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戻る場所は、もうない

 王都からの使者が到着したのは、昼下がりだった。


 門番が知らせに来たとき、リリアは庭で書類を整理していた。

 風に揺れる木々の音が、やけに遠く感じられる。


「……分かりました。すぐに向かいます」


 声は、思ったより落ち着いていた。


 応接室には、既に二人の使者が待っていた。

 王家の紋章を刻んだ外套。

 見慣れたはずの意匠が、今はひどくよそよそしい。


「リリア・アルヴェーン殿」


 年嵩の男が、形式ばった口調で名を呼ぶ。


「王太子殿下より、正式な召還命令である」


 ――来たか。


 胸の奥が、ひやりと冷える。

 だが、驚きはなかった。

 いつかは来ると分かっていた。


「内容を」


 淡々と促すと、男は一瞬だけ戸惑った顔をした。

 追放された女が、ここまで冷静でいるとは思っていなかったのだろう。


「……王都に戻り、王家直属の魔術顧問として復職せよとのことだ」


「条件は?」


 即座に問い返す。


「名誉の回復。婚約破棄は“誤解”として扱われる。

 アルヴェーン公爵家への処分も撤回される」


 美辞麗句。

 あまりに整いすぎていて、吐き気すら覚える。


「聖女ミレイア殿との確執も、誤解として公に説明される予定だ」


 ――誤解。


 リリアは、ゆっくりと息を吐いた。


「つまり、すべてなかったことにする、と」


「そういうことになる」


 男は頷く。


「殿下も、貴女の力が必要だとおっしゃっている」


 その言葉に、胸が僅かに痛んだ。


 必要。

 また、その言葉。


 だが以前とは違う。

 王都で使われていた“必要”は、都合のいい駒という意味だった。


「……回答の猶予は」


「三日だ」


 リリアは目を伏せる。


 三日も要らない。

 答えは、もう出ていた。


「分かりました。検討します」


 それだけ告げると、使者は満足そうに頷いた。


「では、三日後に返答を」


 扉が閉まり、応接室に静けさが戻る。


 リリアは、その場に立ち尽くした。


 ――戻れる。


 地位も、名誉も、家も。

 何も失わなかったことにできる。


 けれど。


「……不思議ですね」


 小さく、独り言が漏れた。


 心が、まったく動かない。


 王都の景色を思い浮かべても、胸は冷えたままだ。

 華やかな舞踏会も、褒め称えられる言葉も、もう遠い。


 代わりに浮かぶのは――

 静かな廊下。

 書類に差し出される紅茶。

 何も言わず、環境だけを整える一人の男。


 ――私は、もう戻れない。


 その日の夕方、カイエルがリリアを呼んだ。


 執務室。

 窓から差す夕陽が、机を赤く染めている。


「使者が来たと聞いた」


「……はい」


「王都からか」


「ええ」


 短い沈黙。


「内容は」


 隠す理由はなかった。


 リリアは、すべてを話した。

 召還。

 名誉回復。

 “なかったこと”にされる過去。


 話し終えたあと、胸が少し軽くなった。


 カイエルは、すぐには口を開かなかった。

 ただ、じっと考え込む。


「……戻るのか」


 問いは短い。

 だが、その一言に、彼の立場と覚悟が滲んでいる。


 領主として、彼は引き止める理由を持たない。

 それを分かっているからこそ、胸が痛む。


 リリアは、ゆっくりと首を横に振った。


「戻りません」


 自分でも驚くほど、迷いのない声だった。


「私は、王都で“必要”とされていただけです」


 一歩、踏み出す。


「でも、ここでは――」


 言葉が、少し詰まる。


「……私は、私として扱われました」


 評価され、疑われず、

 何より、守られる理由を説明されなかった。


「それを、手放す気はありません」


 沈黙が落ちる。


 カイエルは、じっと彼女を見つめていた。

 感情を探るように。

 それでいて、踏み込まない距離を保ったまま。


「……そうか」


 やがて、静かに言う。


「決断は、尊重する」


 それだけ。


 引き止めない。

 説得しない。


 その態度が、胸を締め付ける。


「ただし」


 彼は続けた。


「王都は、簡単には引き下がらない」


「分かっています」


「圧も、危険も増す」


「……それでも」


 リリアは顔を上げ、彼を見た。


「私は、ここにいます」


 その言葉に、カイエルの目がわずかに揺れた。


 だが彼は、何も言わない。


 夜、部屋に戻り、リリアは一人で窓の外を見た。

 辺境の夜空は広く、星が近い。


 ――私は、選んだ。


 失ったものを取り戻す道ではなく、

 新しく得た居場所を守る道を。


 それが、正しいかどうかは分からない。

 けれど、後悔はしていない。


 王都から差し伸べられた手を、

 静かに、しかし確かに拒んだ夜。


 リリアは知らなかった。


 この決断が、

 あの氷の公爵に、どれほど大きな覚悟を促したのかを。


 物語は、静かに最終局面へと向かっていく。


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