第一章 挿話 オルトニプス 驕傲 倨傲 傲岸 -下-
「ルナ、大人達に説得、説諭、切言するにはどうしたら良いと思う?あれから僕が何度か試みたけど一部の大人は馬鹿馬鹿しいって相手にしてくれないんだ。」
「あ、まーた変な言葉使ってる。あのね〜確かにもう少し大人になったら考えてあげるって言ったけど。形から入ってもダメなものはダメよ。」
いつもの海蝕洞にて楽しそうな女性の声が響いてくる。そこには、以前とは見違う程身長も顔付きも大人の男性に近付いたオルトニプスと、オルトニプスとは対照的に時でも止まっているかのように錯覚する程全く変わらない容姿のルナが談笑していた。
あれから1年と数ヶ月の月日が経ちオルトニプスの2回目の誕生日を迎えようとしていた。所謂16歳、この世界での成人である。
「にしても人間ってほんとに成長するのが早いのね〜、ついこの間までこ〜んなちっちゃくて可愛かったのに。」
ルナは地面より数センチ上の所で手をかざしながら懐かしむ様に話す。
「ルナ、また話がズレてるよ。直ぐ話が脱線するんだから。あと僕はそんな豆粒みたいに小さくないです。」
「オルのせっかち、私は話がズレてるのではなくて話題の幅を増やしてるのです〜」
唇を尖らせながら抗議する様に両手をあげている。
まるで屁理屈を言う子供みたいである。
「子韜晦の話でしょ?ちゃんと聞いてるわよ。全く困ったものね、大人は考えが凝り固まってるもの。」
オルトニプスの父親は村の教会を運営しているという事もあり。オルトニプスの提案に快く了承をしてくれた。そのおかげもあり村の子供達は耐性スキルを獲得し子韜晦は自然消滅していった。
しかし問題は村の大人達。特に男衆はハナから風邪だと決めつけており聞く耳を持たなかった。結果一部の大人達は未だに耐性スキルのレベルが変わっていない状態なのだ。
「せめて感染しているのかどうかさえ分かれば良いんだけど...村に鑑定スキル持ちなんていないんだよね。」
-鑑定士は子供が産まれた際に外部から呼ぶ事はあるけど、常に在住しているわけではないんだよね。それにルナの話によると僕を鑑定してくれた人はスキルランクが低いんだっけかな?
「あーあ、自分の状態くらい簡単に把握出来たらいいのに。」
「そんな事できるのは魂の格が高いものだけができる『転生者』か、神様や天使様によって異世界から呼び出される『転移者』、後は人間の禁忌の術によって強制的に異世界から呼び出される『召喚者』の称号を持つものだけよ。」
「ルナってほんとに物知りだね、そんな事まで知ってるの?」
「長生きしてるだけあってね、とにかく今の私達に出来る事は全部したわ。後はどうも出来ないわよ。」
「うーん...感染してるか確認する為にルナに鑑定して貰うのはどう?」
「力になってあげたいけど前にも言った通り、私は人間の前に姿を見せちゃいけないの。オル以外はね。」
「ううん、僕の方こそごめん。ルナに教えて貰わなきゃ今頃大変な事になってたもんね。十分だよ、じゃなくてです。」
「ふふっ、さっきも言ったけど自然体でいいのよ。」
「ぼ、僕は常に自然体だけど!!」
先程からオルトニプスがおかしな口調になっているのは、実は先日オルトニプスがルナに告白をしたからだ。だが、「もう少し大人になってからね。」とあっさり振られてからというものオルトニプスの想像する大人像から口調や立ち振舞いを意識しているそうだ。
「ふふっ。面白い人...私も人間だったら」
「何か言った?」
「いいえ、何も?」
実の所振った理由は別にあるのだ。
それは歳の差でもなく、性格や顔などでもない。
種族の違いである。人魚は老化しない生物であり、特段大きな怪我や病気にかからない限り永遠を生きる生物である。種族の違う2人が結ばれたとしても待っているのは一方的な永遠の別れだろう。
「僕は本気だからね。ルナの事が好きなんだ。」
嵐の夜、死を覚悟した瞬間助けてくれた命の恩人に一目惚れをしてしまったのだ。その美貌と無邪気な性格、人としても魅力的なルナに恋をするのは自然な成り行きである。
「そうだ!明日の誕生日、僕が成人する日にルナに見せたい物があるんだ!楽しみにしてて!」
「え、えぇ楽しみにしてるわ。あー何だか今日は疲れちゃったみたいまた明日ね。」
そう言いながらオルトニプスの返事も待たず、顔を隠しながら急ぐように海へと潜っていった。
-ちょっとは照れてくれたみたい...へへっ可愛いなぁ
明日は急いであれを取りに行かないとね!
