第93話 麻理達は美優の救出に動き出す
皆で朱音が来るのを待っていると、ここで、さらに事態が動いた。
悠介のスマホにメッセージが届いたのだ。
送り主は詩那で、その内容は雪愛が男と二人で地下の空きテナントに入っていった。雪愛の様子がどうにもおかしかったので心配になって後をつけた、というものだった。
悠介達三人はすぐにそのメッセージ内容を共有すると、悠介が詩那に電話をした。
詳しく状況を聴くためだ。
詩那が話す内容をすべて聞き終えた悠介は詳しい場所の情報を送ってほしいと頼み、危ないから絶対にそこに入ったりしないように釘を刺して通話を終えた。
緊急事態のため、春陽にも詩那のアカウントを教えることを了承してもらった。
「どういうことだ?春陽に届いたメッセージと詩那の教えてくれた内容は食い違ってる……」
「けど、雪愛ちゃんは詩那ちゃんが言うところにいるのは間違いないのよね?」
「そうっすね。それは間違いないと思います」
「……なら、俺は杉浦から場所が送られてきたらすぐにそこに向かう」
春陽のこの言葉を止められる者はいなかった。
先ほどの春陽に届いたよくわからないメッセージとは意味が全く違う。
雪愛は確実に誰かと一緒にいて、それがいいものではないと詩那は感じたと言うのだ。
焦りばかりが募る。あまりにもタイミングが良すぎる。工藤を名乗ったメッセージと関係がないとは思えなかった。
そして詩那から地図が送られてきた。
「それじゃあ、麻理さん、俺は雪愛のところに行きます」
「ハル……」
春陽のことが心配な麻理は行かせたくなかった。せめて朱音が来るまで待ってほしい。
けれど、今の春陽は覚悟を決めた強い瞳をしていた。何を言ってもきっと春陽は止まらない。
だから言葉が出ない。
「大丈夫。雪愛と無事に戻ってきますよ」
心配かけまいと春陽が精一杯の笑みを浮かべる。
そこで、悠介が俺も一緒に行くと言ったのだが、春陽が自分一人で行くと断る。
悠介の肩に手を置き、耳元に顔を寄せて悠介にしか聞こえない声で言う。
「悠介は麻理さんを頼む。今の麻理さん、何するかわからない。無茶しないように悠介が止めてくれ」
「おまっ!?」
言い終わってすぐに春陽は悠介と目を合わせる。春陽は茶化している訳でも何でもなく真剣そのものだった。
「頼む。お前にしか頼めないんだ」
春陽は一度悠介の肩を叩くと悠介の返事を聞かずにフェリーチェを飛び出していった。
それから数分後、フェリーチェの前に黒塗りの車が止まると、いつもなら黒服の人がドアを開けるのに、焦っているのか自らドアを開け、朱音がフェリーチェに飛び込んできた。
「姐さん、遅くなってすみません!」
「朱音!いいえ、そんなことないわ。よく来てくれたわね。早速で悪いんだけど知ってること話してくれる?」
「もちろんです。って、あれ?ハル坊は?」
麻理の張りつめたような緊張感を感じ取り、朱音の背筋が伸びる。
が、そこにいるべき人物、春陽がいないことに気づいた。
「春陽は雪愛ちゃんのところに向かったわ」
麻理は朱音の言葉に憂いを帯びた表情で答える。
「なっ!?一人で行かせたんですか!?」
「あんな顔されちゃ止められないわよ」
「っ、わかりました。行先を教えてください」
麻理から春陽の行先を聞いた朱音はすぐに部下を向かわせた。
そして知っていることを話し始める。
春陽に送られてきたメッセージの場所は確かに工藤が使っている溜まり場であること。
工藤が春陽への復讐を考えていること。
そのきっかけを与えたのが春陽のクラスメイトである梶原という男子であること。
そこまで話すと今度は麻理が今の状況を朱音に説明する。
「そうでしたか……。ハル坊が向かったのは梶原の方だったんですね。現状を考えると工藤はその梶原ってやつに嵌められたんだと思います。ハル坊がメッセージ通り工藤のところに行けば衝突は必至だったでしょうから」
