第44話 恋人になって初めての
過去との再会編スタートです。
翌日。
朝食を春陽達と一緒に食べた雪愛達は、春陽達が海の家に行くのを見送って、チェックアウトの時間までのんびり過ごし、成海にお礼を言って帰っていった。
春陽達を見送る際に、雪愛達は啓蔵とこれでお別れになってしまうため、全員でお礼を言った。
啓蔵から様々な気遣いをしてもらったことは雪愛達も感じていたため、一人ひとりが丁寧に心からの感謝を伝えた。
「楽しんでくれたならそれでいいのよ。またいつでも遊びに来てちょうだいね」
そんな雪愛達に啓蔵は、満足そうな優しい笑みを浮かべて言葉を返した。
次に、悠介、そして春陽へそれぞれ頑張って、とエールを送った。
こちらは悠介には四人で、春陽には三人で一斉に、といった形だ。
最後に、雪愛が春陽だけに言葉を贈った。
「春陽くん、お仕事頑張ってね。けどあんまり無理はしないでね?」
「ああ、ありがとう。雪愛も帰り気をつけてな」
言葉だけ聞くと普通だが、どうにもぎこちない。
というのも、雪愛が春陽と目を合わせようとしないのだ。
頬を赤らめ、チラチラと窺うように見ている。
昨日は告白した後ももっと普通、というか笑顔が溢れていたと思うのだが今日は様子がおかしい。
雪愛のこの態度の原因は、完全に昨夜のガールズトークだった。
深夜、赤裸々に語ることになった雪愛は、照れてしまって春陽を中々直視できないようだ。
自分達が原因だとわかっているのかいないのか、そんな雪愛の様子を瑞穂達は生温かく見守っている。
春陽は春陽で雪愛の様子がおかしいことには気づいているが、頬を染めて照れた様子の雪愛に春陽自身も照れてしまい何も言えないでいた。
こうして、春陽と雪愛は、甘々な雰囲気ながらもどこかぎこちない別れの挨拶となった。
この日は、楓花が友人達と一緒に遊びに来ていて、悠介から話を聞いていた限定カレーを食べに海の家へと来た。
「やっほーお兄。遊びに来たよー」
「楓花か。いらっしゃい」
楓花の声に悠介が反応し、その周りにいる楓花の友人達と思われる子を見て優しく迎え入れた。
「こっちが私のお兄。で、あっちで料理運んでるのがお兄の友だちのハル兄だよ」
「楓花の兄の悠介だ。よろしく」
「「「はい!よろしくお願いします」」」
友人達は少し顔を赤らめている。
「お兄、ケイちゃんは厨房?」
「ああ、そうだな。呼ぶか?」
「んー、忙しいんでしょ?後でいいや」
春陽も料理を運び終えたらすぐに厨房に戻っていくし、もう一人の女性、彩花のことだ、も忙しそうにしているのを見て楓花は言った。
注文を終え、悠介が去っていくと、楓花の友人達が春陽と悠介を見て、黄色い声を上げたり、そんな友人達に楓花が乾いた笑みを浮かべたりといったことがあった。
また、悠介から雪愛達が昨日来ていたと聞いた楓花は、折角なら会いたかったと一日ずれたことを悔しがっていた。
雪愛の水着姿は絶対凄かったはず、とこの場にいる者は誰も知らないが、以前の温泉の時を彷彿とさせる楓花の熱弁に、悠介はドン引きしていた。この妹の心動かされるポイントが悠介にはわからない。
一方、友人達はまた始まったといった感じで苦笑を浮かべた。どうやら通常運転らしい。
そんな楓花の様子に、悠介は、とりあえず今は春陽と雪愛が付き合い始めたことを伝えるのは止めておこうと心に決めた。
どんな反応があるかわかったものではない。
そうして食事を終えた楓花達。これは中学生だからこその無邪気さなのだろうか、楓花の友人達が初対面であるにもかかわらず、悠介に一緒に写真を撮ってほしい、とお願いした。できれば春陽も一緒に、と。
妹の友人の頼みとあって、悠介は二つ返事で了承し、春陽にも事情を話し、皆で一緒に写真を撮った。撮影は彩花にしてもらった。楓花の友人達はスマホで撮ったその写真を早速共有し、皆満足そうに笑っていた。イケメン高校生との写真はいい思い出になったようだ。楓花は何とも言えない表情をしていたが。
また、別の日には、杉浦一家が遊びに来た。
「こんにちは、佐伯先輩」
「杉浦さん、いらっしゃい」
詩那は水着姿を見られるのが恥ずかしいのか、少し頬が赤い。
詩那と大翔から聞いていたのだろう。
両親も一緒に四人で海の家へと来てくれたようだ。
春陽の考えたカレーを食べて、大翔は大興奮だった。
