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ド田舎辺境騎士団の地味戦記

作者: 逆凪まこと
掲載日:2026/01/12

『お題で飛び込む新しい世界』の戦記ものに挑戦してみました!

堅すぎず柔すぎずを目指しています。


 青々と草の繁るミットレーベネ平原の蒼天に、ピイィと鷹の一声が高らかに響き渡った。



 

「距離は」

 

 馬上にてそれを聞いたひとりの騎士が、振り返らないまま従騎に尋ねた。彼もまた、視線を動かさぬまま主に応じる。

 

「丘陵下、300メルテ(メートル)です」

「よし」

 

 即座の返答に頷いて、白馬に跨がるその騎士はその手に掴む鉾槍(ハルバード)を高く突き上げた。

 ビュッ、と風切り音が続いて、冷たい緊張が背後に控えた十数の騎馬たちへ伝播していく。煽られた何頭かが落ち着きなく首を震わせた。彼らの興奮で吐き出される白い息が、金属の鎧の上へ僅かに水滴をつける。


「皆、覚悟はいいな。久々の戦だからと、落馬したりなどするなよ。以降十年の肴にしてやる」


 張り詰めたすぎた弓の如く凝りすぎていた気をその一言でわずかに緩め、先頭の男は上げていた鉾槍(ハルバード)を正面へ構え直す。


「我らが盾の守護せしは(やわ)き華、踏み荒らさんとす者を我らが槍にて挫かん。名も知らぬ者たちの切れぬ営みこそ、我ら騎士の誉れなり」


 男がそらんじたのは、何代も前からこの地に伝わる、戦場へ向かう騎士の祝詞である。

 背後でほどよく引き締まった部下たちの気配に満足げに口の端を上げ、男は腹から声を上げる。


「構え――突撃ッ!」

 

 同時、馬たちの蹄は足下に短く生える春の青草たちを踏み荒らしながら、丘陵の向こう目掛けて駆け出した。


 

 ***


 

 ミットレーベネ平原は、大陸西南にあるレヒット王国とリンクス大公国の間に広がっている、ゆるやかでただっ広い丘陵地帯だ。

 

 大陸を区切るように連なる山々の継ぎ目のあたりに、過去に災害でもあったのかぽっかりと開いた草原で、両国との国境はその中央あたりの最も高い丘陵を境目としてぼんやりと引かれている。

 標高がやや高い上に水場は遠く、土壌は粘土質で水捌けも悪いので農耕には向かず、生えてくるのは短い草ばかりで、辛うじて牧草地としての需要がある程度。どちらの国の首都からも遠く離れており、人より羊を見掛けることの方が多い。そんな土地だ。

 おかげで、平原の半分を領地として持つミットレヒト辺境伯領は、高位貴族という地位と名誉、王家からの信任という権威はあれど辺境という言葉の持つイメージ通りにドのつく田舎であり、嫁入り先として大変な不評の地であった。


 そんな土地であるから、辺境伯爵の擁する騎士団――ミットレヒト辺境騎士団は、国境警備隊を兼任してはいるものの、やることと言えば国境付近の見回りと、時折望まざる越境者を取り締まる以外には、脱走した羊や牛を追いかけるのが主な仕事と言えた。


 そのように牧歌的な地方ではあるが、平和かと言えばそうでもない。


「北棟の物見台より緊急伝令! 国境哨戒中のシュティーア隊第一班が国境位置にて矢を受け一名が負傷。現在、負傷者含む三名が警戒しつつ帰還中とのことで、収容準備を進めています」


 昼食時に飛び込んできた一報に、ミットレヒト辺境騎士団副団長のシュトヴァール・フォートナーは、口に運びかけていたスープ匙を下ろし、足早に傍らへと近付く部下に「負傷の度合いは?」と短く尋ねた。

 

「生死に関わりはせんだろうな」

「左手甲、籠手の上から刺さったため軽症だそうですが、万が一毒が使われていては危険なので、大事を取っての帰還とのこと」


 淀みない報告に「うん」と安堵の混ざる声で頷いて、続けて口を開く。

 

「追撃の気配はあるか?」

「最初の一射のみで、以降の射撃、接近等はなかったと聞いております」

だろうな(・・・・)


 そんな短いやりとりの後、シュトヴァール副団長は厳つい顔を更に強面にする顎髭を思案げにざりざりと撫でること数秒。やがて溜め息を吐き出すと、礼儀を投げ捨ててスープ皿を掴むと一気に口の中へ流し込み、咀嚼もそこそこに残ったパンを掴んで椅子を降りた。

 すかさず待っていたかのように侍従が動いて、ひとりがその肩に甲冑を合わせ始め、ひとりが先触れのために早足で部屋を出ていくと、入れ替わりに入ってきた部下が「報告!」と駆け込んできた。


「ミッテリンク騎士団より、国境侵犯に対する警告として威嚇射撃を行ったとの声明が届きました!」


 ぴりっと緊張の走った室内でシュトヴァールが「続けろ」と低く命じると、伝令は乱れた息と姿勢を正した。

 

