第24話 頑張り屋さんの姉と麻理の決意
杉浦詩那は、学校帰りに夕食の買い物を済ませ、家に帰ってきた。
詩那の毎日は基本的に中学の頃から変わっていない。
両親が共働きのため、弟の大翔の世話は詩那の役割だった。
学校終わりにはすぐに家へ帰り、大翔が保育園の頃はその迎えに行って、大翔の世話をしていた。
大翔の世話の際、長い髪は邪魔になるので、ロブの長さにしている。
中三になる頃にはそこに夕食の準備も加わった。
母が毎日仕事終わりに翌日の夕食を作ったり、休日にまとめて作り置きしたりしているのを見かねて詩那から申し出た。
今では、平日に自分の時間を持てるのは母が早く帰ってこれる日くらいだ。
放課後、友人と遊びに行くこともほとんどないため、次第に誘われなくなった。
高校に入ってもそれは変わらず、三か月も経てば、詩那は放課後忙しい、ということで遊びに誘われることはほとんど無くなった。
それでも仲の良い友人が二人でき、そのことには詩那も満足している。
だが、家事や子守りで忙しいとは友人の彼女達にも言えてはいない。
家族のことは大切に思っているが、正直他の子が羨ましいと感じてしまうこともある。
今日もそんないつもと変わらない一日のはずだった。
とりあえず、着替えを済ませ、ソファーに腰を下ろした詩那は、大翔がまだ帰っていないことに疑問を抱いた。
今日は雨が降っているのに、それでもどこかで遊んでいるのだろうか。
今年、小学校に上がってからはよく友達と遊ぶようになり、夕方に帰ってくることも多くなった。
今日ももしかしたら友達の家に行っているのかもしれない。
そう思うと、自分だって高校生になって友達と放課後遊んだりしたいのにという思いが湧いてくる。
(だめだめ)
大翔に嫉妬してしまいそうになるのを詩那は慌てて否定する。
問題なく小学校にも馴染めているようなので、そちらを喜ぶべきだと。
夕食の準備をしようとソファーから立ち上がろうとしたところでスマホが鳴った。
見れば大翔からの着信だ。
「もしもし、大翔?あんた今どこにいるの?」
大翔からの返事は要領を得ないもので、わかったのは兎に角フェリーチェという店に来てほしいということとその店の住所だった。
そこは、歩いて十分ほどの場所だった。
何かあったのかと心配になり聞くが、来てくれたら話すと言って何も言おうとしない。
埒が明かないと思った詩那は、雨の中やっと家に帰ってきたのにまた外に出ることを億劫に思いつつも大翔の言った店に向かうのだった。
一方、悠介と大翔はフェリーチェに到着後、詩那に連絡をしてから麻理に事情説明をしていた。
蒸し暑い中、じっとしていたため喉が渇いていたのだろう。大翔は麻理が作ってくれたアイスココアを勢いよく飲んでおり、時折言葉を挟んだが、基本的には悠介が説明した。
「そう。ハルがね……」
事情を聴いた麻理の第一声がそれだった。
春陽が小さい頃捨て猫を拾って飼っていたというのは初耳だった。麻理の顔に小さく笑みが浮かぶ。
「私が子供の頃にもね、姉が捨て猫を見つけて、飼っていたことがあるわ」
「そうだったんですか?」
「ええ。ねえ大翔くん、お姉さん、詩那ちゃんだったかしら?詩那ちゃんにお家で飼ってもいいかこれから相談するのよね?」
「うん」
「そう。うまくいくといいわね」
大翔の返事に麻理は笑顔で言った。
ちなみに、アイスココアを出してもらったときに、自己紹介をしており、大翔は、ありがとう麻理お姉さんと言った。大翔の言葉選びに悠介は心の中でファインプレーだとガッツポーズしていた。子供に麻理おばさんと言われても怒ることはないだろうが、機嫌が斜めになるかもしれない。機嫌はいい方がいいに決まっている。
それからしばらく経ち、一人の小柄な女の子が店内に入ってきた。
「あ、お姉ちゃん」
大翔の言葉からそれが姉の詩那だと二人は理解し入口の方へ目を向けた。
店内を見回し、大翔を見つけた詩那がまっすぐ近づいてくる。
少し怒っているように見える。
しかし、そこで詩那は隣に座る悠介が目に入り驚いたように目を大きくした。
「えっ!?佐伯先輩?」
「ん?俺?ってか先輩?」
突然名前を呼ばれたことに驚いたのは悠介だ。
「あ、突然すみません。私光ヶ峰の一年です。杉浦詩那と言います」
「おー、そうだったのか。偶然だな。佐伯悠介だ。でもよく俺のこと知ってたな?」
「それは、えーと、球技大会の時、一年と試合しましたよね?相手私のクラスだったんです。それで知ってて」
「そっか。本当にすごい偶然だな」
二人の様子をそれまで見守っていた麻理がそこで詩那に話しかけた。
「あなたが詩那ちゃんね?どうぞ、ここに座って?」
そう言って、麻理の隣の席、大翔の正面の席を詩那に勧める。
「あ、はい。ありがとうございます。えと、あなたは……?」
「ああ、ごめんなさい。私は麻理よ。ここ私のお店なの。悠介が大翔くんを連れてきてね。今話を聞いていたところなの」
「そうだったんですね。大翔がご迷惑をおかけしてすみません」
まだ全く事情はわかっていないが、大翔のことで話を聞いていたという言葉から、そう言って詩那は頭を下げた。
そして、詩那が席に着き、麻理がちょっと待っててねと言って、席を外し、すぐにアイスカフェラテを作って戻ってきて、詩那の前によかったらどうぞと言って置いた。
