第31話 その手の温もりに感じることは
春陽達は、九人で屋台を見て回っていた。
フランクフルトに唐揚げ、たこ焼きといったご飯物からクレープ、チョコバナナ、かき氷などの甘い物まで各々好きなように購入し、シェアできるものはシェアしながら楽しく食べ歩きしていた。
フランクフルトを春陽、悠介、隆弥が買った時には、春陽がとても嬉しそうにケチャップとマスタードを塗って少年のような笑顔で食べていた。どうやら屋台で食べるフランクフルトが好きらしい。そんな普段とは違う春陽を見て、雪愛は微笑ましく思った。
他にも男子達が射的をやったり、女子達が金魚すくいをしたりした。
意外にもと言っては失礼かもしれないが、射的が一番上手かったのは蒼真だった。小学生の頃から祭りなどに行っては必ず射的で遊ぶほど好きらしい。
金魚すくいは瑞穂が絶対やりたいと言って目を輝かし、その勢いで女子全員でやってみることになった。瑞穂も小さい頃から金魚すくいが大好きで、必ずやっており、周囲が若干引く程、すごい数をすくっていた。すくった金魚を水槽にリリースするまでがセットだ。
終わった後、瑞穂は大満足の笑顔だった。
瑞穂がすくっている間の店主はその顔が徐々に引き攣っていったが、瑞穂がリリースするとほっと安堵の息を吐き、参ったと苦笑を浮かべていた。
そんなちょっと意外な趣味嗜好が判明しながら、九人は屋台を楽しんでいった。
そろそろ花火を見る場所取りのためにも屋台を抜けて、河川敷に降りようかという時間になった。
和樹と隆弥が先頭を歩き、その後ろに男子三人、さらにその後ろに未来と香奈、最後尾に瑞穂と雪愛が列となって各々話しながら屋台が並ぶ通りを抜けようと歩いていた。
花火の時間が近づいているからか、足早に河川敷に向かって歩いている人が増えてきた。
そんな中、最後尾を歩いていた瑞穂がふと隣を見ると雪愛が見当たらない。
「雪愛?」
周囲を確認しても雪愛の姿がない。
正面から歩いてくる人や屋台に並んでいる人を避けるため、確かに話すよりも周囲に気を配っていた。
だが、まさか居なくなっているとは、と焦りが募ってくる。
そんな瑞穂に気づいたのか、未来と香奈が振り返った。
「瑞穂ちゃんどうしたの?」
「みずっちー?」
「雪愛がいないの。隣歩いていたはずなのに、気づいたらいなくて」
その言葉に未来と香奈も目を大きくする。
二人も周囲を見回すが雪愛の姿はなかった。
「とりあえず、雪愛ちゃんにメッセージ送ってみるね」
そんな後ろの騒めきに春陽が気づいた。
「どうかしたのか?」
「あ、風見。雪愛がいないの。どこかで逸れたのかもしれない。今、香奈がメッセージ送ってくれてるんだけど……」
それを聞いてからの春陽の行動は早かった。
「雪愛を探してくる。入れ違いになるとまずいから悠介達は先に進んでてくれ。場所が決まったらグループにメッセージ頼む」
悠介にそう言って、春陽はその場からここまで歩いてきた道を戻るように去っていった。
時間は少し遡る。
瑞穂と話しながら歩いていた雪愛だったが、人混みが激しくなったことと、そんな中で先を急ごうとする人や屋台に並んでいる人がいて、それらを避けて歩くことに意識を割かれていた。
すると突然、横から小さな男の子が走ってきて思いっきり雪愛にぶつかった。
「きゃっ」
「うわっ」
甚平を着た小さな男の子は雪愛にぶつかった拍子に二三歩後ろへと下がった。
雪愛はぶつかってきた男の子に目を留める。年は大翔と変わらないくらいだろうか。
「君、大丈夫?」
雪愛が目線の高さを合わせるように屈みながらそう聞くと、男の子がどうしたらいいのかわからないといった様子で黙って下を向いてしまった。
するとこの子のお母さんだろうか、浴衣を着た女性が慌てた様子で近づいてきた。