「直ちに国境線より退去の無い場合は威力を以てこれを阻止すると……」

「やはり例年通り(・・・・)、か」


 バチン、と胸当ての接続音を背中に聞きながら、手にしたままのパンを半分までひとくちで齧りとり、シュトヴァールは視線を隣の副官へやった。

 

「哨戒班以外の隊は」

「シュティーア隊は任務行動中、ツィーゲン隊は一班が国境線にて待機、残り二班が西棟外周で演習中(・・・)です」

「よし、演習中の二班はそのまま第三種馬上装備に武装更新し、出撃準備。私は団長へ報告へ参る。哨戒班が帰還したら特に足の早い一名(・・・・・・・・)を団長室へ来させるように伝えてくれ」

「了解」


 伝令が慌ただしく引き返す背を見送り、鎧の装着完了と共に残りのパンを口に放り込みながら外套を羽織って廊下へ出たシュトヴァールは、炎のように赤い髪を軽く撫で付けながら、副官を引き連れて団長の執務室へと向かった。

 将校が走るといらぬ不安を呼ぶため堂々とした態度を取らねばならないが、気はどうしても急いて歩幅が広くなるので、大柄のシュトヴァールの後ろを追う副官、オルケイユ副団長補佐はほとんど競歩の勢いだ。

 大型の肉食獣を思わせる上司とは反対に、どちらかと言うと細身で柔らかな顔つきをしているオルケイユだが、普段穏やかな目には冷たい緊張が滲んでいる。


「怪我人を出すのは久々ですね」

「ああ」


 オルケイユの固い声に、シュトヴァールは頷いた。


「当てたか、当たったか……前者であれば、今回の射手は腕が良いな」

「そうですね。例年なら1メルテ(メートル)ほどは離れたところを射ってきていましたから」

「威嚇射撃が死傷になれば、警告が一気に宣戦布告になるからな。あっち(ミッテリンク)も危ない橋を渡りたくはないだろう」

「……今回は、違うようですけどね」


 オルケイユが険しい顔で吐き出す静かな敵意は、普段「穏和のオルケイユ」と呼ばれる彼からは想像できないほど鋭い。

 怪我人が出ているので致し方ないこととは思いつつ、整った顔の放つ凄みは、元より厳つい顔のシュトヴァールのそれとは違った恐ろしさがあった。

 若く好青年な外面をした彼に憧れる村の少女たちが今の顔を見たら、怖がるだろうなぁとシュトヴァールはわずかに苦笑する。


「まあ予想の範囲内だ。煽る狙いもあるだろうから、あまり感情的になるな」

「……すいません」


 言われていくらか落ち着いたのか、オルケイユが深く息をついた音を聞きながら、シュトヴァールは二十年の間に体に馴染んだ甲冑の手甲にふと視線を落とした。

 山羊の角と二本の槍が交差する意匠はミットレヒト辺境騎士団の紋だ。その周りに円を描くように彫られた小さな星は、これまで出陣した戦場の数を表している。


「あと少しで二周目か。時が経つのは早いもんだ」


 国境を挟んで向かいあっているリンクス大公国領ミッテリンクとその騎士団とは何世代にも渡って諍いを続けているが、その因縁はかつて大陸の半分がツェントルム大帝国の旗下であった四百年前へ遡る。

 

 大陸全土を飲み込まんばかりに栄華を極めたツェントルム大帝国だったが、最後の大帝の即位後に勃発したいくつもの内乱の果て、多くの領地が独立し、併合し、あるいは滅びて七つの国へ分かたれた。

 レヒット王国はその内のひとつで、リンクス大公国を含めた三国と隣接している中堅の国だ。


 七国間に大きな緊張感はないものの、かといって国家に永遠の友は無きと言うもの。特にレヒット王国とリンクス大公国は、ツェントルム大帝国からの独立に際して一度はヴェステンというひとつの国として建ったものの、その政治的分断により別の国として分かたれたという因縁がある。 

 そのため、両国間では自国こそが正当な旧ヴェステンであるという自認があり、それをアピールすることに余念がない。

 要するに、うちの方が凄いぞ強いぞ、うちこそが元祖ヴェステン王国でござい! とやりたいわけなのである。

 やっていることはマウントの取り合いであるが、単位が国家となればその面子と言うものは馬鹿に出来ない。国の威信は外交にも関わるからだ。

 そのため、たとえ旨味のないド田舎の土地であろうとも、一メルテ(メートル)でも広くしたいのが国家の心情というものである。


 とまあそのような理由で、ここミットレーベネ平原では毎年のように「ここまではうちの土地じゃ!」と国境の位置について小競り合い(いちゃもんの付け合い)が起こるのである。

 

 しかし、先述の通り辺境も辺境、主要な都市からは遠く、特出した産業もなければ牧草地としてしか使いようのない辺鄙な場所であるから、両国にとっても決して安くはない軍事予算や人材を投入してまで熱心に欲しがっているものでもない。

 国の面子を押し付けられる形で実際に前線へ立たされる双方の辺境貴族にいたっては、まあ形だけでもそれらしくしてないと予算削られるしなあ、という程度の意識なものだから、国境戦線とは名ばかりのまさに『小競り合い』である。

 

