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〈改稿版〉人間不信の俺が恋なんてできるわけがない  作者: 柚希乃愁
第四章 花火大会と海の家

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第32話 夜空に咲く花火と彼の横顔

 時は少し遡る。

 屋台の通りを抜け、春陽と雪愛が皆からのメッセージを見た後のこと。

「雪愛、みんなと合流する前に渡したいものがあるんだ」

 今は期せずして、雪愛と二人きりのため春陽はちょうどいいと考えた。

「何?」

 雪愛は不思議そうに首を傾げる。

 すると、春陽はリボンのラッピングがされた小さな箱を取り出した。


「何度も弁当を作ってくれたお礼。それに新しいメニューができたのも雪愛のおかげだから。何か返したいと思ったんだけど、何がいいとかわからなくて」

「そんな。あれは私がしたくてしたことだし。お礼はもう言ってもらったよ?」

「それだけじゃ俺の気が収まらなくてな。まあ、自己満足だと思ってくれていい。この間、ショッピングモールに行った時に、雪愛が可愛いって言ってたやつなんだけど」

 そう言って、春陽は雪愛に小箱を渡した。


 春陽と雪愛の息抜きデート。

 その時二人はショッピングモール内にあるアクセサリーショップにも入っていた。

 そこで雪愛が見つけたのだ。

 四葉のクローバーが付いたブレスレットを。

「これ可愛い。それに、ふふっ。春陽くんの髪留めとお揃いみたい」

「気に入ったなら買うか?」

 元々何か弁当のお礼をと考えていた春陽は雪愛にそう聞いた。

「うーん、今日はいいかな。元々何かを買うつもりはなかったし。今日は春陽くんの息抜きが大事だしね」

「……そうか」

 こうして、その日は買うことはなかったのだが、春陽は昨日あらためて一人で行き、購入してきたのだ。お礼をするなら早い方がいいという思いもあった。

 ちなみに、アクセサリーショップで対応してくれた店員は、以前来店した春陽と雪愛のことが印象に残っていたようで、接客中にそのことを伝えられ、さらには「この間の彼女さんにですか?」と微笑ましそうに言われてしまい、春陽はかなり動揺してしまった。「彼女じゃないですけど……そうです」と答えるのが精一杯だった。

 春陽のその答えに若い女性店員は「まぁ」と驚きの顔をした後、熱心に応対し始めた。どうもその店員は美男美女のカップルだと思っていたら実はまだ恋人未満だとわかり、そして春陽の照れたような態度が可愛らしくてきゅんとしてしまい、応援したくなったようだ。春陽が店を出るときには、商品を渡した後、胸の辺りで両手をグーにして「頑張ってくださいね!」と送り出してきたくらいだ。春陽からすると非常に居心地の悪い時間だった。


