番外編2. 柏木望~海斗 side~
初出勤の日。
制服として指定された濃紺のスラックスと白いシャツを着て、シフトの時間より少し早めにホテルへ向かった。
新しい職場というだけ緊張していた。
飲食店とはもちろん勝手が違う。ホテルの雰囲気は飲食店と比べればとても落ち着いた雰囲気で、背筋が自然と伸びていた。
また一から人間関係を作らないといけない。
正直言うと、面倒くさかった。
店がつぶれてから、人と仲良くなることそのものに少し疲れていたのかもしれない。
フロントへ行くと、一人の男が俺の方を見た。
小柄だった。
多分俺より十五センチくらい低い。
少し明るい髪に、細い体、目は大きくて、男にしては愛嬌のある顔をしていた。
何より、俺を見た瞬間に表情がわかりやすく変わった。
(これは、多分顔を見られているな)
「本日からアルバイトでお世話になります、朝倉海斗です。よろしくお願いします。」
挨拶をすると、支配人の佐伯さんが彼を紹介してくれた。
柏木望。
大学三年生で、ホテルでは三年目。
俺より年下だけど、この場所では大先輩。
「柏木望です。これからよろしくお願いしまーす」
随分と軽い人だと思った。
それから年齢をすぐに聞かれた。
俺が二十二だと答えると、望は少し驚いた顔をした。
「じゃあさ、敬語やめない?」
「でも、柏木さんは仕事では先輩ですし、、」
「柏木さんって呼ばれるのもなんか堅くて嫌だ。望でいいよ」
初対面なのに、ものすごく距離が近い。
「初日からなんか距離近くない?」
そう言うと、
「年一個しか変わらないし、ここの職場さ年齢幅結構あるから、一個差なんてタメみたいなもんでしょ。俺、堅いのとか敬語使われるの苦手なんだよね」
当たり前みたいに言った。
こういうタイプの人間とはあまり関わったことがなかった。
俺は昔から、誰かと打ち解けるまでには時間がかかるタイプだった。
愛想が良いとはよく言われるし、実際人当たりも良いほうだと思う。
でも、それはただ外面がいいだけであって、簡単に人の内側へ入っていける人間ではない。
そんな俺とは、望は真逆の存在だった。
俺は少し迷ってから、
「じゃあ、望」
名前を呼んだ。その瞬間。
自分から呼べと言ったくせに、望の大きな目がさらに大きくなった。
その反応が妙に可愛かった。
「うん。そしたら俺も海斗って呼ぶわ」
そこから俺たちは、海斗と望になった。
初日から。
望は、最初から軽かった。
でも、仕事は思っていた以上にしっかりしていたし真面目だった。
「そんな全部書かなくても、何回かやれば覚えるし、初日なんだしもっと気楽でいいんだよ。初日なんて、同僚の名前を憶えて、挨拶さえできてれば満点なのに」
俺が仕事を覚えなければと、焦りながらメモを取っていると笑われた。
「教えてもらったのに、忘れたらみんなに迷惑かけるだろ」
「ま、真面目すぎじゃね?、前のバイト、何してたの?」
その流れで、飲食店がつぶれたことを話した。
普通なら気まずくなるところだ。
実際、変に気を遣われることも多かった。
大変だったね。可哀想。次見つかってよかったね。
そういう言葉をかけられるたびに、こちらも「大丈夫」と返さなければならなくなる。
でも望は、違った。
ただ思ったことをそのまま口にする。
俳優を目指していることを話したときもそうだった。
「めっちゃ似合うね」
「何が?」
「俳優だよ」
「まだ、何にもなれてないよ」
俺は、自分の後ろ向きな気持ちを隠すように自虐的に笑った。
いつもの癖だった。期待される前に、自分で下げておく。
「オーディションとかにも、ほぼ通ってないし」
すると、望は思いもしないことを言った。
「それでも、俳優の卵ってことでしょ?それってかっこいいけどなあ」
一瞬、何も返せなかった。
俳優の卵。
最近、自分ですらその言葉を自分に言ってあげられなくなっていた。
「卵と言っていいかわからないレベルだけど」
それでも否定すると、望は急に楽しそうなわくわくした顔をした。
「あ!つまり俺は、未来の俳優が売れる前から知ってる超古参になれるわけだ!激熱だ」
未来の俳優。
その言葉が、不思議なくらい胸に残った。
俺にはもう見えなくっていた未来を、会ったばかりのこいつは当たり前のようにその未来を想像して、簡単に口にする。
「そしたら、俺が売れたら自慢していいよ」
「まじ?絶対自慢するわ!俺が育てた俳優ですって言う」
「ホテルの仕事を教えただけだろ」
「だとしても、育成したことには変わらんっしょ」
バカみたいな会話だった。
でも、久しぶりだった。
俳優の話をしていて、苦しくならなかったのは。
いいね、コメントを良ければお願いします。