「こら、まーくん。こんなところで走っちゃダメって言ったでしょ!すみません、お怪我はありませんでしたか?」
最初は男の子に、続いて雪愛に言葉をかける。
「はい、私は大丈夫です」
実際雪愛の方は驚いただけで特に何もない。男の子も手ぶらだったため、浴衣が汚れたといったこともない。
「よかった。まーくんも怪我はない?」
母親の言葉にこくんと頷く男の子。
「よかった。お姉さんにぶつかったのはまーくんがこんなところで走ったからよね?お姉さんに何か言うことはない?」
「……ごめんなさい」
男の子が下を向きながら謝罪を口にする。
それに雪愛は困ったような笑みを浮かべたが、すぐに優しい笑みへと変わり、男の子の頭を撫でながら言った。
「ちゃんと謝れて偉いね。私は大丈夫だから。けど人混みもすごくて君も危ないからもう走らないようにね?」
雪愛の言葉にこくんと頷く男の子。
そして、母親がもう一度雪愛に本当にごめんなさいと謝って、親子はその場を去っていった。
そんなやり取りを終えて、前を見れば、瑞穂達の姿はどこにもなかった。
完全に雪愛一人だけ逸れてしまった形だ。
雪愛は苦笑を浮かべたが、スマホを見れば、香奈から『雪愛ちゃん大丈夫?今どこにいる?』とグループにメッセージが送られていた。
悠介からは春陽が捜しに行ったこと、自分達は先に進むからもし春陽と合流せず、屋台の通りを抜けたら連絡してほしいとあった。
雪愛はとりあえず、目の前の屋台の名前、そして大丈夫ということと、今屋台の通りを歩いていて、自分もこれから向かうと送った。
そして、雪愛はこの屋台の通りを抜けようと歩き始めた。
春陽を見つけられたらいいなとそんなことを思いながら。
だが、すぐにそんな余裕はなくなった。
男子達が前を歩き、その後ろを歩くだけでも横から割り込む人や屋台に並ぶ人を避けるのに大変だった道だ。
そんなところを一人で歩けば、肩や腕がぶつかる機会が増えていった。
そしてついに、後ろから思いっきり肩がぶつかった。
「きゃっ」
今度は子供ではない。大人だ。
ただでさえ足元が下駄で踏ん張りが利かない雪愛はよろめいて倒れそうになってしまった。
思わず目を瞑ってしまう雪愛。
転ぶことを想像して身を固くしてしまう。自分の体なのに全く言うことを聞かず、ゆっくりと倒れていることだけが感覚でわかる。
「―――――――――っ」
このまま転ぶ、雪愛がそう思ったとき――――。
ぽす。
何かに頭が当たり、肩が誰かに支えられた。
恐る恐る目を開ける雪愛。
見上げた先には焦ったような、それでいて安堵したような何とも言えない顔をした春陽の姿があった。
「……春陽くん?」
春陽は雪愛を捜しながらどうしてかとても気が急いていた。雪愛だって子供ではない。逸れたといっても自分で合流できるはずだし、別に春陽が焦る必要なんてどこにもないはずなのに、理屈じゃなく心配がどんどん大きくなっていく。
そんな中で、春陽が人ごみの中雪愛を見つけられたのは本当に偶然だった。
よかった、と安堵が全身を包む。やっぱり杞憂だったのだ。
折角見つけることができたのだから早く合流しようと急いで向かおうとするが、人が邪魔で中々近づけない。そのことに焦れる春陽。
そしてもうあと少し、というところで、雪愛が後ろから男性に押されるようにしてよろめいた。
「雪愛っ!」
それを目にした瞬間、考えるよりも前に身体が動いた。あと数歩という距離を急ぐ春陽。
倒れそうになる雪愛に春陽の心臓が嫌な感じに鼓動を速くする。時間にして数秒のはずなのにとても長く感じる。
そして何とか雪愛が倒れてしまう前に、支えることが間に合った。
もし間に合わなかったらという焦燥と間に合ってよかったという安堵が同時に春陽を襲った。
「大丈夫か?」
雪愛の目を見て春陽が言う。
「う、うん。ありがとう春陽くん」
