「姉が死んだ日、私はやっと本当のことを知った」
はじめまして。
今回が初投稿になります。
短めの連載作品になります。
少しずつ更新していく予定ですので、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
姉が死んだ日、私は泣かなかった。
広場には人が集まり、処刑の瞬間を見届けようとしていた。
誰もが当然の結末だと信じて疑わない空気だった。
「やっとか」「当然だろう」
そんな声があちこちから聞こえる。
私も、その中の一人だった。
姉は昔から、周囲とうまくやれない人だった。
必要以上に厳しくて、言葉はいつも刺々しい。
家の使用人ですら、彼女を恐れていたくらいだ。
優しくされた記憶は、ほとんどない。
だから、こうなることも不思議ではないと思っていた。
処刑台に立つ姉は、最後まで何も言わなかった。
弁明も、否定も、怒りすら見せない。
ただ静かに、前を見ていた。
その姿に、ほんの少しだけ違和感を覚えたのは事実だ。
けれど、その感情に名前をつける前に、すべては終わった。
刃が落ち、歓声が上がる。
それでも私は、やはり泣かなかった。
屋敷に戻ると、いつもより静かだった。
当たり前だ。あの人がいなくなったのだから。
「お嬢様、お疲れでしょう。お休みになりますか」
侍女が気遣うように声をかけてくる。
「……いいえ。少し、姉の部屋を見てくる」
自分でも理由は分からなかった。
ただ、あの違和感が頭から離れなかった。
姉の部屋は、驚くほど整っていた。
もともと几帳面な人ではあったけれど、それにしても整いすぎている。
生活の気配がほとんど感じられない。
机の上には何もなく、本棚の本もきっちり並んでいる。
まるで、最初から誰も住んでいなかったかのようだ。
「……こんな部屋だったかしら」
思わず呟く。
そのとき、机の引き出しがわずかに開いていることに気づいた。
中にあったのは、一冊の古びたノートだった。
特別な装丁でもない、どこにでもあるもの。
けれど、それだけがこの部屋で唯一“使われていた”痕跡に見えた。
ページをめくる。
そこにあったのは、姉の字だった。
『今日も、うまく話せなかった』
一瞬、意味が分からなかった。
あの姉が、“話せなかった”?
『本当はありがとうと言いたかったのに、言い方が分からない』
『強く言えば、距離を保てるから』
胸の奥が、ざわついた。
さらにページをめくる。
『あの子は今日も笑っていた』
『私を見ると少しだけ表情が変わる』
『嫌われているのは分かっている』
“あの子”が誰を指しているのか、考えるまでもなかった。
『でも、それでいい』
『巻き込まないためには、それが一番安全だから』
意味が分からない。
いや、分かりたくなかった。
ページをめくる手が止まらない。
『王宮の動きがきな臭い』
『標的は私でいい』
『あの子だけは関わらせない』
息が詰まる。
『証拠は作られている』
『でも、ここで否定すると広がる』
『私一人で終わらせる』
視界が揺れた。
「……どういうこと」
声がかすれる。
『あの子は、何も知らないままでいい』
『嫌われていた方が、守りやすい』
指先が震えた。
記憶が、ひとつずつ蘇る。
冷たくされたこと。
突き放されたこと。
目も合わせてもらえなかったこと。
――あれは全部、“距離を取るため”だったのか。
最後のページをめくる。
『これで終わる』
『全部、私が引き受ける』
そして、少しだけ間を空けて。
『どうか、幸せに』
ノートを閉じたとき、初めて涙が落ちた。
遅すぎた。
全部、遅すぎた。
あの人は、何も言わなかったんじゃない。
言えなかったんだ。
私に、届かないように。
その夜、私は王宮へ向かった。
「確認したいことがあります」
王子は、面倒そうにこちらを見た。
「姉の件か。今さら蒸し返す気か?」
「証拠は、誰が出したものですか」
わずかな沈黙。
「複数の証言と物証だ。問題はない」
「姉は、何か言いましたか」
その問いに、王子は目を細めた。
「……何も言わなかった」
やはり。
「否定も?」
「ああ」
それが答えだった。
「……あの人は、全部知っていたんです」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「何をだ」
「自分がどう見られているかも、何が起きているかも」
そして。
「それでも、何も言わなかった」
王子は何も返さなかった。
屋敷に戻り、私は再びノートを開いた。
最後のページの余白に、ペンを走らせる。
『ごめんなさい』
それしか書けなかった。
姉はもういない。
でも、残されたものはあった。
それを無かったことにしないために。
私は明日も、同じ言葉を繰り返す。
姉は、あんな人じゃなかったと。
信じてもらえなくてもいい。
それでも、言い続ける。
それがきっと、私にできる唯一のことだから。
(完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この作品は「気づいたときにはもう遅いこと」をテーマに書きました。
少しでも何か感じていただけたなら嬉しいです。
初投稿なので、感想や評価をいただけるととても励みになります。
今後も書いていく予定ですので、よければまた読みに来てください。




