第22話 恋する乙女は強かった
「今日は本当、突然悪かったな」
心底申し訳なさそうに和樹が言う。二人のデートを邪魔してしまったのだ。しかもわざわざこちらから二人に突撃する形で。本気で心苦しい。
「いや、もう帰ろうかってところだったしそれは別にいいんだが」
だが、春陽はそんな和樹の心情を知ってか知らずか、大して気にした様子がなかった。
和樹と春陽は今、水族館に隣接したショッピングモールの通路に佇んでいた。
雪愛と瑞穂は二人でお手洗いに行っている。
「それにしても、ペンギンのイベントのところで春陽達を見た時は驚いたよ。それに白月さんにも驚いた。もっと大人っぽいっていうか落ち着いたイメージが強かったけど、春陽といるときの白月さんは何だか雰囲気も柔らくて、あんなに可愛らしい感じなんだな」
「?雪愛は最初からあんな感じだぞ?」
「ははっ。それは春陽の前だからだろ?多分今日の白月さんをクラスのやつが見たら全員自分の目を疑うと思うぞ?」
実際、先ほどまでいたファミレスでの雪愛は学校でのそれに近かった。春陽と二人きりだったからこそ見られた雪愛だったのだろうと和樹は思う。それを春陽が理解していなさそうなことが何だか可笑しくて、つい笑いがこぼれてしまうのだった。
時は少しだけ遡る。
春陽達四人はお土産ショップの前で出会った後、一旦落ち着こうと隣接したショッピングモール内にあるファミレスに行った。
そこで、雪愛が春陽から承諾を得て、これまでのことを瑞穂達に語って聞かせた。中間テストの打ち上げのときに瑞穂には一度話したことがある内容も含めて。和樹は初耳のことだろうし、と考え最初の出会いからだ。
話を進める度に和樹はそんなことがあったのかと驚いていた。
ちなみに、和樹が今の春陽を見て、春陽だとすぐにわかったのは、球技大会のときに眼鏡を外した春陽を間近で見ていたから、とのことだった。
本気でバスケをしていたので動きが激しく、当然相応に髪も乱れる。
春陽からパスをもらう形が多かったため、和樹は春陽をよく見ていたのだ。
そんな中、瑞穂の抱いた感情は打ち上げの時とは全然違っていた。春陽の自作自演を疑うなんてとんでもない。目の前にいる人物が助けたのだとしたら、それは完全に困っているお姫様を助ける王子様の図だ。
それに、雪愛が春陽の誕生日のお祝いに参加したことは今初めて聞いた。そこで初めて、以前自分を助けてくれたのが同じクラスの風見春陽だと知ったのだと。
瑞穂は、自分が言ったことや自分の考えたことに恥ずかしさから顔が熱くなる。そして深い、それはもう深いため息を吐いた。そうして何とか顔の熱を逃がす。
「なんで風見は……言い方悪いけど、学校ではあんな地味な感じにしてるの?」
最も疑問に思ったことを瑞穂は素直に聞いた。
「人と関わるのが嫌だったから」
春陽の答えは実にシンプルだった。
和樹は何となく想像できたのか苦笑を浮かべ、雪愛は困ったような顔をしている。
だが、続く春陽の言葉に雪愛の表情が明るくなる。
「だけど、今はそこまで徹底的に避けたい、ってほどじゃない」
「春陽くん……!」
春陽は少しバツが悪そうだ。
「変な言い方だけど、未来は風見の素顔知らないよね?よくカフェには行ってたみたいだけど。学校の人で他に知ってる人って――――佐伯くらい?」
学校での春陽と悠介の様子、そして誕生日のお祝いに悠介もいたということから知っているのだろうと半ば確信をもって瑞穂は聞いた。
「ああ。悠介と雪愛以外は知らないだろうな。気づかれたのは今が初めてだ」
「そうね。佐伯君は春陽くんの中学からの同級生だから」
春陽と雪愛が答える。
「風見は学校では今までどおりでいたいんだよね?」
「まあ、それで不都合もないしな」
和樹は、春陽の言葉にもったいないと思った。見た目だけで印象は大きく変わるものだ。学校でも今のようにしていれば、球技大会の時のようにあからさまに春陽を悪く言う人間も減るだろうに、と。だが、春陽の隣に座る雪愛を見て言葉にはしなかった。それは女子にも言えてしまうだろうと思ったからだ。今の春陽はその容姿だけで見てもきっと女子にモテるだろうと。
「……わかった。和樹は?」
瑞穂は雪愛をチラッと見て、まだ何か言いたげだったがそれを飲み込んだ。
「俺も特に何か言ったりはしないよ」
春陽達のことは概ねわかったということなのか、瑞穂達、というよりも瑞穂の質問攻勢が止んだので、今度は雪愛から気になっていたことを聞いた。
「ところで、瑞穂は新条君と付き合ってるの?」
「…………」
「ああ。高一の時からね」
答えたのは和樹だった。
「そうだったの。どうして瑞穂は隠してたの?」
今まで瑞穂はそう言った話になっても絶対口を割ろうとしなかった。
確かに瑞穂は、雪愛達ならバレてもいいと思って今日の水族館デートを決行した。雪愛達なら誰かに言いふらしたり、他の女子のようには言ってこないだろうと思っていたからだ。それは香奈や未来も同じなのだが、どこから漏れるかわからないため今まで隠してきたのだ。だからこそ、もしばったり出くわしても内緒にしてとお願いする程度で済むと思っていた。こんなに話し込むことは想定外だったのだ。そもそもは、雪愛達に突撃した瑞穂自身が原因なのだが。
瑞穂は一つため息を吐いて雪愛の質問に答えた。
「和樹と付き合ってるなんて知られたら、女子から何言われるかわかったもんじゃないから……」
