第63話 彼女は彼の話を聴き、彼の知らない核心へと近づく
それぞれの想い編スタートです。
時は少し遡る。
それは夏休みももう終わりという頃。
この日、春陽から自身の過去を教えてもらった雪愛は自分の部屋で一人、ベッドの上で膝を抱えながら考え込んでいた。春陽が送ってくれようとしたのを断ったのは、病み上がりというのが最たる理由で間違いないのだが、寄りたいところがあるというのは咄嗟についた嘘だった。一人になって考えたいことがあったのだ。それからずっと考え続けている。いや、迷い続けている。
雪愛には春陽の話を聞いて、本当は気になったことがもう一つあった。
いや、一番気になった、と言った方がいいかもしれない。
けれど、最後まで雪愛は春陽にそのことを問うことはできなかった。
春陽はそれを敢えて知らないままにしているように雪愛には感じたのだ。
まるで自分が知ってはいけないことだと思っているかのように……。
話を聞いただけの自分でも思いついたことだ。
もしかしたら春陽も薄々気づいてはいるのかもしれない。
その可能性に。
「私どうしたらいいのかな……」
視線の先にはペンギンと黒猫のぬいぐるみが並んでいる。
雪愛はその二つを手に取って抱きしめるようにした。
雪愛は春陽に美優とのことについて自分の考えを話した。
それは、確かにそう思ったというのもあるが、血の繋がりのある美優と、できれば仲直りしてほしいという自分の願望が入っていたことは否定できない。
血縁というものが、自身を苦しめるだけの、ずっとただただ辛いものでしかなかった春陽にとって、それは迷惑意外の何物でもなかったかもしれない。
でも雪愛は、そのことを悲しく、寂しく感じてしまったから。
血縁はそんなものだけではないんだと思いたかっただけかもしれないけれど……。
春陽はそんな雪愛の言葉を真剣に考え、もう一度美優と話してみると言ってくれた。
あのとき自分が言ったことは紛れもない本心だ。
自分ができることなら何でもしたい。
いつでもどこでも駆けつけて、いつも春陽の傍にいたい。
春陽のことが大切だから。
でも、だからこそ確認したい。
もしかしたら、もしかしたら春陽には―――――。
「はあ……」
決心がつかない。考えても考えてもずっとこれの繰り返しだ。
春陽にとってそれがいいことだと思っているのはあくまで自分だ。
春陽が望んでいるかもわからない。……望んではいないかもしれない。
結局この日は、いや夏休み中、何も決められないまま時は過ぎ、新学期が始まった。
新学期初日、思わぬ事態が起きた。
春陽との息抜きデートをクラスメイトに目撃されていたのだ。何とか誤魔化したが、夜の電話で春陽からも心配されてしまった。そのときも春陽は自分を気遣い、隠す必要はないと言ってくれた。
やっぱり春陽は優しい。
もし知られたら興味本位にずかずかと踏み込んでこられるかもしれないのに。春陽にとってそういった人との関わりは負担でしかないはずなのに。人と関わるのが嫌で、春陽は人を遠ざけるようにして、ずっと学校生活を送っていたのだから。
春陽の優しさ、自分に向けてくれる想いに自分も応えたい。
翌日、さらに思わぬ事態が起きた。
これまでほとんど話したこともない男子生徒がやたらと話しかけてくるようになったのだ。中には大嫌いな目を向けてくる男子もいた。
加えて、自分で決めたことではあるが、応援合戦の練習で一緒に帰ることも早速できなくなってしまった。できるだけ一緒に、春陽の傍にいたかった自分が、二学期からは一緒に帰りたいと言ったにもかかわらずだ。
これには本気で落ち込んだ雪愛だったが、ここでも春陽が、それなら一緒に登校しようと言ってくれた。
春陽くんはいつも私のことを考えてくれている。そして私の気持ちに寄り添ってくれる。
それなら私は?
