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〈改稿版〉人間不信の俺が恋なんてできるわけがない  作者: 柚希乃愁
第七章 それぞれの想い

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第67話 彼女は大切な思い出に決着をつける

 二人は結局、午前中をずっとくっついたままで過ごした。

 基本はお喋りをしていただけだが、時々雪愛が首を後ろに回し、春陽と目が合うと目を瞑る、ということがあった。

 何を求めているかは明白だ。

 春陽がそんな雪愛に応えると、雪愛は本当に嬉しそうに笑みを浮かべ、また首を元に戻した。

 そんな風に二人きりのこのときをめいっぱいイチャイチャしながら過ごしていると時間はあっという間に過ぎていった。

 雪愛はこの時点で、お家デートという名のまったりデートが大好きになっていた。

 どこかに出かけるのも、春陽と一緒ならもちろん嬉しいし楽しいのだが、このお家デートにはそれとは別種のとんでもない魅力がある。春陽とくっついたりキスしたりするのが雪愛は大好きなのだ。それを自由に何度でもできるなんて幸せ以外の何物でもなかった。


 お昼時になり、二人は外に出て、近くのお店でホットサンドを食べた。

 夕食を雪愛が作る予定のため、軽めの昼食だ。

 食後には、腹ごなしをかねて、夕食の買い物をする前に少し散歩をすることにした。

 雪愛の手料理を美味しくいただきたい春陽と自分の手料理を美味しく食べてほしい雪愛の考えが合致した結果だ。


 しばらく歩いていると雪愛が公園を目にして声を上げた。

「わぁ、この公園懐かしい」

 言いながら、その公園に入っていく。

 雪愛とは手を繋いでるため、春陽も後を追うようについていく。

「?雪愛はこの公園来たことあるのか?」

 学区が違うこちらの公園に遊びに来ていたのかと春陽は驚いたのだ。

 雪愛は公園に入ってすぐのところにあるブランコに腰掛け軽く揺らした。

 近くに人はおらず、遠くで数人の子供たちが遊んだり、お年寄りがベンチに座っていたりしていた。

「小学生くらいまでだけどね。家からだとこの公園が一番近くて」

「そういうことか。俺もよく来てたな。同じく小学生までだけど」

「そっか……」

 春陽は好きで遊びに来ていた、ということではない。春陽が来ていた理由は家に帰れなかったからだ。そのことを雪愛はもう知っている。

 雪愛のテンションが少し下がってしまったことに気づいた春陽は苦笑を浮かべると隣のブランコに腰掛けながら空気を変えるように言った。

「二人ともここに遊びに来ていたなら、もしかしたら昔会ってたかもしれないな」

「っ!?」

 何気なく言った春陽の言葉に、雪愛は思わず勢いよく春陽の方に顔を向ける。

 雪愛のことを見ていた春陽と雪愛の目が合う。

「?」

 春陽は雪愛の過剰とも思える反応に、どうしたのかと首を傾げている。

 雪愛は春陽の言葉で、小学生の頃に出会ったハルのことを思い出してしまったのだ。

 春陽のことをそのハルなのではないかと思ったことは何度かあったが、春陽には小五の頃、女の子に髪留めをあげたことなんてないとすでに言われている。

 だから、最近はそんな風に思うこともなくなっていたのに。自分はまだ、二人を重ねようとしているというのだろうか。


「ごめんなさい、何でもないの」

 雪愛は首を横に振り、春陽に笑ってみせた。が、その笑みはどうにも不自然なものになってしまっていた。

「雪愛?どうした?」

 春陽はそれに気づき、心配そうに雪愛を見つめる。

「あ、えっと……」

 言葉がすぐには出てこない。春陽と合っていた目も自分から逸らしてしまった。

 だが、このとき雪愛はいい加減この想いを自分の中で整理しなければ、と思った。春陽に心配させたい訳ではないのだ。

 ハルとのことは確かに大切な思い出だが、それはどこまでいっても幼い頃の思い出、つまりは過去だ。記憶も曖昧になってきていて、美化している部分もきっといっぱいある。春陽と重ねてしまうのもそういうことなのかもしれない。