詩那が恐縮しながら受け取り、一口飲んだところで悠介から説明した。
「今は春陽がその子猫と動物病院に行ってるところなんだ」
悠介が最後にそう言って説明を終えた。
「そうですか……、風見先輩が。…先輩達には本当に大翔がご迷惑をおかけしました」
事情を聴いた詩那はそう言うと頭を下げた。
「お姉ちゃん。俺その子猫、家で飼いたい!」
そこで、大翔が自分の思いを詩那に言った。
身体に力が入っているのが見て取れる。
「そういうことはお母さんに言って。私じゃ答えられないから」
「…じゃあ、お姉ちゃん味方になってくれる?」
「味方になるとかならないとかそういうことじゃないの。生き物を飼うってそんな簡単なことじゃないでしょ?」
「なんで!?俺ちゃんとお世話するよ?」
「大翔一人でできることじゃないでしょ」
大翔の気持ちは詩那にもわかる。自分もかつてペットを飼いたいと思ったことがある。だが、今の自分にはその世話までする余裕はない。
詩那は悠介と麻理に向けて言った。
「家は両親が共働きなんです。大翔もまだ小さいですし、夕食が遅くならないようにと私も放課後は家事をしていて……。私もペットを飼いたいと思ったことはあるんですが……。だから正直家で子猫を飼うのは難しいかもしれません。ごめん大翔」
「お姉ちゃん!?」
大翔が原因とも言える状況で、梯子を外すようなことを言っている自覚がある詩那はすごく申し訳なさそうだ。
大翔の気持ちもわかるため余計に。
せめてもの誠意として、今の現状と思いを嘘偽りなく悠介と麻理に伝えた。
高校の先輩である悠介に伝えるのはすごく恥ずかしかったが。
「いや、簡単に決められることじゃないのはわかってるから。春陽もそこは理解してて、自分が飼う覚悟もしてのことだから。杉浦さんが気に病むことはないよ」
悠介に続き、麻理が柔らかな笑みを浮かべて言った。
「詩那ちゃんは偉いわね。それにとってもよく考えてる。詩那ちゃんの言ってることもわかるし、大翔くんの気持ちもわかるわ。だから、今日は一旦帰ってご家族でよく話すといいわ。もし、飼えないという結論だとしても気にしないで。子猫はここで育てることにするわ。ここからお家近いんだったわよね?だからもしそうなっても好きな時に会いに来てあげて?」
高一で遊びたいはずなのに、家のことを頑張っている詩那はすごいと素直に思う。両親が忙しいということは、いざという時は詩那が全てしなければならなくなる。そう考えれば、詩那にそこまでの余裕はないのだろうなと麻理は詩那の現状を色々と汲み取った。
詩那はそんな麻理の言葉に自分の事をわかってもらえた、肯定してもらえたようで嬉しかった。
「麻理さん!?」
一方、悠介は麻理が育てると言ったことに驚いた。
「いいのよ。一人でいるより賑やかになるでしょうし、看板猫になってくれるかもしれないしね。さ、詩那ちゃん達は遅くなっちゃうといけないし、結論が出たら教えて?悠介もそろそろバイトに向かわなきゃでしょ?」
こうして、詩那達は麻理と悠介にお礼を言って家へと帰り、悠介はまだ少し麻理と話したそうだったが、確かにバイトの時間が迫っていたため、バイトへと向かった。
大翔は子猫に会えず帰ることに後ろ髪を引かれているようだったが詩那に促され素直に帰っていった。
そして、麻理は春陽へとメッセージを送った。
『もし子猫を連れて帰れるようなら店に一緒に連れてきなさい』
連れて帰ると言った春陽に対し、その意味、つまりこの子猫を育てるという意思表示だと理解し、ありがとうと先生は礼を言った。
そして、先生はわかった限りの子猫についての情報と今後どうしていったらいいかを詳しく春陽に伝えた。子猫は生まれて三か月程度だと話した時には、段ボールから逃げ出さなかったのは奇跡的だと言っていた。
春陽はフェリーチェに着くと子猫を抱いたまま麻理に言った。
「今日はすみません。バイト出られなくて。それに、迷惑かけてしまって……」
「そんなことはいいのよ。大翔君達は今日は帰らせたわ。家でしっかり話してくるように言って」
「そうですか。ありがとうございました」
「ふふっ。この子がそうなのね。フワフワで可愛いわね。もし大翔君達が駄目だったらこの子は私が育てるわ」
「えっ!?」
大翔達がすぐに、子猫を拾いました、じゃあ飼いましょうとはならないだろうことは予想できていた春陽。自分で育てるための段取りを考えなければと思ったところでの麻理の言葉に春陽は目を大きくした。
「私も子供の頃猫を飼っていたのよ。ハルもいなくなってここで一人だったしね。ちょうどいいかなって。悠介にも言ったけど、看板猫になってくれるかもしれないし」
「すみません……」
「謝ることじゃないわよ?」
「……ありがとうございます」
春陽は腕に抱いた子猫の温かさが自分にも広がっていくように感じた。
今日は店で子猫を預かるということで、バックヤードにバスタオルを敷きその上に子猫を寝かせた。
そして、春陽は動物病院で聞いた内容を麻理に伝えた。
「ハルも今日は色々あって疲れたでしょ。あんたも今日は帰りなさい」
麻理にそう言われてしまい、春陽も子猫のことを気にしながらも家へと帰るのだった。
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