第2話
「かはっ!」
溺れて呼吸が止まっていた者が呼吸を再開したような音がアントンの口から漏れる。ビクン、と上半身が跳ねる。
目を開けたアントンの視界に飛び込んできたのは、お喋りな男や彼らと戦っていた場所ではなく、見慣れた自分の寝台の天蓋だった。
「なっ?! ここは?! 何故、ここに・・・?!」
戸惑うアントン。
「運ばれてきたのか?」
致命傷を負ったのは、誰に言われなくてもわかっていた。
それでも、自室で目が覚めたということは、命が助かったということだ。
斬られた箇所を触れるが痛くはない。
(仮死状態で長い間、眠っていたのか)
死んだと思われていた人物がある日、目を覚ますという現象を聞いたことのあるアントンはそう判断した。
(生き延びたということは、エリスが他の男と結婚するのを見なければいけないのか。いや、結婚式は終わっているかもしれない。それなら、まだ・・・――)
「お目覚めですか、アントン様」
従者のノックにアントンは入室を許可した。
「おはようございます、アントン様」
心配のしの字も見えない、いつも通りの従者にアントンは訝しげに思った。
(死にかかった主人がようやく目を覚ましたというのに嬉しくないのか? 私がいないほうが都合の良いというのか? まさか、横領でもしているのか?)
疑いは持っても、アントンは素知らぬ顔をした。
「どうかしたか?」
「どうかなさったのはアントン様のほうです。本日は早朝から領地に行かれるとおっしゃっておりましたが、お忘れですか?」
(領地? 死にかけて目覚めたばかりなのに、領地だと?!)
混乱する頭で従者の告げた内容を理解しようとする。
(いや、いつ目覚めるかわからないのに、予定が組めるはずがない)
(私は記憶を失っていたのか? 少なくても、痛みもなく動けるということは、数ヶ月は記憶を失っているはずだ)
「今日は何年だ?」
「王国歴294年でございます」
(294年だと?! 2年も前じゃないか?! どういうことだ? 2年後なら兎も角、2年前だと?! そんな馬鹿なことがあっていいものか!)
「本当にどうかなさったのですか? 陛下に今年のワインを一番に献上したいと、申されていたではありませんか」
「・・・ああ、そうだな」
受け入れられない現実を持て余したアントンの言葉は歯切れが悪かった。
(馬鹿な! 確かに、2年前、陛下が気に入っているとおっしゃられて、ワインを急いで取りに行ったが・・・――)
現状を理解したアントンは、回帰したことを一旦、棚上げする。
(いや、過去だろうが、未来だろうが、陛下に今年できたばかりのワインを差し上げるのは絶対だ)
「すぐに用意をする」
「かしこまりました。では、洗顔の用意をいたします」