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辺境公爵邸にて

 馬車が止まったのは、夜明け前だった。


 扉が開いた瞬間、冷たい空気が流れ込む。

 だが王都のそれとは違う。刺すような冷たさではなく、澄んだ静けさを伴った夜気だ。


「到着だ」


 カイエルの声に、リリアは外を見た。


 辺境公爵邸は、想像していたよりもずっと落ち着いた佇まいだった。

 城、というより要塞に近い。だが威圧感はなく、長い年月ここに立ち続けてきた石の重みだけがある。


「……思ったより、静かですね」


「辺境だからな。余計なものはない」


 それは屋敷だけでなく、彼自身にも当てはまる言葉だった。


 迎えに出てきた使用人たちは、深々と頭を下げる。

 そこに好奇や軽蔑の視線はない。ただ、当然のような礼節だけがあった。


「客人だ。部屋を用意してある」


 その一言で、彼らは何も聞かない。


 ――詮索されない。


 それだけで、胸の奥が少し緩んだ。


 通された部屋は、必要十分だった。

 豪奢ではないが、清潔で、整っている。窓辺には小さな机があり、書き物ができるようになっていた。


「……私には、もったいないほどです」


 そう言うと、カイエルは首を横に振る。


「君は、扱いが軽すぎた」


 淡々とした言い方だった。

 だが、それがかえって胸に刺さる。


「しばらく、ここで休め。王都での件は、すぐには動かない」


「……はい」


 返事をしながら、リリアは思った。


 ――本当に、私はここにいていいのだろうか。


 夜が明ける前、扉が静かに閉じられる。

 一人になった途端、足から力が抜け、ベッドに腰を下ろした。


 追放された。

 すべてを失った。


 そう理解しているのに、涙は出なかった。


 代わりに浮かんだのは、馬車の中で聞いた言葉。


 《君が無能なら、この国は十年前に滅んでいる》


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 ――ずるい。


 そう思いながら、リリアは初めて、この夜を眠って迎えた。

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