第27話 息抜きは必要だ。二人ならこうなる
花火大会と海の家編スタートです。
夏休み初日。
今日から本格的に海の家の新メニューを作っていく。
フェリーチェが開店するまでの時間を使って新メニュー開発は行われた。
春陽は夜も一人で考えているが、試食や感想などのため、皆の都合がつくのがこの時間だったのだ。
悠介と雪愛も来ており、雪愛は朝から春陽が精力的に活動するということで、軽めの弁当を作って持ってきていた。
「朝から活動するならエネルギー補給も大事だと思って。前に春陽くん美味しいって言って食べてくれたから」
どうやら春陽の食生活が改善されていないことはお見通しらしい。確かに春陽の朝は毎日水を飲むだけだ。
春陽はありがたくそれをいただいた。別途何かお礼をしようと心に決めて。
中にはおにぎり二つと卵焼き、タコさんウインナー、ミニトマトと本当に軽めのものが入っていた。
美味いと言って食べる春陽に、雪愛は嬉しそうにしており、そんな二人へ麻理と悠介は口元をニマニマと緩ませ、生温かい目を向けていた。
春陽がそんな二人の視線に居心地悪そうにしていたのは言うまでもない。
春陽が食事をしている間、アズキはずっと春陽の膝の上にいた。ぶらーんと下げたしっぽを時折ゆらゆらとゆっくり振っている。
自分の特等席だと言わんばかりだ。
春陽がバイトに来ると、自分からバックヤードに行き、しっぽを垂直に立てながらすりすりと甘えるのがアズキのルーティンとなっている。
ちなみに、アズキはあれからすぐにトイレを覚え、店のカウンター内は入ってはいけないということもすぐに覚えた。
賢い子で、基本的にはカウンター席の一番端の席、雪愛がよく座る席に乗り、じっとしており、客はもちろん、麻理や春陽の邪魔をすることもない。
本当に看板猫になる日も近いかもしれない。
春陽が弁当を食べ終わり、カウンター内の厨房に行くとアズキは雪愛の膝の上に移動した。
雪愛は嬉しそうにアズキを撫でている。
春陽は悠介から海の家でのメニューを一つ作れると聞いた時からどんなものにしようかずっと考えていた。
そもそも、ベースは何がいいか。
焼きそば、カレー、ラーメンなど定番なものからハンバーガーや丼物、パスタなど色々と考え、その中で、春陽はカレーを作ることにした。奇を衒ったものよりも、客に受け入れられやすいと考えてのことだ。それにカレーは種類が豊富にある。普通の、家庭で作られるようなカレーはすでにメニューとしてあるため、それとの差別化という問題を解決しなければならないがアレンジはしやすいのではないかと考えた。
そうして、一日目、二日目、三日目と様々な試行錯誤をして作っては三人に試食してもらったが結果は芳しくなかった。様々な具材やトッピング、隠し味を試し、キーマやバターチキンなども調べて試したが、どれも春陽自身ピンとこなかった。
三人には感想は本音で言ってほしいとお願いしており、基本的には美味しいと言ってくれているが、考えが煮詰まってきて作ったフルーツカレーは不評だった。
ちなみに、これらの材料費は春陽持ちだ。麻理は店のものを使っていいと言ったのだが、そこは春陽が譲らなかった。
決して甘く見ていた訳ではないが、全く成果が上がらず、タイムリミットも迫っているため、徐々に春陽は思い詰めていった。
そんな春陽を三人は心配そうに見ていた。
四日目。
雪愛の作ってくれた弁当を食べ終えて、春陽は作業に入ったが、アイデアが出てこず、しばらく手が止まっていたところで、麻理が春陽に言った。
「ねえ、ハル。一度息抜きでもしてきた方がいいんじゃないかしら?」
「え?」
突然の麻理の言葉に呆けたような声が出た春陽。
「ほら、リフレッシュした方がいいアイデアも浮かぶかもしれないし」
麻理の言葉に雪愛も悠介も頷いている。