私も――――。
雪愛はその日、踏み出す覚悟をした。
まずは聞いてみようと。
自分の予想が当たっているかなんてわからない。聞いてみなければ始まらない。そもそも、聞いたからと言って、教えてもらえることなのかどうかもわからない。
それなのに、一人で悩んでいるのはただ逃げてるだけなんじゃないのか。
どんな結果になったとしても、自分が受けとめる覚悟をすればいいんだ。
雪愛はスマホを取り出し、メッセージを送った。それは挨拶から始まり、突然のことを謝り、本題の一文。
『二人でお話したいこと、お聞きしたいことがあります』
だから時間をいただけないか、と丁寧に尋ねるものだった。
返信はすぐに来た。
相手が指定してきたのは翌週の平日だったが、タイミングとしては都合がよかった。来週から応援合戦の練習があるため春陽とは一緒に下校していないから下校後一人で向かうことができる。
少し遅くなってしまうが、それを相手に聞いたら問題ないと返ってきた。
メッセージのやり取りを終えた雪愛はスマホの画面を見ながら手が少し震えるのを感じた。これでもう後戻りはできない。
そして約束の日。
雪愛は練習後、フェリーチェへとやって来た。見れば定休日となっている。
雪愛が二人でと望んだからだ。定休日ならば絶対に春陽はいない。
一度深呼吸すると、雪愛は構わず扉を開けた。
「いらっしゃい、雪愛ちゃん」
テーブルに座っていた麻理が店内に入ってきた雪愛に声をかける。
「お邪魔します、麻理さん。今日はお時間を取ってくださりありがとうございます。……あの、そちらの方は…?」
ただ、中にいたのは麻理だけではなかった。
麻理とあまり年の変わらないくらいのスーツ姿の綺麗な女性が一緒にいたため、麻理だけだと思っていた雪愛は困惑した。
「ああ、こいつは朱音っていってね。高校の後輩なの。朱音、この子が雪愛ちゃんよ」
「へえ、この子がハル坊の。はじめまして、朱音よ。よろしくね、雪愛ちゃん」
「はじめまして。白月雪愛です。よろしくお願いします、朱音さん」
朱音から話しかけられた雪愛は反射的に挨拶を返した。
ハル坊という呼び方からどうやら春陽のことも知っているようだ。
「しっかし、とんでもなく可愛いわね。さすがハル坊。いい趣味してるわー。抱き締めちゃいたい」
「ちょっと、朱音。雪愛ちゃんに変な絡み方するんじゃないよ?」
麻理の声が少し低い。ジト目のような、睨んでいるようにも見える目を朱音に向けている。
「じょ、冗談ですよ」
「まったく」
麻理は半笑いで言う朱音の態度にため息を吐く。
「それじゃあ姐さん。私はそろそろ行きますね。迎えも来たみたいだし」
「姐さん言うなっていつも言ってるでしょ。あんたが言うと洒落にならないんだから」
「はははっ、ごめんごめん、麻理さん。つい癖で」
「もうっ。けど、いつもありがとうね、朱音。それとあいつの情報も」
「何のことですか?…あんなやつこっちで片付けるって言ってるのに聞いてくれないんですから」
麻理の感謝の言葉には恍ける朱音。後半は困った人を見るような目で麻理を見ていた。
「雪愛ちゃんもまた会いましょう?ハル坊のことよろしくね?あの子は本当にいい子だから」
先ほどの揶揄い混じりの感じとは違う、すごく優しい表情で朱音は言った。
「あ、はい!」
雪愛の返事に満足したのか、笑みを浮かべた朱音はそのまま扉へと歩いていく。
朱音がフェリーチェの扉を開けると、そこには黒塗りの高級車が止まっていた。黒服の男性が扉を開けて待機している。
「長居したら店の邪魔になっちまう。あんた達さっさと行くよ」
先ほど雪愛達と話していたときよりも声のトーンを低くした朱音が黒服の人達に命じる。
その姿は普段から命令し慣れている人のそれだった。
朱音が車に乗り込むとすぐに車は走り出した。
そんな朱音を見送った雪愛は麻理の方へと向き直った。
「麻理さん、朱音さんって……?」
「ふふっ、気にしないで。あいつ自身は気のいいやつだから。ちょーっと怖い職業なだけよ」
麻理は茶目っ気のある笑みを浮かべている。
「そう、ですか……。あの、私お邪魔だったんじゃ……」
