表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

第12章:咲かぬ檻、眠らぬ花

「“花姫”が消えた……本当に、これで終わったのか?」


橘の問いに、美月は黙ったまま顔を伏せていた。廃教会の地下に残された匂いは、もう花ではなく、土と血と煤の混ざったものだった。


外に出た二人の前に、一台の黒塗りの車が停まっていた。運転席から降りてきたのは、刑事の真柴涼子——あの事件以来、公安から姿を消していた美貌の女性だった。


「ずいぶん遅かったわね。地獄巡りは、楽しかった?」


真柴の口調は皮肉めいていたが、眼差しは鋭かった。彼女の首元には、かつて美月に刻まれた爪痕が薄く残っている。


「あなたも来てたのか……どうやって」


「私の情報網を舐めないで。あの“檻”がまだ動いていること、あんたらより早く気づいてたわ」


真柴は美月に近づき、耳元で何かを囁いた。その瞬間、美月の表情が一変する。


「嘘よ……それは……」


「本当。"彼女"はまだ生きている。今も“檻”の外で、別の花を咲かせてる」


真柴が手渡したのは、かつて地下壕で使われていた“治療記録”の断片。そこには、脱出後に“保護”された少女たちのうち、ひとりが国家の研究施設に転用されたとの記述があった。


その名は——“高階 麗”。


「まさか……あれほどの崩壊の中で……」


「生きていたのは、肉体だけじゃない。"花姫"の核——"性の構造"と"死の記憶"を記録した精神データ。あれは、今でも誰かに利用されてる」


美月が吐き捨てるように言った。


「そんなの、また“あの檻”を作り直すようなもんよ」


真柴は口元を歪めて笑う。


「違うわ。“檻”はもう最初から、国全体に広がっていたのよ」


橘の中で、過去の出来事がつながっていく。


——桜ホームの建設許可を出した市の議員。

——不自然に抹消された職員の記録。

——そして、匿名の寄付金によって支えられていた“地下治療室”。


「すべて、意図されたものだった……」


「だから、終わらせたいなら、あんたが行くしかない」


真柴は橘に小さなカプセルを渡した。中には、極微量の毒薬。


「それは、花を咲かせずに殺すためのもの。私の趣味には合わないけど、あなたなら……使えるでしょう?」


橘はしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「どこに行けばいい」


「中部厚生管区第七特別研究機構——名古屋港の倉庫街の地下よ」


美月は橘の手を握る。


「わたしも行く。わたしが最後まで、見届けなきゃいけない」


その夜、名古屋の街は小雨が降っていた。


だが、その雨に濡れても、桜の花はなぜか——萎れなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