詩那は美味しい、と少し驚いたような表情をしていた。高校生の考案したものと侮っていた部分があったのかもしれない。メニュー開発がうまくいっていないと悠介から聞いたが、こんなものを作ってしまうなんて。素直にすごいと思った。ちらりと春陽を見れば、悠介と同じように真面目に働いている。
春陽と知り合ってからというもの、抱いていた春陽のイメージは崩れるばかりだ。
もしかして中学のときにバスケ部の同級生から聞いた話は間違いだったのだろうか?でもバスケ部内のことなのに間違った話が広まるなんてあり得るのか?詩那にはよくわからなくなってきていた。
食事をしている間、詩那は別のことでもモヤモヤしてしまう。
この短い時間で働いている悠介に声をかける女性客が二組もいたのだ。ちなみに春陽にも二組声をかけていた。悠介はカッコいいし、春陽もまあ見た目がいいのは認めざるを得ないので、女性客の行動もわからなくはない。わからなくはないのだが―――。
目の前で繰り広げられる逆ナンに、詩那の心は乱された。
だからかもしれない。悠介が料理の感想を聞きに詩那達の座るテーブルに来たときのこと。悠介が詩那のことを『杉浦さん』と呼ぶのを、詩那は皆杉浦なので、大翔のように名前で呼んでくださいと思い切ったお願いをしたのだ。自分の方が年下なので、『さん』もいりません、と。詩那の母親は、あらまあ、と目を大きくし、父親は苦笑を浮かべていた。
悠介はご両親の前ということで戸惑ったが、結局は『詩那』と名前で呼ぶことにした。詩那が真剣な表情をしていたから。
呼ばれた詩那はとても嬉しそうだった。が、同時に恥ずかしそうにもしていた。我に返ったのかもしれない。
さらには、杉浦家が海の家を出る前に、ご両親から悠介と春陽が呼ばれ、アズキの件でお礼を言われた。詩那も大翔も両親に倣う。最終的に飼うと決めたのは麻理のため、悠介も春陽も恐縮してしまうのだった。
こうして、短くも濃密な春陽と悠介の海の家でのバイトは終わった。
夏休み中ということで、春陽と雪愛はデートを重ねている、かと思えば実はそうでもない。
春陽はフェリーチェでのバイトがあったり、雪愛は母の沙織と北海道旅行に行ったり、とそれぞれ予定が入っていたからだ。
だが、電話やメッセージのやり取りは毎日のようにしていた。
主に夜、取り留めのないやり取りだが、誰に憚ることもなく過ごせる二人きりの時間に雪愛も春陽も十分に満たされていた。
その北海道旅行で雪愛は、沙織に彼氏ができたことがバレてしまった。
家では自分の部屋でしていた春陽との電話やメッセージだが、今は旅行中だ。
夜になると、沙織の前で、メッセージが届いていないかとスマホを気にしたり、ちょっとごめんと言ってホテルの部屋を出て電話したりしていれば、気づかれるのも当然だろう。
「ねえ、雪愛。もしかして彼氏でもできた?春陽君?」
沙織の核心を突く問いかけに、雪愛は誤魔化すことができなかった。
雪愛の話を聞いて、最初は驚きに目を大きくした沙織だが、雪愛が本当に春陽のことを好きなことが伝わったのだろう、沙織は優しく微笑んでおめでとうと祝福した。
その後は、雪愛を揶揄って反応を楽しむ沙織に雪愛が拗ねたり、沙織が春陽のことを色々聞いてくるのに対し、雪愛が春陽の話ができて嬉しいというように目を輝かせながら答えたりと母娘で盛り上がった。
初恋が叶い、付き合うことになったことが大きいのだろう。花火大会の日とは雪愛の態度が全然違っており、そんな雪愛を沙織は微笑ましく思った。
「今度家に連れてきて私にもちゃんと紹介してね?」
沙織にそう言われた雪愛が家に春陽がいる光景を想像したのか顔を赤らめるという場面もあった。
北海道旅行のお土産を渡しに、雪愛がフェリーチェに行った際には、麻理にも二人の関係を気づかれてしまった。
気づかれた原因は雪愛ではなく、春陽だ。
バイト中はどちらかといえばクールな印象の春陽が、雪愛の前だと非常に表情が柔らかで、笑みを浮かべているのだ。
ずっと春陽のことを見てきた麻理が勘づくのも当然だった。
「ねえ、ハル、雪愛ちゃん。あなた達何かあった?」
「っ、何かっていうか、その……」
春陽は後頭部に右手をやり、雪愛は照れたように頬を染めている。
その様子に麻理は確信を得て目を大きくする。
春陽が意を決したように、手を下ろし、麻理に自分と雪愛が付き合うことになったことを伝えた。