オルトニプスは顔をニヤつかせながら家路へと迎う。
「ハァッハァッ...思った以上に遠いんだな...ちょっと山を登ればすぐに咲いてるもんだと思ってたよ...まさかこんなにもかかるだなんて。」
オルトニプスは成人になって直ぐにあるモノを探しに村の近くの山に登っていた。
予想よりも時間が掛かってしまい太陽は既に真上に登ってきている。
「おっかしいなぁ...前父さんと来た時はここら辺に咲いてたはずなのになぁ?」
成人になるまでは1人で村の外に出る事は禁止されている。その為、前回は父親と共に遠出した時に目的のものを見つけたのである。しかし、それも昔の話。うろ覚えの知識と環境の変化もありなかなか見付けられずにいる。
-村の外には魔物も出るみたいだし、早く見付けないと...
ひたすら登っていき、小山の頂上に辿り着いた時そこには
「凄い...」
辺り一面には澄んだ青い花色で凛として咲いているデルフィニウムの花畑があった。
2年前のあの日、ルナの本当の姿を見て真っ先に想像したのがこのデルフィニウムである。流線型の形や澄んだ青色、つぼみの形がとてもよく似ていたのだ。
2年前に交わした約束をオルトニプスは忘れていなかったのだ。
「ルナにもこの景色見せてあげたいな...」
デルフィニウムの花畑と山の頂上から見下ろす景色はとても幻想的で見惚れてしまう程である。
「こうしてられない!行きでこんだけ時間が掛かったんだ、帰る頃には日が暮れちゃうよ!」
太陽の位置的に正午を過ぎているのは明らかであり、我に返り急いで、しかし花を摘む際は丁寧に採取をし白いハンカチに包みポシェットへ入れると来た道を振り返る。すると...
「え?...」
村からは幾つもの黒い煙が立ち昇っていた。
時は遡り数刻前事件は起きた。
ある1人の男性が広場へと向かっていた、その足取りは不安定で壁や障害物に当たって転げてはふらりと立ち上がり足元が覚束ない。
「あ、あの!大丈夫ですか?さっきからふらついてますけど...ひぃっ!!」
体調が悪いのかと心配した善良な女性が話し掛けた、振り返った男性の顔にはまるで生気がなく身体中に黒い血管が浮かび上がっていた。
「あぁ痛い...全身がいてぇよぉ...力が入らない。スキルも使えない。何だよこれぇ!タ、タッタスケテクレヨォ!!!」
「きゃっーーーーーーーー!!!」
突然その男性は正気を失った様に女性の首元に噛み付いた。
その傷口から黒い蔦の様なものが全身に絡まり付いて一気に広がっていく。ドクンッドクンッと脈打つ度に全身に倦怠感と身体中が締め付けられるような酷い痛みに支配されていく。
「あ、あ、あぁ...何よこれ?どうなっているのよ。イタイイタイイタイイタイぃ」
「だ、誰か!!!神父様と司祭様を!!」
一気に村中は阿鼻叫喚の嵐だ。近くにいた家からも悲鳴が聞こえ、中から人が出ていく。
この男だけでなく村中に黒い血管を浮き上がらせた者が暴れ回っている様だ。1人また1人とまるで寄生虫が次の宿主を探す様に感染していく。さらに、誰かが調理中にも関わらず火を消さずに逃げたのであろう火事になり黒い煙が立ち昇っていく。
「何事ですか?!どうしましたか?!」
「あぁ、神父様!!おいらの嫁が噛まれて、それで、えぇっと全身に黒い蔦が、、あ、全身が痛いってそれであのど、ど、どうすればええだぁ?!嫁さ、おらの嫁さ助けてくんれ!!」
