第1章:再び開く扉
風が吹くたび、山中の静養院に花の香りが流れ込んでくる。白いワンピースの少女は、中庭でゆっくりと傘を回していた。
真っ赤な傘。その内側には、びっしりと名前が書かれている——詩織、志乃、冴子。
傘の影に隠れて微笑む少女の瞳は、ひどく冷たく、そして燃えていた。
「新しい檻は、きれいなほうがいいよね」
誰に向けたとも知れぬその呟きと共に、再び悲劇の輪が動き出す——。
名古屋市内、旧・桜ホーム跡地。鉄柵の一部が撤去され、何かの工事が始まっていた。
橘刑事は、その様子を遠巻きに眺めながら、手帳を片手に立ち尽くしていた。数ヶ月前、あの場所で明かされた忌まわしい真実と向き合った彼女の中には、未だ消えぬ疑念が残っていた。
なぜ、すべては終わったように見えても、あの電話がかかってきたのか。
なぜ、冴子の“声”が、未だに生きているように響いたのか。
橘はもう一度、手帳の中のメモを見返す。《あおば静養院》。
だがそこには、すでに誰もいなかった。
閉鎖されていた。わずか一月の運営期間で、不可解な事件と共に消えたのだ。
施設の関係者は口を閉ざし、記録も曖昧。まるで、最初から存在しなかったように。
「彼女はどこへ……?」
再び始まった謎。
それは、過去と現在を繋ぐ、罪と愛の迷宮だった。