 そうして、今日の帰りにでも渡せればと考え持ってきていたが、今渡せるならそれでもいいだろうと考えた。

「…ありがとう、春陽くん。開けてみてもいい?」

「ああ」

 丁寧にリボンの付いた箱を開け、中のジュエリーボックスの蓋を開く。

「わぁ……」

 感嘆の声をあげる雪愛。

 そこには四葉のクローバーのブレスレットが入っていた。

 まさか春陽からプレゼントを貰えるなんて思ってもいなかった。それも、あの時の会話を覚えていてくれたなんて。

 春陽とお揃いとも言ってしまったはずだが、春陽はよかったのだろうか。嬉しさと気恥ずかしさがこみ上げてくる。


 雪愛はブレスレットをそっと手に取ると春陽に目を向けた。

「本当にありがとう、春陽くん。すっごく嬉しい。…あのね、できたら春陽くんにつけてほしいな」

「わかった」

 春陽はブレスレットを受け取ると雪愛が差し出した右手首にそっとブレスレットをあてがい、丁寧にゆっくりと留め具をつけた。

「ありがとう。どうかな?」

 赤みの差した頬と笑みを浮かべた表情で、左手を添えて胸元に右腕を持ってくる雪愛。

「よく似合ってると思う」

 春陽も優しい笑みを浮かべて正直な感想を言った。



 そして今。

 春陽と雪愛は並んで座り花火を見ている。

 この時のために、和樹と悠介が大きめのレジャーシートを持ってきてくれていた。

 春陽達が合流したときにはすでに敷かれていて、九人が十分に座れる広さだ。


 次々と上がる打ち上げ花火は本当に綺麗で、周囲も含めて皆歓声を上げながら見ている。

 さすがは一万発。途切れることなく様々な花火が次々と打ち上げられていく。

 スマホで動画や静止画を撮影している人も多くいて、悠介達も思い思いに撮影していた。


 そんな中、春陽と雪愛は静かに夜空を見上げている。

 雪愛はちらりと春陽を見るが、春陽が何を考えているかはわからない。


 雪愛の意識は花火に半分、もう半分は春陽に向けられていた。

 春陽と知り合ってから自分は今まで知らなかった感情をたくさん経験している。

 今日もだ。

 春陽の腕や手の平の感触が今も残っている気がする。思い出せば自然と頬が熱くなる。恋をしたからこそ得られたものだとすれば、なんて素敵なものなんだろう。

 これまで恋バナなどに全く共感もできなかったことを考えれば、随分な変わりようだ。


 自分は春陽に会って恋をするために今まで男性に嫌悪を抱いていたのかもしれない、そんな考えが浮かんできてしまうような自分は重いだろうか。

 つい自嘲するような笑みが浮かぶ。


 そしてまた、春陽をちらりと見てしまう。

 綺麗な花火に集中できないことが残念に思わない程、春陽の横顔を見ると胸の辺りがポカポカした。


 フィナーレは一体何発連続で打ちあがったのかわからないほどのしだれ柳の連発で、空中に花が開き、夜空全体に花弁が垂れ下がるような光景は見ている者が吸い込まれそうな程に美しかった。


 その盛大なフィナーレに観客全体から割れんばかりの拍手が送られた。

 春陽も雪愛も拍手している。


 そうして、花火が完全にその姿を消すと、

「花火って儚い感じがするよな。見てる間は綺麗だけど、終わると寂しい感じがするっていうか、余韻が残るっていうか」

 春陽がそんなことを言った。

「その余韻がいいんだと思うよ。また見たいってならない?」

「そうだな。そうかもしれない」

「ふふっ、でしょ?また見に来よう?春陽くん」

「ああ」


 こうして花火大会は終わった。


 帰りの道中は、興奮冷めやらなぬ皆で花火大会の話で盛り上がり、あっという間だった。

 それぞれ途中で別れていき、春陽達も最寄り駅に着いた。

「じゃあ、俺はこっちだから。またな、春陽、白月」

「ああ、またな」

「またね、佐伯くん」


 駅で悠介と別れた春陽と雪愛はいつものように春陽が雪愛を家まで送ることになった。

 だが、歩き始めてすぐから雪愛の様子がおかしいことに春陽は気づいた。歩くペースが非常に遅く、よく見れば、片足を引きずるようにしている。

「足、痛めたのか!?」

「ち、違うの。うぅ……靴擦れしちゃったみたいで。電車で座れてたからか、歩いたらちょっと痛みが強く感じちゃって……春陽くんと二人になって後は帰るだけって気が緩んじゃったのかな」

