逆ハー狙いですか?いえ、違います
「殿下ぁー!」
異世界から召喚されたという聖女が、わたくしの婚約者に甘い声を出して駆け寄ります。
殿下も殿下ですわ! でれでれ鼻の下を伸ばして。施政者としての誇りはないのですか!?
わたくしはその姿を視界に入れないように、ふん、と、横を向いた瞬間、強烈な頭痛が。
「フェリシア様!?」
「どうなさったのですか!??」
「な、なんでもございませんのよ」
微笑みを浮かべるわたくしの脳内には、前世というものが止め処なく流れ込んできました。
「……ヒロイン? 悪役令嬢?」
わたくしが呟いていると、いつのまにか救護室へと運ばれていました。高位の令嬢として恥ずかしいですわ。
「大丈夫か? フェリシア」
「まぁ、殿下。心配なさらなくても、民との交流を図っていればよろしいですのに」
わたくしの言葉に、少し顔色を悪くした殿下。
「彼女は、その、友人だ!」
「ご友人とお手を握り合うなんて……はしたないこと」
「フェリシア!」
声を荒げる殿下を救護室の教師が止めます。
「フェリシア嬢は、お倒れになったところです。お引き取りを」
「ふん。可愛くない女だ」
そう言って出ていく殿下。もう、わたくしたちの婚約は終わりかしら……。
婚約が終わり? あんな顔だけクソ男と結婚しなくていい? あら、意外と素敵なことではなくて?
前世の価値観を取得したわたくしは、うきうきと婚約解消後の生活に想いを馳せます。
「お父様はうまいこと言いくるめましょう。そうして、傷心を理由に各国に旅に出るのもいいかもしれませんわ。美味しいものもたくさん食べたいです……それに、」
そう言って聖力を高め、聖獣を出現させます。
「この子と一緒なら寂しくありませんわ」
「きゅ?」
「フェリシア! 前に出てこい!」
前世の物語で、婚約破棄を言いつけていた夜会。聖女の取り巻きと化した高位貴族の令息たちが、わたくしをはじめとする婚約者を呼び出します。
呼ばれたわたくしたちは、扇で顔を隠しながら、ホールの中心に集まりましたわ。
「わたくしたちをお呼びになって、何か御用ですの?」
代表して、わたくしが声を上げます。
「フェリシア! 嫉妬に狂い聖女を害した悪女! お前との婚約を破棄する! そして、」
「お言葉ですが!」
不敬ではございますが、殿下の言葉を遮り、扇を閉じます。
「わたくしと殿下、そして皆様の婚約はすでに解消されていましてよ? ふふ、皆様、お聞きになりました? 嫉妬ですって。政略で結ばれた元婚約者に嫉妬? 面白いことをおっしゃいますわね?」
「な!?」
絶句する元婚約者たちを鼻で笑い、わたくしたちは盛り上がります。
「愛されていると勘違いなさったのかしら?」
「もうわたくしたちは、新しい婚約者と親交を深めておりますのに」
「ふふ、ご自身の婚約解消の情報も入手できないなんて、貴族として終わっていますわね」
「聖女様への嫌がらせ、でしたっけ? 偏見に囚われず、別のところを洗ってみたらいかがですの?」
皆様とふふふと笑いあい、荷物を持ち上げます。
「な、なんだその大量の荷物は?」
「婚約解消と新たな素晴らしい婚約のお祝いに、皆様と旅に出るところでしたの。では、ごきげんよう」
そう言って、言葉を失っている元婚約者たちを尻目に、皆で聖獣を出現させます。
「では、参りま」
「あああああー!!!」
皆様と微笑みあっていたら、淑女らしからぬ声を上げた聖女様が、美しいスライディング土下座でわたくしの足元に滑り込んでいらっしゃいました。
……そのドレス姿で器用ですわね。
「お、お姉さま!!!」
「お姉さま?」
「せ、聖獣様を触らせてください!」
はぁはぁしながら、聖獣に手を伸ばすその姿。とても気持ちが悪くて、思わずお断り申し上げました。
「お断りいたしますわ。その、聖獣も嫌がっておりますもの」
「少しだけ、少しだけでいいですからぁ!! 異世界転移させられて、異世界では逆ハーエンドを実現すると聖女が手に入れられる聖獣様! あのもふもふした美しい容姿! 絶対素晴らしい触り心地だと思い、それだけを願って逆ハーエンドを実現させました!! それでもなぜか出現しない!! 神様! 仏様! 女神様! 私に聖獣様をぉぉ!!」
涎が垂れそうな勢いの聖女様に、全員ドン引きです。
「せ、聖獣といっても、特に力もなく、少しもふもふしているだけだぞ?」
殿下が聖女様に問いかけます。血走った目で振り返った聖女様が続けるのです。
「それがいいのではありませんか! もふもふした身体、たまに反抗的に噛み付いたりしてくるところ、言葉が通じないながらの愛らしい意思表示! あぁ、もふりたい! もふりたい! もふりたくてたまらない! 禁断症状がぁぁぁぁ!」
「……少しばかり、撫でさせてくれないか?」
「……聖獣様が怯えておりますので、お断りいたしますわ」
「そんなぁぁぁぁ!? 謝るから! 全員返すから!! お願いしますぅ!!!」
「そ、そんな顔だけの男たち、いりませんわ!」
「私も聖獣様を手に入れるために仕方なく近寄っただけです! 聖獣様さえいればいりません!!」
聖獣というだけあって、個人との契約です。王家といえども聖獣を奪い取ることはできません。
「……いらない……」
ダメージを受けている元婚約者たちを放って、手をわきわきとしながら、聖女様が近寄ってきます。
「少しだけ、少しだけですから」
「嫌がっておりますわ!」
「聖獣様が愛おしすぎて、密林の森の虎たちを愛でようと森まで行ったんですぅ!!! でも、虎たちが尻尾を丸めて逃げて行ってしまったので、私のもふもふは補給されてなかったんですぅぅう!! 欠乏! 死ぬ! 聖女が死にますよ!?」
「ご安心なさって? その程度で人は死にませんわ」
「せめて、旅行についていかせてくださいー! 聖獣様の残り香を嗅ぐだけでいいんですー!!」
「気持ち悪いですわ!」
密林の森の虎……確かS級の魔物で、S級冒険者5人がかりでやっと動きを抑え込めるという……尻尾を丸めて逃げて行った……彼女の適性は聖女ではなく、冒険者でなくて?
結局、元婚約者たちは聖女様に捨てられ、貴族らしからぬ汚点のために廃嫡とされました。そして、聖女様はなぜかわたくしたちの旅についてきて、使用人をしております。
「うへへへへ、聖獣様」
「聖獣が怯えているから、もう3m離れてください」
「香ります、聖獣様の麗しき香りが……!」
「それ、わたくしの香水の香りでなくて?」