第20話 大人げないイケメンのお兄さん
もうすぐ梅雨だが、今日は晴れていた。
麻理の言い分は正しかったのだろう。
九時五十分、春陽は今、駅の改札にいる。
十時にここで雪愛と待ち合わせの予定だ。
今日の春陽は、すらっとしたシルエットのブラックジーンズに白のTシャツ、グレーの七分袖サマーカーディガンといったシンプルな装いだ。
麻理の言うオシャレは正直よくわからない。精々近所のスーパーに行くのとは違うといった感覚だ。
基本的に春陽が持っている服はシンプルなものが多いため、それほど普段と変わらないと春陽は思っているが、眼鏡を外し、髪型も整えた今日はとてもよく似合っており、落ち着いた大人っぽさがあった。
休日ということもあり、駅の利用者が多いのだが、先ほどからチラチラと女性が春陽に視線を送っているくらいだ。
そこに、雪愛が急ぎ足でやってきた。
時間は十時ちょうど。急ぐ必要はないのだが。
「遅くなってごめんなさい!」
春陽の前に着くとがばっと頭を下げる。
雪愛は余裕をもって、十分前には来ているつもりだったが、春陽とのデート、と考えると身だしなみを整えるのにいつも以上に時間がかかってしまったのだ。
「いや、約束の時間どおりだし、俺もさっき来たばかりだから」
そんな雪愛に春陽は表情を柔らかくする。
「よかっ…た……」
雪愛が息を整え、あらためて春陽に顔を向けて固まった。
バイト中の春陽で顔は見慣れているはずだった。さすがに今日は雪愛の贈った髪留めは付けていない。
だが、私服姿は春陽の誕生日の時以来だ。しかもあの時は眼鏡をしていて、前髪で目元も隠れていた。こちらの春陽の私服姿は雪愛も見るのは初めてだった。
簡単に言ってしまえば今日の春陽に雪愛は見惚れてしまった。
(大人っぽくてかっこいい……)
そして、自分の服装が気になった。
今日の雪愛は白を基調にした涼しげな花柄のワンピースだった。肩が少し出ているタイプで、腰のベルトリボンがアクセントになっている。
「あ、あの春陽くん、今日の私の格好どうかな?変じゃないかな?」
つい、春陽に聞いてしまった雪愛。
今日の服装、実は先日瑞穂達と一緒に買い物に行った時に買ったものだったりする。服装に悩んでいることを相談したら、四人でショップを見に行く流れとなり、皆で雪愛のファッションショーを行ったのだ。
そのうちの一着で、普段雪愛が買う服と系統が少し違うし、少しだけ露出が多いため、雪愛は最初渋っていたのだが、三人からすごく似合っていると後押しされ買ってしまった。
「ああ。すごく似合ってる。…可愛いと思うよ」
少し照れたように頭に手をやり、そう付け足す春陽。
実際、前に見た雪愛の私服は清楚系というか落ち着いた雰囲気だったが、今日の可愛らしさに綺麗さが足されたような服装も本当によく似合っていた。服装に合わせてか髪も少しアレンジされており、それもよく似合っている。
「っ。ありがとう…。春陽くんも素敵だよ」
自分で聞いておいてなんだが、春陽から可愛いと言われるとは思っておらず、雪愛の顔は急いできたこととは違う理由で熱くなってしまった。
それから、春陽の行こうか、という言葉で、二人は水族館へと向かうため、改札を通り、電車に乗った。
少しだけぎこちなくスタートしたが、すぐに二人ともいつも通りに戻り、水族館に到着した。
日曜の水族館はイベントが盛りだくさんだ。
アシカショーにイルカショー、ペンギンの餌やりタイムとスケジュールされている。イベントは一日に複数回行われており、順番に気をつければすべて見られるようになっている。
そして、雪愛達の今日一番の目的と言っていい、ペンギンの赤ちゃんの抱っこイベント。こちらは一日一回だけの開催だ。
早速二人はチケットを買い、館内へと入った。
春陽達は経路に沿って順々に見て回った。
イワシの大群が同じ方向に泳ぐ水槽ではその光景に圧倒された。
「うわー!すごいね、春陽くん」
「ああ。なんて言うか、壮観、だな」
