第59話 体育祭が始まった
体育祭当日は、朝からよく晴れていた。
まだまだ暑い日が続いているので、水分補給をしっかりした方がよさそうなほどのいい天気だ。
雪愛は、登校の待ち合わせ場所で春陽にハチマキを渡した。
「これ、当日になっちゃってごめんね」
「いや、そんなこと。作ってくれてありがとう」
春陽からしてみれば、作ってくれただけでありがたい。
渡してもらえたのが当日でも何の問題もなかった。
少し頬を染めて渡してくる雪愛に疑問顔になる春陽だったが、すぐに気づいた。
そのハチマキには、目立たないよう端の方に小さく刺繍がされており、四葉のクローバーとその横に雪の結晶が並んでいた。
ただのハチマキではなく、何か特別なものにしたかった雪愛が考えた結果だ。
生地を紅白にすればいいため、ハチマキに何らかのアレンジをする者は特に女子生徒に多い。
クローバーは髪留めのときにも雪愛が選んだものだ。
雪愛の中で春陽をイメージしたときに一番最初に思い浮かんだ。
隣の雪の結晶はもちろん雪愛の名前からきている。
「雪愛、これ」
刺繍に気づき、春陽が雪愛を見ると、雪愛の頬の赤みが増していた。
「何か入れたくてね。ただ意外と時間がかかちゃって。それに春陽くんに聞かずにしちゃったから一応目立たないようにはしたんだけど……」
気恥ずかしさからか、言い訳のような言葉を並べてしまう。
「ありがとう。こんなに素敵なもの作ってくれて。大切にする」
春陽はそっと刺繍部分を指でなぞりながら柔らかな笑みを浮かべた。
この二つの刺繍が何を指しているか、春陽にきちんと伝わったようだ。
春陽の言葉に雪愛は嬉しそうに微笑む。
「うん。…これ、お揃いなんだよ?」
そう言って自分の分のハチマキを出す雪愛。
その端にも同じように四葉のクローバーと雪の結晶が仲良く並んでいた。チアの練習もある中で、ただハチマキを作るだけでなく、こうしたアレンジをしていたため、春陽に渡すのが当日になってしまったようだ。
駅前で、朝からそんな甘いやり取りをして、春陽と雪愛が登校し、雪愛が自席に着くと、以前話しかけてきた女子生徒三人が雪愛のもとへとやってきて挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。
「白月さん、やっぱり彼氏いたんじゃない!あのイケメンでしょ?なんで隠そうとするのー?」
「え?」
その断定した口調に雪愛は目を大きくする。
「朝からその噂で持ち切りだよ。彼氏だったなら彼氏だってあのとき言ってくれればよかったのにぃ」
「そうそう。あんな彼氏、私なら自慢しちゃうよ」
雪愛に彼氏がいる、その言葉は、教室内にいる生徒を、特に男子達を驚愕させた。
昨日、覗き見していた女子生徒が面白いことを聞いたと、早速話を広めたようだ。
だが、一番驚いているのは雪愛だ。
「ち、ちょっと待って。どうしてそんな……」
話が出回っているのか。
「え?だって白月さんが自分で彼氏がいるって言ったんでしょ?そう聞いてるよ。だからこんなに広まってるんだろうし。別に隠すことないんじゃない?」
「最近よく男子と話してたのも彼氏がいる余裕ってやつだったり?」
「ねえねえ、彼氏さんってこの学校じゃないよね?どこの学校の人?どうやって知り合ったの?」
彼女達の言葉に雪愛はついていくことができない。
確かに昨日、告白を断るときに言った。
あの男子が早速広めたということだろうか。
去り際の態度からこんなすぐに言うとは思ってもいなかった。
驚きに止まりそうになった思考が徐々に働き始める。
けれど、これはいい機会かもしれない。
雪愛は一度息を吐くと彼女達に答えるように言葉を返した。
「…ええ。付き合ってるのは本当よ」
雪愛の返答に彼女達は歓声を上げる。
雪愛が認めたことで、教室内の男子達が目を大きくした。
今、間違いなく教室中が雪愛達に注目していた。
教室の端の席にいても聞こえた声。春陽もいきなり雪愛が問われたときには驚いたが、今は普通にしている。
雪愛の気持ちは聞いているし、遅かれ早かれ、というやつだ。
瑞穂達は昨日の成り行きを聞いてはいたが、まさか昨日の今日でその話が広まっているなんてと驚き、和樹達は、春陽のところに集まって事情を聞こうとした。
「いいなぁ。あんな彼氏私も欲しい」
一人の言葉に同意するように他の二人も言葉を続ける。
「けど、あの難攻不落の白月さんが彼氏持ちかぁ」
「白月さんって男嫌いとか色々噂があったけど、付き合うつもりはあったんだね」
「ずっと好きな人がいるって噂もなかった?まさか今付き合ってるのってその人だったり?」
「振られた男子は単純にお眼鏡に適わなかっただけってことかぁ」
「まあ白月さんくらい美人なら相手に求める理想も高いだろうしね」
「ちょっと待って。私はそんなんじゃ―――」
雪愛を置いて、自分達で話を進める三人を雪愛が止めようとするが、次の言葉の方が早かった。
「でもさ、白月さん、それなら特定の男子とあんまり仲良くしない方がいいんじゃない?友達だとしてもさ、彼氏はいい顔しないと思うよ?」
「―――え?」
今度は一体何の話なのか。
特定の男子と仲良くする?