春陽の胸に抱かれるような体勢に、自分が今どんな体勢なのかを徐々に理解した雪愛の頬が赤くなっていく。
「よかった」
雪愛の言葉を聞いて、やっと安心が勝った春陽は安堵の息を吐いた。
そして、心臓に悪い、先ほどのようなことが起きないようにと雪愛の手をそっと取り、一つ提案をした。
すなわち、この屋台の通りを抜けるまで、手を繋いで行こう、と。雪愛が嫌でなければと付け加えて。
その表情は気恥ずかしさを隠しきれていなかったが。
「っ……うん」
雪愛は頬の赤みが増していくのを感じながらも、頷き、自分からも春陽の手を握ることで返したのだった。
春陽が雪愛を見つけたからこれから河川敷に向かうとグループメッセージで送った後、二人は手を繋ぎ、通りを抜けるべく歩き始めた。
「突然居なくなったって聞いたけどどうしたんだ?」
春陽のその疑問に、雪愛は先ほどあった出来事を話す。
「そっか。雪愛は大丈夫だったのか?」
「うん。私の方は本当に驚いただけだったから。けど、その親子を見送って前を見たらもうみんな先に進んでいなくて……」
ごめんなさい、という雪愛に春陽は優しい笑みを向けて言った。
「無事だったならそれでいいよ」
「うん……ありがとう、春陽くん」
雪愛の心は春陽と話しながらも別のことでいっぱいいっぱいになっていた。
春陽に抱き締められた訳ではないが、抱き留められた。
春陽と恋人繋ぎではないが、手を繋いでいる。
正夢とまではいかないが、今朝見た夢と似た状況の連続に心臓の高鳴りが収まらない。
春陽の手の温かさが収まることを許してくれない。
けれどそれがまた心地いい。
ずっとこうしていたいと思ってしまう自分がいた。
男性―――春陽に触れることでこんな気持ちになるなんて少し前の自分なら考えられなかった。
一方、春陽も心中は穏やかではなかった。
自分はなぜ雪愛と手を繋ぐなどと言ってしまったのか、と。
あの時はそれが最善だと本気で思った。
倒れそうになる雪愛の姿はそれほど春陽にとって耐えがたいものだったのだ。
間に合って、腕の中に雪愛がいてくれて心底安堵した。
そんな姿をもう絶対に見たくない、守れるものなら守りたいという思いでいっぱいだった。
だが、こうして落ち着いてしまえば、なぜという惑いが出てきてしまう。
雪愛を思って手を繋ぐと言ったはずなのに、雪愛の手の温かさを心地よく感じてしまっている自分が、あまつさえ離したくないと思ってしまっている自分がいることが余計に惑いを大きくしていた。
他者、それも女性に対する恐怖心は依然として春陽の中にあるのに。
そうして、表面上は穏やかな会話をしながら二人はようやく屋台の通りを抜けた。
通りを抜けてすぐのところで、春陽と雪愛はスマホを見た。
皆から雪愛が見つかってよかったという内容や気をつけて来てという内容の返信が来ており、悠介からの返信に、どこに陣取っているかが書かれていた。
だが、ここからは目印が多い訳ではない。
結局、しばらく経った後、悠介に電話をかけ、誘導されながら春陽と雪愛は皆と合流を果たしたのだった。
皆が雪愛が無事合流できてよかったと笑顔で安堵の息を吐く中、瑞穂が目に涙を溜め気づくのが遅くなってごめんと言って雪愛に抱き着き、雪愛はそんな瑞穂に申し訳なさそうな笑みを浮かべ、こっちこそごめんなさいと言って抱き締め返していた。二人のやり取りを他のメンバーは優しく見守っている。
瑞穂の肩に回した雪愛の右手首には、それまで無かったペリドットの嵌った四葉のクローバーが付いたイエローゴールドのブレスレットが輝いていた。
そして、瑞穂も落ち着き、しばらく皆でお喋りをして過ごしたところで、花火の打ち上げが始まった。
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