そんな三人を見て、どうやら随分と心配をかけていたらしいと悟った春陽は苦笑を浮かべた。今日は元々バイトも休みにされている日だ。だからこその提案なのだろう。
「……そうですね。ちょっと焦ってたかもしれません」
「賑やかなとこにでも行けば気分も変わるだろ」
悠介がそんな風に言うと、雪愛が続いた。
「それなら!私今日は予定もないから、一緒に行ってもいいかな?」
「それはもちろん、俺はいいが……いいのか?」
自分の息抜きに付き合わせることに春陽は惑ったが、雪愛からの返事はうん、という元気な肯定だった。
「それなら俺は今日ちょっと予定あるし、二人で行って来いよ」
悠介も春陽に付き合うつもりでいたが、雪愛が一緒に行くなら二人の方がいいだろうと考え自分は遠慮することにした。
悠介の言葉に、春陽はそれなら仕方ないなと納得したが、雪愛は一瞬目を大きくし、春陽と二人で出かけるということを理解すると、顔に熱が広がるのを感じたのだった。
こうして、期せずして春陽と雪愛のデートが決まった。
雪愛が弁当箱を片付けたりと出かける準備をしたいと言い、春陽も街に出るような恰好ではなかったため、春陽と雪愛は待ち合わせの時間と場所を決めて、それぞれ一旦家へと帰っていった。
今の春陽は雪愛と出かけるときは身だしなみを整えるように心がけている。きっかけは麻理に言われた言葉かもしれないが、水族館デートのときに自分の中で決めたことだ。
二人がいなくなった店内で、
「悠介。あんた本当にいいやつね」
優しい笑みを浮かべながら麻理が悠介に言った。
「なんすかいきなり?ってか今更気づいたんですか?」
「ふふっ。あらためてそう思ったってだけよ」
悠介は自分が遠慮したことを麻理に気づかれていたと恥ずかしそうに顔を逸らした。
春陽と雪愛は電車で街まで出て、今は、三階建ての大きなショッピングモールでウインドウショッピングをしながら話していた。
色々なものを見ることで気分転換になればと考えてだ。
すでにいくつかの店を見て回っている。
「雪愛はどんなカレーが好きとかあるか?」
けれど、どうしても春陽の思考はそっちに引っ張られてしまうようだ。
それに嫌な顔一つせず考えて答える雪愛。
「んー、あんまり考えたことないけど、野菜がいっぱい入ってるのとか、チーズのトッピングとか好きかなぁ」
「なるほど……」
思考に沈み始める春陽。
どれくらい時間が経ったか。
雪愛の「あっ」という声で春陽の意識が戻ってきた。
「どうした?」
言いながら雪愛を見て、春陽は心の中で自分に馬鹿野郎と叫んだ。
このショッピングモールは通路が屋外になっており、日陰ではあっても気温が高く暑い。それほど時間は経っていないはずだが、雪愛は少し汗を滲ませており、額にハンカチを当てていた。自分も少し汗が出ており、それにも今気づいた。
それくらいの時間は色々な店を素通りし、通路を歩いていたということだ。そんな雪愛の様子に気づかずにいたことに春陽は息抜きに来たくせに自分が考え込んでいたことを悔やんだ。
「このお店のケーキ有名でね。思わず声が出ちゃっただけなの」
春陽の問いに恥ずかしそうに答える雪愛。
「そっか。じゃあ入ってみようか」
雪愛が食べたいんじゃないかと思ったのもあるし、雪愛を涼しい店内に連れていきたいという思いもあった。
「え?…いいの?」
雪愛が聞き返す。春陽は甘いものが得意ではないのではと思ったからだ。
「もちろん」
「…ありがとう」
店内はそれなりに混んでおり、少し待ち時間があった。
その間に雪愛から聞いた話では、この店はパイ生地が美味しく、ミルフィーユとアップルパイが人気らしい。
雪愛はどちらにしようかと楽しそうに悩んでいる。
席へと案内された二人は、メニューを見ていた。
「何にするか決まったか?」
「うん、私はミルフィーユにする。春陽くんは?」
