はとにかく安定しなければ。

 でなければ全てが中途半端に終わってしまう。

 俺としてはこの地で屍を晒す羽目になるのは御免だった。

「さて、やるぞ!」

 俺はそう自分に言い聞かせた。

 

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