第17話 その時は唐突に訪れる
球技大会が終わり、着替えも済ませた後、九人は集まり、今日作ったメッセージアプリのグループに各々が写真をアップした。
九人で撮ったもの、バスケの五人で撮ったもの、バドミントンの六人で撮ったもの、雪愛達いつもの女子四人で撮ったものなどなどたくさんの写真だ。中には応援中などに男女関係なく数人で撮ったものもある。ツーショット写真もいくつかあった。加えて、試合中の写真もあった。瑞穂や未来が応援しながらも撮影していたようだ。
その場でそれぞれアプリからスマホに保存していく。春陽はこういうことに慣れておらず、最初は保存しようとしなかったのだが、バスケメンバーから思い出だから!と強く言われ、少し圧倒されつつも、そんなに言うならと自身のスマホにしっかりと保存した。
また、実は写真の中には、瑞穂が押し切って撮った春陽と雪愛のツーショットがあったのだが、雪愛はその写真を見ながらニヨニヨと口元を緩ませていて、そんな雪愛を瑞穂、未来、香奈の三人はばっちり目撃したが、特にツッコむこともなく生暖かい目で見ていた。
球技大会の後はクラスでの打ち上げがあり、なんと春陽も参加した。
クラスメイト全員が参加し、悠介達に誘われ断り切れなかったのだ。打ち上げはカラオケに行ったのだが、人との関わりを避けてきた春陽にはきつい時間となり、終わった頃には相当疲労していた。
その姿に悠介には苦笑されてしまい、雪愛には余計な心配をかけてしまった。
翌日、春陽の学校生活に更なる変化が訪れた。
昼休み、いつもなら菓子パンを買って一人で屋上に行っているのだが、今日は菓子パンを買った後、教室に戻っている。
そして、悠介、和樹、隆弥、蒼真と一緒に昼食を食べていた。
四人も何となく一緒に食べようということになり、春陽もと誘ってもらった形だ。
場所は春陽と悠介の席が並んでいるため、その辺りに集まっている。
彼らとは授業の間の休み時間に話すことも増えていった。
それは、普通の学校生活のありふれた光景だ。
だが、春陽にとっては違う。
一人、人との関わりを避け、何事も無く平穏に過ごそうと思っていた春陽の学校生活。しかし、人と関われば、一人で居続けるなんていうのは難しい。
彼らにとって春陽はもう根暗で陰キャなただのクラスメイトではないのだから。
春陽にとってそれがいいことなのかはわからない。
けれど、春陽が当初望んでいた学校生活には確実に綻びが生じ始めていた。
それから日々は過ぎていき、この日の放課後、雪愛達四人は、以前未来が言っていたカフェへと向かっていた。電車に乗り、駅を降り、こっちだよと未来が先導し、みんなで話しながら進んでいく。
ただ、もうすぐだよ、と未来が言ったあたりから明らかに雪愛の様子がおかしくなっていた。
ここ、と未来が示したのは、雪愛もよく知っている場所、フェリーチェだった。
(やっぱり……)
嫌な予感というと語弊があるかもしれないが、途中から雪愛は未来が向かっているのがフェリーチェではないかと感じていた。もうすぐと未来が行った時にはそれが確信に変わった。
ということは、未来の言うイケメン店員というのは春陽のことで間違いないだろう。この店に男性は春陽しかいない。
雪愛は、どうしようと思考が纏まらないまま、みんなと店内に入った。
春陽はここでバイトしているハルが自分だと知られたくないと言っていたのだから自分のせいでバレる訳にはいかない。
「いらっしゃいませ」
麻理の声が聞こえる。
未来を先頭に、最後に雪愛が入ると、麻理が雪愛に気づいた。
「あら、雪愛ちゃん!いらっしゃい。今日はお友達と来たのね」
その言葉に驚いたのは三人だ。えっ!?と雪愛に目を向ける。
「はい。こんにちは、麻理さん」