クラゲのコーナーではその幻想的ともいえる様子に小声で感想を話し合った。
「ゆっくりふわふわしててクラゲって可愛いね」
「くくっ、そうだな。それに結構きれいだ」
「うん。なんだか癒しって感じ」
「だな。実際そういう効果もあるらしいぞ?」
タイミングよく見られたペンギンの餌やりタイムでは、複数種のペンギン達が飼育員にどんどん近づいていき、ちょうだい、もっとちょうだいと言っているかのような姿に、かわいいと雪愛のテンションが上がった。
「あの子、じっと飼育員の方見てるけど動かないな」
春陽がある小さめなサイズのペンギンを指して言うと、
「きっと、飼育員さんが来てくれるのを待ってるのよ」
雪愛も春陽の指す方を見て言った。
春陽がそのペンギンの写真が貼ってある横の解説を読んでいると、その会話が聞こえていた訳ではないだろうが、飼育員が移動を始めた。それにぞろぞろとペンギン達がついていく。その光景もかわいいと雪愛、そして周囲からも声が上がっている。
写真を撮っている人も何人かいる。ちなみに、みんなフラッシュは無しだ。
飼育員が春陽の指したペンギンの近くまで移動し、魚をあげるとパクパクと食べた。
その様子に、雪愛がやっぱり、と言って笑顔を春陽に向けたのだった。
シロイルカの水槽では、バブルリングを出して、その輪を潜る姿やこちら側に手を振っているような仕草に雪愛が初めて見たらしく、目をキラキラさせていた。
そんな雪愛に春陽も自然と笑顔が増えていく。
続いて、アシカショーを見て、輪投げや鼻の上にボールを乗せる技、キャッチボールなど一つ一つのパフォーマンスに拍手を送って盛り上がった。
そうして、あっという間にお昼時になり、今二人は、館内のレストランでお昼を食べている。
雪愛がカレーを春陽がナポリタンをそれぞれ注文した。
カレーは、ライスがイルカの形をしており、具材も魚やカメ、イカなど様々な形に模られていた。見本を見た時から雪愛はこれにしようと決めていた。
そして、届いたカレーをすぐにスマホで撮った。その様子に春陽は小さく笑った。
ちなみに、ナポリタンにはタコさんウインナーが入っていた。
「水族館ってもっと見て回るだけってイメージだったけど、色々やってるんだな」
「そうだね。こんなに盛りだくさんなのは休日だけかもしれないけど、ショーとかは結構やってるかな」
「初めて来たけど結構楽しいな」
「本当!?よかった。私ばっかり楽しんでるだけだったらどうしようって思ってたから。けど、水族館初めてなの?」
「ああ。動物園は小学生の時遠足で行ったけど、水族館はないな」
「そうなんだ。じゃあ、午後のイルカショーも楽しみだね」
「そうだな。後、ペンギンの赤ちゃんもな?」
「うん!」
実際春陽は初めての水族館を結構楽しんでいた。物珍しさもあったかもしれない。
雪愛は春陽の言葉に家族で行ったりしなかったんだろうかと一瞬思ったが、そういう家庭もあるだろうと口には出さなかった。
午後一番はイルカショーだ。
最前線の濡れるエリアは椅子の色が変わっており、注意書きもされている。二人はそこを避け、けれどなるべく近くで見られるようにとその少し後ろの席に座った。
雪愛は、様々なジャンプやテールキック、ランディングなど一つ一つのパフォーマンスに笑顔で拍手を送っている。
イルカが客席に向かって水をかけるパフォーマンスの時には、雪愛達のすぐ近くまで水がきたことに驚き、きゃあっと声を上げた雪愛だが、すぐに楽しそうに笑った。
子供の様にテンションの高い雪愛に、春陽は、驚くよりも雪愛の新しい一面を知れたと嬉しくなった。
(楽しんでくれてるみたいで本当によかった)
折角行きたがっていた水族館が自分のせいでつまらないものになってはいないようで春陽はそっと安堵した。
そして、いよいよペンギンの赤ちゃんを抱っこできるというイベントの時間がやってきた。舞台上には三羽のペンギンの赤ちゃんがいる。