「そうだねぇ。別の学校だとしてもさ、白月さんも彼を心配させるようなことはしない方がいいと思う。最近は色んな男子ともよく話すようになってるし」
「そうそう。それに、今日も風見と一緒に教室入ってきたりして。偶然かもしれないけど、最近一緒に登校してない?」
彼女達が言っている特定の男子というのは春陽のことだった。
登校の言い訳は考えていたが、まさかこんな流れで聞かれるとは予想もしていなかった。
それで少し言葉に詰まってしまった雪愛を置いて、さらに彼女達は続ける。
「まあ、風見も一応男だしさ。変に誤解されちゃうよ?」
「一応って。ひどっ」
大きな声で笑い出す三人。
彼女達は他の、陰口を言っているような、雪愛に悪意を持っているような人物ではない。
単純に雪愛の彼氏と春陽を別人だと思っているだけだった。
雪愛は彼女達の言葉の意味を正確に理解し、訂正しようとした。
自分の大好きな人をこんな風に言われたくはない。
「違うの。春陽く――――」
「はーーい、皆席に着いてー」
そこで、担任の東城が教室に入ってきてしまった。
思っていた以上に教室に来た時間が遅かったようだ。
春陽と登校するようになって、なるべく一緒に過ごしたくてゆっくり歩くようにしているため、確かに以前よりも教室に入るのは遅くなっていたが、今日はそれに加えてハチマキを渡すのにも時間を使っていた。
結局、雪愛は何も言えないまま、朝のホームルームが始まってしまった。
雪愛の中にモヤモヤとしたものだけが残った。
着替えの時には、瑞穂達に、取りあえず彼氏がいるってことは言えたんだからよかったじゃない、と励まされた。
多くの人に聞かれてたし、相手が誰かを一人ずつに説明していく訳にはいかないでしょ、と。
確かに雪愛としても言えたことはよかったと思っている。
それに、体育祭は生徒達も盛り上がる。
ホームルームが終わり、着替え終わった人から順にグラウンドに向かっており、いよいよ体育祭が始まるという今、皆体育祭に意識がいっており、雪愛に朝のことを聞いてくる人もいなかった。
「今は、体育祭を楽しもう!ね?」
「ええ、そうね」
今は体育祭を楽しむ。
瑞穂達と話せたおかげで、後は何かの機会にもう一度きちんと自分の彼氏は春陽だと言えばいいだけだと思い直すことができた。
朝、そんなサプライズはあったが、ついに体育祭が始まった。
全学年、全クラスがそれぞれのクラスTシャツを着て、紅白のハチマキをし、各クラスに割り当てられた場所で応援している。
グラウンドの周りの半分、春陽達がいる側は、白組の応援席だ。
当然皆白のハチマキをしている。
春陽達の中で最初に登場したのは百メートル走に出場する悠介だ。
リレーに次いで盛り上がる真剣勝負の花形競技のため、応援にも熱が入る。そんな中、悠介は見事一着でゴールした。幸先のいいスタートだ。
百メートル走の次は、春陽と蒼真が出場する障害物競争のため、実行委員により準備が行われる。
平均台やネット、跳び箱など普通の障害が並ぶ中、最後の二つには、紙コップが並べられたエリア、その次には小麦粉の中の飴玉を口で掴む障害が設置された。
紙コップにはお茶が入っているので飲み干すことと説明があった。係員が飲み干したか確認する徹底ぶりだ。その時点でいかにも怪しい。
準備が整い、最初の組の六人に春陽が出てきた。
雪愛が精一杯声を大きくして応援している。
春陽が目を向けるとそんな雪愛の姿が見え、春陽はそっとハチマキの端を握る。
これは真剣にやらなきゃな、と気合いを入れ直した。
スタート後、順調に障害をクリアして、三人横並びのトップ集団にいた春陽だったが、お茶を一口飲んだところで動きが止まった。
(苦っ!!!?)