 そして、今自分が大切なのは間違いなく春陽なのだから。


 本当にこれが最後と、すべてを話して、春陽が無反応ならそれでこの想いに決着をつける、雪愛はそう決めた。


「……春陽くん、私ね、この公園には思い出があるんだ」

 雪愛の視線の先にはあのとき座っていたベンチがあった。幼い雪愛が座り、その隣にハルが座ったベンチだ。

 今、そこには誰も座っていない。

「どんな?」

「……つまらない話かもしれないんだけど聞いてくれる?」

 春陽に顔を向ける雪愛。

「ああ、もちろん」

 春陽は頷いて答えた。柔らかで包み込むような微笑を浮かべていた。

「もう細かなところは覚えていないんだけどね……」

 そんな春陽に後押しされるように、雪愛はそう言って、再びベンチの方へと視線を向ける。

 そこから雪愛が語ったのは、雪愛が小五の頃、父の洋一を事故で突然亡くし、一人この公園で悲しみに暮れていたときのこと。

 そこに、同級生の男の子たちが現れ、心無い言葉をぶつけられた。


「必死に泣かないようにしてたらね、一人の男の子が私を助けてくれたの。その子はすごく優しくてね、私の話を聞いてくれて、アドバイスまでくれて……」

 雪愛を慰め、雪愛の拙い話にしっかりと耳を傾け、雪愛では思いもしなかったアドバイスをくれ、ずっと雪愛に寄り添ってくれた男の子。

「そして別れ際、雑貨店の前を通りかかってね。今日会えた記念に、って髪留めをプレゼントしてくれたの」

 雪愛はそれを今でも大切に保管している。

「その男の子の名前をちゃんと私は聞いたはずなのに、今はもう覚えていなくて……。でもね、どう呼んでいたかは覚えてる」

 雪愛は春陽の反応を見逃すまいと春陽へと顔を向けた。

「……その男の子はね、皆からハルって呼ばれてるって。だから私もそう呼んでたの」

 春陽の目が見開かれる。偶然にしてはでき過ぎではないだろうか。

「春陽くんに一つだけ聞きたくて……。春陽くんがそのときのハルくん、だったりしないかな?」

 同じ時期、同じ場所に来ていた二人。

 そしてハルと呼ばれていた同級生と思われる男の子。

 確かに、雪愛がそう思うのもわかると、春陽も思うが……。

「……悪い。俺には覚えがない……」

 それだけ関わったのなら覚えているはずだ。けれど春陽には女の子とそんなやり取りをした記憶がなかった。

 一方で雪愛が何度か不思議なことを聞いてきた意味がようやくわかった。

 ハルという呼ばれ方は小さい頃からか、そして髪留めをあげたことはないか、と。


 春陽の否定するような答えに、けれど雪愛はどこかすっきりした顔をしていた。

 しっかりと結論が出たからだ。

「そっか。変なこと言ってごめんね。ずっと気になってて、春陽くんの優しさがどことなく似ている気がしちゃって。春陽くんに一度聞いてみたかったんだ。子供の頃の話とはいえ、春陽くんにこんな話をしちゃって本当にごめんなさい」

 雪愛は、春陽を相手に子供の頃の話とはいえ、他の男子の話をしてしまったことを申し訳なく思った。

「いや、そんな謝ることじゃ……。雪愛にとって大切な思い出なんだろ?そんな風に言わなくていい」

 それに春陽は本当に嫌な気持ちには欠片もならなかった。むしろ、雪愛を助けたというのなら、よくやった、と言いたい。もちろん今目の前に現れたら話は別だが……。

 過去のこととはいえ、雪愛には傷ついてなんてほしくないから。


 雪愛は春陽にありがと、と言うと、そこから空気を変えるように、けれど春陽が自分にとって、本当にどれだけ特別かを知ってほしくて話を続けた。

「実はね、その頃から私は男子が苦手だったんだぁ。それはね成長するにつれて男性への嫌悪になっていった。自分に向けられる男の人の視線とかがね、本当に嫌で。春陽くんは男の人が苦手だっていう私の噂を知っていたけど、そのとき私はそれを本当のことだって言ったけれど、実際はもっと酷かったの。春陽くんに助けてもらったときもあの男の人たちのことが本当に嫌だった」