「そんなことある訳ないじゃない。朱音が一目雪愛ちゃんを見たいって言うからいただけよ。朱音はね、高校のときに可愛がってて、しばらく会ってなかったのに、私の旦那、貴広さんが亡くなったとき、どこで知ったのかお葬式に来てくれてね。それから毎月、月命日にこうして来てくれているのよ」
「そうだったんですか!?そんな大切な日にすみません!」
雪愛は麻理にとって大切な日に時間を割かせてしまったと頭を下げる。
「いいのよ。私が今日を指定したんだから。さ、こっちに来て座って?」
「…はい」
今日という日を麻理が選んだのは、空いている日がこの日しかなかったというただの偶然なのか、それとも何か意味があるのか、雪愛にはわからなかった。
麻理は、雪愛をそれまで座っていたテーブルに促すと、テーブルの上にあるお酒のボトルと二つのグラスを片付けに行った。
麻理が戻ってくるのを座って待っていると、麻理は、手にアイスカフェオレとアイスコーヒーを持って戻ってきた。
アイスカフェオレを雪愛に渡した麻理はそのまま雪愛の正面の席に着く。
「待たせてごめんなさい」
「いえ、ありがとうございます」
「それで二人で話したいこと、聞きたいことっていうのは何かしら?」
アイスコーヒーを一口飲んだ麻理が早速雪愛が送ったメッセージについて尋ねる。
「あ、はい。えっと……」
雪愛は覚悟を決めて緊張していたはずなのに、朱音との思わぬ遭遇にそれが少し緩んでしまったようで言い淀んでしまう。
一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。これからするのはとても大事な話だ。気を引き締めなければ。
そして、雪愛は先日、春陽が姉の美優に会ったこと、そして風邪のお見舞いに行った翌日、春陽から子供の頃の話を聞いたことを伝えた。
麻理は雪愛の話を聞いているうちに、何かを察したようだ。
途中、一度目を大きくしたが、今は穏やかに微笑を浮かべている。
「……そう。ハルが話したのね。……美優と会ったことは悠介から聞いてるわ」
「えっ!?」
「ほら、雪愛ちゃんがハルのお見舞いに行った日のことよ」
雪愛は思い出す。
確かにあの日、雪愛がフェリーチェに来たときにはすでに悠介がいた。そして、何か麻理と話していたようだった。
あれは美優のことを伝えていたらしい。
「麻理さんは、美優さんのことを知っていたんですか?春陽くんのお姉さんだってことも……?」
「ええ。まあ一応ね」
顔は知らなくても名前や春陽との関係は悠介も知っていたくらいだ。麻理が知っていても不思議ではない。ないのだが……。
麻理のその表情は雪愛が何を聞きたがっているのか、これから言おうとしていることすべてをわかっているように見えた。
雪愛は再び一度息を吐くと思い切って聞いた。
「……麻理さんは美優さんにお会いしたことがありますか?」
「ええ。と言っても、美優がまだ本当に小さいときだからあの子は覚えてないでしょうけど」
「っ!?」
あっさりと答える麻理の言葉に雪愛は息を呑む。
(やっぱり……麻理さんは……)
雪愛の鼓動が速くなる。
麻理は雪愛の質問に正直に答えてくれている。逆に質問した以上のことは答えようとしない。
まるで、雪愛からの質問を待っているみたいに。
雪愛は息苦しさを感じ、無意識に制服の胸の辺りを握りしめる。核心に迫っているのをひしひしと感じていた。
「……春陽くんは六年生のときに、病院に運ばれて、目を覚まして初めて麻理さんと会ったとき、すでに麻理さんは春陽くんのことも、……春陽くんがどう過ごしてきたかも、多くのことを知っていたと言ってました」
「そう」
麻理は穏やかに相づちを打つ。麻理の態度は、まるで静謐な空気を纏っているかのように雪愛には感じた。
「その話を聴いて思ったんです。……どうして突然麻理さんが春陽くんのいる病院に現れたのか、そしてどうして春陽くんのことを知っていたのか、私はそれが不思議でした。けど、こう考えれば辻褄が合う気がするんです」
「どう考えたの?」
麻理は落ち着いた声で雪愛の考えを訊いた。
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