二人が付き合っていると聞いて、春陽などはてっきり麻理が冷やかしてくると思っていた。
だが、その時の麻理は、何が琴線に触れたのかわからないが、感極まった様子で、二人を祝った。
そんな麻理に雪愛は素直に喜び、春陽は訝しく思いながらも、自分が誰かと付き合うことになるなんて思いもしなかったのだろうと納得してお礼を言った。
春陽自身、自分のような人間が雪愛を好きになり、かつ付き合うことになったことが未だ信じられない気持ちもあるので、麻理がそう思うのも無理はないと思ったのだ。
こうしたことがあって、ようやくこの日、春陽と雪愛は付き合い始めてから初めてのデートをした。
最寄り駅で待ち合わせた二人は、早速電車で街へと向かった。会ってすぐから二人は恋人繋ぎだ。移動中、二人は笑顔で会話を楽しんだ。
最初の行先は、映画館だった。
雪愛の希望で恋愛小説が原作の実写映画を観に来たのだ。
実は、雪愛は元々読書は好きだが、恋愛小説などは興味がなく、あまり読んでいなかった。
けれど、春陽と知り合ってから、そういった分野にも興味を持つようになり、初めて手にしたのが、人気作で本屋に平積みされていた今回の原作小説だった。帯には、実写映画化という文字と公開日が記載されており、小説を読み終えた雪愛はその映画が気になっていたのだ。
到着後、予約していた座席のチケットを購入し、示されたスクリーンに入ると、人気の映画のようで、結構席が埋まっており、その多くがカップルだった。
そして、他のカップルの例に漏れず、春陽達も手を繋いだまま映画を楽しんだ。
映画を観終わった後、二人は、春陽がネットで調べた人気のパンケーキ店に行った。
春陽は食事系の、雪愛はデザート系のパンケーキをそれぞれ注文した。
「春陽くん、映画付き合ってくれてありがとう。春陽くんは楽しめたかな?」
二人で決めたデートコースではあるのだが、自分の趣味に付き合わせてしまった感は否めず、気になったようだ。
「ああ。楽しかったよ。途中は色々あったけど、ハッピーエンドだったのもよかった」
春陽の言葉は本心だった。
雪愛が行きたいと言った時も全く抵抗感は無く、どんな映画なのかと楽しみに思ったくらいだ。
鑑賞後も、温かい気持ちになる物語で、自分が恋愛映画を観て楽しめる日が来るなんて春陽は自分でも驚きだった。
「そうだよね!恋愛ものって哀しい結末のものも多くって、それはそれで綺麗な物語だったりするんだけど、私はやっぱり幸せな結末が好きなんだ」
春陽が自分と同じ感想で、雪愛のテンションが上がる。
そんな雪愛に春陽は優しく微笑んだ。
運ばれてきたパンケーキを食べる二人。
人気店だけあって、とても美味しく、二人は先ほど観た映画についてや食べているパンケーキについてと尽きない話題を楽しみながら食事を続けるのだった。
食後はファッションビルに行った。
提案したのは雪愛だった。
春陽の好みを知りたいと思った雪愛が服を選んでは春陽の意見を聞いていく。
それに一つ一つ感想を言う春陽。
どれも違う感想を言っているようで、雪愛は表情をころころと変えていた。
春陽もその流れに乗り、雪愛の好みで服を選んでもらい、試着した春陽を見ては雪愛が感想を口にしていた。
春陽が自分で選ばなかったのは、自分の感性だと今持っている服と同じようなものになってしまうとわかっていたからだ。
結局、試着をしては、お互いの意見を聞きながら、春陽と雪愛は、それぞれ一着ずつ服を購入した。
その後、遅くなる前に、雪愛を家まで送った。
家の前に着くと、雪愛が春陽にギュッと抱き着いた。そして、何かを期待するように顔を上げ、春陽の顔を見つめる。
そんな雪愛の態度に、春陽が察し、顔を近づける。それに合わせ雪愛が目を瞑ると、二人の唇が触れ合った。
顔を離し、見つめ合う春陽と雪愛。
「えへへ」
照れたように雪愛が笑う。
言葉にしなくても春陽が応えてくれたことが嬉しかったようだ。
春陽も慈愛のこもった眼差しで雪愛を見つめ、笑みを浮かべるのだった。
こうして、恋人となって初めてのデートは終わった。
これまで何度かしたデートと内容はそれほど変わらないかもしれない。
けれど、二人の気持ちは全然違う。
二人とも相手のことが好きだ、大切だという気持ちが溢れていた。
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