第57話 周囲が二人を平穏ではいさせてくれない
翌日、雪愛の周りである変化が起きた。
これまでほとんど話しかけたりしてこなかったクラスメイトの男子が話しかけてくるようになったのだ。
彼らは昨日の朝の雪愛達のやり取りで同じ結論に辿り着いてしまった者達だ。
すなわち、あの風見春陽が男友達になれるのなら、自分だってなれるのではないか、と。
そして、あわよくば自分ならば雪愛とそれ以上の関係になれるのではないか、と。
そんな思いが彼らを積極的にさせた。
雪愛は少し戸惑ったが、相手はクラスメイトだ。
クラス内の雰囲気というものがあるし、雪愛も望んで険悪になりたい訳ではない。
だから普通に話しかけられるだけなら雪愛だって普通にやり取りする。
そんな雪愛の態度が彼らの話しかけるハードルをどんどん下げることになってしまうのだがそれは仕方のないことだろう。
この日最後の授業時間は、ロングホームルームで、今月に行われる体育祭の出場種目を決めることになった。ぎりぎりのスケジュールのため、すべて決まるまで帰れない。
光ヶ峰の体育祭は、全学年、クラス毎に紅組か白組に分かれて戦う。
学年もクラスも関係なく、一致団結しようというコンセプトだ。
すでに各クラスがどちらの組かは発表されていて、春陽達のクラスは白組に入っている。
そして、各クラスから選出された体育祭実行委員が種目を決めるのだが、これが曲者だったりする。毎年必ず悪ノリした種目を入れてくるのが伝統のようになっているのだ。
過去には、男女混合コスプレリレーという種目があったくらいだ。
今年は、種目名では特別おかしなものはないため、内容で遊んでくるのかもしれない。
春陽達のクラスでも出場種目決めは大いに盛り上がったが、球技大会のときのように滞ることはなかった。
決まった春陽達の出場種目は次のとおりだ。
春陽と蒼真は、障害物競走。
悠介は、百メートル走。
和樹と隆弥は、二人三脚。
リレーは足の速い人順ということで、和樹は、クラス対抗リレーにも出場する。加えて、後日部活内で決まったことだが、部活対抗リレーにも出るようだ。
しかも、部活も紅白に分けられるのだが、サッカー部は白組枠らしい。
悠介も同じ理由で、こちらは男女混合リレーにも出場する。
春陽は、年度当初にあった体力測定の五十メートル走を本気で走っていなかったため、リレーの対象外だった。
雪愛と香奈は、借り物競争。
瑞穂と未来は、二人三脚。
二人三脚は、男女ペアでの出場となっており、未来が隆弥を、瑞穂が和樹を誘う形で決まった。
友人同士で組むということももちろんあるのだが、男女ペアということで、周囲から恋愛に結びつけて見られることも多い種目だ。
雪愛と香奈は、そんな種目に未来が隆弥を誘ったことも驚きだが、どんな心境の変化か、瑞穂が和樹を誘ったことにも驚いた。
実のところ、雪愛と香奈は未来達を羨ましく思っていたが、出場枠の関係があるし、香奈に関しては、誘う気恥ずかしさもあり、結局断念することになった。
雪愛は言わずもがな、香奈が誰を誘おうと思ったのかは推して知るべしだろう。
また、綱引きはクラス全員参加で、騎馬戦は男子全員参加、玉入れは女子全員参加となっている。
さらには、瑞穂と未来が去年のを見ていてやってみたいということで、雪愛と香奈も去年見ていて楽しかったため、雪愛達四人は、応援合戦にも参加することにした。
応援合戦は、実行委員がまとめ役となり、学年毎にそれぞれ紅組、白組が披露するもので、学年が上がるほど凝ったものになり、目玉といっていいほど盛り上がっている。
内容は学年毎の紅組、白組それぞれの実行委員が集まって決めており、男子だけ、女子だけ、男女混合と構成も特色が出るものとなっている。
二年白組は女子だけで構成するということなので、雪愛達も参加しやすかった。
このため、雪愛達は来週から放課後、応援合戦の練習が始まる。
二学期が始まってから、つまり昨日から雪愛と春陽は下校途中で待ち合わせ、一緒に帰るようにしていたのだが、早速それが難しくなってしまった。
