とある人魚の受難
暖かい光が差し込む。
魚を追いかけて、海に潜る鳥。
傍を流れる海流が頬を撫でれば、魚を無視したウミガメが珊瑚の周りを回遊する。
我が物顔で岩の間をすり抜けるのは色鮮やかな熱帯魚。
それを鬱陶しそうに少しずつ移動する大きなクラゲ。
そんな海の下。
陽の光が届きにくい、少し冷たい藍色の海底にキラリと光る長い影。
イルカよりも少しだけ小さいそれは青みがかった銀色の鱗を纏い海を泳ぐ。
進行方向へ伸ばされた白い腕には水掻きではなく五本の指があり、スピードを緩めた彼女はその手で美しい貝殻を拾い集める。
人と魚の間の姿は陸上の船乗り達が知る伝説の通り、上半身が人間で下半身は魚 。
生き物が気儘に通り過ぎるこの海流に人魚は静かに暮らしていた。
数時間前までは。
「この野蛮人どもォォォ!私を海に返せェェェ!」
穏やかな朝の海の上には、予期せず伝説を釣り上げた漁船と、運悪く釣り上げられた人魚の戦闘が繰り広げられていた。
「船長、どうします?…あれ船長どこ行った」
「もう我慢の限界だっらしくて後ろでオボロロロ状態だ。なんであの人船酔いするのに漁業やってんだろうな」
「…殺される…。三枚におろされて市場で売られるんだわ。…いやかろうじて生き延びたとしても見世物小屋とか言う場所に売り飛ばされる!?いやあああ!この人魚殺し!人でなしィィィ!」
どうもこんにちは、私は通りすがりの人魚。
朝の日課である海中散歩をしてたらマグロの群れに突進され驚いて伏せた顔を上げたら網に絡まってて人間がゴチャゴチャ何か言ってます。
私はもうパニックである。
見渡すかぎり筋肉粒々で地面に直立の男、男、男。どいつもこいつも潤いが足りない顔をしている。
「ウップっ!…おぉ、どうしたんだそんなに騒いで。クラーケンでも、ウエッ、出たってかぁ」
海に身を半分投げ出し疲れきった青白い顔で口元を押さえていた厳つい男が頭を上げてこちらを見た。ちょ、このおっさん何を私たちの家である海に吐瀉してくれてんのか。吐きたいのはアンタだけじゃないのよ、極度のストレスのあまり泡吐きそうだわ私が。
「船長!クラーケンじゃねぇですよ!人魚!人魚が網にかかったんです!」
「人魚だあ?!」
「……人魚ですか、それはそれは。一体どのように調理すれば宜しいんですか?」
「あ、先生。ここら辺は足場が濡れてて危ないですよオボロロロ!」
「ええ船長、貴方のお陰で腐臭も追加されましたね」
本当になんなのこの人間たち。何か新しい人間(周りと比べむさ苦しくない)が漁師たちの間を縫って現れた上、人魚の調理法うんたら~はなしはじめている。
ああ、とうとう捌かれるんだわ。
まな板と言う名の断頭台に立たされるんだわ、私立てないけど。
漁師たちの中では浮くような整った身なりの男は思案顔で言う。
「ですが…こんなに貧相な肉付きでは食べる所などまるで見いだせません」
「死ね、モノクル野郎」
私は網の中から身なりの綺麗な、しかし腹の中は真っ黒そうなモノクル男を笑顔で見下した。
笑顔と言っても目は全く笑っていないと思うが、女の敵であると自ら宣言したこの男にそんな事など関係ない。
生牡蠣を美味しく頂いて食あたりで死ね!
こんな文章を読んでくださってありがとうございましたm(__)m