雪愛は引き攣りそうになる顔をなんとか堪えて麻理に答えた。
麻理に席を勧められ、雪愛達は現在、四人掛けのテーブルに座っている。
席順は、雪愛の正面に瑞穂、隣に香奈、斜めに未来といった形だ。
「ゆあち、ここ来たことあったんだねー」
最初に切り出したのは未来だった。
「え、ええ。ここ家から近くて、いい雰囲気のお店だから気になってたの。少し前から何度か来てるわ」
「へー。確かにおしゃれでいい雰囲気だね」
「女性のお客さんばかりだし、麻理さん?もすごく綺麗な人だよね」
瑞穂、香奈の感想である。
香奈の感想には、だから雪愛が来るようになったのかという意味もある。
「ええ。それに麻理さんはすごくいい人で、よくしてもらってるわ」
「そう言えば名前で呼んでたねー?お店の人とも親しくなったんだー?」
「っ、いつも一人だったから話しかけてくれたのよ。いつもはカウンター席に座ってるから」
「じゃあハルさんともー?」
瑞穂と香奈は突然出てきた名前に疑問顔を浮かべたが、すぐにそれが未来の言っていたイケメン店員だと気づいた。
一方、雪愛は、来た、と思った。
どう答えたらいいものか正解がわからない。正直に言う訳にもいかず、嘘を吐くのも気が引ける。
なんとか雪愛が絞り出したのは―――、
「このカフェで話すのは麻理さんばかりよ」
嘘は言っていない。
「まあ雪愛だからね」
瑞穂は苦笑を浮かべて言った。香奈も頷いている。どうやら上手くはぐらかせたようで、雪愛は気づかれないように小さく、ほっと安堵の息を吐いた。
そんな話をしてると、春陽が注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
バイト中の春陽は知っている相手でもこのスタンスを崩さない。
そんな春陽に雪愛は心の中で苦笑する。
「アイスソイラテでー」
「私はアイスカプチーノで」
「アイスキャラメルウインナーコーヒーをお願いします」
「私はアイスカフェラテを」
上から順に、未来、瑞穂、香奈、雪愛だ。
最近暑くなってきたこともあり、全員冷たい飲み物の注文だった。
春陽は復唱を終え、少々お待ちくださいと言って麻理に注文を伝えに行った。
(本当に気づかれないんだなぁ)
雪愛は春陽と瑞穂達を見てそんなことを思った。
未来がこのお店を見つけたときの話をしていると、春陽がそれぞれのドリンクを持ってきてテーブルに置いた。
ごゆっくりどうぞと言うとすぐに離れていく。
一度会話が途切れたタイミングで、
「それで、あの人が未来の言ってた、えっと…ハルさん?」
去っていく春陽を見ながら瑞穂が未来に聞いた。
「そうだよー」
「確かに未来ちゃんが言う通り、かっこいい人だね」
「でしょー?クールな感じがいいよねー」
香奈の言葉に未来は笑顔だ。
「そうだね。未来はさ、あの人のことが好きなの?」
「ぇ………」
瑞穂がさらっと言ったその言葉に、一瞬雪愛が身体をビクッとさせた。
零れてしまった声は小さすぎて誰にも気づかれなかった。
(未来が、春陽くんを、好き?)
一瞬頭の中が真っ白になった。
しかし、その言葉を理解した途端、今度は胸の辺りがズキリと痛んだ。
自然と胸元に手をやってしまう雪愛。
そして、心臓が激しく強く鳴り始める。
胸が締め付けられるように痛んで、息がし辛くなっている気がする。
嫌な汗も出てきていないだろうか。
煩いほどのこの音に誰も気づかないで。汗は思い過ごしであってほしい。
混乱した頭でそんなことを思う。
なんでこんなことになっているのか、自分の身体なのにわからない。
(何、これ?)
自分に起こった変化がわからないからこそ、怖くなる。
そんな混乱した頭なのに、変なところで考えが進んでいく。
もしも未来が春陽と付き合うようなことになったら――――。
(嫌っ!)