 ――ただ、いつもはそうだからと言って、常にそうとは限らないのが国境というものだ。


 シュトヴァールが表向きいつもの小競り合いへの対応という態度を崩さぬまま、逸る足を押さえ込むのに苦心しているということに、オルケイユだけが気付いていた。


 ***


「始まってしまいましたか」


 辺境騎士団の詰めている砦――正式にはミットレーベネ平原国境監視砦の執務室で、ミットレヒト辺境伯爵フリューラ・イルレ・ミットレヒトはシュトヴァールの報告を受けて溜め息を吐き出した。


 シュトヴァールよりひとまわり以上も年の若い領主は、小麦色をした長い髪を耳へ掛けなおすと、机の上に大量に積まれた書類へガリガリとペンを走らせる手をそのままに続ける。


「本当に例年通りの時期になるなんて。シュトヴァール副団長は予見の(ギフト)が?」

「真夏では暑さで馬がバテるし、冬場は雪で行軍に危険が伴う。ついでに領地の繁忙期に被らない頃が助かる……ってことで、まあ偽装(ブラフ)込みでもこの時期(例年通り)に落ち着くだろうなと」


 シュトヴァールの言に、思わずといった様子でフリューラは顔を上げた。その条件は、隣接していて季節感の同じこちら(ミットレヒト)にも当てはまるものだ。

 戦を仕掛ける際は自分たちに有利な条件の揃うタイミングを狙うものだが、これが『例年通り』というのは両者(・・)にとって都合が良すぎる。


「示し合わせてでもいるの?」 

「遺恨あってやり合うわけではないので、互いに暗黙の了解として妥協しあっているわけですな。まあ、前線あるあるというやつで」

「不毛ね」


 シュトヴァールが茶化すように肩を竦めると、フリューラは柔らかい橙の目を細めて何とも言えない顔で息をついた。


「交渉でなんとかするのが、一番損がないと思うのだけれど?」

「予算てのは、使わないなら無駄だとか言いやがる奴がいるもんで」


 応じるシュトヴァールの声は苦い。

 国境の監視と守護を担う辺境領には国から防衛費が充てられているのだが、何もなかったからと使わないでいると「必要ないだろう」とみなされて削減されてしまうことがあるのだ。

 その傾向はレヒット王国(こちら)リンクス大公国(あちら)も同様で、それ故の『例年の小競り合い』なのだと説明されて、フリューラは呆れたように溜め息を吐き出した。

 

「予算を減らしたその年に戦が起こる可能性って、そんなに思い付かないもの?」


 節約と言うものが分かっていないわ、と、その小さな口がボヤいたその時、騎士のひとりが執務室の扉を叩いて入室して来た。シュトヴァールが喚んでいた、哨戒に出ていた班のひとりである。

 十人で構成された班のうち怪我を負った一名は毒などの様子はなく、神官による神力治療中である旨と、射かけられたときの国境線付近の状況を短く報告した壮年の騎士に、フリューラは短く頷いた。

  

「一応、規則として確認するけれど、哨戒していた班が国境侵犯していた事実はないのよね?」

「こちらの認識としては左様であります。昨年度に双方立ち会いのもとで確認した境界線に沿っての哨戒でありました。離脱した三名を除く七名は、現在も国境線を保持中です」


 ミットレーベネ平原の国境線は、地面に直接浅い溝を掘った簡単なものだ。年度の変わり目に互いの領主立ち会いの下、薄くなった溝を掘り直すのが毎年の行事にもなっている。

 何度も掘り返しているためにそこだけ牧草も生えないので、雪でも積もっていない限り見逃すようなものでないし、そもそも片足程も幅のない線を多少越えた程度のことが、射手の見えないような遠方から把握できるわけもないのだ。

 

 つまり、典型的な言いがかりである。


「こじつけでも大義名分が必要だなんて、本当に不毛だことね」


 フリューラは大して面白くもなさそうな声で言って椅子から降りると、苦笑を噛み殺すシュトヴァールたちの前へ立ち、姿勢を正した。

 同様に背筋を伸ばしたシュトヴァールを、フリューラの目がまっすぐに見上げる。


「ミットレヒト辺境騎士団団長、フリューラ・イルレ・ミットレヒトは、現時点をもって騎士団の全指揮権を副団長シュトヴァールへ委任。不当な言いがかりを以て領内に侵入せんとする勢力(・・)の制圧を命じます――後は、よしなに」

「拝命いたします」 

 

 カツン、と踵を鳴らしたシュトヴァールは、努めて冷静な声で命じながらも、17歳と言う若さで領主と騎士団を継いだフリューラの手が微かに震えているのに気付いていた。


 無理もない、とシュトヴァールは思う。

 ミットレヒト辺境伯領主フリューラ・イルレ・ミットレヒトは、つい二年前まで学園で学生をしていた少女だ。

 そんな彼女が、騎士団長として「ことによっては他人の命を奪う命」を発するのがどれほど胆力がいるものか。

 

 国が直接雇用する近衛隊や王国軍とは違い、レヒット王国の各騎士団は領主が自ら団長として率いている。その中で、国防を担う辺境騎士団はいくらか特殊な立場であるため、彼らを有する辺境貴族たちはその重要性から直系以外の相続を許されていない。