 最後の最後でこんな醜態を晒してしまったと恥ずかしそうに春陽にそう説明する雪愛。

 ここまでは何とか頑張ってきた雪愛だが、痛みに耐えきれなくなってきて歩き方がおかしくなってしまっていた。

 それをすぐに春陽に気づかれた。

 鼻緒に隠れて見えなかったが、雪愛が足を少しずらしたことでその部分が見えた。

 皮がむけ、赤くなってしまっており、痛々しい。


 しばらく考えていた春陽だが、徐に雪愛に背を向け跪いた。

「は、春陽くん!?どうしたの?」

 突然の春陽の行動に驚く雪愛。

「歩くのきついだろ?背中に乗ってくれ」

「ええっ!?そんな、悪いよ!」

「雪愛の家まですぐだし、おぶった方が早いだろ。早く消毒とかした方がいい」

 春陽が善意で言ってくれていることはわかっている。

 ただ、雪愛の側にも、春陽に重いなんて思われたくないとかそもそもおぶわれるのが恥ずかしいとか色々あるのだ。

 けれど、確かにこのままだといつもの倍以上の時間が掛かってしまう。

 一人で帰れると言っても春陽は付き合ってくれてしまうだろう。それが嬉しくもあり申し訳なくもある。

 葛藤の末、このまま歩いた方が春陽を長く拘束してしまい迷惑だという考えに傾いた雪愛は、顔を赤くしながら春陽に言った。

「……それじゃあ……お願いします…」

「ああ」

 春陽の首にそっと腕をまわす雪愛。

 春陽の背中に自分の体を預けていく。

 それを感じた春陽がゆっくりと立ち上がり、おんぶの体勢になり、雪愛の下駄を脱がした。

 雪愛が下駄は持つと言うので、春陽の胸元にまわされた雪愛の手には下駄が握られている。

 準備が整い、春陽はゆっくりと歩き始めた。


(うぅ……重くないかな?それに、胸を押し当ててるみたいで恥ずかしいよぉ……)

 春陽から顔が見られないのが唯一の救いだ。どうなっているか十二分にわかっているが、想像もしたくない。

「春陽くん、重くないかな?」

 思わず聞いてしまう雪愛。

 聞いた瞬間、やってしまったと鼓動が早くなる。

 ちょっとでも言葉に躊躇されたり、言葉を濁されたりしたら打ちのめされてしまう。

「まったく。軽すぎるくらいじゃないか?」

 雪愛はスタイルはいいが決して太ってはいない。実際、体重も平均より軽いくらいだ。その辺りは女の子として気を遣っている。

 ただ、春陽にそう思われたら嫌だという思いからの言葉だった。

「そ、そうかな?」

 だから春陽の言葉に気づかれないように安堵の息を吐いた。



 そうすると、今度は胸を春陽の背中に押し当てる形になってしまっていることや太ももに春陽の手があることの羞恥が雪愛を襲う。

 春陽が全く気にしていない様子なのが憎たらしいくらいだ。

 けれどさすがにこっちは気にならないのか、なんて聞けない。自分ばかり気にしているようで完全に自爆だ。

(もうちょっとくらい意識してくれてもいいのに……)

 思った瞬間、自分のその考えにまた恥ずかしくなり、春陽の首に回した腕に力が入る。

 そこで、自分の右腕につけられたブレスレットが春陽の肩越しに目に入り、思わず雪愛の口元が緩む。


 春陽からは見えない位置で雪愛がそんなことを考えていると、春陽が静かな声で言った。

「なあ、雪愛。今の足のこともそうだけど、辛かったらすぐに言ってくれると嬉しい」

「っ、ごめんなさい……」

 春陽の言葉に怒られていると感じ、しゅんとなる雪愛。だが、それは尚早だったようだ。

「いや、責めてるとかじゃないんだ。雪愛が辛いのに気づかずにいるなんて俺が嫌だから。楽しかった花火大会の最後が痛みに耐えてきつかった、なんて思い出にはしてほしくないしな。俺も今日は楽しかったし。雪愛にとっても最後まで楽しい思い出であってほしいから」

「~~~~~っ………うん……ありがとう春陽くん」

 心配してくれて嬉しい。気遣ってくれて嬉しい。自分のことを想ってくれるのが嬉しい。

 どこまでも雪愛の心に嬉しい悲鳴を上げさせる春陽だった。


 話しながらということもあり、雪愛の家に着くまではあっという間だった。

 雪愛の家の前で、春陽は雪愛から下駄を受け取り、地面に置くと、そっとそこに雪愛を降ろした。

 ここで、重い物を運んでようやく降ろせたというようにふーと息を吐く、なんてことはもちろんない。春陽が言ったのはお世辞でもなんでもないし、実際疲れてもいない。


「ありがとう、春陽くん。最後にこんなことになってごめんね」

「そんなこと気にしなくていいから。それじゃあ―――」

「待って。あ、えと、あのね……」

 思わずといった様子で引き留めてしまった雪愛はその後の言葉が続かない。

「どうした?」

 雪愛の様子がなんだかおかしい。


 雪愛は、妙にそわそわして、手をもじもじさせており、落ち着かない様子だった。



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