このエリア、当然ただのお茶ではない。
普通のお茶が一つ、残りすべてがセンブリ茶という逆ロシアンルーレットとなっていた。
春陽が手にしたのはセンブリ茶だ。
他の選手も一瞬動きが止まっている。
ここで、実況を担当している放送部からお茶の解説が入った。
出落ちというか、完全に一組目だけがくらうサプライズだ。
何とかお茶を飲み干した春陽。
トップ集団にいた一人がどうにも苦手なようで悪戦苦闘しており、トップを争うのは二人となった。
口の中が大変なことになっている中での小麦粉は、なるほど、嫌がらせのような組み合わせだ。
小麦粉の中の飴玉は深い位置に置かれており、中々見つからない。
春陽は、顔が真っ白になるのも構わず、飴玉を掴む。口の中も大変なことになっている。
春陽が掴んだのとほぼ同時に競っている相手も掴んだ。
残りは走るだけだ。
全力を出して走った春陽は、見事一着でゴールした。
雪愛の方を見れば、笑顔で拍手しており、春陽も小麦粉で白くなった顔で笑みを浮かべるのだった。
二組目に出てきた蒼真はお茶エリアで一気にトップに躍り出た。
皆が一気には飲めない中、何でもないように一瞬で飲み切ったのだ。
だが、その後の飴玉が中々見つからず、結果は二着でのゴールとなった。
「蒼真、当たりのお茶引いたのか?」
経験したからこそ蒼真のお茶を飲む速さが気になった春陽が訊いた。
全組が終了し、二人とも、白くなった顔を洗うために手洗い場に移動しているところだ。
「いや、ちょっと苦味はあったぞ?でも普通に飲めるレベルだった」
春陽は蒼真の言葉に目を大きくする。
あれは相当苦かった。それをちょっと苦いで済ませるとは。
「すごいな…」
何でもないことのように言う蒼真に春陽はそれしか言えなかった。
春陽は蒼真の意外な一面を知るのだった。
二人が手洗い場に着いたところで、そこに雪愛と香奈がやって来た。
「春陽くん、高橋君お疲れさま」
「高橋君、風見君お疲れさま」
二人の手にはタオルがある。
「ふふっ、二人ともすごい顔してる」
「二人とも真っ白だよ」
そう言って笑う雪愛達。
春陽と蒼真は互いに顔を見合わせた。
確かに白い。
あの場では大なり小なり皆顔を白くしていたし、そんなものと考え何とも思わなかったが、こうしてあらためて言われると少し恥ずかしい。
「春陽くん、あのね、顔を洗っちゃう前にね、写真を撮りたいんだけど…いいかな?」
「私も高橋君と写真撮りたいなって。ダメかな?」
二人はこれもあってここまで来たようだ。
春陽と蒼真は思わず顔を見合わせてしまう。すごい顔、真っ白、と言われたばかりだというのに、言った張本人達がそれで写真を撮りたいと言う。
「……まあ、いいんじゃないか?こんなのも体育祭の醍醐味っちゃ醍醐味だろ」
内心では葛藤があったようだが、先にそう言ったのは蒼真だった。照れ臭いのかそっぽを向いている。顔が粉で白くなっていなければ、赤らんでいるのが丸わかりだっただろう。
「そうだな」
春陽は小さく笑い蒼真に同意した。
そうして、まだ顔が白いままの春陽達に雪愛達は四人で写真を撮らせてもらい、顔を洗った二人にそれぞれ持ってきたタオルを手渡したのだった。
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