 母親を幼い頃に亡くし、他に兄弟のないフリューラはミットレヒト辺境領の唯一の後継者として、父である領主の急死に伴い急遽領地へ戻ってきたのだ。

 辺境騎士団の団長としても、辺境伯領主としても、余りに若すぎる。

 新領主の挨拶をするためにフリューラが領主邸のバルコニーから姿を見せた際、家臣たちの誰もがそう思った。

 

 しかし今、帰還した彼女が二年の間に何を成したのか、ミットレヒト辺境騎士団の全員が知っている。


 そんな彼女(フリューラ)が、本来なら騎士団長として前線へ出るべき立場でありながら砦へ残らざるをえない自身の非力さを噛み締めるようにきゅっと唇を引き結んでいるのに、シュトヴァールはニイッと不敵に笑った。

 

「先頭を征くばかりが指揮官の仕事じゃあない。荒事は俺らのようなむさ苦しいのに任せて、団長は後ろでどんと構えてりゃいいんだよ」


 上司に対するにはいささか砕けた物言いに目を瞬かせたフリューラに、片目を瞑って見せたシュトヴァールは「副団長の歳でウインクは厳しくないですか」というオルケイユの冷たい指摘を背にしながら外套を翻し、将を待つ騎士たちのもとへ向かうのだった。



****

 


 ――半刻後、ミットレーベネ平原の国境西方、リンクス大公国ミッテリンク辺境領は、普段の牧歌的な空気から一変し、馬蹄の起こす地響きと鎧の擦れる金属の音、そして騎士たちの上げる怒号によって揺れていた。

 

「どういうことだ、これは!?」


 プルンクヴォル伯爵は思っていた。

 公国内でもそこそこに名の知れた貴族である自身の擁する騎士団であれば、ド田舎のたかだか騎士数十名程度の規模しかない騎士団など策を弄するまでもなく正面から粉砕できるものと。 

 しかし、目の前では自身の率いる騎士団が、正面から突き破られんとしている。


「何故だ……っ」


 彼らは丘の下で迎撃の構えであったのではなかったか。

それが何故、自分達の突撃より先に丘を駆け降りてくるのか。こちらの半数ほどの騎兵に何故こうも蹂躙されているのか。

 訳の分からないまま、プルンクヴォルはジリジリと後退を余儀なくされていた。


「こんな……こんなはずでは……!」 

 

 思い起こせば四日前、リンクス大公が新年に掲げた国力強化の大号令を受け、プルンクヴォル伯爵とヘンネル伯爵はそれぞれ自家の騎士団より騎士100名を選抜し、国境拡張を目的としてミッテリンク辺境伯領に参じた。


 ミットレーベネ平原の国境を挟んだ向かいのレヒット王国ミットレヒト辺境騎士団は、把握している限り正規の騎士は100騎いるかどうかだと言う。

 対してこちらは、元々この地に駐在しているミッテリンク辺境騎士団の騎士を合わせると約300騎。 

 この圧倒的な戦力差をもってすれば、こんな田舎のちいさな砦などひとたまりもないと思われた。

 

 だが、正面からの全軍突撃を主張したプルンクヴォル伯に、ミッテリンク辺境騎士団の副団長であるマンフリット・ゼリックは首を振ったのである。


「少数とはいえ、長らく国境の守りを努めて来た騎士団。油断はなされますな」

 

 爵位こそプルンクヴォル伯爵のほうが上だが、マンフリットはミッテリンク辺境伯から辺境騎士団の全権を委任されている男である。

 田舎の騎士は小心なことだ、と鼻白みつつも、現地の意見を頭から無視することもできない。

 結果、正面は例年通りを装う囮として両伯爵家より60騎、その後ろへ時間差での突撃のために辺境騎士団60騎を控えさせ、残りを砦の東西ふたつに分けてミットレーベネ平原外周の森を抜ける経路(ルート)で側面から砦へ接近。三方からの挟撃によりこれを制圧する作戦がとられることになった。


「田舎の騎士どもに、本物の突撃と言うものを見せてやるとしよう」

 

 消極的な作戦に不満を覚えつつも、プルンクヴォル伯爵は正面隊の指揮を引き受け、意気揚々と国境線のある丘陵を下った位置で待機していた。

 後は合図と共に丘陵を駆け上がり、例年通りの交戦のつもりで待ち構えているだろう騎士団を急襲。挟撃の隊を待つまでもなくそのまま砦まで一気に雪崩れ込んでやるつもりだった、のだが。


「た、大変です! ミットレヒト辺境騎士団が……うッ」


 予定された合図とは違うラッパの音が二度。国境線付近で偵察に付いていた兵が、駆け戻る途中で声をあげる最中で馬から転げ落ちた。

 それと同時に、馬蹄の重奏が雷鳴のごとく近付き、まさか、と思う間もなく先頭の騎馬の槍が丘陵の上でぎらりと輝いた。


「……て、敵襲! 正面より、……!」


 最前列の小隊指揮官が慌てて声をあげたが、その時には既に美しい白と黒の駒がその全容を現し、躊躇なく丘陵を駆け降りようとしていた。

 その勢いそのままに直進する二騎の後ろに続く栗毛の騎馬は約30騎。ミットレヒト辺境騎士団は、正面で待機していたプルンクヴォル騎士団60騎に対してその半数の手勢で突撃してきたのである。