 噂の話をしたのは春陽が男達から雪愛を助け、初めて家まで送ったときの会話でのこと。

 春陽は黙って雪愛の言葉を聴いている。

 表情から本当に嫌なんだということが伝わってくる。

 そういうことなら、二学期の体育祭までの間、多くの男子に話しかけられた雪愛は本当に嫌な思いをしていたことだろう。

 中にはおそらく雪愛の言う視線を向けてきた者もいるだろうから。

 春陽はそこまで気づけなかった自分を歯がゆく思った。

 だが、一方で疑問も浮かんでくる。

 そんな雪愛がどうして自分には―——、と考えたところで雪愛が続きを口にした。

「でもね、春陽くんは最初からそんな嫌な感じが全くしなかったの。むしろ安心感を抱くほどで。自分でも本当に驚いちゃった。だからかな、春陽くんのことをもっと知りたいって思ったんだ」

 雪愛がそう思ってくれたおかげで、春陽は今、こうして雪愛と付き合うことができている。

 人との関わりを避けてきた春陽は、雪愛が積極的に春陽を知ろうと動き、雪愛と関わる機会が増えたことで、徐々に閉ざされていたその心が開いていき、雪愛を好きになったのだから。

 雪愛がいなければ、好き、だなんてそんな感情を春陽が抱くことはなかったと言っていい。

「雪愛……」

「私は自分が恋なんてするとは思ってなかったから初めは春陽くんへの気持ちにも気づけなくてね。私にとって春陽くんは初恋の人、なんだ。そしてね、私は男性嫌い(こんな)だから、きっとこんな素敵な想いを抱けるのはこれから先も春陽くんだけだと思うんだ」

 雪愛は春陽を見つめながら、自分が好きになれるのは春陽だけだ、とそう伝えた。

 それは春陽にとっても同じことが言えた。

「俺もだよ。こんな俺が人に好かれることはもちろん、人を好きになるなんてありえないと思ってた。だから最初はわからなかった。……俺も雪愛が初恋、ってことになるんだよな。こんな気持ちを抱けるのは、こんなに一人の女性(ひと)を大切にしたいと思えるのは雪愛だけだって俺も思う」

 春陽も雪愛を見つめて言葉を返した。

 春陽の方が雪愛よりも照れているのか恥ずかしがっているのか、少し顔が赤くなっていたが、その言葉はどこまでも真剣だ。


 そこからの行動は春陽の方が早かった。

 春陽はブランコから立ち上がり、雪愛に近づいていく。

 雪愛もブランコから立ち上がった。

 雪愛の目の前に春陽が立つと、二人はどちらからともなく抱きしめ合った。そして互いの耳元に囁くように気持ちを伝えあう。

「雪愛、好きだ」

 その顔には笑みが浮かんでいる。

「っ、私も春陽くんが好き」

 雪愛の顔にも笑みが浮かぶ。

 二人は少しだけ離れると、ゆっくりと唇を重ねるのだった。


 春陽と雪愛。

 二人とも隠し事をしていたという訳ではないが、お互い様々な思いから言えずにいた自身の過去を話し、すべてをさらけ出すことができた二人は、相手への想いが一層強くなっていた。


 再び手を繋ぎ、夕食の買い物へと公園を後にしようとしたときのこと。

『ゆーちゃん』

 春陽の頭の中にそんな言葉が響いた。

 目を大きくし、思わず足を止めてしまう春陽。

(今のは……!?いったいなんだ?)

 幻聴、とも違う。自分の声が誰かのことをそう呼んでいる、そんな感じだった。だが、そんな風に誰かを呼んだことなど一度もない。

 そして、なぜかはわからないが、鼓動が速くなっている。焦燥感のようなものが湧いてくる。

「どうかした?春陽くん」

 突然止まった春陽に雪愛も足を止めて尋ねる。

 雪愛の声に、春陽が雪愛に目を向ける。すると、どうしてか速くなっていた鼓動が落ち着き始めた。春陽は一つ安堵の息を吐くと笑みを浮かべた。

「…いや、なんでもないんだ。急にごめんな」

「そう?それならいいんだけど」

「買い物行こうか。雪愛の弁当はいつも美味しいから、今日は何を作ってもらえるのか実は楽しみにしてたんだ」

「ふふっ、今日はできたてを食べてもらえるからね。頑張っちゃうよ。何を作るかはまだ内緒ね。材料でわかっちゃうかもしれないけど」

 どうやら雪愛は夕食作りに対して大分張り切っているようだ。それが可愛らしくてなんだか可笑しかった。

「くくっ、じゃあ買い物中に当てちゃおうかな?」

「いいよ。思いついたら教えてね?買い物の楽しみが一つ増えたね」

「ああ、そうだな」


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