他人に分かるはずない。貴方以外は。
*登場人物
呼宝:男の子、黒髪黒目、仮A世界でのイツク、18歳
イツク:女の子・・・とはいえない年齢、黒髪黒目、仮B世界での呼宝、16歳の息子あり
竜里:男の子、故人、仮A世界でも仮B世界でも男、天女または天姫と呼ばれる立場の人間
華奢な、カラダ。
いくら男と言っても彼はまだ11歳であり、背丈だってアタシのほうが高い。
だけどその力は驚くほどに強くって、アタシは到底太刀打ちできない。
まっすぐ、背中まで伸びた髪はアタシと同じように黒く。
冷たい色合いを浮かべアタシを見下ろすその瞳は、髪と同じ漆黒の色。
幼い顔立ちをひどく冷めた雰囲気に染め上げた彼の名は、呼宝というのだそうな。
そしてアタシ、イツクは、彼に組み敷かれている。
「えっと、あの、呼宝・・・くん?」
「なぁに?」
甘いボーイソプラノで彼は話す。
ひどく愛らしい少年の容姿をした彼は、口元に笑みを浮かべても決して目だけは笑わない。
まるで鏡を見ているように、同じ顔立ちをした彼は、もう一人のアタシ・・・なのだとか。
細く癖のない漆黒の長い髪も、大きくて丸い、黒目がちの漆黒の瞳も。
傷ひとつない滑らかで白い肌までも・・・まるで鏡を映したかのようにそっくりで。
「あの、申し訳ないんだけど、どいてくれない・・・かな?」
いくらもう一人の自分だと言われても、いくら相手が11歳の子供だと言っても、
異性に組み敷かれたこの体制のままいるのはいささか気まずい。
相手はそんなこと思ってなさそうだが。
「なんで、どかなきゃいけないの?」
アタシと同じくらいか、もしかしたらアタシよりも高いかもしれない愛らしい声で、呼宝君は囁く。
わざわざ嫌がらせなのか、アタシの耳元に口を寄せて。
うすうす感づいていたが、どうやらアタシの予想が当たっていたらしい。
最も、彼も隠す気があったとは思えないが。
「呼宝君、アタシのこと・・・嫌い?」
その言葉に呼宝君は笑みを深くする。綺麗な綺麗な、作られた微笑み。
「アタシは、呼宝君のこと好きだよ。」
アタシがそういっても、呼宝君の丹精に作り上げられた微笑みは崩れることなく。
いったいどうしたものか、アタシが頭を悩まし始めたときに、ゆっくりと呼宝君が顔を近づけてきた。
文字通り目と鼻の先といえる距離に、自分と同じ、カオ。
だけれど彩る表情がまったく違うからか、アタシはそれを他人の顔のように眺める。
「好きなわけ、ないでしょ?
俺があんたのこと嫌いな理由だってちゃんとわかってるのに、
わざわざそんなこと聞くなんてあんがい性格悪いんだね。」
どことなく悲しそうで、皮肉げな微笑み。
理由なんて、聞かなくてもわかっている。
もしアタシが彼だとしたら、アタシもきっと、アタシが嫌いだから。
彼がアタシを嫌いな理由は、彼とアタシの決定的な差だから。
「細い、首。」
彼は笑みを崩すことなく、アタシと同じ形の唇をアタシの首筋に寄せる。
彼の華奢な肩から零れ落ちた長い黒髪が、同じように長いアタシの黒髪と、混ざる。
「膨らんだ、胸。」
いつかはアタシとは違い、骨ばった大きな男の手になるだろう手を彼は私の胸に這わせる。
その細い指はどこか丸みをおびた子供らしいもので、幼い彼の年齢を思わせる。
そして彼は、私の首筋に顔を押し付けたまま、呟いた。
「子を孕む、腹。」
並べてみたならば、きっとそっくりであるだろう。
アタシの前に現れた彼は11歳だったけれど、もしアタシの前に現れた彼がアタシと同じ16歳だったとしたら、
きっとアタシと彼はとてもよく似た双子の兄妹に見えただろう。
アタシは彼で、彼はアタシだから。
平行世界の先の、自分。
鏡に映った自分は、本当の自分ではなく、左右反対であるけれど、
まさに彼は、鏡の向こうのアタシだった。
容姿も色合いも何もかもが同じであるように見えて、左右が違うとでもいうように、
決定的に違うものがあった。
重ねられた紙が、1センチだけ・・・ずれていた。
さほど気にならないようなことでありながら、確実に合わさってないそれのように。
平行世界の先の私は、竜里の子を孕めない男という性別を持っていた。