「ば、馬鹿な……!」

「ええい、狼狽えるな! 数はこちらが上ぞ、迎え撃てい!」


 動揺している騎士たちに檄を飛ばし、自らも陣の最後方で槍を構えたプルンクヴォル伯爵だったが、豪奢な鎧の下ではじわりと嫌な汗が伝っていた。

 自分たちはただ待機していたのではない。丘陵の上には砦を監視する兵を置き、逐次報告をあげさせていた。つい先程まで砦側には動きはなく、国境線付近に哨戒していた騎士の内のふたりが残っているだけだと報告受けたばかりだ。隠れる場所もないこの大平原で、どこから現れたというのか。

 ごくりと喉を鳴らしながらも、プルンクヴォルには勝算があった。

 こちらの手勢は倍。更に後方300メルテ(メートル)にはミッテリンク辺境騎士団60騎が控えているのだ。

 盾も持たずに小勢で突進してくるような無謀な相手など、迎え撃って後方が合流するまでのいくらかを押し留め、全騎をもって押し潰せば良い。

 プルンクヴォルは自らの騎士団に、幅広な矢尻を模した陣形を維持するように号を出し、自身も気合い十分に槍を正面へ構えた。

 


 ――だが結果は、先述の通り。

 プルンクヴォル騎士団は、その壁を脆く打ち崩されんとしていた。


 先頭の白馬に跨がり、地面を震わせ、赤い兜飾りを揺らしながら駆け降りてくる大柄の男は、振り回す鉾槍(ハルバード)の一撃でふたりを馬上から叩き落とした。

 それだけでも驚きであったのに、そのすぐ後ろについていた黒馬の騎士は、転がった騎士の足か腕を槍の穂先で深々と貫いて戦闘不能にしていく。

 更には二騎の一馬身ほど後方を、左右二列ずつ斜めに広がるように並んだ騎士たちが続き、傷口を拡げるかのように陣をど真ん中から抉じ開けていくのである。

 馬蹄が地面を抉る土煙がみるみるうちに陣の中程まで迫ってくるのに、プルンクヴォル伯爵は青ざめて従騎士にラッパを鳴らさせた。


「さ、下がれ! 下がれ! ただちにミッテリンク辺境騎士団と合流する!」


 後退の合図に、騎士たちは手綱を引いて我先にと逃げ出そうとしたが、馬というのはいきなり後ろを向くことはできない。混み合う最前列であれば特にそうで、もたつく騎士たちは次々と叩き落とされていった。

 が、数秒すると突然。優勢と思われたミットレヒト辺境騎士団はくるりと馬頭を翻し、左右に分かれてぐるりと横へ駆け出したかと思うと、更に方向を変えて丘陵の向こう――来た道を戻るように駆け上がってくではないか。


「退い、た?」

「いや……」


 騎士の間に一瞬の動揺があったが、後方から勇ましい馬蹄の音が近付いてくるのに気が付いた。ミッテリンク辺境騎士団だ。

 なるほど、合流されれば流石に敵わぬと退いたのだろうとプルンクヴォル伯爵と騎士たちは思った。

 そうとなれば俄然意気は上がるもので、馬足を落とさず駆けてくる|ミッテリンク辺境騎士団《友軍》に先鋒を譲るわけにはいかんと再び馬を翻させ、ミットレヒト辺境騎士団の後を追撃に向かった。

 落ち着いて見れば、背を向けた彼らの装備が甲冑(フルアーマー)ではなく肩と胸当てのみ(ハーフプレート)であったことで、鎧も買えぬ貧乏騎士と侮ったこともある。

 先程は思わぬ奇襲であったから後れを取ったが、こちらからの突撃であればあのような少数蹴散らせる。その確信が騎士たちを疾らせた。

 

 が、勢いよく丘陵を越えたところで、先頭を駆けていた馬が嘶き、高く前足を蹴りあげて立ち上がった。

 

「な、なんだ、これは!?」


 丘陵を幾らか下ったところに、尖った丸太の先端を丘に向かって突き出す形で荷台に敷いた荷車が何台も並んでいたのだ。馬からすれば足元に槍を並べられたも同然である。

 本能的に前列の馬は足を止めたが、勢い付いている後続は急には止まれない。突然の停滞地帯に突っ込んだ馬が激突して落馬する者までいる。

 そこへ更に追い討ちがあった。荷車の数メルテ(メートル)向こうから石礫が飛んできたのである。


「痛ぇ!」

「うわっ!」

 

 矢に比べると殺傷力はないが、弓で打ち出されているため鎧を変形させる程度には威力がある。足を止めた騎馬など良い的で、ゴンッガンッと妙に小気味良い音と共にあちらこちらで悲鳴が上り、プルンクヴォル伯爵騎士団は戦闘不能者を多数出す形で撤退を余儀なくされたのであった。

 


 ***

 


「流石にこうもフリューラ様の予想なされた通りとなるとは思いませんでした」

「いやはや、我らが団長の慧眼には畏れ入る」


 艶やかな黒馬の上から、丘陵の向こうへ我先にと逃げ帰っていく騎馬の揺れる尾を眺めながら、オルケイユが思わずといった様子で呟くと、それに頷いてシュトヴァールは愉しげに目を細めた。 