「落ち着いて下さい!直ぐに回復魔法を掛けます!」
オルの父親が詠唱を唱える。
「ーーーーーーーーーッ。『ヒール』!!!これできっと!!」
「あぁイタイイタイイタイ!苦しい、いたい、ぐ、る゛じぃ」
「な!?どうして??」
回復魔法は確かに対象に掛かったが、全く効き目はないようだ。
「神父様?!どういう事だぁ??嫁は!ちっともなおってな..ん....か...?!あーそういうことだべか?だいたいおかしいと思ってたんだぁ。あんたんとこの息子さがコソコソコソコソッ海さむかっていぐとこなん度もみてたんだぁ。おらの嫁にも『いのり』?だ怪しい事やりあって。おめぇらが仕組んだことだっぺ!」
豹変した様に村人の態度がおかしい...言葉も所々カタコトだ。カリカリカリッと顔や腕も掻きむしっていく。
「ま、待って下さい!『祈り』スキルは決してそんなスキルじゃ...急にどうしたんですか?貴方はこんな事言う人じゃ!」
村のコミュニティは狭い、村人全てと面識もありみんな穏やかな性格なのだ。それなのに何処かおかしい。
「オメェらが!!ゆるざねぇ!...」
すると顔に薄っすらと黒い血管が浮かび上がっていく。そして村人は爪を立て神父に飛び掛かった。
「な!やめて下さい!!」
身を捻り、ギリギリの所で回避する。
「仕方ありません、少々手荒ですが拘束させて頂きます。」
杖を構え直し再び詠唱を唱える。
「ーーーーーーッ。『ホーリーバインド』!」
光の拘束魔法で暴徒化したものを取り押さえる。
「ハァッハァッ一先ずこの状況を鎮圧させなければ...」
「くるぢぃ、いたいいたいッやめてぇ。しめつけ...られ...アァ..!?」
拘束した男性がさらに悲鳴をあげる。
「安心してください、この魔法はダメージは一切ないはずですか...『パァンッ!!!!!』」
その男性は割れた。
膨らませた風船が圧力を加えて割れる様に。
男性だったそれは目の前で全身から血を噴き出し、黒く濁った血を辺り一面に撒き散らしたのであった。
「なに...これ...?」
オルトニプスが村へ着いた頃。
地獄絵図が広がっていた。
村中に火が立ち上り、黒い液体が飛び散り、肉片のようなものが各地に散らばっている。
黒い液体が付着した草木はまるで生気を抜かれたかのように萎れ枯れてしまっている。
「ねぇ、、、冗談だよね?みんな...父さん!!!?」
悪い予感が頭をよぎり教会へと足がもつれながらも急いでかけていく。
「父さん...!?」
「オル..トニプス...」
そこにはあられもない姿の父親の姿があった。
黒い液体を全身に浴びており、濡れている部分は黒く変色を起こしまるで腐敗しているかのようだ。
口からは大量に吐血をし、血管は裂けている。
父の胸は荒い息を刻み、その度に血がどくどくと溢れていた。
オルトニプスは父に近寄り必死に布を押し当てるが、その血の色は瞬く間に広がっていく。
「父さん……! まだ死なないで……お願いだから……!」
握る手は震え、涙が止まらない。
子どもの頃から強く優しかった父が、いまは壊れ物のように弱々しい。
その姿が恐ろしく、胸を引き裂かれるように痛む。
「どうすれば……僕には、どうすればいいんだ……」
父の子に産まれたにも関わらず回復の術も持たない己を呪いながら、彼は歯を食いしばる。
父の目が薄く開き、かすかな声が漏れた。
「……オル……泣くな……生きろ……」