「じゃあ俺はアップルパイにしようかな」
雪愛がミルフィーユとアイスティー、春陽がアップルパイとアイスコーヒーを注文した。
待っている間に、春陽が先ほどのことを謝った。
「暑いのにずっと外歩かせて悪かった」
春陽の顔には罪悪感が滲んでいた。
「え?そんなずっとなんかじゃないよ?暑いのは夏なんだから当たり前だよ」
実際、春陽が考え込んでいた時間は長時間という程ではない。
夏に外を歩けばそれなりに短い時間でも汗は浮かんでしまうものだ。
涼しい店内と暑い通路の行き来を繰り返せば尚更のこと。
雪愛が全く気にしていないように言うので、春陽もこれ以上の謝罪は口にしなかった。
そんな風に話をしていると、すぐに注文した品が運ばれてきて、雪愛がミルフィーユを一口食べた。口に入れてすぐから幸せそうに頬が緩んでいる。
そんな雪愛の様子に春陽は笑みを浮かべ、自分もアップルパイを一口食べた。サクサクとしたパイの触感と柔らかなリンゴの甘酸っぱさが口の中に広がった。
「春陽くん、このミルフィーユすごく美味しいよ。一口食べてみて」
そう言うと、雪愛は自分のフォークにミルフィーユを乗せ、春陽に差し出してきた。
一瞬固まる春陽。これはそのまま食べろということだろうか。雪愛を見れば笑顔でフォークを差し出している。
春陽は意を決して、差し出されたミルフィーユを口に入れた。
ミルフィーユはサクサクとしたパイと甘すぎないカスタード、それにイチゴの組み合わせが絶妙で美味しかった。
「うん、すごく美味い」
その顔は照れているのを必死に隠そうとしていたのだが、雪愛を見たら今になって雪愛が顔を赤くしていた。
(これって、間接キスじゃ―――!?)
どうやら深く考えずにやってしまい、春陽が食べたところで自分がしたことに気づいたようだ。
春陽は自分が驚かされたことへの仕返しではないが、ちょっとした悪戯心で、アップルパイをフォークに乗せると雪愛に差し出した。
「アップルパイも美味いから一口どうだ?」
春陽にしては意地悪な笑みを浮かべている。これに雪愛の顔の赤みが増した。
ちょっとやり過ぎたかと思い、春陽がごめんとフォークを下げようと思ったところで、雪愛が勢いよくパクっと春陽の差し出していたアップルパイを食べた。目を瞑りもぐもぐと口を動かす。
「本当だ。美味しいね」
赤い顔のまま笑顔で言う雪愛。
まさか本当にするとは思っていなかったため、春陽まで顔を赤くしてしまう。
しばらくお互いに照れてしまったが、そんな自分達が可笑しくなり、二人は笑い合った。
女性客の多いこの店で、美男美女のカップルがそんな甘酸っぱいやり取りをしていれば、当然のように他の客からチラチラと見られ、二人は各テーブルの話のネタを提供することになったが、春陽も雪愛もそのことに気づくことはなかった。
その後は春陽が思考に沈むこともなく、二人でウインドウショッピングを続けていると、ある店で浴衣を着たマネキンが並んでいた。
「可愛いのがいっぱい」
「すごい種類あるんだな」
店内には、色や柄の違う女性用の浴衣がずらりと並んでいた。男性用はそれに比べると極端に少ない。
「この間ね、瑞穂達と浴衣見てきたの。今度の花火大会、皆で浴衣着ることにしてね。私小さい頃に着て以来だから、似合うかどうか心配ではあるんだけど」
「へえ。夏って感じがしていいな。雪愛なら浴衣も似合いそうだ」
「っ、ありがとう。気に入った柄があってね。着るの楽しみなんだ」
「俺も雪愛がどんな浴衣着るのか楽しみにしてる」
雪愛は春陽の素直な言葉の数々に嬉しくなる気持ちが止まらなかった。
そして、折角の浴衣姿を絶対春陽に見てほしいと思うのだった。
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