 実際の指揮を執っているのはシュトヴァールだが、そもそも今回の小競り合いが『例年通り』にはならないだろうと予見したのはフリューラである。

 

 

 ミットレヒト伯爵家の嫡子として、いずれは領政に関わる立場であるという強い自覚を持っていたフリューラは、王都の学園に通っている間、勉学に勤しむ傍らで学生間での人脈づくりに励んでいたらしい。

 同行していた侍女が言うには、そういった交流による情報収集の中で、リンクス大公国の公主交代とその聞こえ来る評判などから新たな大公の攻撃的な思想を嗅ぎ取ったのだとか。

 そうして領地に戻ってからは得た知己をフル活用し、情報交換に余念がなかったと熱っぽく語ったのは彼女の執事だ。

 湾岸領に店を持つ貿易商の子息たちからの情報をもとに、リンクス大公国が鉄製品に強い大陸西方との貿易を活発化させていることを突き止めたのが最初。

 さまざまな資料を友人たちから猛然とかき集めたフリューラは、主だった家臣たちの前でこう言った。


「恐らく三年の内に、リンクス大公国は国境戦を仕掛けてくるわ」


 準備を進めておかないと、と続いた突然の領主の言葉に戸惑う家臣たちをよそに、フリューラがまず行ったのは、リンクス大公国に接する牧草地帯の領主たちと協力し、国外向けの牛馬の飼料を備蓄用として買い付け、市場への流出を緩やかに制限することだった。

 騎士団に必要なのは武器だけではない。騎士らの乗る馬は人間の食事の三倍近い飼料が必要で、更に領から領へ移動するとなれば、騎兵以外の兵たちとその荷物を運搬するための馬がいる。それだけ莫大な飼料を急にかき集めようとすれば、国内だけでは足らない。フリューラの手は、不足を補うために周辺国から確保しようとする動きに先手を打った形だ。

 食料なくして隊を動かすことは出来ない。ましてこんな田舎の国境は重要視されはしないだろうから、輸入飼料の高騰化は確実にこちらへ派遣される戦力を削減できるというフリューラの読み通り、プルンクヴォル伯爵たちは100騎を用意したのではなく、それだけしか動かすことができなかったのだ。


 更に食料不足は馬の性能にも顕著に現れる。たっぷり栄養を取ったミットレヒト辺境騎士団の馬たちは、突撃を重視して盾と背面の装備を省略した軽装備の騎士たちを軽々と丘陵の頂まで運んだ。

 飼料も不足し、仰々しい鎧に包まれたプルンクヴォルの騎士たちを乗せた馬たちでは、到底その速度に敵うはずもなかったのである。


 それだけではない。フリューラは砦が監視されている可能性を考え、すべての準備をできるだけ目立たなくするように命じていた。

 荷車に載せられていた丸太たちは訓練所の周りに柵として設置してあったものを引き抜いたものであったし、投擲用の石礫は哨戒中のついでに少しずつ定位置へ集められていたものだ。どれも、普段はそうであると気付かせず、いざという時にすぐに戦に活用できるものだ。

 奇襲についてもそうで、敵の偵察隊に察されずに突撃できたのは、演習場から国境線まで直進できるよう砦の通路が改装されていたからである。


(大したお嬢さんだよ)

 

 戦いは始まる前に勝負が決まっている、とは誰が言った言葉であったか。

 就任後すぐの不慣れな団長が、変に張りきって運営するために砦を右往左往させている――と、思わせるように仕込まれた数々の手が、一見不利な状況を見事にひっくり返している。

 シュトヴァールの役目は、彼女の広げた多くの武器を上手く使って、勝利を捥ぎ取ることだけだ。

 この国境戦は、その開始の時点からフリューラの手の内にあると言って良かった。

 

「さて、残りを片付けに行くか」

「片付けるだけの相手が残っていますかね?」 

「ミッテリンクの方は残るだろ。大将はどっちにいるか、賭けるか?」

「良いでしょう。私は西で」

「なら俺は東だな。任せるぞ」


 主従ふたりは挑戦的に笑いあうとその場をツィーテン隊の隊長に任せ、それぞれ東西にわかれて馬を走らせて行った。

 


***


 

 丘陵での戦闘が開始されていたのと同時刻。

 東を任され、森の中から砦へ接近しようとしていたプルンクヴォル騎士団であったが、木々の合間を縫うように奥へと踏み入れた途端に足止めを食らっていた。


 元々あまり整備された道では無かったが、行く先々で木槍が飛び出してきて騎馬の直進を阻むのだ。

 何人かの騎士が避けきれず横転し、しゃらくさいと飛び越えようとした騎士は、頭上の枝葉に隠れて張られたロープに引っ掛かって馬から叩き落とされて昏倒した。

 では少し道を外れて避けて通ろうとすると、今度は所々で馬の脚が穴にはまって立ち往生する。


「くそ……何故罠がこんなにも……っ」


 前進するたびに戦力を削られていく状況に、プルンクヴォル伯爵騎士団小隊長ギンデルはぎりりと歯軋りを溢した。

 