「嫌だ!生きろって言うのは父さんだ……父さんに生きてほしいんだ!」
必死の叫びとともに、彼の脳裏に浮かんだのは一人の少女――ルナ。
禁忌と恐れられる存在、しかし唯一“力”を持つ者。
オルトニプスは父の血で濡れた手を握り締め、決意を固める。
「僕が、いや俺が……父さんを助ける。ルナに頼めば……きっと……」
オルトニプスは血に染まった父の手を最後にもう一度強く握りしめた。
迷っている時間はない、父の命の灯は今にも消えようとしている。
彼は震える膝で立ち上がり、夜の森へと駆け出した。
冷たい夜風が頬を打ち、木々の枝が容赦なく顔や腕をかすめる。
それでも足を止めることはできなかった。
頭の中はただ一人の名で埋め尽くされている。
――ルナ。
彼女の力があれば、きっと父を救える。
オルトニプスにとって彼女は希望そのものだった。
息が切れ、胸が焼けるように痛んでも、彼は走る。
背後では、かすかに人々の足音が重なっていた。
それが自分を追っているものだとは、この時の彼はまだ気づいていなかった。
荒波の音が響く浜辺。
月明かりに照らされた洞窟の中、ルナは静かに岩場に腰掛けていた。
薄い水膜のような光が彼女を包み込み、まるで海そのものが彼女を守っているかのようだった。
「……ルナ!」
砂を蹴り、血に染まった姿のままオルトニプスが洞窟へ飛び込んだ。
彼の声に気づき、ルナは驚き目を見開く。
「オルトニプス……! その血……一体どうしたの?」
「父さんが……父さんが死にかけてるんだ! 頼む、君の力で助けてほしい!」
荒い息とともに必死に叫ぶ少年。
ルナは胸を押さえ、迷いの表情を浮かべた。
これほどの血の量、恐らく少年の父はもう...だが、目の前の少年の瞳に宿る真摯な願いを見て彼女は期待に応えたいと思った。
唯一の助ける手段...それは彼女の死を意味する。
それでも...
「……あなたのためなら、わたしは――」
言いかけたその時。
洞窟の入口から複数の松明の光が差し込み、荒々しい声が響いた。
「やはりここだべか!いつもコソコソ海岸に向かうのをおら達みてたんだべ!何だか怪しいなと思ってたんだべ!ようやく人魚を見つけたぞ!」
「おめぉ1人だけ生き残ろうなんてガキが舐めるでねぇべさ!さぁさっさと血と肉をよこせ!そうすればオラたちは助かるんだ!」
足音が岩肌に反響し、村人たちが雪崩れ込んでくる。
その目は恐怖と欲望に濁り切り、ルナを見た瞬間、彼女を人ではなく“資源”として見定めていた。
オルトニプスは愕然と振り返り、怒りに声を震わせた。
「やめろ!! 彼女は父を助けてくれるんだ!どうして……どうしてそんなことを!」
松明の炎が洞窟の壁を赤く揺らし、刃が光を反射する。
村人たちが叫び声を上げながら一斉に踏み込んでくる。
「やめろ……ルナに手を出すな!!」
オルトニプスは両腕を広げ、彼女を背に隠すように立ちはだかった。
しかし群衆の狂気は止まらない。刃が振り下ろされ、鋭い痛みが少年の胸を貫いた。
「――っ……!」
鮮血が飛び散り、洞窟の床に赤い染みが広がる。
ルナの悲鳴がこだまする中、オルトニプスは崩れ落ちそうな身体を必死に支えた。
「オルトニプス!!」
彼女の声が遠くに聞こえる。
だが彼の唇はわずかに笑みを浮かべ、震える手を胸ポケットへと伸ばした。
そこから取り出したのは、真っ白なハンカチ。
その中には、丁寧に包まれた小さなデルフィニウムの花が包まれていた。
