過ぎていった夏
夏休みが過ぎてもう一か月もたったある日の正午過ぎ。夏はとっくに過ぎたというのに麦わら帽子をかぶった少女は、家を飛び出して坂道を下り田んぼのあぜ道を走り抜けていった。日焼けを物ともせず夏の間ほぼ毎日着ていた肩の出たワンピースを着て、サンダルが地面とこすれる音を響かせながら一生懸命走って。視線の先は一直線に、田んぼの向こうの森にあるちょっとした秘密基地に向いている。
夏の間ずっと本拠地として使っていた手作りの秘密基地はまだ一応枯れることなくかろうじて残っていた。秘密基地と言っても生い茂る草を踏みならして簡易的な屋根を付けただけの言わば休憩所のようなものだ。
緑生い茂る森の中に所々木漏れ日が差し込んでいて、木々のみで組み上げた秘密基地の骨格をいくつもの緑色で照らしている。古い用水路から引っ張ってきた自作の小川もきちんとせせらぎを作っていて、ほぼ緑と茶色だけのこの空間に彩りを増やす。だが夏は確実に過ぎていて、季節は確かに秋を迎えていた。よく見ると緑々(あおあお)としていた木々の中には所々赤や黄色の葉が見え隠れしているし、隙間から見える入道雲も元気がない。弾ける炭酸水の気泡のような目の覚める雰囲気は姿を潜め、かわりに撫でるような穏やかな微風が森を包んでいる。
少女は夏の間毎日そうしていたように小川の水を小さな手ですくい、近くに咲いている小さな花に優しくかけた。その花もやはり夏の終わりとともに元気を無くしていたが、少女はそれでも一生懸命いつもより多めに水をかけてやった。力なく転がっている蝉の抜け殻の上に、一匹の赤とんぼが飛んできて、また飛んでいった。
そのうち日は沈み始め、森の中は影がどんどん濃くなってきた。少女は物足りなさそうにぺたんとお尻を付けてその場に座り込み、麦わら帽子を脱いであまり汗のかいていない髪を掻いた。夏の間と比べると今では本当に日が暮れるのが早くて戸惑ってしまうのも無理はない。影は徐々に伸びていき、やがて森の影とつながるその瞬間まで、少女はしばらく上の空でぼぉっとしたまま眺めていた。自分の影に手をつき、何か諦めたのかワンピースの裾についた湿った土を払い、とぼとぼと家路に就いた。
そのまま何もしゃべらずに家に帰り、少女は麦わら帽子を押入れの奥の方にしまい込んだ。