一同に少しの安堵が広がる。
つまりは工藤のことはとりあえず放っておいて、雪愛を助けるために春陽の加勢に向かえばいいということだから。
そんな中、麻理のスマホがメッセージが届いたことを知らせる。
麻理がスマホを見ると、それは美優からで、工藤からのメッセージをそのまま転送してきていた。
そして、もうすぐ工藤の指定した場所に到着する、と。
その指定場所というのは春陽に送られてきたのと同じ倉庫だった。
すぐにその場にいる者で情報を共有する。
再び事態が切迫し、緊張感が高まった。
雪愛ではなく、美優が狙われたのだ。
いや、工藤の中では元々美優と雪愛、二人を手元に置くつもりだったのかもしれない。
麻理の表情が険しさを増していく。
怒りが今にも爆発しそうなのが悠介と朱音にはわかった。
「美優を助けに行く。朱音、手伝ってもらえる?」
「もちろんですよ、姐さん!」
「悠介は危ないからここにいて」
「待ってください!麻理さん。助けるだけ、なんですよね?」
悠介は咄嗟に麻理の手首を掴み確認する。
「ええ、ついでに工藤は今度こそぶっ潰してやるわ」
麻理のその言葉は本気だった。
潰す、それが比喩表現であってもなくても、麻理が怒りに任せてそんなことをすることが問題なのだ。
「っ、なら俺も一緒に行きます!お願いだから無茶はしないでください!」
「無茶なんかしないわ。私は――――」
「あなたが傷つくのも誰かを傷つけるのも見たくはないんです!それがたとえ工藤であってもです!」
今の麻理は本当に工藤をどうにかしてしまいそうな危うさがある。
そんなこと自分はもちろん、春陽だって望んでいない。
だから春陽は自分をこの場に残した。
自分の言葉がどれだけ麻理に届くかはわからないが……。それがすごくもどかしい。
「悠介……。そんなこと言ってる場合じゃないでしょう?」
悠介は自分の気持ちが伝わらないことに胸が締め付けられる。
掴んでいた麻理の手首から手へと両手で包むようにすると自身の額に当てる。
「お願いします……!麻理さんに復讐みたいなことしてほしくないんです……!」
「…………」
悠介の心からの叫びに麻理は言葉を失くす。
そんな二人のやり取りを見ていた朱音が口を開く。
「……麻理さん。荒事は自分達に任せてください。麻理さんは美優ちゃんを助けることだけを考えてください」
麻理はもう昔の麻理ではない。
そんなことはあの麻理が結婚したと知ったときからわかっていた。
当時、工藤のことを潰さなかったのも貴広から止められたことが大きかったのだと麻理は言っていた。
けれどその貴広が亡くなって、後日、工藤のことを麻理から聴いて、麻理がどれほど強い怒りを抱いているか知ったから協力してきた。
何度自分が代わりに、と言っても聞き入れてくれなかった麻理。
それほどに強く拘っていたのだ。春陽のされたこと、春陽に言ったこと、すべてが許せない、と。ぐつぐつと煮えたぎるような感情だった。
ならば、いざというとき、たとえ復讐を実行することで今の麻理の生活が壊れることになろうともそれが一番なのだろうと思っていた。
だが……、麻理のことを守ろうとする人間が今もいるのだ。
心も含めて彼女のすべてを。
麻理を任せるにはまだまだ頼りないようだけれど……。
そういうことなら自分も麻理を守る側に回りたい。
朱音にとっても昔はもちろん、今の麻理もとても好ましい人だから。
「朱音……?」
麻理は怪訝そうに朱音を見やる。
「麻理さんはブランクがあるでしょ?そういうことは私達に任せてください。こっちは現役なんで。麻理さんは美優ちゃんを助け出すことだけを考えてください」
最初はおどけた表情で、だが、最後は真剣な眼差しで朱音は言った。暫し二人は見つめ合う。
「……はぁ。……わかったわよ……」
折れたのは麻理だった。
「麻理さん!」
麻理が納得してくれたことに悠介は喜ぶ。