しかし、ここで予想外のことが起こった。
このイベント、クイズに答えた三組だけが抱っこできるというものだったのだ。しかもペンギン達のことを考慮し、一問につき、一人だけだ。飼育員が出す問題に手を挙げて、指された人が答えるという形式だ。
それを知って、最初は答えようと意気込んでいた雪愛だったが、一問、二問と進むにつれて寂しそうな顔になってきていた。
一問目からそれなりに難しい問題で、なかなか正解が出なかった。
客層はファミリーやカップルが多いが、子供が手を挙げると飼育員は優先して子供を指した。そして、お父さんやお母さんが耳元で言う答えを子供が元気よく答える、という流れが続いたのだ。カップルや友人グループとわかる人は子供の後、といった感じで、なかなか指されない。手が挙がらなくなってくると飼育員がヒントを出し、正解者が出るといった感じだ。
正解するとすぐに前へと呼ばれ、正解者がペンギンを抱っこして飼育員に写真を撮ってもらい、次の問題へと移っていく流れだった。二問ともファミリーが正解し、抱っこしたのはどちらも子供だった。
それでも一問一問なかなか答えが出ず、子供以外も指されているのだから難易度は高い。
春陽も雪愛もここまでの二問とも答えがわからなかった。
「それじゃあ次で最後の問題です!みんなわかったら元気よく手を挙げてねー!」
元気よく若い女性の飼育員が進行していく。
「問題です!この水族館にもいるケープペンギンはもともとどこに住んでいるでしょうか?」
そう言うと、飼育員は一羽のペンギンが写っているボードを掲げた。
春陽は初めてわかる問題が出てさっと手を挙げた。
それに驚いたのは雪愛だ。目を大きくしている。
写真のペンギンが、午前中に見た自分から動かなかったペンギンと同じだということしか雪愛にはわからない。答えがわかることにも驚きだが、春陽が率先して答えようとしていることにも驚いた。
そんな雪愛の様子に気づいた春陽が笑って言った。
「抱っこ、してみたいんだろ?指名してくれるかはわかんないけどやってみなくちゃな」
子供達が次々に手を挙げて指されては、南極、北極、アメリカ、カナダ、ロシアと答えていく。しかしどれも外れだ。
子供達の手が挙がらなくなったところで、春陽はチラッと飼育員がこちらを見た気がした。
だが、春陽を指すことはなく、
「ちょっと難しいかな?じゃあヒントです!このペンギンがいるのは寒いところではありません!」
そしてまた子供達が手を挙げる。
イギリス、オーストラリア、ブラジル、インドと答えていくがすべて外れだ。
春陽は最初からずっと手を挙げているが、この最後の問題は皆にとって本当に難しいようで、他のカップルや友人グループも今はもう手は挙がっていない。
飼育員もそれがわかったのだろう。
正解が出そうにないと判断したのか、飼育員は苦笑を浮かべて春陽の方をしっかりと見て言った。
「はい!それじゃあそこの大人げないイケメンのお兄さん、答えをどうぞ!」
大人げないという言葉に顔が熱くなるのを感じる春陽。
春陽を指したのは飼育員のはずなのに酷い言われ様だ。ここまでファミリー以外も手を挙げていたのに。確かにこの最後の問題では最初からずっと春陽は手を挙げ続けていたが。
イケメンなんていう言葉を気にする余裕もなかった。ファミリーの大人からは優しい笑みが向けられる。他のカップルなどもその言われ様にクスクスと笑いが隠しきれていない。
それも春陽にとっては恥ずかしい。
けれど、ここで答えれば雪愛に抱っこをさせてあげられると奮起し、春陽は答えた。
「南アフリカ」
客席にいる人達は一様にアフリカ?と疑問顔で、この人何言ってるんだといった顔をした。
だが、飼育員さんは、やっぱりわかってたかというように苦笑を浮かべると、「正解!それでは前にどうぞ!」と元気よく言ったのだった。
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