考える前に雪愛の心がそう叫ぶ。
瑞穂の何気ない一言から短い時間で雪愛の心の中は嵐のように騒めいていた。
それでも会話は進んでいく。
「えー?」
「ああ、いや急にごめん。未来からハルさんがかっこいいって話は何度か聞いたけど、私たちにも見せたいとかって言ってたじゃない?…どういう気持ちなのかなって」
「ああーそういうことかー」
未来は瑞穂の言い方に何かを察したようで、苦笑いを浮かべている。
(嫌だ。聞きたくない。……聞くのが怖いっ)
雪愛の身体が緊張しているように強張る。表情も固まってしまっている。
「みずっちは私の噂知ってるんだー?」
「まあ、少し、ね」
少しバツの悪そうな瑞穂。
瑞穂はその噂を知っていたため、当初少し未来のことを警戒していた。
香奈は噂?と疑問顔だ。
雪愛はそれどころではない。
「みんなにまで誤解されたくないから先に言っておくねー。ハルさんのこと好きではあるんだけど―――――」
未来の口から出た『好き』という言葉に雪愛の心臓がキュッとする。
「私は別に付き合いたいとかそういうのじゃないんだー」
「ぇ……」
伏し目がちになっていた雪愛の顔が未来を見て固まる。
「…じゃあどういうのなの?」
「んー、アイドルとかの推し活に近い感じかなぁ」
「お、推し活?」
予想外の言葉に戸惑う瑞穂。
「そー。自分の推しのいいところをみんなにも知ってもらって、そうだねー、いいよねーって共感し合うみたいなー」
「知ってもらって……共感……」
「そうだよー。だから恋愛感情とかそういうのじゃないんだよー」
香奈はそうなんだと相づちを打つが、瑞穂が何か考えるように黙ってしまい、雪愛も黙ったままだ。
そうして、一度会話がそこで途切れた。
雪愛は、そのタイミングでお手洗いに席を立った。
個室に入った雪愛はそこで身体から力が抜けてしまった。
未来が春陽に恋愛感情を抱いている訳ではない、その事実に深く深く安堵してしまったのだ。
そこで、ようやく雪愛の思考が働き始めた。
(私なんであんなに取り乱しちゃったの……?)
そう、未来が春陽を好きかもしれないと思った瞬間、雪愛の心は乱れに乱れた。
自分に起こった変化に訳が分からなくなった。
初めての経験に怖くて仕方がなかった。それと同時に纏まらない思考で、嫌だと強く強く思っていた。
(春陽くんが未来と付き合うかもって、考えただけで嫌で嫌でしょうがなかった)
今もあの時の胸の痛みが残っている気がする。
思わず雪愛は胸元に手をやる。
だが、今はそこに痛みはない。
(未来がそうじゃないってわかってこんなに安心してる……)
推し活っていうのは今一よくわからなかったが、恋愛感情ではないとはっきり否定していた。
そのことに深く安堵してしまった自分は一体何なんだろうか。
考えを巡らす雪愛がある一つの結論に辿り着く。
(私は、自分が春陽くんと付き合いたいの……?)
考えた瞬間、さっきとは全く違う理由で心臓が高鳴る。
雪愛の顔に赤みが差していく。
自分は男性が嫌いだ。あの視線には慣れることが無い。
それは春陽が相手でも変わらないはず――――。
そう思い、少し考えるが、春陽が他の男性のように自分の胸元とかをただただ性的な嫌らしい目で見てくるところは想像もつかない。
もしそんな人なら最初から仲良くなりたいとすら思わなかっただろう。
けれど。
付き合うということは彼氏、彼女になるということで……。
もしも春陽が、自分の事を異性として……、好意を寄せる相手として見てくれたら――――。
照れたように顔を赤くして優しく笑う春陽を想像してしまい、雪愛の顔が急激に熱くなる。
それは全然嫌じゃなかった。
むしろ、そんな風に見てもらえたら嬉しいだろうなとすら思えてしまって。
(私は、春陽くんに恋、してるの……?)
雪愛が春陽への恋心を明確に意識した瞬間だった。
だが、その疑問に答えてくれる者はこの場にはいない。
意識したからといってどうしたらいいかわからない。
今の春陽との関係は雪愛にとってとても心地いい。だから壊したくはない。
(これまで通り、仲良くなっていけたらそれでいい)
だからこそ、雪愛はそう自分の心に結論を付けた。少なくとも今は。
雪愛は顔の熱が引くまで、しばらく個室から出られなかった。
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