「悠介。麻理さんのことはあんたが守りなよ」
そんな悠介に朱音は笑みを浮かべるがすぐに表情を真剣なものに戻し言った。
「っ、はい!」
悠介は名前で呼ばれ一瞬目を大きくするが、続く言葉に強い瞳で答えた。
今まで何度か会ったことがあるけれど、これまではずっとユウ坊呼びだったので驚いたのだ。
話しがつき、三人が朱音の車に乗り込むと、再び麻理のスマホにメッセージが届いた。
『今から工藤に会います。スマホを通話状態にしますから何かあったら警察を呼んでもらえると助かります』
美優は自分の送ったメッセージに既読がついたことを確認したのだろう。
数秒後に電話が繋がった。
すぐにスピーカーにするとスマホから美優と工藤の会話が聞こえてくる。
そしてそれは彼らの怒りの炎に油を注ぐ形となった。
美優は男達によって手足を拘束されてしまった。
だがポケットに忍ばせていたスマホは幸運にも気づかれていない。
工藤は梶原が雪愛を連れてくるのが遅いことにイライラし始めていた。
逃げ出すこともできなくなった美優は工藤に訊いた。
「あなたはどうしてそんなに春陽を憎むの?」
「ああ?そんなもん、あいつが俺の人生を狂わせたからに決まってんだろ」
「それはあなたの自業自得でしょう!春陽に大けがを負わせたんだから!」
「あの部活はな。俺が入ったときからずっとそうやって来てたんだよ。なのになんで俺だけがあんな目に合わなきゃならないんだ?しかもたかが骨折。俺が実行した訳でもねえ」
「そんなのただの逆恨みじゃない!そんなことで春陽を―――」
「逆恨み?大いに結構じゃねえか。それにな、俺と同じように考えてたのは他にもいたぜ?顧問の野郎が愚痴ってたなぁ。確か……、風見のようなやつが部内の雰囲気を乱すんだ。あいつは親に捨てられて親戚の家で育てられてるようなやつだから、だったっけな」
「なっ!?」
「そんなこと聞いたらよぉ。風見と無関係じゃないんだ。保護者の責任ってやつも取らせなきゃだよなぁ?だから俺はあの店を燃やしてやろうと思ったんだよ。それなのに誰だかわかんねえやつに邪魔されちまった!」
思い出してイラついたのか、クソがっ、と悪態を吐く。
「何考えてるの!?そんなこと許される訳ないじゃない!」
「誰に許される必要がある?なぜ許されない?俺の気が収まらないんだから仕方がないだろう?」
「ふざけないで!」
美優は目の前にいる工藤が心底恐ろしくなった。
全く会話が成立しない。
考えも価値観も何もかもが理解できない。
同じ人間と話している気がしないのだ。
「あ~もうごちゃごちゃとうるせえなぁ。お前今の状況わかってんのか?お前は風見の目の前でめちゃくちゃにしてやるつもりだったが、別にそれまで待つ必要はないよなぁ?今から楽しむとするかぁ。やつが来たらあらためてってことでよぉ。あいつを潰したら次はあの店だ。今度こそ燃やしてやる」
話の方向が急に変わり、美優の身体に危険が迫る。
やると言ったら工藤は本気でやるだろう。
周りの男達が楽しむなら自分もと騒ぎ立てる。
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づく工藤に美優はイヤ、イヤと首を振りながら後ずさる。
だが、手足を拘束された美優が追い込まれるのは必然だ。
「イヤ!!!」
あまりの恐怖から下を向き、目をギュッと閉じ大声で叫ぶ美優。それに何の意味もないことはわかっている。この後自分に降りかかるであろうことは想像するのも嫌だ。でも、今の美優はあまりに非力で自分にできることは何もなかった。
工藤が間近に迫り、美優の心が恐怖と絶望に染まりそうになった――――、そのとき、倉庫内の灯りがすべて消え、辺りが真っ暗になった。
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