二人で死ねること。それだけがいい。
あの日泣いていた彼も、次の夜現われた時にはいつもと変わりない様子で。
アタシだけが気にして、アタシだけがあっけにとられた。
だけどアタシは女であり、竜里の子を宿したからこそ頼れる人がいたわけで、きっと彼は心を殺すことしかできないのだと思うと、彼は本当に、”可哀想”だ。
柔らかな、小さな声で彼は賛美歌を歌う。
信じてないと言い切った神を讃える歌を歌った、竜里のように。
柔らかな澄んだその歌声は、とても綺麗だ・・・。
ねぇ・・・貴方は何を想って歌うの?
白銀に近い白の簪が、涼しげな音を立てて揺れる様を、ずっと見ていた。
背の高い竜里が、高い位置で髪を纏めて、その簪を挿す。
サイドに残した僅かな髪が、竜里の動きにあわせて揺れる。
淡い、ライラックの色とも藤の色とも取れる、綺麗な薄紫。
「ほら・・・何してるの?」
綺麗に整えられた爪に彩られた男の手が、俺に差し出される。
竜里は自分の大切なものを俺に全て遺してくれたけれど、残されたくなかった。
そんなこと言ったら、君は怒る?
歌が、ヤンダ。
アタシから離れた場所、天姫の部屋を出たその前の廊下。
そこは天姫殿の中庭が見渡せる。
見晴らしのいいその場所は、欄干の外に一歩踏み出せば天姫殿の最上階であるこちらから庭に落ちてしまうというのに、彼はいくらアタシが危険だと言っても欄干に腰掛けたまま動こうとしない。
錯覚を、起こしそうなほどに彼は似ていた。
同じと言っても過言でないほどに父親にであるアタシの息子よりも遥かに。
その色合いはアタシと同じものでありながら、彼は誰よりもアタシの・・・彼の愛した男に似ていた。
黒い、髪を。
白銀に近い白の簪で、結い上げ。
何が気に入らなかったのか、乱暴にその簪を抜き取り。
黒い髪が、重たげな音を立てて彼の背に落ちる。
そのひどく美しい装飾の、涼しげな音を立てる簪は、天女のものだった。
アタシの愛した、彼の愛した男の髪で揺れていたもの。
アタシは、天姫殿を残すことに成功した。
だから竜里の・・・天姫の簪はその位と共に、アタシの息子へと譲られた。
彼は、天姫殿を残すことができなかった。
だから天姫の・・・竜里の遺品は、全て彼へと譲渡された。
代々伝わる、天女の簪さえも。
初めて、逢った日のことを・・・今でも、覚えていますか?
雪の降る、寒い日で。
薄紫の髪にうっすらと白銀の雪がかかってた。
「子供が夜に、なんでこんなとこにいるの?」
竜里だって、子供だったくせに。
5つ違えど、竜里だって子供だったくせに。
いつだって俺を子ども扱いして、いつだって・・・・・・。
「呼宝君?」
オンナの、声。
俺が無くした、高く澄んだ声。
視線を向けると、心配そうに俺を見る、あのオンナ。
「そんなところに座ったまま寝たら、おちたらどうするの?」
心配そうにそういう様は、まるで母親。
ユメ、なんだから、死ぬわけないのに。
それでも・・・。
「死ねたら、よかったのに。
竜里と一緒に、死んでしまえたならよかったのに。」
二人で死んでしまえたなら、きっと壊れゆく天姫殿を見ているより、幸せ。