 彼らも調査なく森に入ったわけではない。事前に斥候を出し、通れる道や伏兵のないことも確かめていた。

 ただフリューラの用意の方が周到で合理的であったのだ。

 頭上に隠されたロープは彼女の就任後すぐに張って回ったものだし、木槍は踏み板を踏み込むと飛び出すように元々仕込んであったものだ。普通に歩くぶんにはただの板だが、鎧を着こんだ騎士を乗せた馬の足では仕掛けを踏み抜いてしまう仕組みになっている。

 道の外縁に掘られた穴もそうだ。こちらも普段は狩人たちが罠を仕掛ける用に掘られているもので、同様に普通であれば踏み抜けないように板が張ってあるため、偵察に出た歩兵では見抜けなかったのである。

 幾らかしてプルンクヴォルの騎士たちも仕組みに気付いたが、その頃にはまともに戦える騎士は半数にまで削られていた。


「これ以上の損壊は危険です。行軍も遅延していますし、一旦退くべきかと」


 既に挟撃の前提が狂っているのだ。ミッテリンク辺境騎士団の男が助言したが、ギンデルは首を振った。

 プルンクヴォル伯爵家の騎士団たちは、西から挑むヘンネル騎士団に負けてはならぬと当主より命じられている。目立った戦の起こらなくなって久しい時代にあって、騎士として功を掴む機会を逃したくはないという伯爵の意欲は、騎士たち皆の意思でもある。


「罠に頼らねば戦えぬような田舎の騎士団など、数に頼らずとも蹴散らしてくれるわ」


  


 しかし、同時刻。その反対方向から砦を目指していたヘンネル騎士団もまた苦戦を強いられていた。


「くそ……なんだってこんなところに水が……!」

 

 森の中をいくらは踏み入ったところで、事前調査になかった川がいくつも出現していたのである。

 川といっても流れはほとんどなく、幅も大人の足で飛び越えられる程度しかない単なる溝レベルなのだが、問題はその周辺の地面だ。流れた水を吸ってぬかるんだ粘土質の土は、鎧を着こんだ騎士を乗せる重い馬の脚を深く飲み込んでいく。


「この辺りに水場は無いのではなかったのか!?」

「それは間違いありません。この辺りでもっとも近い水源は山脈中腹まで行かないと……」


 これには同行するミッテリンク辺境騎士団も困惑の面持ちだった。無理もない。まさか彼らもその山脈中腹そば溜め池を作り、そこから溝を掘って水の流れ道をあらかじめ作っていたとは予想も出来なかっただろう。

 溜め池を塞いでいた板を外せば、溝を伝って水が下流まで流れてくるという単純なものだが、水捌けの悪いこの土地では効果は覿面だ。先頭の何頭かは泥濘から自力で脱出することも出来なくなり、逃れた者たちも迂回を余儀なくされている。

 

 国境から砦まで直線距離800メルテ(メートル)。騎馬であれば2分程度で届くはずの距離が、今や途方もなく遠かった。


「ええい、気張れ! 森の切れ目はすぐそこぞ!」


 ヘンネル伯爵は自身の騎士団へと声を飛ばし、自ら先頭に立って森の切れ目に駆け出した。

 ミットレーベネ平原は一度丘陵を越えれば後はなだらかな平地である。半減したとて今だ勢力差は歴然とあるのだから、田舎の騎士団など粉砕してしまえる。

 と、半ば意地で直進し――奇しくも、東西の騎士団が森を抜けて平原へ出たのはほぼ同時であり――その直後の壊滅もまたほとんど同時であった。


 彼らの名誉のために補足するならば、彼らも決して弱くはない。

 ただ、不慣れな森を右往左往して疲弊した馬では本領など発揮しようもなく、万全な準備のもとて行われる模擬戦での輝かしい戦歴など、小競り合い程度とは言え実戦経験も豊富なミットレヒト辺境騎士団の前では『訓練ばかり積んだ新人』のようなものだ。

 東西にわかれ森を抜けた先で待ち受けていた、ミットレヒト辺境騎士団シュティーア隊によって鎧袖一触で馬から叩き落とされ、地面をベッドにするはめになった騎士たちは、したたかに体を打ち付けて悔しがる余裕すらもない。

 

 そうして、地面のあちこちにうめき声が転がり、騎手を失った空馬がのんびり草を食みはじめた頃。ミッテリンク辺境騎士団のひとりが、のっそりと森から姿を表した。


「すまないが、交渉をさせてもらえんかね」

「もちろんです、マンフリット老」


 戦場とは思えない穏やかな物腰の老騎士に、黒駒の男が爽やかな笑顔で応じる。


「シュトヴァール副団長がお待ちです」

 


****


 

 総指揮官同士の交渉が終われば、始まるのは後始末である。

 現場をオルケイユに任せ、砦へ帰還したシュトヴァールはフリューラと共に事後処理の席に着いていた。

 

 本来であれば領内で倒れた騎士は捕虜として収容し身代金交渉をするのだが、幸い死者の出なかったこともあって今回はすべての騎士に撤退を許し、その代わりとしてミッテリンク辺境騎士団から「国境侵犯と誤解した」慰謝料を受け取ることとなった。