種目決めが終わると次はクラスTシャツの柄決めだ。
夏休み前に、クラスの美術部の女子生徒に案を作ってもらうことが決まっており、その子が三つの案を提示した。
その中のどれにするかを投票で決め、無事、クラスTシャツも決まり業者に発注することになった。
最後に、担任の東城から、「みんな、白のハチマキを作っておいてね」と注意事項が言われ、ロングホームルームはちゃんと時間内に終わった。
その日の帰り。
「ごめんね、春陽くん。来週から応援の練習で一緒に帰れなくなっちゃって……」
「そんなこと気にしなくていいから。練習頑張ってな」
「うん……」
春陽にそう言われても雪愛の表情は曇ったままだ。
夏休みの終わりに、予定とかがない限り、一緒に帰ろうと約束したときから、雪愛はこの時間をすごく楽しみにしていたのだ。
それなのに、早速自分が予定を入れてしまって若干落ち込んでいた。
そんな雪愛に春陽は柔らかな笑みを浮かべると雪愛の頭をポンポンとした。
「それじゃあ、一緒に登校するか?駅で待ち合わせして」
「いいの!?」
「ああ。一緒にいたいのは俺も同じ気持ちだから」
「春陽くん……!」
春陽の言葉で雪愛の表情がぱっと明るくなる。そんなわかりやすい変化に春陽は笑みを深くした。
「それじゃあ明日からってことでいいか?」
「うん!」
こうして、一緒に登校することが決まり、今、話題は最後に東城が言ったハチマキへと移っていた。
春陽は去年紅組だったため、あらためて作る必要がある。
ちなみに、去年は裁縫道具なんてない春陽がどうしたものかと悩んでいたところ、悠介の母が悠介の分と一緒に作ってくれた。
今年もやってもらえないか、悠介にお願いしてみるしかないかと思っていた春陽だが、その話を聞いた雪愛が意気込んで言った。
「それなら、私に春陽くんのハチマキ作らせて?」
「いやいや、さすがにそれは悪いって」
春陽は慌ててしまう。ありがたいことではあるが、雪愛に頼むなんて申し訳なさすぎる。言い方は悪いかもしれないが、それなら悠介の母に頼む方が余程気が楽だ。
「私が春陽くんの分も作りたいの。ダメ、かな?」
雪愛はすでにやる気満々のようだ。身長差から雪愛は上目遣いで春陽を見つめる形になる。
「~~~~っ」
そんな雪愛に春陽は額を押さえる。
(なんで雪愛はいつもこう……!!)
申し訳ないより嬉しいが勝ってしまうではないか。
「春陽くん?」
「……わかった。俺の分も作ってくれると嬉しい」
春陽は素直な気持ちを伝えた。
「うん!任せて!」
「ありがとう、雪愛」
「ふふっ、どういたしまして」
結局雪愛にお願いすることになったのだった。
翌日から春陽と雪愛は駅で待ち合わせ、一緒に登校するようになった。
誰かにそのことを聞かれても、最寄り駅が一緒で偶然会ったという言い訳で通すことも決めていた。
朝から春陽と一緒にいられ、たくさん話もできて、雪愛は嬉しさが溢れていた。
そんな雪愛の様子に春陽も嬉しくなり、自然と二人は笑顔になっていた。
こうして、二学期最初の週は過ぎていき、今週からは放課後、雪愛の応援合戦の練習が始まった。
雪愛達はチアをやるらしい。
そのための女子だけの構成だったようで、ユニフォームもそれ用に作るそうだ。かなり気合が入っている。
登校中や夜の電話で、雪愛は春陽によく練習のことを話し、春陽はそれを笑って聞いていた。
そんな順調のように見える日々の中で、雪愛は徐々に心にモヤモヤとするものを抱えていった。
教室では相変わらず雪愛に話しかける男子が多いのだが、中には、話しながらあからさまに、目線が雪愛の胸元にいったりする者がいるのだ。
それに気づいている雪愛からすれば正直いい迷惑だ。
(はぁ……)
内心でため息を零す。
普通に話すだけならばいい。だが、彼らのそういった視線が雪愛には気持ち悪い。
雪愛は男性のこういうところが嫌いなのだから。……いや、男性の、という言い方はもう適切ではない。春陽以外の誰にもそんな目で見られたくはないというのが正しいだろう。
