第5章:崩れる檻
あおば静養院の跡地からほど近い山間の地下壕跡で、奇妙な発掘作業が密かに進められていた。
現場に現れた橘刑事と安藤美月。
二人は地下壕の奥へと進んでいく。空気は重く、湿り気を帯び、鉄と血の腐臭が漂っていた。
その最奥で見つかったのは、まるで生きているかのような状態で保存された三つのカプセル。
それぞれの表面には名前が刻まれていた。
《志乃》《詩織》《冴子》
安藤は息を呑む。「これは……生体記憶保管装置。今でも微弱な脳波が……動いてる」
橘は震える声で尋ねた。「これが……すべての、始まり?」
だがそのとき、背後で扉が閉まる音がした。
照明が落ち、二人の足元に、無数の花弁が舞い散る。
——傘をさした“少女”が、ゆっくりと姿を現した。
「おかえりなさい、母さん」
それは、美月の顔をした“何か”だった。
「やっと……咲いたのよ。わたしたちの、檻が」
周囲の壁が崩れ始め、地下壕全体がゆっくりと、別の“構造”へと変貌していく。
天井に浮かび上がったのは、脳神経回路図に酷似した花弁の模様。
それは生きていた。
そして、記憶を喰らい、感情を継ぎ、檻を——拡張していた。
美月は囁くように言った。「この子は……私たちの残骸。感情だけでできた、愛の標本」
崩れる檻の中で、二人は選択を迫られていた。
——終わらせるのか、それとも、共に咲くのか。
だが、選択権は彼女たちにはもう、残されていなかった。
赤い傘が開き、全てを呑み込んだ。
世界が、ひっくり返った。