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序3

二階から女性の声が聞こえた。会話らしい様子から察するに二人いる。

ホールのど真ん中に存在感を放つ正面階段の踊り場にて、階段を下りてきた二人の姿が見える。

一人は背が高く、姿勢が素晴らしい女性だ。マントを身に着けているがマントに負けじと髪が長い。青灰色というのだろうか、絶妙に、果てしなく、曖昧で儚い色だ。今見た中では一番男性的な雰囲気を感じる。

もう一人は確かに女性だと思っていたが、体つきはどうも男性に見える。いや、男性だ。筋骨隆々の男性の体だ。上裸で、下半身を完全に布で覆っている。髪型は長髪、かと思いきや髪がまるで一枚の布のようになっている。毛先に行くほど純白。その姿を見て連想するのは、花嫁か、シスターか。

「あらっ。」

駆け寄ってくる。鈴のような軽やかな美しい声とともに、その男性らしき人が。

しかしその人は目を見張るほどの美貌を持っていた。女性の顔だ。絵にかいたような金髪碧眼。色白の肌。艶やかで赤い唇にうっすら桃色の頬。近づくほどにその人物の美しさに激しく殴りつけられる。美しい。間違いなく女性の顔。

頭が痛くなってきた。目の前まで来て、その人は目線を合わせるためしゃがみ込んでくれる。私の顔はその人の瞳のように、青くなっているかもしれない。

「ご機嫌はいかがですか?紅茶はお口に合いましたか?」

「あ…え…おお…?はい…、はい、おいしかった、です。」

唯一頭に残り、処理できた情報に対処する。微笑まれると目線を逸らしたくなる。

「よかったです。あら、お手元が…。」

そういわれて自分の手に血が滲んでいたことを思い出した。

「痛いですねぇ、お手当しますから。少しお待ちくださいね。」

「は、はあ…いえ、ありがとうございます…。」

ぱたぱたと小走りでその人は遠くなっていく。仕草は女性だ。声も、しゃべり方も。代名詞は「彼女」が正しいのだろうか。

そのやり取りの間にもう一人の女性がすでに近くに来ていた。見上げればそれはもう、芸術品のような出で立ちで、頼もしさ以上に畏怖を感じてしまう。これぞ洗練された振る舞いか。彼女の手元できらめく手錠とともに、胴体を締め付ける鉄輪が見える。そしてロングブーツとボタンの多い肌を見せない服。先ほどの彼女とは真逆の服装だ。

その女性は跪き、私の左手を両手でとって、額を近づけた。マントが地面についてしまっているが、彼女は気にしていない。

「初めまして。迷える人。」

「おっ…?お…ど、どうも…はじめ、まして…。」

「僕はガウェインと申します。このホテルでは警備を主に担当しています。どうぞお見知りおきを。」

「おあ…。」

正直、怒涛のキャラクター紹介には、もうついていけそうもない。私はまともに返事もできず、失礼な態度をとってしまっているが、彼女は気にしていないようだった。

男性の体で、女性の顔で、女性的なさっきの人。

女性の体で、間違いなく女性で、この中で誰よりも男性的なガウェインさん。

私は顔を両手で覆った。情報を、少し情報を、減らしてもらえないだろうか。

ふと、私は違和感というよりも忘れていたことに気づく。


ここは、なんだ?


所謂普通の人間が一人もいない。


私は彼らをもう一度見る。見れば見るほど異形の存在だ。温かくなった体温が急激に下がっていくのを感じた。これは、なんだろうか、私だけ何かが違う、違和感、いや嫌悪感。知らず知らずに異国に来てしまったような、自分が異質という浮いた感覚。

「青ざめているな。」

カフカさんが目を細めた。

「状況が分かってきた様子だ。」

冷たく響く声。さっきまで、あんなに温かな雰囲気だったのに。いや、そう思っていたのは私だけか。盾にならないブランケット一枚をさっきよりもきつく体に密着させた。俯いて、顔を見ることができない。

その時にぱたぱたと走ってくる音が聞こえた。若干息を切らした彼女だ。この委縮した気持ちでも、美しいと思う気持ちは変わらない。

「お待たせいたしましたー…。」

彼女は私の顔を見て、何か察したのか、穏やかに微笑んでゆっくり歩み寄る。そしてほどよい距離、一歩ほど離れた場所に跪くようにしゃがむ。逞しい手には救急箱があった。

「手当を、しても?」

「…。」

声が出なかった。彼女は少しだけ待って、小首を傾げながら微笑む。

「お手に、触れますね。」

恐る恐る怪我をしている手を差し出した。優しい触れ方で、そっと握られる。やはり男性らしく硬い手だ。しかし壊れ物以上に割れやすいものに触れているような手つき。

手慣れた様子で手当てをしてくれる。

「怖かったですねぇ、一人でここまで来られたんでしょう?よく頑張りましたね。」

「…。」

「ここは、少し変わっていますが、とても優しいところです。」

「…。」

「あなたを傷つけたりしません。本当です。」

話し終わるころには手当は終わっており、小さくも存在感のある慈愛の痕跡が残った。離れていく手に手を伸ばしたい。

「私はマリア。こんな体をしていますが、昔は聖女をしていました。ホテルでは衛生関連、お掃除と、ティータイムを担当しています。今日の紅茶はアップルミントティー、お菓子はプレーンのスコーンと、リンゴのジャムをご用意しています。ぜひ召し上がってくださいね。」

優しい語り口だ。マリアさんの優しい声を聴いて、呼吸が戻ってきた。

カフカさんをまた見上げると、先ほどとは打って変わって穏やかに見えた。いや、恐らくだが、彼は何も変わっていない。一貫して態度を変えていないはずだ。都度変わっていたのは、私のほう。

自分のことがわからないとしても、自分のことを見失ってはいけない。

「ぜひ。」

「まあうれしい!」

ぎこちなく笑ってみると、マリアさんは飛び上がるように喜んでくれた。ブランケットはいつの間にか肩から落ちていた。


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