今、瑞穂が和樹のことを名前で呼んでも変に疑われないのは友達の距離感だからだと瑞穂は考えている。
「そんなことはないと思うのだけど……私たちもう高校生よ?」
「俺もそう言ってるんだけどね」
雪愛の感想に和樹が苦笑しながら同意する。
だが、和樹の言葉に瑞穂がすかさず反論する。
「和樹は実際に見てないからそんな簡単に言えるの!小中と和樹の幼馴染だってだけで、私がどれだけ色々言われてきたと思ってんの。今でも和樹に告白する女子結構いるのに、その子たちに知られたら何て言われるか」
実際、瑞穂は和樹と幼馴染で仲がいいということで何度も女子からやっかみを受けていた。中には直接的な恨み言を言ってくる者もいた。それが数え切れないほど何度もあったのだ。トラウマのようになっても仕方ないことだろう。
「だからこそ、誰かまで言わなくてもちゃんと彼女がいるってことくらい言いたいんだけどなあ」
瑞穂から女子の情報網を舐めるなと言われ、和樹は彼女がいると言うことも止められている。
「私も今のままでいいとは思ってない。和樹と付き合ってるのは私なんだから。ただ、まだ決心がつかないっていうか……。ごめん。だから雪愛達も悪いんだけどこのことは内緒にして?」
瑞穂と和樹も中々に複雑なようだ。
「わかったわ。何かあったらいつでも言って?私も、その、瑞穂に聞きたいこととかできるかもしれないし」
「誰ともそんな話しないから安心してくれていい」
最初から瑞穂の嫌がることをしようなんて思っていない雪愛とそもそもそんな話をする気もなければ相手もいない春陽の返事に瑞穂は安堵の息を吐いた。
そして現在。
容姿の整った男性二人が並んで佇んでいればこんなことも十分にあり得るだろう。
春陽と和樹が話しているところへ大学生くらいの二人組の若い女性が話しかけてきた。
いわゆる逆ナンというやつだ。
女性達の言葉に和樹が一人、人を待っているので、と対応しているが女性達の押しが強い。どんどんと話を進めようとしてくる。
和樹はかなり押され気味だ。
そんな中、春陽は黙ったままだった。無視をしているというよりも何と言っていいかわからないといった感じだ。押しの強い初対面の女性二人に若干引いているようにも見える。
こんなところで人付き合いを避けてきた弊害が顔を覗かせる。
そんな時だった。
タイミングがいいのか、悪いのか、雪愛と瑞穂が身だしなみを整え、お手洗いから出てきたのだ。
そして、女性二人に言い寄られて困惑している春陽と和樹を目撃した。
二人はすぐに状況を察したようだ。
(春陽くん!)(和樹!)
そこからの二人の行動は早かった。
考えるより前に身体が動いたといった様子だ。
「和樹!」「春陽くん!」
瑞穂と雪愛は、それぞれ和樹と春陽の腕に飛びつくようにして自分の腕を絡めた。
「瑞穂!?」「っ!?」
和樹は突然呼ばれた上に、腕への柔らかな衝撃で驚いたがそれだけだったともいえる。
問題は春陽だ。
雪愛の突然の行動に本気で驚き、身体をビクッとさせていた。
春陽の腕は完全に雪愛に抱き締められている。
「……雪愛、いきなりどうした?」
それが雪愛の仕業だと理解し、少し落ち着いた春陽は、今の状態、自分の腕が抱き締められており、柔らかな感触に包まれているということに気づいてしまい、若干顔を赤らめた。
春陽が声をかけるが雪愛は答えない。
瑞穂も和樹が名前を呼んだことには何も返していない。
二人の目は、逆ナンをしてきた女性二人に向いていた。
彼に近づくな、二人の目は確かにそう言っていた。
その女性達も突然の乱入者に目を大きくさせていた。しかし、すぐに立ち直ると、苦笑を浮かべた。
「ダブルデート中だったかぁ。彼女さん達、ごめんねぇ」
「フリーじゃなかったのかぁ」
そう言って、女性達はすぐにその場を離れていった。
悪は去った、とでもいうようにほっと安堵の息を吐く雪愛と瑞穂。
恋する乙女は強いというやつだろうか。
しかし、安堵したからこそ冷静になっていく。
瑞穂は少し照れたように、ごめんごめんと和樹に半笑いで言ってそっと自分の腕を解いた。
和樹も落ち着いた様子でありがとうとお礼を言っている。
二人が付き合っているからこそのやり取りといえる。
一方、冷静になったからこそ、顔が急激に熱くなったのは雪愛だ。
自分の行動がどれだけ大胆だったかという恥ずかしさや自分がしたことを春陽が嫌がっていたらどうしようという不安がこみ上げてくる。
慌てたように春陽の腕に絡めていた自分の腕を解くと焦ったように春陽に言った。
「ご、ごめんね!今のは、あの、春陽くん達が困ってると思って。それで、あの――――」
何か言おうとするが、上手く言葉にならない。
気持ちだけがどんどん焦っていき、顔の赤みも増していく。
そんな雪愛の様子に、逆に落ち着いていく春陽。
行動そのものには驚いたが、助かったことには変わりない。
雪愛が落ち着けるように春陽は笑って雪愛に話しかける。
その笑顔はとても優しかった。
「雪愛、落ち着いて。助けようとしてくれたんだな。ありがとう」
「っ、う、うん……」
春陽のこの笑顔に弱い雪愛は心臓が一度大きくトクンと鳴るが、何とかそれだけを答えたのだった。
こうして、様々なハプニングがありつつも、この後、帰りの途中で和樹達とも別れ、春陽が雪愛を家まで送り、二人の水族館デートは終わった。
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