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俳優の卵と理系大学生  作者: 蓮弥
第2章 クラスアップ?
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3. 俺の進路

読む前に、大学について。


大学生→学部生 4年生まで

大学院前期→修士 2年生まで

院試→大学院入学試験


ちなみに修士が終わったあとは、就職するか、博士(大学院後期)になれます。

作者は修士までの予定です。いつも奢ってもらってるのも申し訳ないし、自分で働いてお金稼ぎたいという気持ちなんです。


「柏木、それ昨日からずっと同じところ見てないか?」

「…」

「おい、柏木」

「へ?」


 声をかけられて顔をあげると、そこには細身の眼鏡の男が俺のデスクの横に立っていた。


 工藤隼人(くどう・はやと)。


 修士二年で、俺より二つ年上の先輩だ。研究室では一番面倒見がよく、教授からも後輩からも頼られている。


「あ、工藤さん」

「大丈夫そう?」

「何がですか?」

「そのプログラム、昨日からずっと同じエラー出てない?」

「…」


 画面を見ると、エラーの文字。昨日とほぼ同じ。


「気のせいっすよ」

「現実逃避じゃん」


 工藤さんは笑った。


「見せてみ」


 椅子を一つ持ってきて、隣に座る。コードを見ながら、質問をされて、それに俺が答える。何回か続けていると、


「ここじゃない?」


 工藤さんがコードの一行を指し示した。


「あ」

「配列のサイズがズレてる」

「うわ、まじじゃん」

「昨日から?」

「昨日からです」

「お疲れ」

「工藤さん、俺の二日間返してください」

「自分に言いなよ」


 大学四年生。卒論。研究。


 三年生までと違って、急に自分で考えることが増えた。今までは、答えのある問題や、先生から言われた課題を解いていた。


 でも、研究は違う。自分の興味のあることに、自分で問題を見つけて、自分で回答を見つける。何が正解か分からない。そもそも正解があるのかさえ分からない。


 最初は面倒だと思っていた。なんで理系に来ちゃったんだろうとも感じた。でも。不思議なことに少しだけ面白かった。


「柏木って、就活してんの?」

「一応ちょっとだけ」

「院は?」

「今のところ考えてないっす」

「そうなんだ」

「工藤さんは、なんで院行ったんすか?」

「研究が面白かったから」

「そのままじゃん」

「あと、就職したくなかった。モラトリアム伸ばしたかったからかな」

「うわ。急に説得力なくなった」


 二人で笑った。


「でも、院行って後悔はしてないかな」


 工藤さんはモニターを見ながら言った。


「学部の卒論だけだと、研究ってどんなものか分かり始めたくらいで終わるし」

「ふーん。そういうもんですか」

「柏木は、研究嫌い?」

「いや」


 答えてから。自分で少し驚いた。嫌いではない。むしろ最近は、少し楽しい。


 自分で問題を考えるとき。仮説を考えるとき。実際に手を動かしてコードを書いてるとき。結果が出た瞬間。仮説と違う結果が出て、理由を考える時間。


 海斗が俳優について話すときほどではないけれど。


(俺にも。)


 もう少しやってみたい。そんなものができ始めていた。


 その日の夜。


 海斗の家で、俺はベッドに寝転がりながら、天井を見ていた。海斗はキッチンで何かを作っている。


「ねえ海斗」

「何?」

「俺さ、大学院行こうかなって思っているんだよね」


 音が止まった。少しして、海斗がキッチンから顔を出す。


「本当に?」

「急だね」

「最近ちょっと研究面白くて」


 俺は上半身を起こす。


「あとさ」

「うん」

「海斗を見てると、俺も何かをちゃんと頑張ってみたいなって思って」

「俺?」

「海斗、あんなに何回も落ちてもまだ俳優目指して頑張ってるじゃん」

「褒めてる?貶してる?」

「褒めてる」

「それなら言い方他にあるだろ」


 俺は笑った。


「俺ずっとさ、なんとなく理系に行って、なんとなく大学来て、なんとなく卒業して、就職するんだろうなってぼんやり思ってたんだけど」

「うん」

「もうちょっと研究やってみてもいいかなって」


 海斗がこっちへ来た。ベッドの端に座る。


「いいと思う」

「軽っ」

「だって、望がしたいんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ、やった方がいいよ」


 迷いがなかった。昔、海斗に俺が言ったみたいだった。


「院試とかあるし、卒論もあるし、結構きついと思うけど大丈夫かな」

「望なら絶対大丈夫」

「無責任。絶対とか言うなよ」

「どこかの誰かさんに教わった」

「どこの誰さんですか。そんな無責任なやつは」

「俺の目の前にいる大切な恋人さん」

「俺そんなこと言ったっけ」

「言ってた」


 海斗が笑う。


「でも、すごいね」

「まだ受けるって決めただけだよ」

「それでも」


 少し嬉しかった。


「工藤さんにも、色々アドバイスとかもらってるし頑張ってみようと思う」

「工藤さん?」

「研究室の先輩」

「…男?」


 俺は海斗を見る。


「男だけど」

「何歳?」

「修士二年。俺の二つ上」

「へえ」

「何」

「何でもない」

「海斗」

「何?」

「もしかして嫉妬してる?」

「してないけど」

「絶対してるじゃん」

「してません」

「顔がしてる」

「どんな顔」

「ちょっと不満そうな拗ねてるイケメン」

「何それ」

「俺の先輩、爽やかで優しくて、すらっとしてて結構かっこいいし人気なんだよ」


 海斗が俺を見る。


「ふーーん」


 分かりやすい。俺は笑いながら海斗の方に頭を乗せた。


「安心して」

「何が?」

「海斗の方が顔がいいから」

「そこ?」

「そこ大事でしょ」

「全然安心できないんだけど」

「じゃあ何て言えばいいの?」


 少し考えるそぶりをする。俺は海斗の手を取った。


「好きなのは海斗だけ。俺は海斗しか見てないし、見れない」


 一瞬。海斗が黙った。


「…そういうの急に言うよね」

「嬉しい?キュンってした?」

「まあ」

「素直じゃないなー海斗さんは」

「望にだけは言われたくない」


 海斗が握り返す。俺はそのまま海斗の膝へ頭を乗せた。


「どうしたの?」

「膝枕してみた」

「勝手にするんだ」

「恋人だからね」

「その言葉便利に使いすぎじゃない?」

「いいじゃん。本当のことだし」


 海斗の指が俺の髪を触る。


「院試いつ?」

「夏」

「じゃあ、これから大変になるね」

「うん」

「俺にできることがあったら教えて」

「じゃあ、数学教えて」

「無理」

「即答じゃん。手伝ってくれるんじゃないの?」

「俺、高卒だから」

「知ってる」

「でも、飯くらいは作れる」

「それはめちゃ助かる」

「あと、寝ろって怒る」

「それはいらない」

「必要だろ」


 俺は笑った。このときの海斗の嫉妬はただただ可愛いと思えた。


 まさか数か月後。自分が海斗よりよっぽど面倒くさい嫉妬をするなんて。考えてもいなかった。

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