第一章 挿話 オルトニプス 驕傲 倨傲 傲岸 -上-
ガタゴトと揺れる馬車の中、深くフードを被ったデルは、どこか遠い目をして歌うように語り始めた。
……これは、とある海辺の村にいた、一人の少年のお話でございます――。
◇
「おーーーい!!みんなー!何処に行くんだよー!」
「んー?何だオル坊か。みりゃわかんだろ、漁だよ漁。今日もいっぺぇ釣ってきてやんからよ、楽しみに待ってろい!」
入江で出航の準備をしていた漁師達は、遠くから手を振りながら走ってくる少年に対し、ニカッと笑って親指を立てた。
「なぁ!僕も……私も連れてってくれよ……じゃなくて、くださいよ! 絶対に役立つし、有益で、重宝しますから!」
「ダメだダメだ! 何度も言ってるだろ? 漁師になれるのは16歳からだ。おめぇーまだ14だっぺ。幾ら『適応力』っつー優秀なオリジナルスキルがあって物覚えが良いからって、決まりは決まりだ。もうちっと待つんだな」
「ちぇ、決まり決まりって……もっと柔軟に、応変に、えーっと……やわらかく? 対応してよ。じゃなくて、してくださいよ」
「まーた、訳の分からん難しそうな言葉を並べたがって。おめぇーは確かに賢いけどな、喋り方を変えたくれーで大人の仲間入りはできんし、頼もしくもならんよ」
「う、うるさい! とにかく……人魚を捕まえて、この伝染病を治すんだ!!」
近頃、村では子供だけが感染する原因不明の流行り病が蔓延していた。
だが大人達は全く気にした素振りを見せず、準備の手を止めようとしない。
「流行り病っつったって、あんなもん風邪みてぇーなもんじゃねぇか。多少熱が出て喉が痛むくれーで。へーきへーき、すぐ治るっぺ。んで、人魚だー? あんな昔話、おめぇー本気で信じてんのか?」
「だって、本に書いてあったんだ! 人魚の血を飲んだ者はあっという間に病気が治り、その肉を食べた者は不老不死になれるって! 年齢だって自由に変えられるらしいよ!」
「はははっ! んなもんおとぎ話の中だけの話だっぺ。何十年漁師やってっけど、人魚なんて一回たりとも見たことねぇよ。ま、もし見かけたら捕まえてきてやっから、大人しく家にけぇったけぇった!」
大人達は少年の頭を豪快に撫で回すと、各自船に乗り込み、少年を置き去りにして出航してしまった。
「何でだよ……何でみんな聞いてくれないんだよ! 村の中で僕だけが感染してないってことは、僕も大人側の人間ってことだろ!? みんな大したことないって言うけど……子供たちは治るどころか、少しずつ元気がなくなってるんだ! 僕が……いや、私がなんとかしないといけないのに……!」
やるせない気持ちで砂を蹴り、1人項垂れる。
(船さえ……船さえあれば、1人で探しに行けるのに……あれ? 何だろう?)
遠くの岸に、ゆらゆらと揺らめく影が見えた。
近づくにつれ、少年の胸の高鳴りは確信へと変わっていく。
そこには小さいながらも、頑丈そうに組まれた『一隻の筏』が繋がれていた。
「やった……やったやった!! これで海に出られる! なんだよ、みんな口ではダメって言いながら、こっそり僕のために用意してくれたんじゃないか!」
(掟は破れないから、裏でこっそり置いておいてくれたのかな?)
「まぁ何でもいいや! 待ってろよみんな! 僕が絶対に助けてやるからな!」
そんな偶然を少しも疑問に思わず、少年は喜んで筏に乗り込み、ロープを解いた。
「気持ちいいー! 波も穏やかだし、初めての航海にピッタリじゃないか! 神様はちゃんと見ててくれたんだ!」
オールを漕ぎ、沖へと進んでいく。
追い風にも恵まれ、少年を乗せた筏はあっという間に陸地が豆粒に見えるほどの沖合まで進んでいた。
海とは思えないほど静かな凪。……そう、静かすぎるほどに。
◇
「おかしいだな、静かすぎるっぺ」
「あぁ、オイラも思ってただ。今日はやけに魚を見かけねぇし、波が緩やかすぎる」
「長年漁師やってっから分かるが……こりゃ嵐の前の静けさってやつじゃねぇか?」
「んだ、はぇーこと引き返した方がいいっぺ。オル坊を連れてこなくて正解だったな! あんなヒョロヒョロした体じゃ吹き飛ばされちまう!」
ピュオーーーーーー!!!
ゴォー!!! ガラガラッドカン!!
漁師たちの勘通り、穏やかだった海が一変し、激しい豪雨と大時化が吹き荒れる。
強い向かい風と視界を遮る雨の中、少年は必死にオールを漕ぐが、ちっぽけな筏はただ波に弄ばれるだけだった。
「何だよぉ! さっきまであんなに静かだったのに! このままじゃ死んじゃうよ!!」
進む方向すら分からず、闇雲に海を掻き分ける。
「こんなことなら……大人しく大人になるまで待ってれば良かった! 海は生き物だって、何度も言われてたのに……っ!」
ドオッと押し寄せた大波が筏を呑み込み、転覆させる。
「プハッ! はぁ、はぁ……ま、待って……!」
自然の威圧の前に少年が抗えるはずもなく、筏はあっけなく沈没した。
海の中に引きずり込まれ、パニックの中で上下の感覚すら失っていく。
(あぁ……ごめんなさい。忠告も聞かずに勝手に行った罰があたったんだ……海がこんなにも恐ろしい場所だったなんて……)
力尽きた少年は死を覚悟し、意識が遠のいていく。
——その時。
身体が、どこか懐かしく温かいぬくもりに包まれた。
(助かった……ありがとう、気づいてくれて……あれ? この人、なんで……)
薄れゆく意識のなかで、必死に目を凝らす。
そこにいたのは、艶やかな金髪を靡かせ、ニッコリと可憐に微笑む美しい女性だった。
——そしてその下半身には、虹色に光る美しい『魚の尾』が生えていたのである。
いきなりの挿話、この少年は誰なのか...上・中・下の3部です。おとぎ話の感覚で見てくださいね。