血で濡れた指先でそれを差し出し、彼はかすれた声で囁く。
「……ルナ……愛してる……だから……これを……」
その手は彼女の掌へと花を託し、力なく落ちていく。
次の瞬間、彼の膝が崩れ、血に染まりながら彼女の腕の中へ沈んだ。
「いやっ……! オルトニプス、やめて……お願い、目を開けて!」
ルナの腕の中で、オルトニプスの体は力なく沈んでいた。震える声で彼を呼び続けた。
しかし彼の瞳はすでに閉ざされ、返事はなかった。
その掌には、彼が最後に差し出した白いハンカチとデルフィニウムの花が残されている。
血で濡れた花びらは儚くも鮮やかに光り、彼の想いを託すかのようだった。
「どうして……どうしてあなた達は……!」
涙で歪んだ顔を上げたルナの瞳は、怒りに燃え上がり紅く染まる。
その瞬間、洞窟全体に海潮の匂いと轟音が満ちた。
岩肌が震え、波が洞窟の奥へと逆巻き、異様な圧力が空気を押し潰す。
「彼は……ただ父を助けたいだけだったのに!
あなた達は、自分の命欲しさに……彼を殺した!」
村人たちの顔に恐怖が走る。
だが逃げ出す間もなく、海から迸る水流が鞭のように叩きつけられ、一人、また一人と血に染まっていく。
鋭い鱗が無数の刃となり、叫び声とともに肉を裂き、岩壁を赤く染めた。
「返して……オルトニプスを返してぇぇぇっ!」
絶叫は嵐の咆哮となり、洞窟を揺るがす。
恐怖に駆られた村人たちは次々と水に呑まれ、息絶えた。
やがて残るのは、静まり返った洞窟と、夥しい死体、そして嗚咽するルナだけだった。
彼女はデルフィニウムを胸に抱きしめ、震える声で囁く。
「……ごめんね、オルトニプス……」
そして彼の冷たい唇にそっと口づけを落とした。
その瞬間、彼女の身体から溢れ出す光が彼を包み込む。
――種族特性スキル《自己犠牲》。
命を削る光はオルトニプスの胸へと流れ込み、止まっていた鼓動を打ち鳴らした。
荒い潮騒の音とともに、オルトニプスの胸が大きく上下した。
止まっていたはずの鼓動が、再び力強く打ち始める。
彼は激しく咳き込み、苦しげに息を吸い込んだ。
「……はぁっ……はっ……俺は……?」
まだ頭は混乱し、血の匂いが鼻を刺す。
だが次の瞬間、彼の視界に飛び込んできたのは、自分を抱きしめるルナの冷たい身体だった。
「……ルナ?」
彼女は目を閉じ、安らかな表情のまま動かない。
腕の中で抱かれたデルフィニウムと白いハンカチは、彼に託された想いを物語るように静かに揺れていた。
「嘘だろ……ルナ……? ねぇ、起きてよ……」
オルトニプスは揺さぶり、頬を撫でる。
だがその肌は冷たく、呼吸もない。
どれだけ呼んでも、彼女の唇は二度と開かない。
「……嫌だ……こんなの嫌だ……!」
嗚咽が溢れ、声が掠れていく。
彼はルナの額に額を押し当て、震える声で叫んだ。
「どうして……俺なんかのために……! 俺なんかを生かすために、君が……!」
涙は止めどなく流れ、血に濡れたデルフィニウムの花びらを濡らした。
その花を胸に抱きしめ、オルトニプスは洞窟の奥で獣のように泣き叫ぶ。
「ルナぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
その声は怒涛の波に負けず、夜の海に響き渡った。
やがて涙が枯れ果てる頃、彼の瞳に残ったのは深い悲しみと、燃え上がる憎悪の炎だった。