 戦果を得るより相手側との禍根を残さないことを優先した結果だ。プルンクヴォル伯爵らの恩人に仕立てることでミッテリンク辺境伯爵へ貸しを作る意図もある。


「まあ、元々それが狙いだったのでしょうな」


 と交渉にあたったシュトヴァールは苦笑する。

 ミッテリンク辺境騎士団は、プルンクヴォル(外様の)騎士団たちが森を飛び出して行くなか、追従せずに待機していたらしい。

 マンフリットは「中央からの騎士を差し置いて前へは出られない」等と言っていたが、損壊のない様子を見るに外様の騎士たちを先行させて|こちら《ミットレヒト辺境騎士団》の迎撃手法を確認していた節がある。

 更にはミットレヒト辺境騎士団へ貸しを作ったと言う建前を得たことで、リンクス大公国側からミットレーベネ平原での国境戦を起こしづらくするのも狙いだろう。


「こちらも利用されたということね。貴方も、この結末を予想していたのでは?」

「実際、全軍で正面から来られたらこちらがヤバかったんで、敢えて挟撃作戦に誘導したんだろうなとは思ってましたよ。双方に死傷を出してしまえば戦争は本格的にならざるを得ませんし、外から来て己の力量も知らず威張ってる連中に灸をすえる狙いもあったかもしれませんな」

「敵わないわね」

 

 相手に貸しを作ったはずが、同時にこちらにとっての貸しにもなっている。これでは試合に勝って勝負に負けたようなものだ。長らく辺境の平穏を守ってきた男たちの深慮に、フリューラは嘆息する。

 

 ともあれ事態は終息し、あとは数日かけて諸々の事後処理という後始末を片付けていくばかりだ。

 騎士たちへの報酬や怪我人への対応、破損や磨耗した装備の整備など、やることも考えることも沢山ある。

 次々とふたりの間で交わされる戦後処理についての議論を書記の男が書き留めるペンの音が途切れると、静かながら勝利の余韻に満ちた室内に、ふう、と溜め息がこぼれ落ちた。

  

「ともあれ、思っていた以上にスムーズに終われてよかったわ。貴方のおかげね」

「経験値の違いに過ぎません。団長の判断あってのことです」


 フリューラは素直な感謝を口にしたのだが、対するシュトヴァールは騎士の姿勢を堅く保ったままだ。フリューラは片眉を跳ねさせてじっと厳つい目を見つめる。

 

「貴方がいなければ、死者も無しなんてありえなかったわよ」


 実際、あのような軽装備での突撃を成功させ、相手への死者を出さず制圧できたのはシュトヴァールの采配あってのことだ。しかし、シュトヴァールは飄々と首を振った。

 

「指揮についてはそうでしょうな。しかし、戦は始まる前までが勝負と申します」

「もう。お礼ぐらい素直に受け取ってよ」


 ぷくっと赤い頬を膨らませる表情は少女のようだから困る。いや、確かに年の頃はまだ少女ではあるのだが、実際のところ負けん気が強くて時に豪胆な、大人顔負けの女領主でもあるのだ。

 肌の白さや手足の細さも合間って、黙っていれば儚げにも見える容姿をしているだけに、これに騙される男は大変だな、とシュトヴァールは思う。

 そんなシュトヴァールの内心をよそに、フリューラはさっさと表情を切り替えてパンっと手を叩いた。


「さ、宴の準備をしましょう。料理長へ連絡を。今日は肉を多めに頼むわ。酒樽も倉庫からあるだけ出してしまってちょうだい」


 楽しげな声に、従者たちが慌ただしく散っていく。もしかしたら厨房は本日の自分たち以上に忙しくなるのではあるまいかとシュトヴァールは軽く同情する。

 

「よろしいので?」

「労うのは責任者の仕事でしょう?」


 普段なら質実剛健、節約節約、と財布の紐の硬い領主の大盤振る舞いだ。念のため尋ねたシュトヴァールに、フリューラはにっこりと笑う。


「忘れてるかもしれないけれど、今日はわたしの成人の日でもあるのよ。そんなの、飲まなきゃおかしいじゃないの」


 きらりと目を輝かせるその顔は明らかに「既に酒を知っている」もので、これはもしや大変な飲兵衛ではなかろうかと察したシュトヴァールは肩をすくめた。


「お付き合い致しましょう」

「今夜は寝かせないわよ?」


 冗談めかしながら挑戦的に見上げてくる夕焼け色の目は、獲物を狙う鷹のように凛々しく、シュトヴァールは今度こそ口を開けて笑い声をあげる。

 

 

 平穏平坦な、地味な戦いの賑やかな結末であった。



 

 おわり

 


せっかくの企画参加なので、選考対象の15,000文字ジャストを狙ってみました。(ほんのりオーバーしましたが)


よろしければ評価&感想お願いいたします


ちなみに、騎士目線の話なので敢えて描写したりはしませんでしたが双方の騎士団には当然騎士以外の人たちが倍以上いる大所帯です。

また、どうでもいい余談ですが、好青年風のオルケイユのほうが、厳つい面のシュトヴァールより年上です。

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