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第3話

 アントンは領地にワインを取りに行って国王に献上した後、エリスに会いに行き、僅か一か月で婚約までした。

 婚約は容易だった。以前は、忘れられない人がいるからと、断られたが、2年前はそうでもなかったようだ。

 良い時期に戻ったものだ。


 結論からいえば、アントンは結婚できなかった。

 婚約までしたものの、貴族の結婚は時間がかかる。国王の許しがなければ、貴族同士の婚姻は成立しない。伝手を使って国王の許可を貰ったとしても、結婚式の準備で時間がかかる。結婚式に使う物も、嫁入り道具も店に置いてある既製品だけで済むわけではない。寧ろ、オーダーメイドで1から作る物のほうが多い。

 結婚式の招待状にしてもそうだ。一年以上前に出しておかなかったら、出席してもらえなくなる。社交シーズン以外では行きに数日、帰りに数日かけて来てもらうしかない。それに相手は行程プラス2〜4日はかかりきりになってしまう。

 一年前に招待状をもらっていなければ、都合などつかない。

 他の予定が入っていたら、一年前でも間に合わないかもしれない。

 アントンはそれでも早めに結婚できるように頑張ったのだ。

 問題はエリスにあった。

 マリッジブルーかと思えば、尻込みしてしまい、挙句の果てにごめんなさいと来たものだ。


 回帰前にお喋りな男が言っていた言葉がアントンの頭を過ぎる。


『当て馬っつーのは、良い人すぎて選ばれねーのかもな。完璧すぎて無理って奴?』


(違う!)


『性格の良い男なんざ、鬼畜外道好きのドM女の食指が動かねーんだろーな』


(違う!!)


『あんたの敗因は良い子ちゃんすぎたとこだ』


(違う!!!)


『あの女は一年もあんたのこたー、覚えちゃいねーぜ』


(・・・ああ、そうかもしれない)


 エリスは本命の男と既に知り合っていた。

 求婚を受け入れても尚、結婚に気が乗らないまでに大きな存在だった。

 愛を囁く婚約者よりも、自分に辛辣な男に惹かれる女。

 婚約解消の影響すら、好きな男の前では考えられないほどに惚れ込んでいる女。

 始めから同じ舞台にすら立っていなかったのだ。勝負も何もない。

 優しいと見せかけて、優柔不断で思わせぶりな天然の性悪女にまんまと騙されてしまったのだ。

 周りにいなかったタイプの女性だからと、目が眩んでしまったと、アントンは自嘲した。


 これからは、どんなタイプの女性でもよく観察しておこう。そう決意して、夜会を見渡す。


 よくいるタイプだった。

 社交界で華として君臨できるだけの容姿と度胸のある女。

 どんな相手でも美辞麗句で卒なく熟す、礼儀作法を身に付けたどこにでもいる女。

 ふと、人のいないほうを見て、扇の陰で深く息を吐く。ただ、それだけなのに、目が離せない。

 よくある笑顔を浮かべ。よくある髪型とドレス。よくある化粧。よくある相槌に、よくある好意的な話し方。夜会にいる女性たちを人形のように見せているピンと伸ばされた背筋。

 同じ金型で作られたような人々。男女の性差も、体格の差も、そこにはない。

 社交界にいる人々は皆、均一に作られているように見える。

 その中で垣間見える個性にアントンは惹かれた。

 一見して同じように見えても違う。

 同じように見えるのは、それは社交界の常識が身に付いているからだ。


 一見して、優しそうには見えない。

 一見して、お高く止まっているように見える。

 一見して、優しそうに見えても、相手の気持ちを考慮できない女がいた。

 一見して、お高く止まっているように見える女は優しいだろうか? それとも、見かけ通りだろうか?


 アントンは女に吸い寄せられるように近付く。


「一曲、お願いできますか?」

「ええ。よろしくてよ」


 紹介もされていなければ、名乗ってさえもいない男からの申し出を受けるのは、好意があるからだろう。それが容姿に対するものなのか、素性を知ってのものなのか、アントンはどちらでもかまわない。

 知り合えたのだから、後は観察するだけだ。


 それはよくある社交界の出会い。

 社交界の常識を身に付けた女性と出会い。

 社交界の常識通りに自分の子どもを産んでもらう為に結婚し。

 義務さえ果たしてもらえば、後はそれぞれの人生を楽しむ。


 そんな流れに沿いながら、相手の女性を観察した結果、婚約したのなら?

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