これが春陽だったら、雪愛はこんな嫌悪感を抱くことはない。
むしろ自分からキスをしたり、胸に抱き寄せたり、自分でも驚くほど積極的な行動をしているくらいだ。
それに、春陽にしてもらうのも雪愛は好きだ。好きな人とすると幸せを感じるのだから仕方がない。それは春陽と付き合って初めて知ったことだ。
さらに、アピールなのかわからないが、風見なんかより自分の方が、という言い方をしてくる男子もいて、雪愛を余計嫌な気持ちにさせた。
話の流れで遊びに誘ってくる者もいたが、そういった誘いはきっぱりと断っていた。
だが、雪愛の気持ちに関係なく、今の雪愛が周囲からどう見えるかは別の話だった。
雪愛は学年、いや学校の中でも目立つ存在だ。
以前瑞穂が心配していたように、雪愛と仲がいい訳ではないクラスメイトや廊下から他クラスの生徒がその光景を見かけ、雪愛が多くの異性に気を持たせているだけのように感じている女子もいたのだった。
一方、春陽もそんな雪愛の状況を面白く思っていなかった。
当然だ。
友人関係にとやかく言うつもりは春陽にはないが、雪愛を前にして顔をだらしなくしている男など見たい訳がない。
それに困っている、いや不快に思っている雪愛の顔はもっと見たくなかった。
ふと、和樹……いや、瑞穂だろうか、……二人もこんな気持ちを抱いていたのだろうか、と思う。これが付き合っていることを隠している弊害か。
告白された訳でもなく、話しているだけのため、雪愛が大丈夫と言うので、春陽にできることは何もなかった。
だが、春陽の中で、覚悟はとうにできている。
雪愛の彼氏として注目を浴びる覚悟、などではない。
むしろ自分が彼氏だとわかれば、ああいう人間は自分の方が相応しいと勢いづくかもしれない。
雪愛と付き合うときに決めたのは、雪愛の笑顔を絶対に守る、そんな覚悟だ。自分はそのためにできることをするだけだ。
だからこそ、今雪愛にあんな顔をさせてしまっていることが春陽にはもどかしかった。
『その彼女も内心どう思ってるかわかんないでしょ?あんたのこと裏切るかもよ?』
そんな風に考えていると春陽の脳裏に、意図せず、美優の言葉が蘇る。
それは、言われて以降何度も思い出され、まるで呪いのように勝手に春陽を蝕んでくる。
なぜなら、美優のその言葉は強烈に春陽のトラウマを刺激したものだったから。
春陽はそんな言葉など気にしていないつもりだが、春陽を後ろ向きにさせようと何度も何度も蘇ってくる。
けれど。
雪愛の人気ぶりをあらためて目の当たりにしても春陽の雪愛への想いは揺らいだりしない。
雪愛が好きで、大切にしたいという想いは。
自分なんかには勿体ない相手だというのは未だ拭いきれないが、それで、雪愛の想いがわからないとか雪愛の想いを疑うとかということもない。
そう思えるくらい、春陽の心は雪愛のおかげで強くなったのだ。
春陽は頭を軽く振って、蘇ってきた美優の言葉を自分の中から追い出した。
するとそこで、瑞穂が春陽に話しかけてきた。
「風見、ごめん。あれって、私が雪愛に男友達がいる、って言ったのが原因みたいなんだ。本当にごめん」
雪愛の前の席で、話が聞こえたり、時には一緒に話したりしてわかったことだった。
瑞穂は申し訳なさそうに眉を曇らせている。
「いや、芝田のせいじゃないだろ」
責任を感じている瑞穂に春陽は苦笑してしまう。瑞穂が原因だなんて誰も思っていない。
「でも、雪愛、二年になる頃には男が苦手とか、男嫌いとか、逆に好きな人がいるんだとかって噂が広がって、あんな風に男子が絡むことって無くなってたのに、私が男友達なんて言ったから……」
「大丈夫だ。あんなのきっと一時的だろう。それに、二人で話して、いざという時はちゃんとどうするか決めたから」
「風見……」
嫌な気持ちはあるだろうに、揺らがない春陽が、瑞穂にはなんだかとても頼もしく見えた。
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